第132話 ポイントM

 大陸南部

 ガンダーラ市近海


 呂宋市が日本領の可能性が高いとはいえ、中之鳥島を発見したことは、他の独立都市の好奇心を大いに掻き立てた。

 ちょうど、スコータイサミットの観艦式に備えて訓練を行っていたガンダーラ軍警察沿岸警備隊も燃料と時間の許す限り、未踏の島の発見に遠海まで出てみた。


「まあ、簡単に発見できてれば漁船とかが発見してるよな」


 元インド海軍フリゲート、シヴァリク級『サヒャディ』のブリッジで艦隊司令のカーン准将は意気消沈するクルーを慰める。

 漁船などはガンダーラ市の食料事情を支えるべく、相当な遠海まで航海しているのにこれ迄発見の報告はなかったのだ。

 そして、僚船はこの『サヒャディ』ほど遠距離を航行できないことも探索範囲を制限させていた。

『サヒャディ』に付き従うのは日本から供与された30m型巡視艇『サムドララクシャ』と『サマラクシャ』だ。

 隅田川の造船所で建造された2隻は、ガンダーラの独立都市建設を祝して寄贈された。

『サヒャディ』は確かに優秀だが、小事にいちいち出港させるわけにはいかない。

 件の2隻は小回りも効いて、中々に重宝する存在だった。

 元々は転移前の対中国を睨んだ日本政府が、スリランカ沿岸保安庁に供与する予定だった船だ。

 転移後に供与先を失い、建造が中止していた。

 独立都市ガンダーラが旧スリランカ国民を市民として受け入れるので、建造が再開、供与される至った経緯を持つ。


「司令、SOSを受信しました。

 該当海域に一番近いのは本船団になります」


 艦長のパプ大佐の報告にカーン准将は頷く。


「そうか、ならば行かねばならないな。

 どこの船だ?」

「高麗の漁船のようですが、無線からは呻き声しか聞こえて来ないそうです」


 モンスターに襲撃されたかも知れないので、3隻共に現場海域に向かう。


「見えてきましたが、あれは座礁してますね。

 完全に陸地に乗り上げている」


 パプ大佐が双眼鏡で観ながら報告してくる。

 問題の漁船は大陸の岸辺に完全に乗り上げていた。


「『サマラクシャ』に接近させて、確認、救助させろ。

 当艦並びに『サムドララクシャ』は海岸を警戒。

 念のためにヘリを飛ばす準備をさせろ」


『サヒャディ』には二機のヘリコプターが艦載されている。

 一機はウエストランド、シーキング Mk.42B哨戒ヘリコプターと輸送ヘリコプターHAL ドゥルーブだ。

 現在は両機種とも日本の町工場と組んで、部品の生産から少数だが量産が行われている。

 HAL ドゥルーブに至っては、派生型の軽戦闘ヘリコプター HAL ルドラの再現に成功している。


「ボートも出すか、臨検隊を完全武装で送れ」


 4.9メートル級RHIB 複合型作業艇が海面に降ろされ、陸戦隊5名が乗り込む。

 坐礁した漁船には、接近した『サマラクシャ』の乗員が呼び掛けてるが、いまだに応答は無い。

 複合艇接近すると、ようやく人影が見えてくるが、その姿に目撃した者は全員、驚愕に包まれる。

 その人影は、確かに人間なのだが体の

 各所にキノコを生やしていた。

 表情は恍惚としており、ゾンビのようなゆったりとした動きをしている。

 その動きを拘束しようと臨検隊が乗り込むと、奇声を上げながら襲いかかってきた。

 人間を拘束する訓練を受けた臨検隊の隊員が、緩慢な動きの漁師達に負けるわけがない。

 複数を相手取り、劣勢立たされた隊員もいるが、すぐに他の隊員や『サハディ』の船員が乗り込んできてカバーする。

 12人いた漁師達は、体にキノコを生やしながら暴れまわったが全員拘束された。

 それまでの指揮をパプ大佐に任せていたカーン准将だが、臨検隊の報告に嫌な予感がしていた。


「兵器では無いが、モンスターに寄る生物的汚染と判断する。

 NBC防御態勢の発令と要救助者の隔離処置を実施しろ」

「司令?」

「西方大陸に行く途中の孤島でみたことがある。

 ある孤島に巨大なキノコが生えていてな。

 キノコ狩りに向かった多国籍軍ベナン小隊がキノコ人間に変貌したので、焼却処分にしたことがある。

 その時はサンプルの採集は出来なかった」

「待って下さい。

 漁師共はともかく臨検隊や『サマラクシャ』の船員も焼却する気なんですか?」

「その為の隔離処置だ。

 総司令部と高麗国国防警備隊海洋部に連絡しろ。

 漁師の方は引き取ってもらうか野戦病院をここらに造らねばならない。

 それと新京の大陸総督府にも連絡しろ。

 連中なら治療法を見つけているかもしれない」





 大陸東部

 那古野市

 海上自衛隊那古野基地


 那古野の海上自衛隊基地では、防衛輸送船『やまばと』は出港準備をしていた。


「陸自の第16衛生大隊が乗り込んだら出港させる気だったが、大陸総督府が大陸人部隊を載せろと通達して来た」


『やまばと』に乗船する車両には第16化学防護隊の除染車や生物偵察車の姿も見受けられる。

 海上自衛隊の那古野地方隊総監の猪狩三等海将は幕僚達に説明していた。


「大陸人部隊ですか?

 何時の間にそんなものを用意していたのですか?」

「元々は植民都市の防衛隊に組み込む計画は有ったが反対も多くて進んでなかったんだ。

 しかし、魔法に関しては地球人だけではどうにもならない分野だ。

 そこで魔術師や神官とかいった連中を確保して部隊を編制することになったんだ。

 その一つが大陸総督府直轄の大陸人部隊神官小隊だ。

 名称は変わることもあるそうだが、その奇跡の力で驚異的な治療行為に従事できることが期待されている」


 福崎市の研究機関からマイクロバスに乗って、彼等彼女等が降車してくる。

 誘導の隊員が小隊を『やまばと』に誘導して連れていく光景が眼下に繰り広げていた。


「それで『サハディ』が遭遇した件は何かわかったのか?」

「植物型のモンスターで、生物に寄生する冬虫夏草のような性質があるそうです。

 寄生部位はキノコと同化して、徐々に浸食されてやがてはキノコに手足が生えたファンガスと呼ばれるモンスターに変化します。

 キノコには幻覚を見せる性質があり、気分は高揚して常に笑顔を見せて、他者を油断させて襲い掛かる傾向があります。

 体に生えたキノコを食すると体内で胞子が繁殖し、浸食が早まります。

 やがてはキノコの部分が手足も飲み込み、巨大な一本のキノコになるそうです」

「治療法はあるのか?」

「キノコの部位を物理的に切除し、念入りに薬品などで洗浄する必要があるそうです。

 つまり切除部が致死量にいたるまで浸食されたなら手遅れです。

 痛覚に関しては我々には麻酔がありますし、先程の神官隊の奇跡の力で回復させれば見込みがあると思います」

「問題はこのファンガスは大陸から根絶させられたと思われていたらしく、どこから持ち込まれてかの解明が急務となっています。

 ファンガスは死を悟ると、大量に胞子を噴出する性質があり、退治には体の鼻や口を布などで覆って防いでたらしいですが、完全には難しいとのことです。

 ファンガスの発生地域の森ごと焼き払う方が確実だそうです」


 厄介なモンスターだと猪狩海将は眉をひそめる。


「後発の陸自に火炎放射器を用意させとこう。

 高麗もガンダーラ持ってないだろうしな」




 高麗国も漁船を母港の百済市に戻すようなことはせずに同地で野戦病院の構築を行っていた。

 一応はガンダーラの領域なので、周辺の探索に軍警察第1グルカ・ライフル部隊も派遣されている。

 日本からファンガスの情報は得ていたが、ロクな防護装備が無いので、マスクをしてタオルやシーツを切り裂いて口や鼻を覆って対処している。

 気休めだがしないよりはマシと、パン曹長の班は森の探索を続ける。


「曹長、前方に熊がいますがキノコが生えてます」


 双眼鏡で確認した隊員の報告に下手な攻撃は避けて、火炎瓶を用意させる。


「熊の視界に入らないように接近し、一斉に投擲する」


 五名の隊員が散開し、五方向から熊に接近し、トランシーバでタイミングを計って火炎瓶を投擲する。

 汚染された熊はあっという間に炎上し、周辺に火を延焼させなら動きを止める。


「消火の必要は無い。

 このまま周辺を消毒させる。

 それより熊の足跡を探せ。

 追跡できる限り、焼却してまわるぞ」


 言ってはみたが、消毒用の燃料もそこまで持ち込めているわけではない。


「結局は日本の防護部隊頼りか」


 それでも4匹目のキノコを生やした生物を発見した時に異変に気がついた。


「矢が刺さってるな。

 近くに集落はあったか?」

「大陸人のレイモンド男爵領の村がありますね。

 領境越えになりますが行きますか?」

「司令部に判断を仰ぐしかないだろう。

 念の為に周辺を探索しつつ、判断待ちだ」




 パン曹長達が探索を躊躇った村では、ファンガス化した村人が生き残りの村人を襲っていた。

 家屋に立て籠っていてもファンガスは寄生対象の知識も朧気に残っているらしく、ドアノブを回して開けたり、バリケードを撤去して接近してくる。

 棒や武器を振り回してファンガスを殴り付ける村人もいるが、ファンガスの腕や胴体は簡単に抉れる。

 しかし、そのまま数匹のファンガスに押さえ込まれて、無理矢理ファンガス化した村人のキノコを口に捩じ込まれて食べさせられる。

 この村がファンガスに汚染されるまで一晩と掛からなかった。

 翌朝、村を訪れた行商の人間達がファンガスに追われて、その汚染範囲が広がることになる。

 その範囲は領都まで伸びることになる。







 ポイント・マタンゴ


 漁船の坐礁した地域はポイント・マタンゴと命名され、防衛輸送船『やまばと』が到着と同時に除染作業が始まっていた。

 漁船に乗り込んだ隊員が漁船から航路のログを調べている。

『サヒャディ』は周辺の護衛を受け持っている。

 隔離された漁師達は『やまばと』の手術室でキノコの除去手術が行われていた。

 病院船の機能が付属された『やまばと』では、CTスキャンから胃カメラ、レントゲンの撮影が可能だ。

 体内を浸食したキノコも摘出され、マリーシャ・武井が患部に『地と記録の神』に祈りを捧げて、傷口を回復させていく。

 彼女は西陣市の病院から大陸総督府にスカウトされて、大陸人部隊に入隊していた。

 日本国籍の入手も数年勤務すれば可能なので、はりきっていた。


「す、すいません。

 そろそろ限界です」

「わかった。

 一応は消毒のジャワー浴びてから部屋で休んでくれ」


 奇跡の力の行使しすぎで、彼女をはじめとした神官達の疲労はピークに達していた。

 マリーシャは、消毒のシャワーで体を丹念に洗浄し、割り当てるた部屋のベッドに倒れ込む。

 枕の傍らに今回の件で急遽作られた冊子があったので、ページを捲り、改めて読んでみる。


「ここまでよく調べあげたものね」


 過去の事例に基づけば、ファンガスの治療は体の外側に寄生した部分を肉ごと削ぎ落とすことが精々だった。

 神官による奇跡の力で傷口を治療は出来たが、その前に出血死やショック死する者が多かった。

 それでも体内に繁殖したキノコは発見する術が無かったのだから治療せずに患者を安らかに眠らせて、焼却してしまうことの方が一般的だった。

 初代皇帝が実視し、遺した感染病対策がその骨幹になっている。

 これはこれで大した物だと、日本側の医療従事者も感心していたが、彼等の麻酔治療や診察技術は体内の患部まで探り当ててしまう。

 これに自分達の奇跡の力が加われば、ファンガスのキノコからの生還率は高くなっていた。

 やりがいを感じつつも疲労により、マリーシャは冊子に顔を埋めながら眠りについていた。

 拘束された漁師達の半分は生還を果たし、彼等と接触した『サヒャディ』の臨検隊や巡視船『サマラクシャ』の船員も胞子が発芽する前に皮膚が消毒されて事無きを得た。

 巡視船『サマラクシャ』では、現在も第16化学防護隊が防護服を着て、除染作業を行っている。

 森林の火事も消火せずに荒れ狂う火の勢いに任せている。



 そんな中、新京の大陸総督府と王都ソフィアの宰相府は同じ命令を下していた。


「レイモンド男爵領を封鎖、焼却する」

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