第129話 封鎖
フーシェの町
回廊に一番近い町、フーシェに立て籠るのは自衛隊員30名、僧兵40名、領邦軍60名、冒険者を含む町民や避難民からの志願者120名、町民6000名、避難民2000人ほどだった。
「小銃の弾丸は各隊員、最後の弾装を残すのみ。
近隣の村の退避は終わってるから、マイノーター達はこちらに来るしかない。
有り難いことにこの町は城砦都市、守るには最適だ。
籠城しかない」
土田三等陸佐の言葉にギルティス等各部隊の長が頷く。
すでに古林義之の辺境伯襲爵や援軍の出発は連絡が来ている。
可能な限り、非戦闘員は領都トレバに逃がしたかったが、すでに辺境伯領側に少数ながらマイノーターが紛れ込んでいる。
現在はこれの駆逐に第2小隊が駆けずりまわっているが、日が昇る前の避難は危険が多かった。
マイノーターの怪力ぶりから、回廊を封鎖した砦の残骸の撤去等、さして時間は掛からないだろ。
回廊の出口には第3小隊が陣取り、監視と足留めを試みている。
援軍と補給を要請しているも戦場は大陸中央部の為に陸自の主戦力がいない。
「そもそもあいつら何でこの時期に攻めて来たんだ?
領邦軍の戦力が弱体化したとかを察する知能があるとも思えんのだが」
ギルティスが挙手して発言する。
「そこは誤解があるな。
腰布一枚しか纏っていないマイノーターしか見てないだろうから無理も無いが、あの両刃斧を造る技術がある。
千匹に一匹は将軍級と呼ばれる個体は鎧や盾も使うし、現地じゃ貫頭衣くらい着てる。
今回は領邦軍が実質的に壊滅していた数年間、奴等に対する間引き的討伐軍を出せなかった。
日本側が言っていたモンスターのスタンピードが奴等にも当てはまったのだと思う。
山脈の向こう側の大地は巨大な湖があり、完全に封鎖されている。
水は豊富なので豊潤な森の恵みがあった筈だか、そろも食い尽くしたと領邦軍上層部は考えていた。
雑食で何でも食う奴等が食い尽くしたのだろう、どれ程増えたのやら」
色々と調査した結果、辺境伯領に進撃してきたマイノーター達は何れも成年の牡だった。
「嫌だぞ、この戦いが終わったら異種族浄化とかいう虐殺に動員されるのは」
だが現実問題として、交流どころか意志の疏通も諮れてない相手とどう決着を着ければよいのか、落とし所が無かった。
「よくあんな凶暴な連中をあんなところに押し込んで維持できてたな」
「そこは初代皇帝陛下による討伐と砦の建築、長年の前辺境伯家の功績だな。
前辺境伯家の初代は、初代皇帝陛下の冒険者時代の仲間だったらしいし」
話はそこまでで、モニターを監視していた隊員が報告してくる。
「隊長、瓦礫が撤去というか、粉砕されて道が出来ました。
こちら側に出てきましたよ」
通常より大型の個体が両刃斧を振るって、残骸を破壊して通路を造っていた。
破壊された通路から通常サイズのマイノーターが飛び出してくる。
「第3小隊が発砲を開始しました」
簡単な土塁や岩影に隠れていた隊員達がマイノーター達を射殺していくが、頑健な体躯には数発を撃ち込む必要がある。
ましては将軍級が岩を持ち上げながら盾にして前進してくる。
小銃の残弾も少ない。
「RPG!!」
小隊長が叫ぶと隊員の一人が将軍級マイノーターにRPG-7を撃ち放つ。
将軍級マイノーターは咄嗟に岩塊を盾にするが、RPG-7の弾頭が着弾とともに爆発して岩塊ごとマイノーターの上半身を吹き飛ばす。
その間にも通常のマイノーターが複数回廊を出ようと密集して殺到する。
「もう1発行け!!」
RPG-7が再び発砲され、マイノーターの集団を吹き飛ばすが、後衛にいたマイノーターが傷だらけになりつつも第3小隊の陣地に飛び込んできた。
距離が近くて、小隊長が拳銃で始末するがさらに回廊の出口にマイノーターが集団で現れる。
「弾の切れた奴はトラックに乗れ!!
定員が乗ったらトレバに向かえ、後の連中はもう少し粘れ」
待機させている高機動車と軽装甲機動車にも銃弾が切れた隊員が乗り込んでいく。
小隊長も小銃も拳銃も弾丸を使いきり、高機動車に乗り込み撤収した。
「こちら第3小隊、回廊出口の遅滞戦を中止、トレバに戻ります。
欠員は無し、なれど弾薬も底を尽きました」
無線でトレバの土田三佐に連絡をする。
『了解、ご苦労だった。
こちらは王都からの近衛騎士150名とソフィア駐屯地の弾薬が到着した。
それと……』
無線の音声を掻き消すようにF-4EJ改4機が上空を通過していく。
『……対地攻撃が行われる。
早く退避してくれ』
「ああ、確かにこれが一番てっとり早いですね。
しかし、呆気ないなあ」
大陸東部
日本国新京特別行政区
大陸総督府
「現在は対地攻撃第4派を実施中です。
回廊の反対側まで爆弾を投下させましたので、マイノーターは回廊の反対側出口まで後退しています。
また、対地攻撃による影響で回廊は大量の土石が埋めつくし、封鎖されたような状況なので、暫くは時間が稼げるでしょう」
航空自衛隊第九航空団澤村三等空将の報告に秋月総督は頷く。
「当面は周辺貴族の領邦軍から派遣された辺境軍が回廊の確保とレキサンドラ辺境伯領内のマイノーターの駆逐を担当し、近衛第8大隊が駐屯して指揮を執ります。
また、古林義之氏が辺境伯に就任したことから、仁生寺遺族の補償が行われることが決められました。
古林氏自体が被害者遺族なので、辺境伯領から賠償を分獲ってくると説得したようです。
問題は仁生寺を焼き討ちした実行犯と計画を立てた者達です」
こちらは折衝に能った秋山補佐官からの報告だ。
「レキサンドラ辺境伯領を立て直すのに必要な人材か。
ギルティス隊長は役職を辞して、兵卒として回廊に造られる砦に赴任、兵達も着いて行ったか。
拘束した連中も最前線で釈放か。
まあ、家宰が責任を取って投獄、辺境伯領はそれでいいとして、岡島保安官からは厳重な抗議が来てるな。
自分が守る街が襲われたのに実行犯を釈放だから納得してない。
最前線で使い潰すというやり口にも嫌悪感を示してるようだ。」
「日仏連の方にも辺境伯領から多額の寄進と仁生寺の再建、領都トレバに新たな寺を造ることで合意したよ。
仁生寺の住職の孫が多難な辺境伯になるのだから、むしろ自分達が庇護しなければと考えてるようだ」
北村副総督は日仏連との交渉を任せていた。
今回は複数の組織が独自に動いたので、落とし処を仲裁できる総督府が動く必要があった。
「しかし、今回は大事な点がもうひとつある。
日本人の血をひく人物が大陸の貴族となったことだ。
以前のエジンバラ自治領主の件とは意味が違う。
総督府で適当な人物を内政官や護衛部隊も派遣し、我々の紐付きになってもらうぞ」
抜本的な解決にはほど遠いが、今出来ることはこれが限界だった。
大陸中央部
レキサンドラ辺境伯領
領都トレバ
古林真由は幼いレキサンドラ辺境伯の母親として、政務を代行する立場となった。
仁生寺も経理の真似事をしていたが、辺境伯領の運営となるとケタが違う仕事量だった。
「早くアドバイザーとか送ってもらわないと」
最初は簡単に考えていたが、なかなかのブラックな仕事だ。
すでに義之に対する縁談や復興に人手が欲しい辺境伯にやってきた人物達との面談、辺境伯領に派遣された周辺貴族への対応でなど仕事が目白押しだ。
総督府は協力を表明してくれているので、そこは安心材料だ。
「せめてあの子が大きくなるまで頑張らないとね」
前辺境伯であるレイドンとは生前に遡って、結婚していたことになった。
彼女の肩書きはレキサンドラ辺境伯夫人、領主代行である。
一度は世捨人として寺に篭った身としては劇的な変化だ。
「尼にでもなろうかしら?」
誰に聞かれてる訳でも無いが呟いていた。
後の尼領主として、彼女は名を馳せることになる。
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