第126話 追跡者達
マッキリー子爵領
領都リビングストン
焼き打ちされた仁生寺の後始末に保安官の岡島は身動きがとれないでいた。
そこに自衛隊の高機動車がやって来て、土田三等陸佐が降りてくる。
「やあ、すいませんね三佐。
こっちも人手が足りなくて町の捜索で手一杯なんですよ」
「なあに任務の内ですよ。
駅の方にも分隊を派遣しました。
あっちは鉄道公安官もいるから大丈夫でしょう。
街道の方にも各々、分隊を派遣しています。
関所に到着出来れば封鎖も完璧でしょう」
途中で山越えや森に潜伏されたら厄介だが、女子供を連れての逃走には困難だろう。
「しかし、焼き打ちされる程、何か揉めてたんですかこの寺?」
「最近は身なりのいい大陸民が頻繁に訪れていて、住職と激しく口論になっていたのが近隣の住民に目撃されてましたね。
この町の人間では無いようなので、助手達に宿をまわらせて宿帳を改めさせてますが、あてになるかどうか」
大陸の宿は皇国時代から宿帳の作製を義務付けられているが、大半の旅人は身分を証す物を所持していない。
署名にしても庶民は文字を書けないから、旅人の自称を宿の従業員がそのまま代筆してるだけだ。
「でもね、娼婦達は客の荷物をよく見てるんですよ。
危険な武器は持ってるかとか、金払いのよさそうな服装をしてるかとか」
日本人が経営しているホテルでは性的なサービスは外注だが、大陸民の宿では女中がそのまま夜は娼婦になるパターンも多い。
日本の江戸時代の飯盛り女と同じだ。
「好景気でこの町を訪れる人間の数は増えてますが、身なりがよくて、寺を襲撃できる武装した人間となるとだいぶ絞り込めるでしょう。
人間は寝物語だと口は軽くなってるでしょうし、身元はともかく、逃走ルートを絞り込めるかもしれない」
今はどんな情報でもいいから欲しかった。
「行き先はレキサンドラ辺境伯領ですよ」
突然草臥れた背広を着た中年の男が煙草を吸いながら現れていた。
「いやあ、こちらだと歩きタバコをしても怒られないからいいですな。
大陸でも植民都市ではこうもいかない。
申し遅れました、わたし公安調査庁新京支局の清原と言います」
土田三佐は胡散臭そうな顔で観るが、意外にも岡島保安官は物怖じしてなかった。
「公安ということは何かの陰謀絡みなのかな?
それとここは仮にも火災現場なんだ。
煙草は控えてもらおう」
「おっとこれは失礼、今消しますね」
清原と名乗る男は携帯灰皿に吸い殻を押し込むと、事情を語り出した。
「いえ、こちらの御住職が日仏連に僧兵の増援を要請していた情報だけはあったんですよ。
日仏連の本部は大袈裟と消極的だった結果がこの有り様でして、今は蜂の巣を突ついたような騒ぎになっています」
そこから清原が語りだす内容に二人は呆れだす。
仁生寺の住職は転移前は大きな寺の一介の僧侶であった。
結婚して娘をもうけたが、異世界転移が転機となる。
娘の古林真由は、転移の年に高校を卒業したが当然ながら世間は大混乱の最中で進学どころではなく、就職先も無かった。
食い扶持を稼ぐべくいち早く大陸に渡航し、冒険者として活動を始めた。
幸いなことに部活の弓道と授業で習った薙刀の技術があったから、ずぶの素人よりはマシなレベルだった。
もう1つ幸運だったのは、パーティのリーダー、レイドンが上級貴族の四男だったことから紳士的で、わりと上品な冒険内容だったらしい。
そのうち日本をはじめとする地球側と皇国との戦争が始り、彼の父親や兄達が一族の主だった男達とともに米軍による皇都大空襲の餌食となって、生きて帰って来なかった。
冒険の旅に出ていたレイドンは急遽呼び戻されて、家督と降格された爵位を継ぐことになった。
ただこの時には真由の腹には子が宿っていた。
二人の結婚は当然のごとく一族の女性達に反対された。
「ちょうどこの頃には、この地にマッキリー子爵家が封じられて、日本人が入植するようになり仁生寺が建てられました。
彼女は実家に身を寄せることになります」
侯爵領から辺境伯爵領に領地替えとなったレキサンドラ辺境伯レイドンは、新たな領地の統治や日本への賠償などに日々が費やされることになった。
さらには領地と接するマイノーター族との紛争も始まった。
兵団が壊滅していた領邦軍は辺境伯自ら剣を振るう事態に何度も陥った。
ようやく紛争も落ち着き、領内での実権を確かな物にしたレイドンは 真由と息子義之を呼び寄せるつもりだったらしい。
「しかし、長年の過労が祟り、辺境伯殿は急死。
後継ぎのいない辺境伯領は混乱に陥ります。
断絶の危機だからですね。
そこに辺境伯殿の私生児がいることを思い出したのです。
辺境伯領から使者が仁生寺に出されますが、今頃虫がいい話と住職は激怒します。
一方で、法力と大陸系魔術の才が認められた義之少年の確保を日仏連に命じられていた事情もあったようです。
両者の話し合いが拗れた結果がこれです」
清原は焼け落ちた仁生寺を指さす。
「なるほどねぇ。
それで公安さんは何しにこちらに?」
「現場のあなた方に現状を説明しろとの総督府からのお達しと、誘拐された二人を保護しろとの実働部隊を連れてきました。
人手は必要でしょう?
ただ対象の二人の行方がわからない。
レキサンドラ辺境伯領方面くらいしかね」
話をしているうちに岡島保安官と清原調査官双方の携帯電話がなり響く。
双方が電話を終えると、新たに得た情報を語りだす。
「うちのパトカーが放置された竜車を発見した。
ロッドウェル男爵領方面の街道です」
「こちらは悪い情報です。
僧兵の一団が各鉄道駅からその街道沿いに展開して網を張り始めました。
連中の耳も早い、たた対象の進路は山越えのようですね。
ヘリでも無いと追い付けないですな」
視線を向けられた土田三佐は溜め息を吐く。
「わかった、わかった。
うちからヘリを出すよ」
この季節にまだ残雪が残る山を8人の男達と一組の母子が騎竜に乗って進んでいく。
峻険な山肌も倒木も騎竜の歩みを留めることは出来ない。
恐れを知らない騎竜達だか、乗っている者逹は冷や汗物である。
特に乗り馴れていない真由は何度も目をつむり、舌を噛みかける。
「竜を信頼して身を委ねて下さい。
彼等の爪先は大地をしっかりと掴んでいます」
「簡単に言うわね。
振り落とされないようにするのが精一杯よ」
「あなた方は私が命に換えて守りますよ」
「誘拐しに来た人の台詞じゃないわね」
ギルティスと同乗していた真由は、少しは恐怖心が薄れていた。
「あの子、義之を辺境伯にするつもりなの?
まだ9才なのよ」
「もうそんなに経ちますか。
私は当時は侯爵家だったレキサンドラ家に仕える騎士団長の四男でしてね。
似たような立場だったレイドン様とは呼び捨てにしあった親友の間柄でした。
レイドン様は三男とはいえ、侯爵家の血筋。
跡取りのいない子爵家あたりの婿養子になるべく、育てられましたが出奔し、冒険者になられました。
当時は勝手なことをと憤ったものでしたが、日本との戦争が始り、先代様は一族と郎党の男のほとんどを連れて皇都に向かいました。
皇都では皇帝親征のパレードに参列すべく、成人した貴族の子女は勢揃いという状況です。
そして、パレードの当日全てが灰となった」
「貴方も皇都に?」
「私も義之様と同じく私生児だったのですよ。
まだ騎士見習いでしたから留守番を命じられました。
だから生き残れましたが一族は全員死にました」
その結果、レイドンが危急のレキサンドラ家を救う為に戻ることになった。
レイドンの出奔がレキサンドラ家の寿命を延命したのは皮肉な話だった。
「そう……
同情はしないわよ。
私もあなたに父を殺されたから」
「辺境伯家安泰の暁には如何様にも罰を受けましょう」
暫く無言が続いたが、斥候の竜騎が止まるように合図をしている。
「ふむ、人の足でよくもここまで……
手練れだな、総員御曹子と御母堂様を護りながら突っ切るぞ。
一度振り切れば人の足では追い付けぬ」
異形の集団は全員が白衣の法衣に身を包み、手には錫杖を構えている。
額に頭襟(ときん)と呼ばれる帽子を被り、手甲を装備している。
「自衛隊?
いや、警察とも違うか?」
「あれはうちの方の追手よ。
でもこんなところにもいるのね、山伏の皆さん」
山伏或いは修験者と呼ばれる彼等は、異世界転移後にも大陸の山中で修業の日々を送っていた。
「転移前からそれなりにいたけど趣味の領域だったのよ。
転移後に冒険者や法力の存在が知れると、ガチめに大陸で修業する人が増えちゃったのよね」
古林真由の独白にギルティスが鼻白む。
相手の実力は不明だがこちらの進路に網を張られてたのは事実だ。
「どうやってこちらの居場所を?」
「ダウジングの一種かな、あれは……
あとは周辺の山々にいたのを携帯電話でかき集めただけだよ」
年長の山伏が答えてくれる。
まさか答えてくれるとは思わなかった。
ギルティスは驚くがやることはひとつだ。
「押し通る」
その言葉に山伏達も戦士達も身構える。
山伏達も闘う術を修得している。
日本本国と違い、人里を離れればモンスターと遭遇するかもしれない大陸の山中で修業を行っているのだ。
基本的には戦闘は避けるが、どうしようも無い時はモンスターを追い払うべく、独自の武術を確立させてきた。
日本仏教連合は彼等が編み出した武術を体系化し、後進に学ばせることに成功した。
また、彼等の法具を武器に転用できる用に改造も施していた。
レキサンドラ辺境伯家の戦士達の前に現れたのは、そんな修業を行っていた14人の山伏達だ。
彼等は一斉に法輪を取り出すと、指に掛けて回しながら投擲してくる。
鉄で出来ており、騎竜の鱗に覆われた硬い皮膚には効かないが、騎乗している戦士達に当たると、落竜する者が二人出てしまった。
日仏連合は法輪での戦い方々をインドのチャクラムに求めたが、古くは日本の忍者が使う戦輪、飛輪、円月輪といった同系統も参考にしている。
山伏達が投擲したのは、モンスターと対時した時の為に棘が外輪に突いたバージョンだ。
フリスビーの如く飛来する法輪は、軽装の戦士達の腕や足に刺さっていく。
「くっ!?
怯むな、突っ切れ!!」
法輪を剣で叩き落としたギルティスの号令で、騎竜
達は山伏達の周囲を突破しようと駆け抜けようとする。
「破!」
山伏達は錫杖を地面に突き立てると、予め錫杖に巻いて互いの錫杖に繋いだイラタカ念珠と呼ばれる数珠で、騎竜達の行手を阻む。
物理的な結界だ。
錫杖には自らの身体も重りとするが、人間を乗せた騎竜の突撃に耐えられる物では無い。
しかし、重さに耐えきれない錫杖が地面から抜けると、イラタカ数珠は騎竜の体に巻き付いていく。
ソロバン玉のような形の鉄の珠を繋いだイラタカ数珠が、鞭のように戦士の身体打つ。
痛みに耐えきれずに三人の戦士が落竜し、一匹は足を数珠にもつれさせて、戦士を乗せたまま山の斜面を転がっていく。
古林真由と義之母子を同乗させた騎竜だけは、イラタカ数珠による妨害を受けずに数人の山伏が錫杖で、ギルティスと義之を抱えた戦士を打ち据える。
落竜した戦士達が剣を抜いて山伏達に斬りかかるが、山伏逹は距離を取ってまともに対応しないが、戦士達が騎竜に乗ろうとすると法輪を投げて牽制する。
「隊長行って下さい!!」
一人が叫ぶと、ギルティスともう一人の騎竜が離脱していった。
「よくも邪魔してくれたな。
ここで片付けてやる」
剣ではなく、杖を構えた魔術師カポニが空中に渦巻く火球を発生させた。
山伏達の戦い方が余りにも独特で、戦士達が戸惑っていたのが状況を悪くさせた。
ならばこの魔術で形勢を逆転させるつもりだった。
戦士達もそれに合わせて突入する構えをとる。
山伏達も火球にぶつけるべく、独鈷杵を投擲する構えをとる。
研究の結果、火球に事前に固いものをぶつければ誘爆させることが出来ることがわかっている。
しかし、対時する両者の間に銃弾が着弾する。
「そ、そこまでだ。
仁生寺襲撃の件で逮捕する」
息も絶え絶えで現れたのは、マッキリー子爵領都リビングストン日本人街保安官事務所の岡島保安官と助手が4人だった。
岡島保安官はS&W M29回転式拳銃を発砲後に両膝を地面に付けて息を整えている。
もう少し若い助手達も上下二連散弾銃B.C.MIROKUを構えている。
カポニ逹は大人しく拘束されるが、黙秘を続けている。
抵抗して殲滅されれば追手はギルティス達を追うだろうが、拘束されれば彼等は自分達を放置できないからだ。
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