第130話 幻の島

 大陸南部洋上

 呂宋沿岸警備隊

 警備艇団


 年内に行われるスコータイサミットに備え、呂宋軍警察沿岸警備隊でも演習航海が行われていた。

 呂宋沿岸警備隊は、呂宋市の規模に見合わない警備艇の数を保有しており、同盟都市の哨戒、警備も有料で委任されている。

 その警備艇団の陣容は、40m級多目的対応船が11隻有り、10隻がParola級巡視船である。



 第1警備艇隊:呂宋市防衛

『トゥバタハ』、『マラブリゴ』、『マラパスクア』


 第2警備艇隊:アルベルト市防衛

『カポネス』、『スルアン』、『シンダンガン』


 第3警備艇隊:ドン・ペドロ市防衛

『ケープ・サン・アグスティン』、『カブラ』、『バガカイ』


 警備艇団旗艦として『ケープ・エンガーニョ』に司令のホセ・ジャンジャリーニ大佐が座乗し、予備艇としてパラオに供与されるはずった『ケダム』もこの演習航海に参加していた。

 いずれの警備艇も日本本国で建造され、供与された船である。

 演習航海は順調に実施されていたが、演習に参加した航空隊の連絡輸送機LC-90がこれまで未確認だった島を発見した為に演習航海の締め括りとして確認に向かうところだった。


「大陸の領土は、同盟国や同盟都市間の調整が必要になるが、未確認の孤島なら領有を宣言しても問題は無い。

 LC-90は高い買い物と思っていたが、新領土が獲得できれば釣りが来るな」


 航空隊の連絡輸送機LC-90は元は海上自衛隊のTC-90で、五機譲渡された物を多用機として改修した機体だ。

 艇団司令のホセ・ジャンジャリーニ大佐は、LC-90が発見したという島に心を躍らせていた。

 艦長のマルコス少佐も同様だが、島に上陸させる各警備艇に分乗しているCGSOG(沿岸警備隊特殊部隊)の隊員の手配を行っている。


「上陸部隊は各船のSOG隊員33名が準備を完了させました。

もうすぐ島が黙視で見えてくるはずですが……」


 CGSOG(沿岸警備隊特殊部隊)は、日本の海上保安庁の特殊強襲部隊SSTの指導の元に創設された部隊だ。

 隊名は母国フィリピンにあった部隊名をそのまま使用している。


「航空写真からの分析からだと、島の外周は約7km未満、面積2平方㎞以上か。

 転移前のモナコ公国より広いか?

 上陸部隊にはアルベルト市、ドン・ペドロ市の監督官も乗せて、証人になって貰おう」

「それはよい考えだと思います。

ボートも乗せる余裕は充分にありますしね」


 呂宋の沿岸警備隊は他都市の海上警備も委託されている為に、アルベルト、ドン・ペドロ両市から派遣された監督官が同乗している。

 島にどんなモンスターがいるかわからない現状、上陸部隊は完全武装は欠かせない。

 援護の為に各警備艇の装備されたJM61-RFS 20mm多銃身機銃もいつでも発砲できる準備が行われている。


「見えてきたぞ。

 各艇に連絡、ギリギリまで船を寄せる。

 微速前進で座礁に注意して進め」


 各警備艇は吃水2mの距離で停船し、複合艇を降ろしてCGSOG隊員や監督官が乗り込み、島に向かう。

 上陸部隊は何事もなく海岸に上陸すると、珊瑚による植生や無数の海鳥が確認できるた。

 SOGの隊長はきつい臭いに鼻を摘まむ。


「次回は本格的な専門家を連れて来る必要があるな。

しかし、なんというか臭いな」

「呂宋に本格的な専門家なんているんですかね?」


 海鳥の糞が大量に堆積している。


「確かに呂宋市の教育機関は貧相なものだが、日本に留学していた研究者はいたはずだ」


 呑気に海岸の散策を続けるが、警戒していた隊員達が騒ぎ始めた。


「隊長、何かいます。

 海から何かが上陸してきます!!」


 その生物は、大きく膨れたイルカや鯨に似た胴体に下半身は魚。

 尾鰭があり、は扇形で二つに割れている。

 トドやアザラシを思わせるが頭部が犬なのがモンスターたらしめていた。

 体長は個体差はあるが、5mから2m。

 海岸から上陸しても人間よりやや遅い速度で接近してくる。

 その数は20匹ほど。


「シェパードみたいな頭だな。

 発砲を許可する撃て!!」


 CGSOGのMP5の弾幕がたちまち怪物を血祭にあげるが、皮膚が頑丈であり距離が詰められていく。

 監督官達も護身用の拳銃を構えるが、付近に錨を降ろしていた警備艇『カポネス』、『スルアン』のJM61-RFS 20mm多銃身機銃の発砲が始り、海岸にいた怪物達が殲滅されていく。

 しかし、警備艇の方にも海中から怪物達が体当たりをしてくる。


「錨を上げ、各個に反撃!!」


 ジャンジャリーニ大佐が指示を下すが200トンに満たない船体にはきつい体当たりだ。

 おまけに近すぎて機銃の効果が薄くなっている。

 手透きの乗員が拳銃弾を全弾撃ち込んで仕留めるが、揺れる警備艇から落ちそうになっている。




 島の方でも、余分に持って無いMP-5の銃弾が尽き掛けていた。

 普段の任務の性質状、重火器は持ってきていない。

 新たに上陸してくる怪物の対処が難しくなっている。

 そんななかアルベルト市の監督官が砂浜に埋まった板きれを見つけて拾い上げた。


「なあ隊長、これ……」


 板きれには漢字で『大日本帝國』と書いてあるのは理解できた。


「撤退だ!!

 領有宣言どころか領土侵犯になってしまう、急げ。

 その板きれは写真に撮るだけにしろ」


 他市の監督官が一緒にいる以上、処分や持ち出しなどしたら厄介なことになる。

 最寄りの『シンダンガン』に連絡を取って、海中の怪物を残った弾丸で蹴散らしながら乗船して撤収するはめになった。







 大陸東部

 新京特別行政区

 大陸総督府


「呂宋市の南西約400kmの海上に日本領?

なんのことだ」


 呂宋市市長ニーナ・タカヤマからの抗議を受けた杉村外務局長の報告に、秋月総督も秋山補佐官も首をかしげた。


「杉村局長もご存知のように日本国は大陸南部とその近海に領土を保有していません。

 呂宋市は何かを見間違えたのでは?」

「私もそう言いましたが、同盟都市近隣に領土を保有しておきながら、通告がなされてないのは問題だとえらい剣幕でした。

 事前に知っていれば、無駄な調査は行わずに隊員や警備艇を危険にさらす事も無かったと。

 それで証拠の画像だと送られてきたのがこれで、アルベルト市、ドン・ペドロ市の監督官も確認しています」


 プリントアウトされた写真には、確かに木の板に『大日本帝國領土』と、書かれている。

 他にも何か書かれているが、かなり文字がかすれているので解析待ちである。


「大日本帝国?

 悪ふざけにもほどがあるな」


 憤慨していた秋月総督だが解析の結果にさらに首を傾げることになる。

 問題は掠れていた板きれの残りの文字だった。


「中ノ鳥島?

 そんな島があるのか、うちの国も島はいっぱいあるから

変なところに転移していたのが今頃発見できたということか?」

「いえ総督、そんな単純な話ではなく、中ノ鳥島は確かに我が国の領土して、法的にも登録して領有宣言まで行ったのですが、発見者の報告以降一度も存在が確認できていない島なのです」


 秋山補佐官も大急ぎで調べた資料を読みながら答える。

 明治41年、衆議院議員も務めた山田禎三郎が小笠原群島南西560海里の地点に同島を発見したとの報告。

 測量や探検も行ったとの証言に基づき、に東京府告示第141号をもってこれを中ノ鳥島と命名。

 小笠原島庁の所管の島となった。

 帝国政府は日本領土に編入、数度の探索を行うも同島を発見でさず、昭和18年に軍機告示により関係図誌から削除。

 しかし、戦時中のことで告示は行なわなかった。


「戦後にGHQに小笠原群島と一緒に日本領から切り離されましたが、島が存在しないので米軍も戸惑ったそうです。

 珊瑚で隆起した島だとか、海底火山で消失したとか、沖ノ鳥島と間違えた、山田禎三郎氏による開発と称した投資金詐欺とか色々言われました。

 実際に山田元衆議院議員ですが株券偽造などで、何度か投獄されています。

 結局のところ海上並びに海底に同島が存在した痕跡は発見されませんでした。

 日本国政府の見解は、平成10年に当時の内閣府官房長官が、『中ノ鳥島の存在は現在確認されておりません』と発言しています」

「存在は疑わしいが、見つかれば我が国のだよ、ってことか。

 しかし、そんな幻の島がこの異世界にあった?」

「確定できません。

 ひょっとしたら島ではなく、その画像の板きれだけが転移したのかもしれません。

 しかし、本物で山田氏の証言が真実だったのなら、その島には我々が求めてやまない燐鉱石が豊富に採掘出来ます。

 隠す必要はありません。

 1915年にこの世界に転移した英国ノーフォーク連隊の前例はすでに周知の事実です。

 ほとんど同時代に中ノ鳥島も転移した筈です。

 公表して正式に我が国に復帰させましょう」


 燐鉱石確かに火薬や肥料を造るのに貴重な存在だ。

 確保できるならするべきだった。


「情報をまとめた資料を本国政府と同盟国、同盟都市に送れ。

 今はまだ推測の域を出ないなら、調査隊を早急に派遣すればいいだけの話だ。

 専門家をかき集めろ。

 空自の輸送機だろうが、海自の護衛艦だろうが、必要な物は用意してやる」



 日本国

 東京都 防衛省


 横須賀から急遽呼び出された中川誠一郎三等海将は、昨年のハーピー大量発生事件の討伐の功績で、三等海将に昇進した。

 しかし、役職の椅子が埋まっているので上役の誰かが定年退官を迎えるまで無聊を託つ日々を送っていた。

 退職金や年金代わりの大陸の土地割り当てに左右されるので、誰もが自分の椅子にしがみついている。

 最も下手に昇進されて現場に人がいなくなるのも困るのだが、第一次産業とその関連以外はほぼ産業が壊滅した日本に取って自衛隊志願者は腐るほどいるのが現状だ。

 それでも大陸から資源が入るようになり、日常品を製造する工場等が次々と再建、新築されるようになってきている。

 また、転移後に放置してきた各種インフラの整備も公共事業の一環として、農家や漁港のある地域から再開されている。

 防衛省の乃村大臣の執務室に入室すると、私設秘書で大臣の次男の嫁である秘書の白戸昭美にソファーまで案内される。

 敬礼と挨拶の後にソファーに座ると、大臣が話を切り出してきた。


「中ノ鳥島なんて何かの冗談かと思ったが、政府も調査に乗り気でな。

 貴官に調査隊の指揮を任せたい」

「謹んで拝命致しますが、本国からの出発で宜しいのですか?」


 今から準備をして大陸に渡るとなると二ヶ月以上の中ノ鳥島に到着するまでに掛かる。

 どう考えても大陸の那古野地方隊を派遣した方が早い。


「構わん。

 準備は万全にと総理の御達しだし、話を聞き付けた同盟都市や高麗国も近海に他の島は無いか調査に乗り出している。

 我々は自国領以外は固執しないと宣言してるから、この調査レースに参加しない意味を込めて、調査隊派遣は急がない」


 中川は納得して資料を読むと、中ノ鳥島に生息していたモンスターの写真や資料が出てきた。


「ケートスですか?」

「ギリシャ神話からの引用らしい。

 アンドロメダとペルセウスの逸話だったかな?

 メデューサの首で石化して倒されやつだ。

 昔、映画で観たときは怪獣みたいなサイズだったが、巨大なトドぐらいなサイズだ」


 例によって大陸でもこのモンスターに名前は付いて無いので、日本側で命名した。


 時々、漁船などを襲うモンスターとして認識はされてたが、生存者が少なく調査は行われていなかった。


「頭部がシェパードみたいだから、過去に存在した反捕鯨団体の名を冠した名前にしようとした案もあったそうだが、色々と問題になりそうなので却下された」

「まあ、そうでしょうね」


 中川海将としても苦笑を禁じえない。


「船は『しらせ』を使ってくれ。

 南極は無くなったが、調査母船としては一級だ。

 護衛艦も『あさぎり』、『ゆうぎり』、『はまぎり』を付ける。

 練習艦隊の3隻だが、遠洋航海演習と移民船や輸送船の護衛、観艦式の参加を兼ねている。

 今の海自で遊撃に出せる戦力は練習艦隊くらいだからな」

「上陸後の護衛部隊も必要ですね。

 モンスターもケートスだけとは限りませんし」

「大陸で運用されている防衛傭船『やまばと』に陸自から水陸機動大隊が乗り込む。

『しらせ』には第8特別警備中隊から人員も出す。

 任務的にはほとんどバカンスだがよろしくやってくれ」


 海上自衛隊では転移前から護衛艦に、海上阻止行動(MIO)を想定した立入検査隊というの臨検を専門とする部隊を常設し、編成していた。

 また、基地や陸上施設などの警備等を実施して基地警備隊も含め、特別警備中隊の下部部隊である。

 現在は八個の中隊と教導、教育や予備戦力を兼ねた大隊を合わせて、2200名もの隊員が所属している。

 本州の部隊を統括する連隊長もいるが、こちらは単なる名誉職だ。

 装備も特別警備中隊は陸自の普通科部隊と同等の物を保有し、16式機動戦闘車まで保有している。

 中川海将はその後、暫くは他の関係各期間との調整に忙殺されることになった。

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