第127話 マノイーター

「我々は市民の義務と仁生寺の遺児達の保護をしようと協力要請のもとに動いている。

 また、この件は冒険者ギルドからの依頼としても受けている。

 仁生寺には何かと世話になっていたしな」


 山伏の一人がそう告げると、冒険者としての免許証もみせてくる。

 山伏として活動するにしても資金はいるし、モンスターは襲ってくる。

 リビングストンの冒険者ギルドは日本企業に買収されており、免許証はICチップ入りでキャッシュカード機能も持っている。

 山伏達からすれば、賞金首を狩りに出てきたと主張できる。

 日仏連からの依頼もあることへのカモフラージュになって都合がいい。


「事件が起きてからまだ三日だぞ? 

 さすがに賞金が掛かるのが早すぎだろう」


 岡島保安官は疑問を口にするが、冒険者ギルドに電話で問い合わせると個人ではなく、盗賊討伐と同じ扱いの依頼として指定されていた。


「依頼としては母子は取り返せなかったし、犯人は保安官殿達が拘束したから失敗かな?」

「ギルドにはこちらから犯人の確保に貢献があった。と連絡しておく」

「それは助かる。 

 しかし、保安官殿達も意外と早くこちらに着かれたな」

「騎竜に乗れるのは、大陸民だけじゃねぇよ」


 保安官助手の一人が繋いでいるデイノニクスを数匹連れてくる。


「なるほど西部劇の保安官みたいですな。

 ではこの後はどうするのですか?

 我々は他の仲間が麓で待ち構えているので、一度山を降りる積もりですが」

「こいつらを街に連行するのを手伝ってくれ、こっちも別の追手が放たれてるからな」




「逃げられた?」


 領都リビングストンに戻った岡島保安官は、公安調査官の清原から聞いた報告に頭を抱えた。


「うちの実動部隊も日仏連の僧兵も振り切ったようですな。

 向こうも別動隊がいて足止めを喰らったらしい」


 仮にも辺境伯家が他領でここまで兵士達を動員してくるとは考えてなかった。


「俺の権限が及ぶのはこの領内までだ。

 日本人の誘拐に総督府は黙っていないんだろ?

 どうする気だ」

「土田三佐の第四先遣隊がレキサンドラ辺境伯領に乗り込むそうです。

 さすがに面子にも関わりますならな」







 陸上自衛隊

 第四分屯地


「第一小隊から三小隊までフル装備だ。

 杉元一尉、留守は任せる」


 百名しかいない陸自の隊員の九割は動員される。

 残っているのは会計班や整備班の隊員くらいだ。

 杉元一等空尉はこの分屯地の空自の警戒隊の指揮官だ。

 暫定的にこの分屯地の最高位になる。

 73式中型トラックが3両、軽装甲機動車3両、高機動車3両が装甲列車でレキサンドラ辺境伯領最寄りの駅まで運ばれる。


「あれも持っていくんですか?」


 杉元一尉の怪訝な表情に土田三佐は首肯く。


「司令車としても運用するからな」


 装甲列車に搭載されたのはソビエト連邦時代に開発、配備された歩兵戦闘車BMP-2だ。

 この分屯地の虎の子の車両のひとつだ。

 かなり老朽化しているが、丹念な整備で稼働可能な状態になっている。


「暇でしたからなあ」


 身も蓋も無い杉元一尉の言葉をスルーして、装甲列車に乗り込む。


「やってくれ」


 ダイヤを無視した特別便だ。

 国鉄関係者や鉄道連隊による調整の苦労が偲ばれる。

 総督府からは武力討伐は極力避けるように言われている為に示威行動にあたる。

 しかし、派遣された土田三佐は辺境伯領の実態に驚くことになる。







 辺境伯領

 領境の町フーシェ


 領境の町のフーシェに十数名の怪しげな一団がその門を潜った。


「はて?

 あっさりと門を潜れたな。

 普通は見張りの兵士とかいて、我らのような怪しげな集団は誰何されて当然だと思うのだが」


 自分で怪しげな集団とか呟いているのは、日仏連の理事に名を連ねる吹能羅の町で春風寺の住職に就任した円楽中僧正だ。

『青木ヶ原事件』、『旅客船いしかり海賊襲撃事件』、『総督府御遣い降臨事件』などで武名を馳せた彼には僧兵のシンパが多数集っていた。

 日仏連には温厚な彼に暴走しがちな僧兵達の手綱を握ってくれることが期待されている。

 もう1つ期待されているのは、同行している円楽の息子、剛だ。

 彼は周辺の地図の上に曼陀羅の柄を重ねて花弁を垂らしている。


「父さん、義之逹はこの町の方に向かってきているよ」


 曼陀羅を使い、結縁ある者の居場所を占う法術だ。

 結縁とは、仏・菩薩または仏道に縁を結ぶことで、それぞれの信仰する祖師や僧侶に帰依することを意味する。

 義之少年は法力の才があることから、早くから祖父に出家や在家、あるいはその対象を問わず、どの仏に守り本尊となってもらうかを決める儀式、結縁灌頂(けちえん かんじょう)が行われていた。

 そのおかげで、剛には義之少年の縁を辿ることが出来、占われた進路をさらに絞った結果、山伏達が先回り出来たのだった。


「まるで仏教版のダウジングだな」


 円楽が息子の占いに周辺で別行動を取っている僧兵達を集めるように指示する。

 しかし、斥候に出ていた僧兵が慌てたように走り寄ってくる。


「わかりました、妙にこの領の領境の警備が手薄なのかが」


 旅の武装した僧形等、中世欧州のような街並みの大陸では異質でしかなかっただろう。

 ましては相手は仁生寺を焼き討ちした辺境伯の兵士達だ。

 それなのに円楽一行は、あっさりと領境を抜けて辺境領に入ってこられた。


「ふむ、それでその理由は?」

「辺境伯領邦軍は実質的に壊滅したからです」







 レキサンドラ辺境伯領境の森


 そもそも辺境伯とは何か?

 時代や国よりその在り方は異なるが、中央から遠く離れた地方を統轄する役目を与えられた貴族の爵位である。

 単なる伯爵より上位で、侯爵に近しい。

 国境の防衛や異民族と境を接する領地を与えられ、有事には周辺貴族や束ねて軍事的な指揮権も有している。

 このアウストラリス大陸では、長らく国境は存在しなかった。

 よって辺境伯は皇国にまつろわぬ異民族や異種族に対しての防波堤、或いは占領軍として封じられてた。

 南部で反乱を起こしたポックル族に対してのバルカス辺境伯がその一例だ。

 対してレキサンドラ辺境伯家は元は侯爵家であり、敗戦で降格となったが、辺境伯家として再興したのは王国側の配慮であったが能力が見合っていなかった。

 レキサンドラ家は当主をはじめとする領邦軍が米軍のB-52爆撃機の空襲により全滅に等しい状況だったからだ。

 急遽、家督を継ぐ羽目になったレイドンは同様に辺境伯から伯爵に降格となった前辺境伯が解雇した兵士達を率いて事にあたり命を落としたのである。


「そんな危ない領地の領主を義之にやらせようと?

 冗談が過ぎるわね」

「日本の血を引く者が領主になれば総督府の支援が受けれるかもという思惑もあります」

「普通はそういうのは反対する人がいるものじゃないの?」


 古林真由の言葉にギルティスが剣を抜く。

 途中、合流した兵士も含めて七名の同行者もだ。


「また追手?」

「いえ、むしろ真の敵という奴です。

 レイドンから聞いていませんでしたか?

 我等辺境伯領邦軍は、マイノーターと呼ばれる種族と戦っていると」


 森を駆けるギルティス達の前に現れたのは、牛頭人身の種族マイノータだった。

 その体格は何れも身長2mを越える巨体であり、筋骨隆々だ。

 腰に申し訳程度に腰布を纏っている等の蛮族スタイルで、両刃の斧(ラブリュス)や棍棒で武装している。


「ミノタウロス!?」

「日本ではそう呼ぶのですか?

 我々はマイノータと呼んでいます。

 人の肉を喰らい、女を犯して喰う。

 人との対話が不可能な亜人です」


 真由の驚きの言葉にギルティスが答える。


「でもたったの2匹、倒せるわよね?」

「問題はありません」


 言葉の通りにギルティス達はマイノーターを取り囲み、斧や棍棒の攻撃範囲外からナイフや石を投擲したり、小銃で強かにダメージを与えてから斬り掛かっている。

 義之を背後に隠しながら真由自身も兵士から私は渡された剣で身を守っている。

 二匹のマイノーターは瞬く間に肉塊に変えられていった。

 しかし、ギルティスをはじめとする兵士達の顔は暗い。


「何が懸念なの?」

「仮にも義之様を護衛するルートです。

こんな場所に連中がいる筈が無かった、急がねば……」







 レキサンドラ辺境伯領

 領境の町フーシェ近郊の村


「南無!!」


 息子から剛力の法力を付与された金棒を振るい、円楽はマイノーターの頭を叩き潰した。

 周囲では円楽がかき集めた僧兵30名と10人程の冒険者達がマイノーター20匹程と戦いを繰り広げている。

 円楽が倒したのはその中でも最も巨体なマイノーターだった。

 明らかに頭目と思われるマイノーターが倒されたのに他のマイノーター達は、怯むことなく戦いを続けている。

 負傷者が続出しているが、死者が出てないのは剛の法力霊波による治療が功を奏している。

 殲滅は時間の問題だが村人の生き残りがどれほどいるかが問題だ。


「円楽中僧正!!

 奴等は女、子供を村の外に連れ出そうとしています」

「くっ!?

 人手は避けんか、邪魔だ!!」


 さらに一匹のマイノーターの顎を金棒で突き上げて首の骨を折るが、まだこの場を離れられない。

 女、子供を拐うマイノーターも十分な数がいるだろう。


「まずはこの場のマイノーターを始末してから追う。

 そうでないと手が付けられん」


 始末とか僧にあるまじき言葉だなと円楽は苦笑してしまう。


 円楽達がフーシェの町で聞いたのは、マイノーターの勢力圏とレキサンドラ辺境伯領を隔てる大山脈。

 この山脈が有る限り、マイノーターが大挙して攻めてくることは無かった。

 山脈にはろくに獲物となる生き物もおらず、保存できる食料を造れない大食漢のマイノーターには越える事が出来ない壁となっていた。

 稀に山脈を越えてくるマイノーターもいるが、一匹か二匹なら村の自警団でも追い払うことが出来る。

 また、この山脈には一本の回廊が通っており、辺境伯領とマイノーターの勢力圏を結ぶ実質的に唯一の道だった。

 しかし、辺境伯家はここに堅牢な砦を造ることでマイノーターの侵入を防いでいた。

 それが日本との戦争で先代辺境伯家が伯爵家として領地替えとなり、後釜として封じれたレキサンドラ家は、私兵軍を壊滅させたばかりだった。

 故レキサンドラ辺境伯レイドンもこの砦で戦死したのだ。

 そして、最後まで戦っていた領邦軍が玉砕し、砦が陥落したのが五日前。

 皮肉にも仁生寺が焼き討ちされた夜だった。

 辺境伯領に侵攻したマイノーター達の数は千を越えていた。

 円楽はさらにもう一匹のマイノーターを倒すが、また別のマイノーターが十数匹こちらに向かってくるのを目にする。




 フーシェの町


 ギルティスと真由達もフーシェの町に到着していた。

 そこでようやく辺境伯領邦軍の壊滅の報を聞いた。


「遅かったか」

「ちょっと大丈夫なんでしょうね。

 私達をこんなところに連れてきて」


 実家を焼き討ちされた挙げ句に危険地帯に連れて来られたのでは、たまったものではない。


「大丈夫の筈でした。

 義之様が辺境伯に襲爵して頂ければ、辺境伯としての権限が使えます。

 そうなれば周辺貴族の領邦軍を動員できます。

 しかし、今となっては間に合わない……」


 仁生寺の住職との交渉が拗れて長引いたのが致命的だった。

 すでにフーシェの町には、周辺の村から避難民が押し寄せている。

 しかし、町の警備隊も留守部隊だけで主力は砦の防衛で全滅していた。



「領都トレバまであと二日、本来は王都ソフィアまで行ってもらい、王から襲爵して頂くのに半月。

 動員を掛けて、援軍が到着するまでにさらに半月掛かります」

「とても間に合いそうに無いわね」


 真由達の前には村を追われて打ちひしがれている者、拐われた家族を助けてくれと冒険者ギルドに押し寄せる者達、負傷し神殿の神官達から治療を受ける者、すでに死んで布に覆われた者が町中に溢れている。


「ギルティス隊長、自衛隊の先触れが町の外に。

 町の捜査と部隊を通過させろと通達を出してきました」

「もう追い付いてきたか。

 お二方にはどこかに隠れて頂いて……」

「ねぇ、いっそ投降しない?

 そして自衛隊に車なり、ヘリコプターなりを出して貰って領都と王都に行ってもらうのよ。

 そうすれば大幅に日にちを短縮出来るわ」


 ギルティスが指示を出すのを真由が遮る。

 ギルティスとしては願ったり叶ったりだ。

 自分達は逮捕されるだろうが、辺境伯領は救われる。

 一刻の猶予もならなかった。




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