第71話 野球したいね 前編

 大陸東部

 吹能等町


 日本の第2管理区だったフィノーラの町は、吹能等と名前を変えて内地化されていた。

 東に約100キロに新京、50キロに竜別宮町、1600キロ西に王都ソフィアが存在する。

 人口は約12万人。

 住民の1割が日本仏教連合に所属する僧侶と関係者、門前町で市を成す日本人である。

 最近は、教職にある日本人の移住が盛んだ。

 竜別宮町と同様に大陸人が住民として共存するが、最近は建築の為に呼び寄せられた人夫が多かった。

 それでも人口は日本人口が市の定義である3万人に達していないので町扱いとなっている。


「デカイ寺院が建ったと思ったら今度は大陸人向けの学園か。

 なんだかチクバクな印象だな」


 女性向けの学園と聞いて、楽しみにしている自分が笑えてくる。

 建築現場を自転車で巡回していた警官の若月巡査は、建築ラッシュで騒がしくなる街並みを見て呟いていた。

 若月の自転車は本国や植民都市で使用されている実用車と呼ばれる白い警ら用自転車ではない。

 植民都市と違い、ロクに道がアスファルト等で舗装されてない竜別宮や吹能等での使用を想定された警ら用マウンテンバイクだ。

 警ら用なので、警ら用実用車同様に合図灯ホルダーや『弁当箱』が備え付けられている。

 正直、バランスが悪いと不評である。

 城郭都市であったフィノーラは、吹能等町に代わるにあたり、正方形に造られた城郭の外郭北部に寺院を中心とする門前町が造られた。

 他の地球系都市と違い住民を退去させなかったからだ。

 各寺院の土壁が繋げられて、新たな半円状の外壁が形成されている。

 寺院が中心となるこの外郭は北郭と呼ばれた。

 南側に自衛隊の駐屯地や官公庁と住居が集まられており、やはり外壁が建設されて南郭と呼ばれる。

 駅と線路はこの南郭を通過している。

 現在は学園を中心とする西郭が建設中だ。

 いずれは東側にも何かを造るらしいが、いまだに何を作るか検討の域を出ていない。

 若月巡査は西郭の外壁真下に設置された西郭駐在所に到着して自転車を停める。

 駐在所の中には同僚の岩下巡査しかいなかった。


「あれ、一人か?

 班長達は?」

「上で講習中だ」


 同期の岩下巡査が指を天井に向ける。

 城壁の上の道のことだ。

 いずれの外郭の城壁にも帝国時代から使われている固定砲が設置されている。

 多少は技術供与も行われ、吹能等の町にはアームストロング砲を現地で大陸人も生産できる反射炉などの設備も造られた。

 日本製の現代兵器は高価で大量生産に向かない為の処置だ。

 自衛官や警察官達も含め、武官達や警備会社や自警団も一通り習熟出来る講習が行われている。

 肝心の大砲は大陸人に扱わせるわけにはいかない。


「ああ、俺も来週が当番だな」


 ホワイトボードに貼られたスケジュール表で自分の講習日を確認する。

 砲弾は無駄に重いので憂鬱になる。

 そこに本署からの通信がスピーカーで響き渡る。

 それは吹能等周辺で活動する日本人冒険者による救助要請に対応せよ、との命令だった。

 要請はモンスターとの遭遇により、生命の危機に瀕している内容だった。

 駐在所に設置されたファックスからは、各局に送られてきた救助地点の地図が吐き出される。


「うちが一番近いな?

 班長達を呼ぶ」


 岩下巡査が立ち上がり、携帯電話で事情を話始める。

 若月も銃器保管庫から駐在所の警官人数分のライフルや予備の拳銃、弾丸を取り出す。

 駐在所に配備されたトヨタ・ハイラックスを改造したパトカー2両の後部座席に自転車と銃器を詰め込んでいく。

 城壁から降りてくる班長の河村巡査部長達は


「細かい話は車内で聞く。

 装備は?」

「規定通り詰め込みました」

「じゃあ、現場に向かおう」


 と、納得しパトカーに乗り込んでいく。

 さすがに全員が出動するわけにはいかない。

 駐在所には現在5人の班員がいるが、講習に来ていた他の警官にも出動を要請し、8名で出動することになった。

 問題の救助要請は、大陸の在住日本人に配布した安否確認サービスのサイトから発信されていた。

 南郭の電話局がその信号を受信し、関係機関に通報してきたのだ。

 都市の外には危険が溢れている。

 都市を出る日本人には数時間ごとに自分達の居場所をホームページの掲示板に明記するよう指示を出している。

 しかし、個人情報やプライベートの問題から明記しない者も多い。

 吹能等から出たパトカーは、最後に現在地が明記された場所に向かう。

 車内には救助要請を受信できる機械が装備されている。

 さすがに冒険者パーティーだけあって、セーブポイントをマメに明記している様だった。

 街道はアスファルトで舗装されていないが、ハイラックスなら多少の悪路も問題は無い。

 街道の近くには線路も通っている。

 岩下巡査は車内で、本署から送られてくる情報を読み上げる。


「ギルドに提出した申請書によると、吹能等から約60キロの地点にある古代遺跡に冒険に出た模様。

 日本人2名、藤吉達也、水島祐司、共に35歳。

 大陸人の冒険者四名とともにパーティーを組んでいます」


 すでに救助要請から30分が経っている。

 回転灯を回し、サイレンを鳴り響かせてスピードをあげる。

 残念な話だが、大陸の住民に回転灯の意味が理解されてるとは言い難い。

 民間の自動車は40km/h以上の速度を出すことが禁止されている。

 緊急車両にはその制限は無い。

 それでも奇怪な光と音を鳴り響かせて街道を走るパトカーを見て、数人の農民達が逃げ惑い、旅人が護身用の武器を構えて威嚇してくる光景に気が滅入る思いだ。


「そろそろ慣れてくれないかな」


 運転する若月は申し訳無く思ってしまう。

 問題の古代遺跡はダンジョンとなっており、モンスターの存在が確認されている。

 街道から外れた山中にあり、車では途中までしかいけない。


「パーティーはダンジョンの外で、衣類メーカーの依頼で扶桑の葉っぱの分布調査を行ってたそうです。

 本署から彼らの携帯に掛けてみたそうですが、反応は無いそうです」

「町の外は電波が弱いからな」


 扶桑の葉は新香港の学者が発見した大陸固有種で、桐に似て生え始めはタケノコのようで食用に適している。

 実は梨のようで赤く、その皮を績いで布にして衣類や綿にしたり屋根を葺いたりする。

 また、扶桑の皮で紙を生産出来る便利な植物だ。

 大陸の学者達は特に命名しておらず、各地で特に名前をつけられてないことから、中国の歴史書にある植物と特徴が似てることから『扶桑』と名付けられた。

 若月は要救助者の名前を見て首を傾げる。


「しかし、要救助対象者の二人。

 どこかで聞いたことのある名前じゃないですか?」


 若月が疑問を呈すると、河村巡査部長が思い出したように語りだす。


「転移前に活躍してたプロ野球選手だな。

 若手ホームラン王の藤吉、ノーヒットノーラン達成の水島。

 昔はスポーツ紙の一面を飾りまくった二人だよ。

 この町にいたとは知らなかったな」


 河村が懐かしそうに転移前の二人の話を語りだす。

 転移前は小学生だった若月と岩下はピンと来ないが、一緒に乗車している遠野巡査はウンウンと頷いている。


「しかし、解散した東京、横浜の球団も地方に選手の親族がいれば地元か、近い球団に移籍出来てた筈だ。

 今、ここにいるということは、まあ、そういうことなんだろうな」


 通報から約2時間。

 現場周辺の街道で冒険者らしき3人が何かと争っている光景が視界に入ってきた。

 一人は体に白い何かをまとわりつかされて動きにくそうだ。


「あれは、アラクネ?」


 若月は森から出てきた全長3メートルはある巨大グモを見て叫んでいた。

 アラクネ、ギリシャ神話由来の名前を持つ巨大なクモのモンスターだ。

 なぜ、異世界でギリシャ神話由来のモンスターの名前があるのかというと、扶桑同様に地球系の学者が勝手に命名して学会で発表してしまったからだ。

 大陸住民はモンスターの名前をいちいち名付けたりしていない。

 アラクネに関しても単に巨大グモと呼んでただけだ。

 さすがに知識人たる貴族や魔術師、神官などはそうでも無いが、知識層の間で知識の共有化が出来ていなかった。

 その為に職業や地域によって呼び方がバラバラな例が散見し、業を煮やした地球側の学者達が地球の神話から似た生物を命名しだしたのだ。

 もちろん、大陸人の呼び方もなるべく参考にして尊重はしている。

 しかし、大陸の生物は多種多様であり、途中でネタに詰まり、ゲームやマンガに出てくるモンスター名まで使用してしまったのは余談である。

 地球側から見ての『新種発見』の報告は、1日に数件単位で行われている。

 多くの学者達の好奇心と名誉欲を刺激し、冒険者を副業にさせる要因ともなっていた。

 さてアラクネに襲われている冒険者達に当たらないようにサンルーフから身を乗り出した遠野巡査が、豊和M1500ライフルで射撃して牽制する。

 怯んだアラクネと冒険者の間にハイラックスのパトカーで割り込み、もう1両から降車してきた岩下巡査や河村巡査部長達が手にしていたミロクMSS20散弾銃で銃撃を行う。

 最初のパトカーには遠野巡査の他に、講習に参加していて協力を要請した警官が3名乗っていた。

 彼等は拳銃しか持ち合わせてないので、降車して冒険者達の保護に当たる。

 サンルーフからは遠野巡査も射撃を続ける。

 身体中を穴だらけにされ、体液を噴き出すアラクネはあっさりと息絶えた。


「河村巡査部長、冒険者の中に藤吉、水島両氏がいません!!」

「なんだと?」


 若月は救援要請の位置を再確認をするが、彼等からに間違いなさそうだった。


「あの、ユージが私達にこれを持っていけと……

 タツヤがもう1個持っているからと」


 魔術師の格好をした女性が携帯を差し出してくる。


「日本語、話せるのか?」

「私だけです。

 後ろの2人は無理です。

 私とトーマスは魔力が尽きて、ルーベンは毒にやられて」


 女性が魔術師、トーマスは神官、クモの糸に絡め取られているのがレンジャーのルーベンというらしい。

 毒に関してはここでは応急処置しか出来ない。

 ルーベンはパトカーに乗せて、町まで運ぶことになる。

 もう1つの携帯とやらの反応は無い。


「残りの2人は?」

「森の奥からたくさん現れたアラクネを引き付けて、森の奥に。

 でも1匹だけが私達を追ってきて」

「森の奥か」


 これ以上はパトカーでは奥に行けない。

 だが救助を諦める訳にはいかない。


「若月巡査、岩下巡査、行けるか!!」

「行けます!!」

「問題ありません!!」


 二人は命令に答えながらハイラックスの後部からマウンテンバイクを取り出す。

 他の警官が徒歩で行ける範囲で警戒に当たっている。


「遠野巡査、本署に事態の説明と増援の要請。

 しかし、モンスターの大量発生、スタンピードか」


 大陸各地でここ一年流行っている問題は、東部ではあまり顕在化していなかった。

 そうなると警察の手に負えない可能性がある。

 吹能等警察署は総動員でも60名しかいない小規模警察署に過ぎない。

 ただし、自衛隊の吹能等駐屯地には陸上自衛隊第40普通科連隊第3大隊が駐屯している。

 モンスターの駆除には彼等の力が必要だ。

 何にしても、もう少し情報が必要だった。

 スリングベルトを目一杯締めて、小銃を背負う。

 若月と岩下はマウンテンバイクで森の中を駆け出していく。


「無理はするなよ!!」


 河村巡査部長が見守る中、二人の姿は見えなくなっていった。

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