第72話 野球したいね 後編
吹能等駅
吹能等町に駐屯する第33普通科連隊第3大隊に生物災害に対応する為に出動の命令が下された。
先遣隊が輸送ヘリコプターのUH-60JAを飛ばして現場に向う。
後続の第五中隊が本格的な駆除の装備を整え、車両に積み込んでいる。
作業を監督していた中隊長の伊東一尉は、大隊長の草壁三佐に呼び出されて大隊司令部庁舎を訪れていた。
「忙しいところ悪いな。
出動にはどれくらいかかる?」
「20分後には出動が可能です」
伊東一尉の言葉に草壁三佐は申し訳なさそうに語り出す。
「今回の駆除作業だが、師団司令部が新型列車砲を参加させたいと要請してきた」
「新型ですか?」
「今、本国ではFH70《えふえっちななまる》がお役御免になりつつあるだろ?
余剰となったFH70を組み込んだ新型列車砲だ」
草壁が差し出してきた資料は技本からのものだ。
これまで自衛隊は装甲列車を新京を本部とする3線6本で、稼働させていた。
新京から王都ソフィアへの東部線。
新京から南部の百済への南東線。
新京からヴェルフネウディンスク市に向けた北東線である。
これらを統括するのが、陸上自衛隊第一鉄道連隊であり、上下線を巡回させ、大陸各地の諸勢力に睨みを効かせていた。
装甲列車の最大の武器は列車砲であるが、予備が無いのは問題となっていた。
それも今回の新型列車砲の導入で解決される見込みだ。
また、これまでの列車砲に採用されていた2A65「ムスタ-B」 152mm榴弾砲は射程距離は24,700m程度だった。
今後は155mmりゅう弾砲FH70を搭載となれば射程距離は同程度だが威力はあがる。
すでに本国では第1師団から第6師団では装備が更新されて、使用されていないFH70の在庫の余りが出たのは大きい。
転移前なら退役だったろうが、この世界での財務省の方針は『使えなくなるまで使え』である。
「余ったのならうちの16特に回して欲しかったですね」
「そっちはあと数年に期待だ」
大陸最大最強の砲兵部隊第16特科連隊は、在日米軍が沖縄に保管していたM198 155mm榴弾砲を採用している。
だがFH70と比べれば自走能力が皆無で連射速度も低い。
射程距離も大きく劣り、特科の隊員達が不満を漏らしていたのを伊東は覚えている。
何より、この世界では再生産が利かない兵器であり、代替の部品の調達も困難だ。
一部では共食い整備も始まっているという。
「まあ、この新型列車砲の実績と運用のデータが欲しいという鉄道連隊と技本からの要請なわけだ。
よろしく頼む」
「解りました。
こちらも無駄に損失しないよう面倒を見ましょう」
吹能等駐屯地と吹能等駅から自衛隊が出発したのはそれから30分後となった。
吹能等より約60キロ地点の街道から外れた大森林奥深くに、二人の日本人が十数匹のアラクネから逃げ回っていた。
人間の足では、森の中を八本の足を持つ巨大グモから逃げ回るのは容易ではない。
なにしろ巨大グモ達は、樹々に歩脚の爪を刺して、立体的に追ってくるのだ。
それでもその日本人は何時間も巨大グモの群れから逃走を続けていた。
彼等の逃走を支えていたのは、日本でも屈指のアスリートだった肉体だ。
そして、その特徴を生かした武器だった。
東京のプロ野球球団に所属していた藤吉達也は、3年連続でホームランを50本以上叩き出した打者として活躍していた。
大蜘蛛の歩脚の先端には爪がある。
藤吉に追い付いたアラクネは張り付いていた木から飛び掛かり、その爪で補食しようと歩脚を伸ばす。
振り返った藤吉はその両手に持ったハルバートを豪腕で奮う。
一日に何千本も素振りをして鍛え上げたフルスイングだ。
対人戦の訓練では相手の技に翻弄されたが、藤吉のフルスイングを受けた相手は軒並み弾き飛ばされていた。
宙を跳んでいるなら、モンスターとて例外ではない。
アラクネの2本の脚が、ハルバートの刃に切り落とされて頑丈な体にも刺さり、そのまま振り抜かれる。
地面に沈むアラクネの体を乗り越えて、もう一体が藤吉に襲いかかる。
しかし、140キロ以上のスピードで飛んできた投石がその体の皮膚を貫き体液を撒き散らしながら後ろに弾き飛ばされる。
横浜のプロ野球球団で活躍していた水島祐司は、ノーヒットノーランを若くして達成した豪速球投手だ。
「ナイスフォロー!!」
「今ので最後だ、石がもう無い」
森林の中では攻撃に使える適当な石はなかなかみつからない。
水島は剣を構えるが、こちらは余り得意では無い。
すでに藤吉のハルバートも刃先がボロボロだ。
日本の鍛冶職人に造らせた特注品だが、アラクネを4匹も倒した逸品だった。
救援に必要な藤吉の携帯は、大陸人冒険者仲間のローラに渡した。
うまくいけば救援を呼んでくれてるはずだ。
もう1本の水島の携帯はすでに電池が切れていた。
「化け物の餌だけは勘弁願いたいな」
「同感だな。
ああ、野球やりたいな」
人生でやり残したことがあるとすれば、やはり野球のことだろう。
転移からこの12年、公式試合には1度も参加出来ていない。
本国のプロ野球球団は12球団中8球団が解散したが、残った球団が1リーグに統合してプロ野球を維持している。
2人はその波に乗ることも出来ず、悔しい思いを味わわされた。
東京や横浜から転居することも許されず、大陸に移民として渡らされたのだ。
「ああ、野球がしたいな。
なあ祐司、お前家族がいるだろう?
先に逃げろ」
女遊びが派手だった藤吉には、家族なんて親以外は縁が無い。
高校で甲子園を共にした水島が、当時のマネージャーと結婚しても特に羨ましいと思わなかった。
野球への道が断たれ、新京の酒場で酒浸りだった自分を冒険者として立ち直らせてくれた水島だけは妻子の元に帰してやりたかった。
藤吉はハルバートを構えて、押し寄せるアラクネを尖端で何度も突き刺す。
「お前ふざけるな。
一緒に帰るんだ」
だが今の水島ではアラクネ相手に牽制に剣を振るだけで精一杯だ。
今は怒りで叩き付けてるのでアラクネも怯んでるが、すぐにもう1匹が放出した糸に巻き付かれて地面に転がった。
アラクネの歩脚に突き刺されそうになるが、藤吉がハルバートを投げてアラクネを刺し殺した。
武器の回収は出来ないので水島の剣を拾う。
「ここまでか」
「すまん」
諦めかけた2人にアラクネが殺到する。
しかし、先頭にいたアラクネが轟音と共に体を四散させた。
「要救助者発見、 救出に向かう!!
繰り返す、要救助者を発見、救出に向かう」
マウンテンバイクで獣道を走破していた2人の警官が、自転車のサドルやハンドルでミロクMSS20散弾銃を固定して銃撃を続ける。
岩下巡査はマウンテンバイクに固定した無線機で、現在位置を知らせた。
水島を引き摺りながら後退する藤吉は、警官達の射撃の邪魔にならないように移動する。
「頑張れ、自衛隊もこっちにむかっている」
若月巡査は藤吉達に呼び掛けながら、弁当箱から信号弾を空に向けて撃ち放つ。
警官達の前にもアラクネが殺到するが、たちまち4匹が蜂の巣にされて息絶える。
「やばい数が多い」
岩下巡査は仲間の死体を盾にしながら迫ってくるアラクネに焦りを覚える。
藤吉達は自分達の後ろに下がったので、マウンテンバイクを捨てて後退する。
少しでも開けた場所へ
しかし、人間の足では虫には勝てない。
噴き出される蜘蛛の糸に4人は動きを封じられていく。
それでも4人は絶望しなかった。
先程から聞こえる頼もしいローター音がどんどん大きくなってきているからだ。
UH-60JAが上空から姿を現す。
キャビンドアが開き、12.7mm重機関銃M2の銃弾がアラクネ達に降り注ぐ。
反対側のキャビンドアも開き、ラペリング降下で自衛隊の隊員達が降りてくる。
降下した隊員達もアラクネの姿が見えるなり、M16小銃で蹴散らしていく。
若月巡査達の元に辿り着いた隊員は、ナイフで糸に巻かれた4人を救助する。
「助かったあ!!」
藤吉が叫んだ頃には、周囲のアラクネは駆逐されていた。
「なんだってこんなに化け物グモが発生したんだ?」
スタンピードの一環なのは理解しているが、この地域にはこれまで兆候は見受けられなかった。
「扶桑の茎を抜いた時に、地中の巣穴を刺激したらしい。
地面からわらわらと出てきてびっくりしたよ」
水島の証言を元に自衛隊が問題の場所を探ると、多数の巣穴が発見された。
藤吉達のパーティーが刺激するまで、巣は地面に埋没していたらしくこれまでは大人しくしていただけのようだった。
現地に到着した伊東一尉は、この巣穴が密集した区域に対し、列車砲による砲撃を命じた。
「地面の下ですよ、効果があるんですか?」
「ある程度は抉れるさ。
それに衝撃で地面の下から出てくるかもしれん。
現場を包囲し、可能な限り駆除せよ」
背後で列車砲が旋回し、仰角を整えている。
砲撃音にやられないように隊員達は耳栓やヘッドフォンを着用する。
「砲撃を開始せよ」
伊東の命令の元、街道に轟音が鳴り響いた。
新京特別区
大陸総督府総督執務室
「現在も駆除作業は続行されていますが、吹能羅町近辺のスタンピードは概ね防げたというのが現場からの報告です。
総督府からも二次調査の為の専門家を派遣する方向で準備を進めています」
秋山補佐官からの報告に秋月総督が承認の判子を書類に捺印する。
「しかし、藤吉に水島か。
随分懐かしい名前だな」
「自分達が中学生の頃はヒーローでした。
本国からのスポーツニュースでは見られなくなったと認識してましたが、大陸にいたとは驚きです。
ですが、北村副総督が企画した大陸球団設立に役立ちそうです。
さっそくスカウトが現地に向かったそうですよ」
「これほどのスター選手が確保できればいい宣伝材料になりますからね」
転移13年の歳月は残酷で、40才以下の元プロ野球選手の確保には苦労していた。
30才以下のプロ野球選手が存在していないのも大きい。
学生野球は健在なので、そこから人材を発掘するしかないようだった。
「那古野や中島市は些か居住を優先し過ぎました。
市を代表するランドマークもありません」
「それで、古渡球場と神居球場か。
しかし、相手チームがいなければ盛り上がりに欠けるんじゃないか?」
大陸の他の同盟都市にも打診して合同チームを創ろうとしているが、まだチームを編成出来るほど数が揃わないらしい。
「そうだ、肝心なことを聞いてなかった。
新球団のチーム名は何だ?」
「古渡ワイバーンズと神居グリフォンズです」
ちなみに2人は新京タイタンズのファンである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます