第65話 プラットホーム型海上要塞『コロンビア』後編

 

 軍の中枢を失ったイカ人達は、残った戦力をかき集めて、巨大赤エイ『黒き闇に咲く聖騎士』号に兵士達を詰め込み、海底を這うように泳ぎ進む。

 独特な金属の匂いを追跡すれば、それが敵のいるところだった。


 そしてゲルトルーダから離れた孤島では、巨体を揺らしながらある生物が海中に身を投じていた。

 暫くは漂っていたが、周辺にいる武装したイカ人達がその巨体に触手を絡ませると、もの凄いスピードで海中を泳ぎ始める。

 巨大赤エイ『黒き闇に咲く聖騎士』号と、海皇継承者ハーヴグーヴァは、海上プラットフォーム要塞『コロンビア』に向かっていった。





 ハーヴグーヴァは怒っていた。

 側近には止められたが、ここまで海都や民達を損ない、抑えることが出来なかった。

 象徴的存在として俗世に関与することが許されない身であったからこそ、ここまで事態が悪化し、無力感を味わったことを嫌悪する。

 大海に身を委ねて5日目の夜、ようやく海上に拠点を構えた敵の牙城を視界に納めるところまで到達した。


『行け!!』


 小判鮫のごとく、ハーヴグーヴァの体に張り付いていた七百を越える兵士が牙城に向かう。

 敵もどのような手段かわからぬが、こちらの出現を察知したようだ。

 警戒を告げる音が鳴り響き、幾つもの光が海上に向かって伸びてきた。


『やらせん!!』


 ハーヴグーヴァは、海上に口を出して粘性の高い黒褐色の液体を敵の牙城、『コロンビア』にぶっかけた。





 海上プラットフォーム要塞『コロンビア』


 この日の『コロンビア』は、海都ゲルトルーダを攻撃してきた潜水艦隊の整備に追われていた。

 ドックは4つしか無いので、順番に艦齢の古い艦から収用し、整備が行われている。

 他の艦も桟橋に停泊して、乗員の休養が行われていた。





『コロンビア』CICルーム


「N-35地点で異常発生!!

 巨大な何かが接近中、金属反応無し!!」


 警戒の為に『コロンビア』周辺に散布しているソノブイが異常を知らせ来た。


「こんな状況だ。

 敵対種族の大型海洋生物かもしれん。

 非戦闘員は施設内に退避、戦闘態勢を取れ。

 全砲門を開け」


 米軍司令官スティーヴ・ブローワー准将の命令により、『コロンビア』は戦闘態勢に入る。

『コロンビア』には、日本製62口径76mm単装速射砲8門、Mk15ファランクスCIWS16基を各所に配置している。

 各砲座が巨大生物に照準を定めようとした直後、巨大生物から膨大な吐瀉物が噴射されて『コロンビア』に降り注ぐ。


「うわっ!?」

「なんだこれは?」

「助けてくれ!!」



『コロンビア』のデッキで、小銃を構えて対応しようとしていた海兵隊一個小隊が黒い液体に押し流されていく。

 殆どが柵や柱に掴まり難を逃れたが、数人が海に落とされる。

 海に落ちた海兵隊隊員は身に付けていた救命具であるフローティングベストの紐を引っ張り浮き輪代わりにするが、そこを海中から迫っていたイカ人の兵士に銛で突かれる、或いは海に引きずり込まれて命を落としていく。


「海兵隊から救援養成、海に落ちた隊員が襲われていると!!」

「司令、内部各カメラが黒い液体を塗られて映像が撮れません!!」

「外部カメラもやられて敵を捉えられません!!

 砲撃が出来ず!!」


 粘着質な液体がカメラを汚し、CICからの状況把握を困難にしていった。


「投光器や照明も黒く塗り潰されて光量が低下!!

 敵の確認が出来ません」


 次々と上がる報告にブローワー少将の苛立った命令が飛び交う。


「消火栓やスプリンクラーを作動させて、洗い流せ!!

 動ける艦船に救助並びに敵兵の殲滅を命じろ」

「第7桟橋から敵兵士上陸!!

 海自の潜水艦乗員が発砲、交戦中!!」

「第3ウェルドックから敵兵侵入!!

 交戦中です!!」

「海兵隊は何をやっている!!」






 第7桟橋


 海上自衛隊に割り当てられた第7桟橋では、2隻の潜水艦が停泊していた。

『わかしお』、『ふゆしお』の2隻である。

 はるしお型潜水艦『わかしお』は、2013年に一度除籍された艦だ。

 2015年に解体されるはずだったが、日本の異世界転移に伴い解体は中止となった。

 転移4年に大陸との戦争に伴い、再就役を果たした艦だ。

 各艦の上部艦橋から拳銃や小銃を持った乗員が、桟橋から上陸するイカ人の兵士達に発砲して逃げ遅れた乗員や『コロンビア』の基地要員が退避する時間を稼いでいる。

 彼等の制服も吐瀉物を被って、黒く汚れている。

 拳銃で応戦しているが、時々銛が飛んで来るので身を隠して避けなければならない。


「くそ、忌々しいな、なんだこの液体は!!」


 粘着質な液体の為に動きずらくなって苛つかせる。


「航海長これは多分」

「何だ?」

「イカスミです」





 海上プラットフォーム要塞『コロンビア』


『コロンビア』内部では、侵入してきたイカ人達との戦闘が続いていた。

 要塞防衛を担当する海兵隊や退避出来なかったり、持ち場を死守する為に残った要員が応戦を継続している。

 そこはアメリカ人だけあって小銃や拳銃の配備ぶりは充実していて、奇襲による混乱はすでにおさまっている。

 そこには要塞内で休息を取っていた海上自衛隊第3潜水艦隊や北サハリン第3潜水艦隊の乗員も含まれる。

 桟橋に付けていたり、ドック入りした艦の乗員は要塞内で上陸していたのが仇となった。

 ドック内はともかく、桟橋に停泊していた艦は乗員の半分が要塞に上陸したことにより、動かせなくなったからだ。


「近接戦は避けろ。

 イカスミは予想以上に厄介だ」

「手隙の要員を武装させて対応させろ。

 第7桟橋に人手が足りない」

「武器の無い隊員は消火栓を使って、イカスミの洗浄に専念しろ」


 CICルームからオペレーター達が、矢継ぎ早に各所に指示を出す。

 司令官ブローワー少将はようやく膠着状態に持ち込めたことに安堵する。

 内部は落ち着いたが外部はそうはいかない。

 外部カメラはほとんどイカスミを塗りたくられて機能していない。

 レーダーやブイによる観測情報、通信による報告を頼りにCIWSや62口径76mm単装速射砲で、敵大型生物に対応しているが命中打を与えられていない。

 洗浄された外部カメラの機能も徐々に回復しているが、すで近距離にまで接近されていると報告に上がっている。


「こ、攻撃を中止して下さい!!」

「今度はなんだ?」

「『シヴァティテル・ニコライ・チュドットヴォーレツ』と、『モゴーチャ』の2隻が敵大型生物の触腕に捕まりました!!

 攻撃が両艦に当たります!!」


 ドック入りの順番待ちをしていたキロ級潜水艦の2隻だ。

 基地の周辺で待機させて並ばせていたのが仇となった。


「続いて、『わかしお』、『ふゆしお』も触手に捕まりました」

「砲撃中止、様子をみる」


 2隻もの潜水艦が1匹の巨大生物に引き摺られて操艦を失っている。




 はるしお型潜水艦『わかしお』


 二本の触手触腕に巻き付かれた『わかしお』は、機関を全開にして振り切ろうとしたが、正面に『シヴァティテル・ニコライ・チュドットヴォーレツ』がいて身動きが取れない。

『シヴァティテル・ニコライ・チュドットヴォーレツ』の正面にも『コロンビア』があって、動きが封じられた。


「くそ、考えてやがる」

「艦長、さらに後方から別の大型海洋生物が来ます」


 巨大赤エイ『黒き闇に咲く聖騎士』号がその背中に岩で出来た城を乗せて『コロンビア』に激突する。

 激突の衝撃と大量の海水が『コロンビア』を大きく揺らすが、その巨体を支えている海底に直接固定した鋼鉄の脚(レグ)は持ちこたえた。

 だが巨大赤エイ『黒き闇に咲く聖騎士』号の背中の城から跳ね橋の橋桁が降ろされて、『コロンビア』のデッキにイカ人の兵士達が雪崩れ込んで来る。

 このデッキから銃撃を行っていた海兵隊は、先程の衝突の震動で多くが転がったままだ。

 対応に遅れ、幾人かの海兵隊隊員は銛で突き殺された。

 先程の海水で外部カメラのイカスミの大半が洗い流されて、近距離に設置されていたCIWSの発砲が始まる。

 橋桁を破壊され、城門に向けられた銃撃がこれ以上の侵入を防ぐべく発砲されたが、数十の敵兵の侵入を許してしまった。

 器用にも触腕や触手をデッキの手摺に掴まらせて、他のデッキにラペリングの様に侵入してくるイカ人の兵士もいる。





 CICルーム


「第3、第4デッキに敵侵入、交戦に入りました」

「失態だ、中央階段だけは死守しろ。

 そこを奪われたら各デッキの将兵が分断されるぞ」


 ブローワー少将は肩を落とすが、『コロンビア』に接舷した『黒き闇に咲く聖騎士』号への砲撃を命じた。

 8門の62口径76mm単装速射砲が次々と発砲され、城壁を砕き、城を崩壊させ、『黒き闇に咲く聖騎士』号の背中を爆発させて燃やしていく。

 城内に残っていた兵士達は海中に飛び込もうとするが、大半がCIWSや各デッキの海兵隊による銃撃の餌食になって息絶えていく。

 なんとか海中に逃れた兵士達は橋頭堡として確保されたウェルドックや第7桟橋の味方と合流する。


「後はウェルドックの化け物だけか」

「司令、『おうりゅう』の有沢艦長から通信。 」

「繋げ」


 司令席に備え付けられた受話器から『おうりゅう』艦長有沢二等海佐の声が届けられる。

 受話器から伝えられた有沢二佐からの作戦提案にブローワー少将も冷や汗を足らす。


「わかった、存分にやれ」


 受話器を置くと、命令を待っているオペレーター達に指示を出す。


「第9、第10デッキは放棄。

 放棄が完了次第、全隔壁を閉鎖。

 残っている者達に退避を命令しろ」






 潜水艦を盾にしたハーヴグーヴァは、海中からウェルドックに胴体にあたる外套腔を捩じ込んで砲撃を封じていた。

 だがハーヴグーヴァは、この海上の巨大な建物を攻めあぐねていた。

 残った触手を何度も壁や柱に叩きつけるが、金属で出来ていて容易には破壊できない。

 侵入した兵達も人間達の飛び道具に前進を阻まれている。

 大量のイカスミで人間達を押し流して地道に攻めるしかない。

ようやく小賢しくも攻撃してくるCIWSを、触手一本犠牲にしてもぎ取ったところで触腕に多少の違和感を感じた。

 触手に痛覚は無いが、獲物の動きを感じる感覚は存在する。

 触腕は潜水艦『わかしお』に巻き付くが、乗員達が艦内に装備品として置かれていた斧で触手を斬り始めたのだ。

 さらに傷口に拳銃や小銃を浴びせて拡大させる。

 触腕自体は数mの幅が有るので簡単には落ちないが、『わかしお』を掴む触手の圧力は弱まりつつある。

 さらに奇妙な物体をその傷口に塗りはじめた。

 準備が出来たところで有沢艦長が乗員を呼び戻す。


「艦内に戻れ!!

爆破用意……爆破!!」


 触手の傷口に塗り込まれたプラスチック爆弾C4が爆発する。

 潜水艦の任務は特殊部隊を送り届けることが多くなった為に用意されていた代物だ。

 海上自衛隊最古参の潜水艦『わかしお』も艦体に多少の損壊を受けたが、浮上航行には問題は無い。

 触手は爆発で消し飛び、艦は微速だが動き出す。


「取り舵45、正面の『シヴァティテル・ニコライ・チュドットヴォーレツ』にぶつけるなよ

 微速前進、残った触手は気にするな。

 魚雷1番、2番発射用意」


 海上都市での攻撃で最後に残された魚雷二本を装填した発射管に海水が注水されていく。

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