第74話 里谷実験農場

 ホラティウス侯爵領

 里谷実験農場


 里谷実験農場の主里谷孝則は、ホラティウス侯爵領をはじめとする近隣の『サークル』の息が掛かった領地を依頼に合わせて、適した農作物の研究並びに改良を行っていた。

 里谷自身も侯爵領の顧問として、内政に口出しできる地位を得ていた。

 しかし、この数日ホラティウス城との連絡が断たれている。

 城下町の住民の話によると、城内で砲撃や銃声、悲鳴が聞こえたと言う。

 城門は固く閉ざされ、内部は伺うことが出来ない。

 城壁に姿を見せる兵士達はこちらの問いに答えず、沈黙を守っている。


「里谷殿、お気持ちは嬉しいが、やはりまずいのではなかろうか?」


 巡回に出て、城にいなかった騎士の一人、エドガーが不安そうに声を掛けてくる。

 彼と数十人の騎士や兵士達は何れも領内の警備やモンスター退治で、城にいなかった者達である。

 彼等の問い掛けに数度、城門が開いたが城内に入った仲間連絡が取れなくなった。

 裕福なホラティウス侯爵領は約八百人の騎士や兵士を私兵として養っている。

 その内の四割近くが既に行方不明、或いは死体で発見されていたのだ。

 領の境を守る砦に残存の私兵軍が集結し、エドガー率いる巡回隊は里谷実験農場を頼って身を寄せていたのだ。


「総督府にも通報したが、未だに連絡は無い。

 我々が事態の打開をはかる必要がある」

「いや、余計なことしてゴブリンの巣を突つく行為にならないかな」


 日本風に言うと、藪蛇をつつくと言う意味らしい。


「領の境を越えようとした伝令は全て始末されていた。

 遠方に連絡を取れる道具を持つそなた達だけが頼りなのだから、何かあったら困るのだ」


 エドガーの任務は里谷を護ることにある。

 城内の異常を探る為、怪しまれないよう馬車で接近し、兵士達に虎の子のドローンを運ばせた。

 里谷が用意したのは、民間用の空中撮影を可能とするドローンだった。

 里谷自身が操縦するドローンは、4つのプロペラを回しながら、城壁を越えて、ホラティウス城に侵入する。

 ローター音に気がついた城壁の兵士達がドローンを指差し、騒ぎ始める。

 幾人かの兵がドローンに向けて銃口を向けて発砲し、ドローンを撃墜した。


「あわわ、やばい、逃げるぞ!!」

「だからマズイと言ったのに!?」


 馬車を走らせ、郊外にある里谷実験農場に彼等は逃げ込む。


「お早いお帰りで」


 少し嫌みを含んだ挨拶で出迎えたのは、武装警備員の新城だった。

 里谷並びに実験農場の警備で、業界二位の警備会社の社員である新城達三名がこのホラティウス侯爵領に派遣されていた。


「城から敵対行動を取られた!!

 砦に連絡をしてくれ」


 武装警備員の一人が無線機を持って砦に詰めている。

 新城は直ぐに連絡を取ろうとするが繋がらない。


「花村、応答しろ、花村、応答しろ」


 無線機は雑音しか出さない。


「新城さん、『括り』が次々と反応を。

 囲まれてます」


 もう一人の武装警備員三村の報告に新城は舌打ちする。

 実験農場では様々な農作物を育てている。

 それを狙い、モンスターから鹿や猿のような動物までが、収穫物を漁りに来る有り様だった。

 その為に害獣を狩るトラップにセンサーを付けた物を農場の周囲に多数設置していた。

 転移前から日本では、ハンターの高齢化と後継者の不足は深刻な問題となっていた。

 狩る者が少なくなり、害獣が田畑を荒らす事件が相次いだ。

 減少するハンターに代わり、関東の警備会社は捕獲事業に乗りだした。

 警備業務で培った遠隔地からの監視や緊急出動のノウハウを生かして、農作物被害に悩む地方自治体や集落から業務を請け負ったのだ。

 そのノウハウは、転移後も植民都市の農場を護るのに生かされている。

 先程、三村が口にした『くくり罠』とは、踏み込み部に獲物が脚を踏み入れるとワイヤーが閉まる原理の罠だ。

 当然侵入者にも有効で、これにセンサーが反応して、警報が発報したのだ。


「4基が反応してます。

 連中もう包囲を隠す気は無いみたいです」


 他にも内部に米糠を仕込んだ箱罠も多数用意していたが、さすがに人間は掛からなかったようだ。

 モニターには迷彩服を着た兵士達が、括り罠に足を取られて、苦闘している姿が映し出されている。


「何だ、こいつら?」


 里谷がモニターを眺めている間に、エドガーの巡回隊の兵士達と交戦が始まっていた。

 一方的な銃撃でやられていく兵士達を見て、新城が驚愕する。


「地球人?

 バカな、大陸の兵士の戦い方じゃないぞ?」


 大陸人を訓練して、迷彩っぽい格好なだけだが、新城と三村には区別がつかない。

 全員が大陸製の小銃を持っている。

 里谷実験農場では、武装警備員の二人が豊和の散弾銃、里谷が拳銃を持っている。

 エドガー達も小銃で応戦しているが、まるで戦いになっていない。

 幸い、里谷実験農場は高い塀に囲まれているので、櫓台からは武装警備員の二人が牽制の銃弾を発砲する。

 しかし、接近する兵士達は地面に伏せたり、木の陰に隠れながら進んでくる。

 一発、或いは数発撃ったらすぐに場所を移動する。

 まるで地球の軍隊の様な戦いかただが、使っている武器は王国軍の制式小銃の前装式弾込め銃だ。

 自衛官でも警察官でも無い武装警備員達は、銃撃戦におけるスキルが不足している。

 また、弾薬の量にも差があった。

敵の人数も30人以上確認出来る。


「あいつら戦争をしに来やがった」

「ぐあっ!?」

「三村!!」


 銃弾が三村の肩に当たるが、防弾チョッキを着てたから出血は見られない。

 それでも衝撃で気を失ったのか、ピクリとも動かずエドガーの兵士達に引きずられて後送されていく。


「新城さん、もちそうですか!?」


 里谷がヘルメットを被って匍匐しながら聞いてくる。


「ダメだ、時間の問題だ」


 状況は絶望的かと思われたが、遠方から聞こえてくるローター音に二人は口笛を吹いた。

 農場の空を2機のヘリが飛来する。

 1機のMi-24Vハインドが、12.7mm4銃身ガトリング機銃を森林に向けるが、ローター音が聞こえたと同時に敵が森の奥に引き下がっていく。


「おいおい、訓練が行き届いてるな」


 もう1機のハインドは、農場の敷地に着陸して自衛官達が完全武装で降りてくる。

 あまりの引き際のよさに指揮官の水谷一尉は呆れてしまう。


「陸上自衛隊エジンバラ分遣隊の水谷一尉です。

 総督府からの命令を伝えます。

 里谷実験農場は現時点を持って、放棄、破壊します。

 農場の人員はヘリに乗って退避して頂きます」


 エジンバラ自治領は、この西部で唯一日本の拠点がある領地である。

 自治領主も日本人が就任しており、自衛隊の分遣隊も派遣されている。

 だが里谷は水谷から伝えられた総督府よりの命令に抗議の声を上げる。


「おい、ここは民間施設だぞ、命令とは何だ!!」

「この施設の放置は、技術流出規制法に抵触すると判断されました。

 御理解のほどをお願いします」


 絶句する里谷に代わって、新城が疑問を口にする。


「ここを放棄するということは、この侯爵領を見捨てるのか?」

「ここは王国領です。

 奪還は当然王国軍が行うべき、というのが総督府並びに本国政府の見解です」


 西部は王国貴族の影響力が強い地域であり、東部の開発に手一杯の日本としては構ってられないのだ。

 あわよくば、皇国残党とぶつかりあって弱体化を望んでいた。

 この時点で総督府も日本政府もホラティウス侯爵領が攻略された経緯を正しく把握してない。

 元アメリカ空軍中佐チャールズ・L ・ホワイトがこの件に絡んでいたことを掴んでいれば、対応も違ったものになっていただろう。



「部下がまだ砦にいるのだが、救出はどうなっている?」

「残念ですが、我々が到着した頃には砦は焼け落ちていました。

 生存者はいない模様です」

「そんな!」


 里谷実験農場の各所に隊員達が爆弾を仕掛けてまわっている。

 必要な物を持ち出す為に里谷と新城も荷物を積めていた。

 エドガー達も人夫代わりにこき使わている。


「エドガー様、我々はどうしたら」


 兵士達が不安そうにエドガーを頼ってくる。


「新京屋敷の若様や姫様に事態を報せてお仕えするしかあるまい。

 我々も乗せて行ってもらおう」


 領主一族は王都ソフィアや新京に構えている屋敷に留守居として派遣されている。

 彼等の判断を仰ぐしかなかった。

 やがて必要な物や人員を搭載したヘリが飛び立つ。


「点火」


 水谷一尉がマイクを握って呟くと、里谷実験農場に設置されたセムテックが大爆発を起こす。

 またたくまに里谷実験農場は炎に包まれた。

 念の為にハインドからも対戦車ミサイル9M17P ファラーンガ-Mや57mmS-5ロケット弾用 UB-32A-24も投下される。


「さすがにそこまでする必要も無いと思うけど」


 あまりの爆発ぶりに里谷は呆れる。


「取り敢えず、エジンバラ自治領に向かいます。

 そこから各々判断を仰いで下さい」


 水谷の言葉に今後のことを考え、里谷もエドガーもうんざりしていた。





 大陸西部

 新香港統治地域

 第3植民都市窮石市


 中国人第三の植民都市窮石市は、日本在住の同胞移民の受け入れて建設されていた。

 すでに新香港の人口が50万人を越えたことから認められた処置だ。

 新たな植民都市は人口を25万人としたことから、早々に窮石市の建設が始まったのだ。

 新香港から東に約100キロの位置に存在する。

 日本に居住していた中国人達だけあって、飲食関係の仕事に従事していた人間が大多数なのが悩みの種である。

 飲食店街が無数に建ち並び、他同盟都市との観光を主産業と考えられている。

 町の住民のバランスを調整すべく新香港からも人材を派遣し、約5万人がすでに生活を始めていた。

 市建設の陣頭指揮を執っていた林主席は、新京の大陸総督府から押し付けられた難題に頭痛を覚えていた。


「自衛隊の監視部隊の受け入れは許可すると伝えろ。

 しかし、我々に討伐の戦力などあるのか?」


 新香港、陽城、窮石の防衛に、西方大陸に派遣した部隊と手持ちの戦力に余裕は無い。


「日本も余裕が無いのでしょう。

 神居の市長選挙と福崎市開港、淀市の設立、猫の手も借りたいのでしょう。

 せめて海上に面していれば、艦隊を送れたのですが」


 常峰輝武警少将は申し訳なさそうに答える。

 ホラティウス侯爵領は西部の内陸部に存在する。

 鉄道の線路も通っておらず、行軍するだけで一苦労するのが目に見えている。


「日本は忙しいというより、関わり合いになりたくないだけじゃないかな?」

「間違いないでしょう。

 しかし、我々も傀儡とはいえ、王国内での事件です。

 彼等の面子も立てる必要がありますから、王国軍に任せてはいかがでしょう?」


 その提案に我が意を得たりと、林主席は指を指す。


「それがスジというものだしな。

 まあ、こちらの面子も守る為に最低限の支援部隊を自衛隊の監視部隊に同行させよう。

 こっちも忙しいんだから手を煩わせないで欲しいな、まったく」


 新香港は第三植民都市の完成とともに独立都市郡から『建国』を予定している。

 日本、北サハリン、高麗に続く四番目の地球系国家となるのが目標だ。

 その為にも日本との関係を拗らせる気は毛頭無かった。


「新国家華西民国。

 早く宣言が出来る日が待ち遠しい」

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