第128話 襲爵
フーシェの町
先遣隊からの報告に陸上自衛隊土田三等陸佐は、派遣部隊の本隊をフーシェの町に到着させた。
避難民が押し寄せた町の惨状に困惑したが、出迎えの町長から話しを聞きながら移動する。
日仏連が派遣した僧兵第2陣30名を隊員と協力させて、避難民に食料の提供や医療支援を指示する。
土田三佐自身は数人の隊員を連れて町長の屋敷に乗り込んだ。
町長に案内された応接室には、古林真由と息子の義之、レキサンドラ辺境伯爵家領邦軍騎竜隊隊長ギルティスがいた。
「陸上自衛隊の土田三等陸佐です。
お二人の保護並びに誘拐犯逮捕の為に参りました。
ギルティス殿は誘拐の実行犯として拘束されるとのことだが部下の方々はどうしたのかな?」
大陸に駐屯する自衛隊隊員には警察権も与えられている。
通常の警察権は、社会や公共の秩序を維持するために国民に対し命令や強制を加える公権力のことだが、大陸に於いては日本国民に危害を加えようとする大陸民も対象となっている。
「部下達は私の命令に従っただけだ。
今回の計画は玉砕した領邦軍上層部や領都にいる家宰、侍女頭が画策したものである。
実際問題として兵士達は、辺境伯領の危機に対処する為に前線に向かわせた。
おそらく誰も生きて帰ってはこれまいから、そこは勘弁して欲しい」
「そうはいきませんな。
前線とやらはどこですか?
邪魔する輩がいたら実力で排除します」
ギルティスは沈黙を保ちながら、テーブルに広げられた場所を指で指す。
「ギルティス殿には第3小隊と同行し、どの兵士がそうなのか特定してもらう。
第3小隊は邪魔する者があればこれを全て排除しろ」
部屋から連れ出されたギルティスは、73式中型トラックに乗せられて軽装甲機動車、高機動車と前線に向かうことになる。
「保護して貰ったところで悪いけど、今さら帰るところも無いのよね。
レキサンドラ辺境伯家には賠償と養育費を貰いたいから、申し訳ないけど領都トレバまで送ってもらえないかしら?」
「建て前は結構、状況はこちらでも把握している。
領都トレバと王都ソフィアにはヘリコプターを用意します。
すでに関係各方面への根回しが行われていますが、本当によろしいので?」
これは義之少年が辺境伯を襲爵することを意味した。
「ことが治まったら精々辺境伯家からむしり取ってやるわ。
それもむしり取れる物が残ってればの話だけど」
「当面は難しいでしょうが、長期的になら我々も動員された請求書を送れるでしょう」
マイノーターの勢力圏とを隔てる砦は陥落し、マイノーター達の集結地点となっていた。
砦は回廊を塞ぐように建設されており、砦内部の通路を通らなければ辺境伯領には入れない。
通路自体も人間サイズな為に巨体なマイノーター達は屈んで進まなければならないのが、進軍を遅らせる原因となっていた。
砦内部では奮戦した領邦軍の将兵や近隣の村人が食い尽くされていた。
性欲の捌け口だった女性もこの砦まで持ちこたえることは出来なかった。
つまり生存者はいない。
砦の前に陣取るマイノーター達を蹴散らし、歩兵戦闘車BMP-2が正面に鎮座した。
マイノーター達はBMP-2に両刃の斧(ラブリュス)や棍棒を降り下ろすが、その装甲にはビクともしない。
後続の第2小隊を乗せた73式中型トラック、軽装甲機動車、高機動車から降車した隊員がBMP-2のまわりのマイノーターを銃撃で排除していくと、BMP-2からも隊員が降車してマイノーターに対する火力が増していった。
人間よりははるかに頑丈な身体を持っているマイノーターは、AK-74小銃の5.45x39mm弾を数発撃ち込まないと仕留めることが出来ない。
「手榴弾!!」
隊員達が手榴弾を投擲してマイノーター達を吹き飛ばして前進する。
隊員達が迫り来るマイノーター達を銃撃で防いでる間に、BMP-2はその全火力を砦に向けて撃ち放った。
主武装の30mm機関砲2A42、2連装9M113 コンクールス対戦車ミサイル 4発、副武装の30mm自動擲弾発射機がマイノーターごと砦の主通路を粉砕していく。
石造りの砦は崩壊しながらマイノーター達を押し潰し、瓦礫は壁となっていった。
村人達を保護しつつ、領邦軍の生き残りと村を放棄して後退を続けていた円楽達のもとにもギルティスを乗せた自衛隊第3小隊の車両が加わっていた。
形勢が逆転し、73式中型トラックに負傷者や子供を乗せて先に退かせる。
「隊長!!」
ギルティス達のもとに部下達が集まってくるが、ギルティスも剣を抜いてマイノーターに斬りかかっていく。
「いいんですか、武装解除とかしなくて?」
「避難民のピストン輸送が完了したらするさ。
今は人手が足りない」
言いながら自衛隊隊員達も更なる銃撃をマイノーター達に加えていく。
フーシェの町
「到着します。
まずはあれで領都トレバに向かって貰います」
「随分、古そうなヘリだけど大丈夫?」
土田三佐と古林真由が空を見上げると、1機のヘリコプターがホバリングしながら降下してくる。
旧ソ連軍大型輸送ヘリコプター Mi-26は、隊員達の誘導で即席のヘリポートに着陸する。
ヘリからは白い野戦服を着た自衛隊の隊員達が降りてきた。
「那古野に駐屯することになった冬期戦技教育中隊から2個小隊をまわしてもらいました。
回廊のマイノーターは抑えていますが、山岳部を横断してくるのも少数ですがいますから。
回廊と山岳部の敵の侵攻を防ぎ、領内に侵攻したマイノーターを殲滅しますが、敵の主力もまだ連中の勢力圏内です。
時期に我々も退かなければならない」
「優勢なんじゃないの?」
「こんな大軍を相手するとは想定してませんでしたからね。
弾が底をつきそうです」
レキサンドラ辺境伯領
領境の山脈
辺境伯領とマイノーターの勢力圏内を隔てる山脈はいまだに深い積雪を残している。
散発的に山越えを企てるマイノーターの群に、白い野戦服を着てスキーで急斜面を滑走し、ライフル射撃を慣行してくる陸上自衛隊冬季戦技教育中隊の隊員が殲滅していく。
冬季戦技教育中隊は、転移前の冬季戦技教育隊が前進となっている。
転移後は冬季レンジャーやスキーのインストラクター資格のある志願隊員を集めて、中隊規模にまで発展させた。
皇国との戦争でも神出鬼没のゲリラ部隊として活躍した。
近年は西方大陸アガリアレプトの戦線に投入されていたが、那古野市防衛に懸念を覚える総督府の要請で駐屯することとなった。
今回の作戦では2個小隊が動員されている。
「ヘリが戻って来ないから一度降りたら戻って来れない。
分隊ごとに散開させたが、マイノーターの勢力圏側は回収が大変だ。
降下を控えてピバークさせて陣地を構築させて対応しよう」
指揮を任された冬季戦技教育中隊副隊長兼第2小隊隊長の朽井二等陸尉が無線で各分隊に指示を出す。
回廊の封鎖は第4先遣隊が砦を破壊してその残骸で成功させたが、その分マイノーターがこちらに増えてきていた。
第4先遣隊は弾薬が尽きて、フーシェの町まで撤退。
僧兵や辺境伯軍の残存戦力と防衛の準備を整えながら援軍と補給を待っている。
「こっちもあまり派手にはやれんな」
幸いなことにマイノーターも別に雪が得意な種族ではなく、足を雪に取られて動きが鈍い。
ロクな防寒装備も無いみたいだ。
「お、また来たか。
第5分隊、2時から3時の方角、距離500、15匹、始末しろ、無駄弾を撃つな」
大陸中央
アウストラリス王国
王都ソフィア
国王モルデール・ソフィア・アウストラリスは、この大陸で唯一王の地位に座る者である。
その国王陛下が真夜中の就寝中にも関わらずに轟音に寄って眠りを妨げられるのはどうかと考えていた。
「あのうるさい碓井がいなくなったかと思えばこれだ」
陸上自衛隊第17即応機動連隊隊長碓井一等陸佐は訓練と称して、王城の横に隣接した駐屯地で射撃の訓練や車両の移動、隊員の掛け声を挙げさせて、騒音を王城に響かせる迷惑な男だった。
そんな碓井一佐と17即連の隊員達は、大陸東南部に建設された稲毛市に駐屯する為に王都からいなくなった。
勿論、今でも駐屯地には管理小隊と称する部隊がいるが戦闘部隊でも無いので静なものとなっていた。
それがこの夜は、駐屯地のヘリポートにテイルローターの轟音を鳴り響かせて、旧ソ連軍大型輸送ヘリコプター Mi-26が着陸していた。
すぐに侍従が総督府からの使者とレキサンドラ辺境伯の次期当主が至急謁見を望むと伝えてきた。
「朝じゃ駄目なのか、朝じゃ……」
侍従が持ってきた書簡を事態を把握する。
「事態は急を要するな、襲爵の儀式は略式でよいな?」
まだ10才にも満たず、御披露目も済ませてない幼児を辺境伯に襲爵させる等、無茶振りもいいどころだと、モルデールは同情を禁じえなかった。
「まあ自衛隊がいるとはいえ、余も兵を出さないとな。
それと今宵の城の当直はアブレーコだったかな?」
「左様にございます、陛下」
「アブレーコに勅令を出すから、謁見の間に急ぎ参内するように伝えろ」
大急ぎで謁見の間に呼び出されたアブレーコは、近衛騎士団第8大隊の隊長である。
謁見の間では略式であるが、古林義之の辺境伯襲爵の儀式が行われていた。
しかし、古林義之がまた幼年である事と、事態の推移が一刻を争うことから、誓いの儀式に必要な司祭が到着していない。
代わりに後見人の一人として同行してきた円楽中僧正が一応は大陸でも認可された宗教団体の高僧として立ち会うことなったが、その場にいた誰もが
『いいのか?』
と、首を傾げている。
国王であるモルデール自身も『御仏ってなんだ?』
と内心で考えていた。
円楽は僧兵を率いて村を襲うマイノーターの群れと戦っていたが、多勢に無勢で不利に陥っていた。
弾薬不足で後退する自衛隊の車両に救助されて、領都トレバまで帰ってこれた。
そのまま息子の剛とMi-26に放り込まれて王都ソフィアに連れて来られた。
「まあ、剛の姿を見て息子さんが安堵してくれたから結果オーライですな」
「すいません中僧正様にまでご迷惑を掛けて……」
母親として謁見の間に参列した真由が円楽に頭を下げている。
旧知の円楽の息子の剛の姿に戦ってばかりいた大人やマイノーターの姿に怯えていた義之は、ようやく笑顔を見せている。
「汝、ヨシユキ・コバヤシ・レキサンドラ。
我、アウストラリス王国国王モルデール・ソフィア・アウストラリスと御仏の名に於いて、そちをレキサンドラ辺境伯として封じる。
王国と民の為に義務と責任を果たせ」
謁見の間で紙に書いた文を読むように言われた義之は、眠そうに辿々しい言葉で読み上げる。
「ボク……わたくし、ヨシユキ・コバヤシ・レキサンドラ?
国に忠誠を誓い、御仏と民の為に辺境伯として、頑張ります」
幾つか文章が抜けてるし、最後が間違ったりしてるのだが、全員大人の対応でスルーする。
こんな深夜に幼子に何をさせているのか、という自覚はあるからだ。
本来ならひざまづいたり、王の指輪にキスをしたりと色々あるのだが全部省略された。
だいたい参列する貴族が誰一人として来れていない。
義之は辺境伯の証の杖を受け取り、
「マイノーターの脅威から民を守る為に周辺の貴族に連合軍の派遣を命じます」
と、宣言した。
モルデールは参列に混じるアブレーコを呼び出す。
「アブレーコ、余の名代として城に常駐している騎士や兵士から、レキサンドラ辺境伯領に対する援軍を指揮せよ」
「御意。
しかし、間に合うでしょうか?」
「馬や竜では間に合わないからな。
小代二尉、あのヘリコプターには何人乗れる?」
自衛隊ソフィア駐屯地管理小隊隊長小代二等陸尉に尋ねる。
「人員だけなら150名は乗れます。
一時間もあれば領都トレバ到着出来ます」
「10日の行軍距離を僅か1時間か。
宜しい、援軍の輸送を日本に依頼しよう。
アブレーコは兵と武具を大急ぎでかき集めろ」
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