第189話 火中の
大陸東部
日本国
新京特別行政区
総督府 総督執務室
「なるほど、一連の事件で新潟県庁の動きが鈍いと思ってましたが、移民政策の絡みで身動きが取れなかったのですか」
佐々木洋介総督の言葉に応えるように川田雅晴次席補佐官が資料を渡してきて、秋山首席補佐官が説明を始める。
「杜都市への植民問題で、新潟市は一緒に対象となった隣接の新発田市に聖籠町、阿賀町を合併させて押し付けていたようです。
しかし、これでも人数が規定に足りず、新潟市に隣接する田上町と弥彦村を合併して優先的に植民させたようです。
これに反発する新発田市等を押さえつけるのに手一杯で、長岡市の騒動は捜査機関の先走りもあり、後手にまわりました」
「まあ、一連の問題も片付いたし、元々の新潟市民はまとまって沢海市の入植を始めれるわけだ。
こちらはどのくらい掛かりますかな?」
「新潟市民の植民には72日後の9月11日には終わります。
その後は熊本市の移民が始まりますが、こちらも隣接する町や村の合併を推し進めていました。
こうなると沢海市の人口の半数は熊本からの移民ですね。
こちらは年内には終ると思います」
大陸への移民は1都市圏百万人が対象だが、自治体残留対象者とその家族は省かれる。
まずは第一次産業従事者と電気、水道、ガス等のインフラ従事者。
鉄道、航空、船舶の輸送業務従事者。
各職種の最も規模の大きい店舗経営者と従業員、寺社等の僧侶、神官。
残留人口の規模に応じて統廃合される幼稚園、小中高大学並びに各職種専門学校の教職員、医療関係者。
警察、自衛隊等の治安機関の隊員、職員。
伝統工芸、芸能、特殊な技能の保有者。
名誉市民等の功労者。
そして最近追加された魔術の才ある子供の家庭だ。
こちらは魔術の教育機関のある自治体に引っ越しとなる。
大雑把だがこれらの家族が加わると数万人規模での残留者が残る。
移民対象になりたくないからと、残留者との結婚や伝統工芸者への弟子入り等が殺到する有り様だった。
公務員も国家公務員や都道府県職員は移民を免除されるが、市職員は大半が移民対象等で、過疎地の役場に移動して逃げる者が続出していた。
市民も同様に大都市から移民対象外地域に実家がある者は、そちらに住所を移して難を逃れたりしている。
この移民逃れに政府は積極的に規制をしていない。
移民人数が大規模な事で手がまわらないのと、ベビーブームによる予想される人口増加による植民都市の人口制限。
なにより自分達が対象になった時の言い訳の為にだ。
「さしあたっての問題はやはり我々、陸上自衛隊ですな」
大陸東部方面隊総監穴山友信二等陸将がぼやいたように呟いたのは、新たな植民都市沢海市に守備隊を駐屯させることが出来ない問題だ。
担当となる第52普通科連隊は新設部隊であり、武山駐屯地で編成は終っている。
しかし、練度や装備の転換訓練等で大陸に送るには心許ないと防衛省が許可を出さないのだ。
これは新しい植民都市が建設される度に起こる問題で、陸上自衛隊も連隊を増設して対象しているが限度がある。
「入隊希望者は山のようにいますが、装備の不足から直ぐには受け入れられません」
日本本国では第18師団新設の為に第52普通科連隊や第18特科連隊を訓練中だし、第18後方支援連隊も準備中だ。
また、数年後を見通して伊丹駐屯地の第20普通科連隊の即応機動科への改編も始まっている。
「と、なるとPMCに委託するしかないですが、気が進まないですね」
「外部委託はお金が掛かります。
南部混成団や先遣隊から隊員を引き抜けば頭数はそろうのでは?」
財務局斉木和歌局長は皆が頭を抱える予算を扱うだけに言葉に遠慮がない。
「それは大陸東部以外からの日本の影響力を低下させることに繋がります。
先遣隊も鉱物資源が有望なところや輸送路を押える為に派遣しているんです。
おいそれと戦力を引き抜く訳にはいきません」
佐々木の言葉に斉木も持論を引っ込めるが、打開策があるわけではない。
「あの僭越ですが」
それまで発言を控えてた川田次席補佐官が挙手をしている。
佐々木総督は見ないふり、聞こえないふりをしていたが、秋山首席補佐官が反応してしまっている。
「ササキセキュリティサービス、通称『Three S』が無償で引き受けて良いとの打診はありました」
聞いたことの無い団体名に一同は首を傾げるが、佐々木総督だけは天井に顔を向けて、疲れた顔を隠していた。
「また、人の名前を勝手に使って」
「ご、誤解です先生!!
『Three S』は神居市佐々木町に本社を構え、社長も総督と同姓の佐々木氏から取っただけです。
決して、先生に御迷惑をお掛けするものではありません!!
偶然です、偶然……」
「か、神居市佐々木町?
私がまだ住んでた頃はそんな名前の町は無かったはすだが」
手元の端末で検索すると、佐々木が総督官邸に引っ越した翌日に長男に譲った自宅の町名が改名されていた。
「まったく、君らはいつもいつも……」
爆発しそうになる佐々木総督の気勢を制して、秋山首席補佐官が割って入る。
「それで、『Three S』とやらはどの程度の戦力なのかな?
新総督を慕う団体が無償は不味いが、低価格で新天地を守る。
イメージ的に悪いわけがありません」
「予算を抑えられるなら財務局としては賛成~」
抗議の声を挙げようとした最高権力者の声は、首席補佐官と財務局長によって封じられていた。
一通りの打ち合わせが終わったところで、各人がそれぞれのオフィスに戻る中、公安調査庁の波多野新京支局長だけが残っていた。
佐々木総督と波多野支局長の関係は、かつての上司部下の立場が逆転してまったから気まずいものがあった。
それでも二人は私情を挟まない節度があった。
「騒がしいことですな」
「若い人に付き合って騒ぐのもいいものですよ。
自分も若返った気分になる。
それでどうでした?」
波多野支局長は幾つかのファイルを佐々木総督の机に置いておく。
「まずは沢海市の北東に位置するダレッシオ男爵ですが、彼は先代男爵の御子息が夭逝したことによる本家三男から迎えた替え玉です。
末期養子を取る暇もなく先代も亡くなったので、家臣達が本家と画策して改易を免れる為擁立したようです」
そんなものをどうやって調べたのかは、佐々木も聞かない。
大事なのは沢海氏周辺勢力の弱みを握り、改易か転封に追い込むことだ。
「次に沢海市から領邦を西に2つ跨いだバディオーリ伯爵は先代の三男で、兄達の死去で家督を継ぎ、長男子息が一部の一族家臣に担ぎ上げられて御家騒動中です」
「長男の御子息が家督を継げなかった理由は?」
「長男は皇国派、三男は王国派だったからです。
割りと良くある話みたいで、部屋住みの三男、四男が身を立てる為に他家に奉公してましたが、肝心の長男が皇都大空襲で死去して呼び戻されて家督を継ぐ。
現伯爵は大公時代に仕えていた現国王に近しい人物として、家督を継承することになったようです」
貴族社会も面倒なことだと思ったが、将来の為のネタとしては十分である。
「ではまずはその二領邦を掃除してしまいましょう。
守備隊の不足で沢海市が危険に晒される前に不穏分子の処分です」
佐々木総督の物言いに波多野支局長は薄ら寒いものを感じていた。
「敢えて火中に手をつっこみますか?」
「転移前はいざ知らず、今の公安調査庁は攻勢の組織です。
やっておしまいなさい。
沢海市の防衛には公安の息が掛かった警備会社もいれておきましょう。
『Three S』だけでは不安ですからね」
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