第66話 戦役の行方

 プラットフォーム型海上要塞『コロンビア』

 第7桟橋

 はるしお型潜水艦『わかしお』


 浸水する艦内で有沢艦長が命令を下す。


「1番、2番発射!!」


 2本の魚雷は『コロンビア』に胴体を埋めるハーヴグーヴァへと真っ直ぐ延びていく。

 魚雷の威力を側近から聞かされていたハーヴグーヴァは、咄嗟に触手二本を盾の様に立たせて1本目の魚雷を受け止める。

 その瞬間に爆発した魚雷は、2本の触手を吹き飛ばした。

 その爆発の横をもう1本の魚雷がすり抜けて、ハーヴグーヴァの顔に向けて直撃した。

 爆発の炎はハーヴグーヴァを包み、『コロンビア』自体にも破損と火災を発生させた。


「やったか?」


『わかしお』の艦橋から先ほどまで斧を振るっていた副艦長の中井三佐が双眼鏡で確認を取ろうとする。

 次の瞬間に彼の上半身は無くなっていた。


「副長?」

「か、艦内に戻れ!!」


 ハーヴグーヴァは生きていた。

 全身が焼けただれていても残った触手を伸ばして、『わかしお』に向けて振るったのだ。

 ハーヴグーヴァに触手や触腕を巻き付かれていた他の潜水艦が一斉に動きだし、力が弱まったハーヴグーヴァの巨体を『コロンビア』から引き摺り離した。


「全砲門開け、目標、敵大型生物。

 撃ち方始め!!」


 ブローワー少将の号令で、『コロンビア』の攻撃可能な搭載砲や銃座の攻撃がハーヴグーヴァに降り注ぐ。

 炎上する巨大な深海の悪魔が、完全に見えなくなるのに数分も掛からなかった。


「要塞内の残敵を掃討しろ。

 ようやく終わりだ」




 第7桟橋

 はるしお型潜水艦『わかしお』


 第7桟橋に係留されていた『わかしお』では、銃弾が底を尽き艦橋のハッチまで敵兵に押し込まれていた。

 ハッチを閉じようとはしたのだが、イカスミが固形化して上手く閉まらなかったのだ。

 斧や銃剣で艦内での侵入を防いでいたが、負傷者が続出していた。


「銃声?」


 限界を感じていた乗員の耳に銃声が聞こえる。

 銃声は味方が近くまで来ている証だ。

 気力を取り戻した乗員達の抵抗が激しくなる。

 消火器にゴミ箱、分度器に三角定規まで使えるものは何でも使った。

 イカ人の侵入が止まり、艦内にいたイカ人を昏倒させると、ハッチから出て周囲を見渡す。

 艦の外では海兵隊によってイカ人の兵士達が撃ち倒されていく光景が目にはいる。


「ああ、終わったんだな」






 海都ゲルトルーダ


 海上自衛隊第2潜水艦隊と連合潜水艦隊の攻撃がゲルトルーダに行われていた。

 先日の戦いで珊瑚の壁に空いていた穴の補修は終わっていない。

 18隻の潜水艦による魚雷の集中攻撃が敢行され、都市内部に侵入した魚雷が各地で爆発を起こしていた。

 空からもハープーンが飛び、高層の建物を破壊していく。

 ゲルトルーダには指導者も兵も残っていない。

 一方的に破壊された攻撃に曝されたゲルトルーダは抵抗も降伏も出来ず廃墟と化していった。






 アウストラリス大陸東部

 新京特別区大陸総督府


「海都ドミトリエヴナ、エフドキヤ、ゲルトルーダの攻略を持って、多国籍軍司令部は作戦の終了を宣言しました。現状の死傷者ですが、米軍32名が戦死、負傷者102名。

 自衛隊は戦死3名、負傷者26名。

 北サハリン軍、戦死7名、負傷者37名に及びました。

 以後の三海域の平定はシュモク族に一任します」


 秋山補佐官の報告に、秋月総督は首を傾げる。


「予想以上の損害だな。

 しかし、シュモク族かい?

 彼等に任せて大丈夫なのかね」

「すでに敵のまともな戦力は全滅しています。

 三海域は『エンタープライズⅡ』が修理と平行して監視を行い、

 多国籍軍から援軍も出ますので問題は無いでしょう。

 すでに降伏してきた集落もあり、そこから兵力を徴発することで、反抗勢力の弱体化を図る計画もあります」


 平定した海域はシュモク族による伯邦国の領海となる。

 大陸のケンタウルス自治伯を参考にしたものだ。

 色々議論はあったが、現在の日本ではシュモク族を同じ国民として扱うのは無理があり、独立勢力として扱うことに落着した。

 シュモク伯邦国を衛星国とする間接支配の方が都合がよかったのだ。

 まだ他の海棲種族も残っているので、シュモク伯邦国が日本の盾として維持できる程度の力さえあれば問題はないのだ。

 一応、他の海棲種族には、シュモク族から使者を送り、外交的に対処する予定だ。

 何れも日本から戦力を派遣できる位置には無いので、敵対しなければ干渉しない方針だ。

 自衛隊にしても相当数の魚雷の消費で、暫くは潜水艦隊を動員出来ないのが現状なのだ。


「まあ、そちらは本国の連中に任せていればいい。

 こちらの準備は出来ているのか?」

「はい、新香港と呂栄にクルーズ船50隻と4万人の援軍の集合が完了しました。

 予定よりは規模が小さくなりましたが近日中に出港します」





 府中市

 府中刑務所


 すっかり刑務所とは呼べなくなった府中刑務所では、マディノ元子爵ベッセンが収穫の少なさに嘆いていた。


「もう少し八王子には期待していたんだがね。

 府中の倍以上の人口なんだから、才能ある子がいっぱい発掘出来ると考えていたのだが」


 本人は水晶玉に魂を入れて嘆いているので表情がわからない。

 こういう時、ベッセン担当の公安調査官の福沢は応対に困ってしまう。

 新たに魔術教育を受ける日本人の子供達は僧職の子弟が8人。

 大陸系も5人発掘出来たが、神職系は皆無だった。


「政令指定都市の発掘は許されないのかな?

 さいたまとか、千葉とか」


 東京と横浜と言い出さないのは両都市とも人口が激減しているからだ。

 横浜市も現在は人口が340万人程度にまで減っている。


「許可が出るわけが無いでしょう。

 当面は立川市で我慢して下さい。

 それとこれが外務省からの問い合わせです」


 ベッセンを担当する公安調査官の福沢は、外務省から渡された書類を渡してくる。


「海棲種族の大使館開設に関する問い合わせなんて専門外なんだけどなあ」

「地球の海水による毒素からお客さんを守れる結界の構築。

 それだけでいいんですよ」


 日本を守る地球の海水は年々範囲が狭まっているのが、海棲種族への尋問により判明した。

 高麗本国3島や樺太島西部などは既に効果の範囲外に指定されている。

 正確な範囲を絞り混む為にも海棲亜人の協力が必要だった。

 その為にも窓口となるシュモク族に品川に大使館を開館させることにしたのだ。

 また、国交正常化を果たした螺貝族も大使館を設置することとなった。

 こちらは独立国扱いで、ガンダーラから旧ミャンマー大使館を買い取り、しながわ水族館を寮にすることなっている。


「去年捕虜にした女騎士さんに使者になってもらい、交渉が続いていました。

 三大部族の崩壊という状況を見て国交の正常化に合意して来ました。

 ですが両大使館と寮には大量の海水が必要となりました。

 今は範囲外から海水をわざわざ運び込まないといけません。

 タンカー1隻を割り当ててますが、正直経済的ではないと財務省がお怒りなのでして、早急にお願いしますね」


 いっそタンカーとやらを大使館にすればいいのにとベッセンは思ったが黙っていることにした。

 せっかくの研究の機会を逃すような事は出来ないからだ。


「いいさ、予算と時間はちゃんとくれよ?」





 大陸東部近海

 日本国海上自衛隊

 新京地方隊所属はつゆき型護衛艦『いそゆき』


 大陸東部近海を航行する護衛艦『いそゆき』は、僚艦の護衛艦『しらね』とともに長期航海に同行する船団を待ち受けていた。


「そろそろの筈だな」


 艦長の石塚二佐は、腕時計を観ながら船団の到着を今や遅しと待ち構えていた。


「レーダーに感有り。

 当艦の後方距離12,000。

 ルソン船団数42隻を確認。

 クルーズ船30隻、貨物船10隻、巡視船2隻、約15ノットで、航行中」

「旗艦『マラパスクア』より通信。

 当艦隊の護衛を感謝す、です」


 副艦長の神田三佐が通信を要約して伝えてくる。


「船団の前方を警戒しながら航行する。

 針路0-0-2、舵固定、速力14ノット。

 合流の時間を向こうに伝えておけ」


 ルソン船団とはまだ距離があるので、速度を落とし前進しながら合流を果たすことにした。

 連絡してきたルソン沿岸警備隊の巡視船『マラパスクア』は、日本がルソンに供与した40m型多目的即応巡視船の1隻である。

 転移前の日本とフィリピンとの南シナ海への国際貢献として、供与が決まっていた十隻の巡視船の1隻である。

 もう1隻の巡視船『スルアン』が四番船、『マラパスクア』が3番船にあたる。

 ルソン船団は米国より要請された西方大陸アガリアレプトへの援軍を運ぶために航海をしていた。

 アウストラリス王国が用意した大陸東部、南部から集められた5万の兵団がこの船団に乗船している。

 ルソン船団は日本、高麗、新香港に次ぐ大規模船団を保有している。

 フィリピンの船籍をもつ船と国籍を持つ船員が、転移時に日本近海を多数航行していた為だ。

 ルソンは海運としての産業を成り立たせている。


「しかし、えらく時間が掛かったものだな」


 百済サミットから8ヶ月。

 いくら中世的なアウストラリス王国とはいえ、時間が掛かりすぎだと石塚艦長は肩を竦める。

 兵員の輸送には日本が大陸に敷いた鉄道も使用されているのだからこんなに遅い筈がない。


「王国側の嫌がらせでしょう。

 我々が渋っている間に快く快諾したふりをして援軍の出発を遅延させる。

 その間は地球系同盟諸国は次の援軍の準備は行っていませんでした」


 その間も米軍の弾薬や燃料は消耗して損害も増える。

 米軍の力が衰えれば自衛隊の負担も増えて、地球系同盟国・同盟都市への補給も減る。

 かといって抗議をしようにも王国側は自らの未開を盾にとって、開き直っている。

 むしろ努力を評価しろとまで言われて、ロバート・ラプス米国大使が苦虫を噛み潰して胃炎で入院したという。

 神田副長の分析に石塚艦長はうんざりした顔を出す。


「気の長い話だな。

 一世紀や二世紀後の話か?」


 その間には王国の民も地球系諸国から学び尽くして対等以上の関係になっているかもしれない。


「我々が停滞したままならそうなるでしょうけどね」

「さし当たってこの老朽艦では長期航海はきつくなってきたな」

「本国で最後に新鋭護衛艦は温存する気らしいです。

 財務省は本艦を沈むまで使わせる気らしいですが」


 潜水艦だけは毎年就役しているが、護衛艦の就役は予定が明かされていない。

 この『いそゆき』や『しらね』も本来なら十年以上前に退役していた筈の艦だ。

 この世界の軍やモンスターなら十分以上な戦力として使えるので、残されているにすぎない。

 代わりに海上保安庁の巡視船は転移前の二倍の規模にまで増産されている。

 この世界の暴力的な脅威にはその程度の戦力で十分だと判断されているのだ。

 神田副長は話題を変えるべく最近聞いたニュースを話し出す。


「そういえば聞きましたか艦長?

 我々が戦った螺貝族の連中が東京に大使館を開設するそうですよ?

 同盟国として、あの巨大ヤドカリと共同作戦をするかも知れないと思うと頭が痛いですね」

「私が退役してからにしてくれないかな?」


 ブリッジの中は笑いに包まれていた。


 

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