第125話 仁正寺焼き討ち
大陸中央部
マッキリー子爵領
領都リビングストン
マッキリー子爵領は、日本と王国の和平への功績を認められ、当時は男爵だった人物が昇爵して賜った領地である。
故に他の貴族からも恨みや妬みを買っており、陰険な嫌がらせが懸念された。
しかし、マッキリー子爵は賢明な人物であり、大陸中央の貴族としては最初に総督府の検地を受入れ、日本が喉から手が出るほど欲しがっていた石炭、ニッケル、ボーキサイトの鉱脈を差し出した。
当初は金、銀、銅の鉱山も日本に差し出していたが、他領でも採掘できるこれら資源の鉱山は子爵家側に返還される。
元々は帝国の天領だったこの地は鉱物資源が豊富であり、和平に協力し、この地を賜る様に運動した子爵の手腕は確かな物と言えた。
採掘の為に日本は周辺領から大陸民を多数雇用し、マッキリー子爵領の人口はうなぎ登りである。
さらには指導・監督や重機や車両の運転手、線路敷設の為に作られた駅員達等、日本人達もその家族と数千人単位で居住し、日本人街が出来上がっていた。
増えた人口も税収の増加に繋り、報告書を読んでいたマッキリー子爵はほそく笑む。
結果として、日本に厚遇されるマッキリー子爵家に余計な手出しをする者は皆無となっている。
正にこの世の春のような状況に笑みが零れるのも無理からぬところだ。
「農業の方も内政官の指導で豊作が確実だ。
日本に年貢を払っても残りが大きい」
「それはよう御座いました。
当初は日本人に領地を乗っ取られるのでは無いかと懸念しておりましたが、彼等はあまり日本人街からは出てきません。
統治にはあまり興味が無いのでしょうな」
執事のアルフが日本人街から買ってきたコーヒーを入れたカップを子爵の机に置く。
『サ-クル』から雇用した日本人内政官は、総督府からの監視を兼ねたバックアップもあり、順調にマッキリ-子爵領の発展に寄与している。
「周辺領の裕福な民も観光に訪れてくれるから有りがたいものだ」
「ですが最近妙な物が建ちまして……
日本の宗教施設で寺と呼ぶのだそうですが、そこから僧侶が領民に布教活動を行っていると、各神殿が警戒しています。
実際に改宗する者も出ており、家族からは不安な声も上がっています」
これまでは問題になっていなかったが、この地に建った寺、仁正寺は住職の孫が法力の力が使えるのが判明し、『存在する神』である事が証明された。
そして、日本の保護を求める領民が改宗を行いだしたのだ。
「仁正寺は自衛の為と称し、僧兵なる武装集団まで抱え込んでいます」
「土田三佐に相談してみるか、危険は無いか情報を貰わなければな」
土田三等陸佐は、この地に派遣されている日本国自衛隊第四先遣隊の隊長である。
先年、テロに倒れた朝倉一等陸佐(戦死扱い二階級特進)の後任として着任した人物である。
周辺のモンスター退治などで、子爵達とも交流は深い。
落ち着いてコーヒーの味を楽しんでいると、聞きなれない音が微かに聞こえてくる。
「あれは、サイレンだったかな?
緊急事態や傷病者の搬送を報せる為に鳴り響かせるものだったはずだが……」
「見て参ります」
アルフは執務室を出て行ったが、すぐに戻ってきた。
「御館様、どうやら火事のようです。
先程のは消火にあたる車両が鳴らしていたもので、火元は日本人街です」
「そうか……
当直の騎士を派遣して詳細を報告させろ」
「わかりました」
子爵としても神経質なことだと自嘲しているが、火元が先程話題にしていた仁正寺であったと報告されて、驚くことぬる。
一時間ほど前
仁正寺
仁正寺の門には二人の僧兵か警備に当たり、門の内側の詰所でお茶を飲んでいた。
彼等は盗賊やモンスターと戦う為に武芸は研いていたが、警備に関しては素人だった。
その為に一人がナイフで首を斬られるまで、対応が遅れた。
もう一人も修行が足りないのか、仲間が首を斬られるのに驚愕したまま動けず、ロングソードで上段から袈裟斬りにされて絶命した。
襲撃者は八名、身元を隠す為か大陸民の一般的な服装に武器だけを持ち込んでいた。
「寺にいるのは住職と坊主が三人、僧兵が三人。
下男、下女が一人ずつ。
これらは殺して火を付けろ。
住職の娘と孫は丁重に保護だ」
頭目と思われる男の指示で、寺にいたもの達が殺されていく。
僧兵の一人が槍を構えて、庭先に飛び出してくる。
その穂先は血に濡れている。
「おのれ何奴だ!!」
宝蔵院流の心得がある僧兵が槍を振り回して、襲撃者達を牽制するが、すぐに魔術師に光の矢を浴びせられて地に倒れる。
「マチューとデルーヴが殺られました」
「目標は確保した。
身元がばれないように二人の死体も火にくべろ」
仲間が妙齢な女性と幼児を抱えて馬車に乗り込んでいく。
後はこの街を脱出するだけだが、サイレンを鳴り響かせる消防車の警告灯が回転しながら辺りを照らしている。
証拠が消える前に火を消されるのはまずかった。
「カポニやれ!!」
仲間の魔術師に命令すると、空中に火炎球が生み出されて、消防車に向けて放たれる。
着弾と同時に爆発して消防車を横転させる。
「退くぞ」
馬車に乗った数人以外は夜の街に消えていった。
火災現場の検証が行われたのは翌朝だった。
消防車が襲撃されたことから、マッキリー子爵家の私兵と日本人街の治安を街から委託されている保安官事務所から要請を受けた自衛隊が街の封鎖を行われた。
幸いなことに消防車に乗っていた消防団員六名は負傷はしたが死亡者はいなかった。
保安官事務所は日本の施政下に無い日本人地区民生組織による司法執行機関である。
治安の維持と犯罪の捜査、拘置所管理などを担当している。
同様に消防署も無く、出動したのは消防団の団員達だった。
仁正寺の火災は後続の消防車によって消火されたが、ほぼ全焼だった。
病院に検死を依頼した岡島保安官は、医師の検死結果に眉間に皺を寄せる。
「遺体は遺体は十三体、うち刃物による殺害が十二体だって?
参ったな、うちの事務所の手に余るぞ」
保安官事務所には岡島保安官の他に保安官助手が9人しかいない。
拳銃やライフルは装備しているが、僧兵を含む十数名を殺害した武装集団の相手には心許なかった。
「遺体のうち五人は大陸民よ。
下男と下女は大陸民だったんでしょ?
なら残りは襲撃者よ」
検死を行ってくれた春川女史の言葉に少し安心するが、そうなると遺体の数が、仁正寺の住民と数が合わないことになる。
「岡島殿。
御館様があまり長い間の町の封鎖は出来ないと言っていました。
事態を鑑み、明日の朝には封鎖を解除するとの言付けを預かってきました」
マッキリー子爵領の領都リビングストンの防衛を預かる騎士隊長ジルの勧告に岡島保安官は悩む。
二万人近く住む町の封鎖は、食料の生産を外部に頼っているこの街では致命的だ。
「現在は騎士団や兵団を総動員して、町の住民を戸籍と照らし合わせて封鎖区画の縮小を試みています。
武装集団への攻撃にも協力は惜しみません」
岡島保安官としてもいざとなれば自衛隊に要請すれば良いからそこは問題では無い。
「何故、仁正寺が襲われたかだな」
行方不明の母親古林真由と子供義之だが、父親の身元は不明となっていた。
母親古林真由は早くから大陸に移民しており、5年ほど冒険者をしていた経歴がる。
妊娠が発覚して、寺を開いた父親を頼りにこの町に来たのだった。
子供古林義之は四歳になる。
「岡島さん、吹能羅町の警察署から電話が……」
助手から携帯電話を受けとると、吹能羅警察署の署長から厄介な情報を聞かされた。
「どうしたの?」
春川女史の言葉に岡島保安官は面倒そうに答える。
「吹能羅の日本仏教連合本部が仁正寺の焼き討ちに非公式な報復を決断したそうだ。
数百人の僧兵が押し掛けてくるぞ……」
吹能羅町には総督府の影響力から距離を取るために日本仏教連合の本部と寺院が置かれていた。
僧兵達が武術の鍛錬をする為の道場もあり、常に数十人の僧兵が詰めていた。
また、修行として冒険者の真似事をしている僧兵にも召集が掛かっていた。
吹能羅の警察署は本部の僧兵を足止めする意向だが、散らばって個別に移動してくる僧兵には対処が不可能だった。
例え、ここが大陸の中央部でも汽車に乗ってくれば二日もあれば着いてしまう。
「強引に捜査に介入して、町の住民との軋轢は間違いなく起きる」
「困ります。
ただでさえ、他の神殿からあの寺は警戒されてたのに……
僧兵が集まってるのがばれたら他の神殿も神殿騎士や神官戦士を召集しますよ」
ジルも苦い顔をして言ってくる。
仁正寺と揉めていた神殿は間違いなく容疑者だ。
僧兵達が押し入るのが目に見えていた。
「せめて犯人の動機がわかれば絞り込めるのになあ」
ようやく近所の住民から母子の写真が手に入ったので、資料に加えられる。
その写真の子供の容姿を見てあることに気がつく。
「子供はハーフか……」
誘拐かれた子供の義之は、髪が金髪だった。
聞き取りをしていた助手達の証言で、義之は法力だけでなく、初期の大陸魔法が使えたことがわかった。
「つまり大陸民とのハーフか」
そこに事件の動機がある気がした。
仁正寺焼き討ち事件は新京の総督府にも報告された。
秋月総督は当初は現場の者達に任せようとしたが、公安調査庁新京支局のからの報告に方針の変更を決意した。
「サミット前に難儀なことだな。
連合にはこの情報が漏れないようにしろ」
そして案の定、日本仏教連合に情報が漏れて僧兵の一部がカッシーニ侯爵領に向かうことになる。
その中には、法力僧の権威である円楽大僧正と息子の剛少年も混じっていた。
大陸中央部
マッキリー子爵領
マッキリー子爵領を抜ける為の街道を幾つかの竜車と竜騎兵が駆けていた。
しかし、先行していた者達の合図で止まり、報告を受ける。
「ダメです。
この先の関所には子爵家の兵士が完全装備で待ち受けています。
兵士の数も30、騎士もいます」
平時なら関所の兵士達は、軽装で数も半分もいない。
通常なら竜騎兵で蹴散らせるのだが、マッキリー子爵家の兵士は潤沢な経済力から良質な武器や防具を装備していて厄介な相手だった。
「山を越えるか」
竜騎兵のデイノニクスは走破性に優れており、馬でも通れない難所も軽々と駆け抜けることが出来る。
だが竜車を牽引しているゲルダーは、四足歩行の角竜だ。
道なき道を駆け抜けるのに向いていない。
「やむを得んな」
愚図愚図していると、子爵家の兵士の増援や日本の保安官事務所の追跡に追い付かれてしまう。
頭目のギルティスが竜車にひざまづく。
「申し訳ありませんが、この先山を越えます。
竜騎に同乗して頂きます」
「勝手なことばかりだけど、あの子を連れていくなら仕方がないでわね。
暖めの恰好にするから手伝って」
竜車から出てきた女性は日本人で、焼き打ちされた仁生寺の住職の娘で義之の母の古林真由だった。
着のみ着のままに拉致された彼女だったが、身のこなしは一般人のそれではない。
出産前は冒険者として活動しており、槍の心得があるが今は持たされていない。
男達は彼女の父や知り合いを殺し、無理矢理拉致したのに恭しく扱っていた。
「御曹子は命に換えてお守りします」
「私もついでによろしくね」
真由はギルティスの竜騎に同乗して山越えを敢行することになる。
このルートならば日本の車では追跡出来ない。
それでも真由には今は何も出来ないと従うしかなかった。
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