第133話 汚染地域
大陸中央部
王都ソフィア
ソフィア城の城外に建てられた宰相府にて、ヴィクトール宰相はため息を吐いていた。
ファンガス発生時の対応は、初代宰相が書き遺した対応書に記された通りの指示を出した。
ファンガスの行動範囲を封鎖し、炎でその範囲を焼却する命令である。
大陸南部を巡検していた第7近衛騎士大隊大隊長ベインに周辺貴族の指揮権を与え、レイモンド男爵領を封鎖させた。
「貴官等からの情報が早かったから、早目の対応が出来たことには感謝する。
しかし、治療法があるのに焼き払わねばならないのかな?」
ヴィクトール宰相にしても三万人もの人間を焼却することには抵抗がある。
勿論、汚染されてない領民は可能な限り救うつもりだ。
その為にヴィクトール宰相は、地球側の技術に一縷の期待を込めて、自衛隊ソフィア駐屯地管理小隊隊長小代二等陸尉に尋ねる。
「早期発見出来れば治療は可能だそうです。
ですが治療するより早く増えていくとなると追い付かなくなると」
「隔離施設はどんな仕組みなのだ?」
「胞子が拡散しないように農家が使っているビニールハウスの周辺を金網で覆い、汚染地域の住民を消毒した後に検査の順番がまわるまで個別に隔離しています。
早期に発見できれば治療を施しています」
「結果は?」
「すでに13棟のビニールハウスを焼き払う羽目になりました」
小代二尉が持ち込んだプロジェクターには、現地に派遣された自衛隊員が保護した住民に消毒のシャワーを浴びせている。
まだ胞子が体表に付着した段階ならこれで浄化出来る。
また、別の映像では手術によりキノコと同化した部分の切除と洗浄、奇跡の力を駆使して回復していく光景が映し出されていく。
これも体表に寄生したキノコが成長した段階と体内で成長した段階に分けられる。
映像が切り替わり、寄生したキノコに脳まで侵食され、恍惚とした表情の村人や体中にキノコが生えて、1つのキノコになりつつある中年の女が映し出されていく。
そして携帯放射器でファンガス化した他の住民や動物ともに焼き払う光景にヴィクトール宰相は顔を曇らせる。
映像が切り替わり、ファンガス発生地域の森や村を気密防護衣や化学防護衣を着た隊員が焼き払っている光景が映し出された。
「地獄の光景だな。
暫くはキノコに食えそうにない」
「封鎖に動員した騎士や兵士達も鎧の隙間や口や鼻に布で覆うなどの対策を徹底して下さい。
交代時は衣類や体の洗浄もです」
「封鎖区画の選定はそちらが行うのだろ?
封鎖区画は可能な限り、狭めてくれ。
領地全体が焼き払うと聞かされたレイモンド男爵が自殺未遂を起こした」
「総督府からも可能な限り善処すると」
焼き払う為の爆弾も人員も足りないから範囲は狭めないといけないからでもある。
「それともう1つ気になる点があるんだがね」
大陸東部
中島市 航空自衛隊基地
航空自衛隊中島基地では、第9航空団司令の澤村三等空将は総督府からの命令に頭を抱える。
「焼夷弾も無いのにどうしろというんだ。
通常の爆弾の雨でも降らせばいいのか?」
総督府からは空からの空爆でレイモンド男爵領全体を焼き払う作戦の立案が指示されていた。
しかし、現在の航空自衛隊には目的に適した爆弾が無い。
この世界に転移した頃からナパーム弾を含む焼夷弾の研究・開発は行われていたが、大量の原油が必要になることから試作品の域を出なかったのだ。
試製の爆弾も当然本国にある。
頭を抱える澤村空将の横で、の内藤二等空佐が集めた情報を伝えてくる。
「高麗が北サハリンや華西にも空爆の要請を行っているそうですが、爆弾の浪費だと渋られてるようです」
貴重な爆弾の消耗を渋るのは、再生産が不可能では無いが難しい現状では仕方がないと言えた。
ガンダーラ市もそうだが、高麗国第5植民都市李朝市が比較的近い位置に存在している。
ガンダーラ市の軍警察の第1グルカ・ライフル部隊と高麗国国防警備隊第3軽歩兵連隊がレイモンド男爵領の封鎖に動員された。
遠距離からのファンガスに対する銃撃は些か効果が薄い。
キノコと一体化した身体部は、脆くなっているので殴り付けただけでちぎれ飛ぶが、銃弾は簡単に貫通してしまうのだ。
一体を止めるのに数発の銃弾が必要な始末だった。
一方、近衛騎士団と周辺領邦軍で編成された王国軍では火矢や火系の魔術を使ってファンガス達に対抗していた。
双方共に森林に火を放ちながら封鎖区域を浄化している。
ただ村や町は森林から距離を取って造られているので、直接火を放つ必要がある。
「最後の切り札としては、アミティ島の米軍か。
それは避けたいところなんだが」
「結局のところ松明を持たせて火を付けてまわる方が確実なんじゃないですか?」
大陸東部
新京特別行政区 大陸総督府
情報は大陸総督府の幹部達にも逐一報告されていた。
「レイモンド男爵領を人口分布を基準に10の地区に分けました。
領邦軍の奮闘で、北部の1から6の地区は汚染をまぬがれています。
ここには領都フィオンも含まれ、人口最大の町の焼却は免れました」
秋山補佐官の報告に一同は胸を撫で下ろす。
「現在、第7近衛騎士大隊と周辺貴族領から動員された連合軍が封鎖線の北部から焼き討ちを行っており、住民が南に逃げ出しています。
これが同時に北上するファンガスに対する被害を増加させる結果になっています」
「自衛隊の動向は?」
秋月総督の質問に大陸東部方面隊総監の高橋二等陸将が答える。
「派遣した自衛隊部隊は第10地区にて、住民の保護と治療、ファンガス化した住民の駆除を行っています。
第9地区では高麗の第3軽歩兵連隊、第8地区でもガンダーラの第1グルカ・ライフル部隊が保護と駆除を行っていますが、治療は最低限しか出来ません。
ようするに体内に寄生したキノコの除去出来ないので犠牲者が増えています」
「一番の問題はやはり、第7地区か」
第7地区だけでも住民が三千名を越える。
ドローンを使用した偵察では、ほとんどの集落がファンガスだらけになっていた。
潰滅状態と言ってよい。
当初の予定だった男爵領全体の焼却からは範囲が絞られたが、空爆による完全焼却は空自や北サハリン、華西空軍からは不可能と報告されている。
「ファンガスは寄生体の視覚で獲物を発見してから移動を開始しますので、第7地区のファンガスはその大半が既に動きを止めています」
「つまり生存者はほぼいないと言うことか」
「ドローンの動きを捉えた個体は、視界から消えるまで追ってきています。
この習性を利用して一ヶ所に集めれるのでは無いかと検討しています」
あまり長距離移動させると、汚染が広がるから集落ごとにファンガスが集まるように仕向ける必要がある。
これなら通常の爆弾でも効果が期待出来る。
「もう1つの問題があります。
大陸では根絶していたファンガスがどこから流出してきたですが、ガンダーラ市のフリゲート『サヒャディ』が高麗の漁船の航跡ログを入手。
それをもとに空自のRF-2偵察機がガンダーラの南東沖900キロの地点に孤島を発見しました。
その航空写真がこちらです」
RF-2偵察機はF-2戦闘機の偵察機仕様だ。
F-2戦闘機は転移後にその生産ラインが再建されだが、肝心の戦闘機として使い道があまり無かった。
国籍不明機によるスクランブルは皆無だし、燃料も馬鹿にならない。
航空自衛隊事態が開店休業の中、偵察機だけは新天地の調査やモンスターや遭難した船舶の捜索等、需要が高かったことと、RF-4偵察機の酷使による老朽化による後継機として採用された機体で各航空団に1機だけ配備されている。
1機しか無いのは生産が追いついてないからだ。
そのRF-2偵察機が撮ってきた航空写真には、小さな小島一面にキノコの傘に覆われた毒々しい光景が映し出されている。
キノコの傘の上にさらに幾つもかキノコが這えている姿は中々にグロテスクだ。
「あ~、焼却だな」
「気持ち悪い絵面だな」
「島から溢れてますね。
さすがに海水には弱いのか、海面には生えてませんね」
皆が言いたい放題の中、秋月総督は事態の真相が見えてきた。
「中之鳥島の発見が火を付けてしまったかな?」
「おそらくは……
同盟国や同盟都市は人口に見合って無いのに領土獲得欲が貪欲ですから。
大陸近海を航行する民間船にも未到の島発見の報を本業に優先させてるとか。
兎に角、今はあの気持ち悪い島の対応ですが空爆後に護衛艦や巡視船、消防艇を派遣して海水を放水させるのはどうでしょう?」
那古野市から来た猪狩三等海将が提案する。
「移民船団を護衛の為に護衛艦『むらさめ』が1番近くを航海中です。
この島をありったけの火力で攻撃させましょう。
火が自然鎮火したら放水をさせます。
後詰めにも第16護衛隊を出します」
「帰りはどうするんだ?
艦砲や機銃弾、魚雷はともかく対艦ミサイルなんて、大陸では補充できんぞ?」
元々移民船団の護衛で来ていた艦だ。
弾薬を切らせて帰らせる訳にはいかない。
「『むらさめ』は帰りません。
大陸で設立される第5護衛隊の最初の1隻になります」
「ああ、西方大陸から帰還艦がいるのか」
「どの艦かは聞いていませんがもがみ型護衛艦だそうです。
3隻目のもがみ型護衛艦が本国の防衛にまわせるので、『むらさめ』をまわせるようになったと」
「わかった。
来年の予算に『むらさめ』用の分を追加しておこう」
こうしてファンガスの島への護衛艦『むらさめ』の派遣が決まったが、これだけでは足りない。
「いよいよ航空自衛隊にも覚悟を決めて貰いますか。
レイモンド男爵領第7地区の集落に空爆を命令します。
北サハリン空軍と華西民国空軍にも要請を出します」
大陸西部
華西民国
用城市 華西民国空軍基地
高麗国からの出動要請に渋っていた華西民国空軍だが、日本からの出動要請には従うことにした。
用城市に新設された空軍基地には、新香港時代には運用が難しかったH-6(轟炸六型)爆撃機が8機が滑走路で待機している。
「全く南部まで出向いて汚染地域の爆撃など割りに合わないな。
国際的な協調路線から仕方がないが」
武装警察の少将だった常峰輝は華西民国国防軍健軍ともに参謀総長に就任し、中将に昇進している。
全軍を統括する身として、わざわざ新香港から爆撃機体の見送りに来ていた。
「まあ、ファンガスとやらが大陸に蔓延すれば西部も危機となる。
諸君等、献身を期待する」
華西民国からすればH-6(轟炸六型)爆撃機は唯一の空軍戦力だ。
老朽化も気になるから墜落せずに帰ってきて欲しがった。
大陸北部
北サハリン共和国
ヴェルフネウディンスク市
北サハリン空軍基地
北サハリン空軍も戦略爆撃機Tu-95、2機が出撃準備をしていた。
この両機はケンタウルス紛争で、トルイの町を爆撃した実積がある。
「管制よりベア5、ベア6。
出撃許可が出た。
ちょっと爆弾を落としてこい」
軽い感じの管制を受けながら両機が滑走路から飛び立っていく。
高麗国
高句麗市 国防警備隊
第2戦闘航空団
高麗国もそれなりの空軍戦力を保有する。
現在、出撃準備が進められているのは、戦闘爆撃機F-15K 3機、F-4E 3機だ。
こちらレイモンド男爵領が自領に近いことから切実だった。
「爆撃は日本の地上部隊の合図とともに各国空軍は爆撃をはじめる。
それまでは先走るなよ」
ブリーフィングルームで、指揮官がパイロット達に訓示を行っている。
別に到着した機体から順次空爆を開始してもよいのだが、戦争でもないのに一般人の居住区を爆撃するろくでもない任務だ。
「さて、最初の一撃はどの部隊かな?」
大陸東部
中島市 航空自衛隊基地
澤村空将の号令のもと、F-2戦闘機が次々と滑走路から機体を飛び上がらせていく。
「やれやれ虎の子のパイロット達だぞ、変なトラウマでも付かなきゃいいが……」
なんだかんだと言っても人だった者に爆弾を投下するのだ。
戦争による基地や敵部隊に爆弾を投下するのとは訳が違う。
気が滅入る作戦だった。
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