第33話 竜別宮捕虜収容所 4
枯れ井戸を包囲する自衛隊は、地下水道跡から侵入した残党軍を追い詰める。
すでに外に討って出てきた三人の男を射殺した。
その後は地下水道跡に籠城して出てこない。
「全員出てくるまで待つんだったな」
班長の杉之尾陸曹長が、困った顔で部隊を待機させている。
地下水道跡は電気、電話、水道、ガスなどのライフラインをまとめて設置している共同溝となっている。
そこで戦闘を行われ、ライフラインが破壊されると困ると収容所側から要請があったのだ。
だが敵対戦力の排除は優先的事項だ。
「まあいい。
来ないならこっちから行くぞ」
最初に前衛に立ったのは自衛隊隊員ではなく収容所の管理官達だった。
彼等はガス筒発射機を持って、井戸穴に集まり。
M79グレネードランチャーを参考にして開発されたガス筒発射機は、催涙弾を地下水道跡共同溝に向けて発射する。
転移前の銃刀法の関係でガス筒発射機と呼称されたが、もうガス銃でも良いのではと議論のマトになってたりする。
狭い地下水道跡共同溝で催涙ガスは残党軍の兵士達に襲いかかる。
「目があ!!」
「なんだこの煙は!?」
「奥に退け!!」
カプサイシンを主成分とするOCガスを浴びて、皮膚や粘膜にヒリヒリとした痛みが走る。
咳き込んだり涙が止まらなくなる者達が床に倒れこむ。
効果時間はおよそ30分。
ガスを見て半数の兵士が奥に逃げ込んで難を逃れる。
その穴を埋めるように花粉症も防げる00式個人用防護装備防護マスクを装面した自衛隊隊員達が地下水道跡共同溝に侵入する。
倒れて体を掻き毟ったり、目や鼻を抑えて抵抗できずに転げ回っている兵士達を拘束して手錠を掛けていく。
わずかに体を動かして抵抗する者もいる。
だが目も開けてられない状況では何の役にも立たない。
M16の銃床で殴り付けられて無力化されていく。
「おらっ、おとなしくしろ!!」
「抵抗してんじゃねえ!!」
拘束されたまま引き摺られ、枯れ井戸から外に放り出されていく。
外には催涙ガスの解毒剤の入ったスプレー瓶を持った隊員が待機して対応にあたっていた。
ガスによる煙で、残党軍兵士達は連行される仲間の姿が見えていない。
それどころか、さらなる催涙弾が撃ち込まれて奥に追いやられる。
仲間がいるかもしれないので、残党軍兵士達は発砲を最小限に控えていた。
自衛隊側は前衛にバリスティック・シールド(個人携行用防弾盾)を構えた隊員が陣取り、散発的に撃ってくる銃弾を完全に防いでいる。
外壁やパイプも残党軍兵士の小銃弾では致命的な損傷に至っていない。
逆に自衛隊側の弾丸の方が威力があるので使えない。
膠着状態になるかと思われたが、隠し通路の扉が開き、奥まで逃げてきた残党軍兵士達に催涙弾が撃ち込まれる。
「こっちもか!!」
両端から撃ち込まれた催涙ガスで、残党軍兵士達は逃げ場を失う。
日本軍が見えないにも関わらずに小銃を撃ちまくる。
だが効果が無いのか悲鳴一つ聞こえない。
隠し通路からはBS-RF ライフル弾用防弾盾が降ろされて壁が作られていた。
キャスター付きの防弾盾の向こうからは管理官や自衛隊隊員の姿を見受けられる。
地球の制式小銃でも防ぐ防弾盾の前には残党軍兵士が使う皇国軍制式小銃など全く歯が立たない。
包囲は徐々に狭められ残党軍兵士達は拘束されていく。
こうして地下水道に侵入した隊は全滅していった。
竜別宮捕虜収容所
収容所内部に突入した透明化した兵士達はいきなり途方にくれていた。
城門を越えたのはいいが、リューベック城時代の華やかな庭園や練兵の為の広場は無粋な運動場に代えられていた。
問題はそこではなく、運動場と城門は金網で仕切られていた。
金網の上には有刺鉄線のおまけ付きである。
協力して突破したくても透明化しているので、互いがどこにいるかもわからない。
各々が持っている短剣で金網を切り裂き始める。
斬れないわけではないが、人が一人の通る大きさの穴を開けるには時間が掛かる。
スポットライトが城の内側を照らしているが、透明化してるので見つけることは出来ない。
三名だけがいち早く金網を切り裂き中に侵入する。
不思議と運動場には見張りがいない。
他の二名は透明化解除の時間までに金網を切り裂くことが出来ず捕まることになる。
突破した三名は城の入り口になるドアを開けようとそれぞれ試すが、それぞれ鍵が掛かっている。
考えてみれば当然だ。
ここは収容所なのだ。
平時であっても普段から鍵が掛けられている。
だが兵士の一人が鍵開けの技術をマスターしていた。
日本式の錠前でも開けることが出来る腕前だ。
誰でも出来ることではない。
必要な道具は先程切り取った金網に使われていた金属の線材だ。
他の二人は開いてるドアが無いかと探し回っている。
透明化の魔法の制限時間が過ぎて、全裸で立ち尽くしているところを拘束された。
最後の一人は鍵開けに成功したが、事前連絡の無い鍵開けは自動的に警備システムが発動して、ドアの上部に設置された赤色灯が警報音とともに光ながら回りだす。
咄嗟に城の中に入って絶望する。
「ま、また鍵と檻だと?」
収容所内の一般フロアと管理官達の管理エリアを区切る檻だ。
この奥にはさらに収容エリアを区切る檻と鍵があったりする。
警報に従って管理官や自衛官達が殺到してくる。
こんな落ち着かない状況では鍵開けの作業も捗らない。
そうこうしている間に時間切れだ。
大勢の自衛官や管理官が周囲を警戒している真っ只中に、素っ裸で鍵開けをしている男が文字通り姿を現したのだから。
収容所内部には予め捕虜となっていた者達がいた。
外部からの攻撃に合わせて内部から反抗を行う為だ。
前提として外部からの攻撃がある程度浸透し、合図が来てから蜂起する予定だった。
だがあまりに収容所内が平穏なので蜂起のタイミングを掴みそこねて途方に暮れていた。
「合図来ないな」
「銃声はそれなりに聞こえるのだが、遠いな」
収容所の壁に仕込まれている防音壁が、戦場で培ってきた彼等の距離感を狂わせている。
「外部の攻撃は失敗したと観るべきだろう。
くそ、捕まり損じゃないか」
格子窓から廊下を伺っていた同志が戻ってくる。
「見張りもいつもの倍はいるぞ。
しかもいつもより重武装だ」
ここまで来れば彼等にも日本側に計画が漏洩していたことが理解できる。
日本側は準備万端にこちらを待ち受けていたのだ。
「どうする?」
「どうするも何も何も出来ないだろ。
作戦は失敗だ、おとなしく寝とけ」
実家に身代金を払ってもらう算段をしないといけない。
考えるだけで頭が痛かった。
ちなみに実家側には身代金を支払わないという選択肢はない。
捕虜の身柄以前に日本との関係が悪化するからだ。
日本側も長期分割を認めてるから断りにくい。
今後のことはともかく、今日のところはカプセルベッドで寝るべく兵士達は戻っていった。
捕虜達のニート生活は数年続くことになる。
竜別宮町市街地
市街地と捕虜収容所を繋ぐ道路沿いの3件の小屋が建っていた。
協力者に仕立てあげられたウォルフ将軍とマイヤーは、同じ小屋に入れられて拘束されていた。
同様にマイヤーの姪のマルガレーテやウォルフ将軍の細君リシアは、別の小屋に拘束されている。
だがマルガレーテはリシアの扱いに困っていた。
50を過ぎたウォルフ将軍の奥方だから、それなりに年配の女性かと思っていたら23才の若奥様だった。
逆に拘束している兵士達も妙齢の女性に気を遣われてデレデレしている。
「人質に気を遣われてどうするのよ」
「あらあら、明日には解放されるみたいだからそんなに怖い顔をしないの」
マルガレーテは子供扱いされている。
学校でも才女扱いで、サークルでも姫扱いだがここでは完全にオマケ扱いだ。
小屋同士は互いに確認しあえる位置にある。
協力者の援助で建てたものもある。
日本の警察が援軍に行こうと小屋沿いの道を通ろうとしたら、人質を盾に引き付ける予定であった。
包囲されるのは望むところ。
道が使いづらくなるのは明白だった。
最初の小屋は囮で、敵が侵入してきたら残りの小屋の火線に晒されるボロさだった。
だから日本側はいきなり小屋の一つを吹き飛ばした。
「はっ?」
その光景を見ていた女達が監禁されている小屋の兵士達は呆気にとられてた。
だがすぐに額に穴が開いて床に体を転がせる。
「敵襲!!」
もう一人の兵士が叫ぶが、壁越しに狙撃されて死体と化した。
森の中から狙撃したのは黒ずくめの男達だった。
公安調査庁の実働部隊だ。
今回の残党軍の作戦は、事前に公安調査庁によって盗聴されていた。
小屋の中にはすでにCCDカメラが設置され、人質と兵士達の位置関係は把握されている。
よって人質のいない小屋も真っ先に事前に仕掛けられたプラスチック爆弾で吹き飛ばされた。
警察や自衛隊崩れの彼等は容赦がない。
だが人数は多くない。
新京なら1個小隊が編成されているが、ここでは分隊が1個ある程度だ。
第二分隊創設の予算は中島市の支部に持っていかれた。
だからこそ竜別宮支部はここが最前線だという実績が欲しかった。
第一班の狙撃が成功すると小屋にトヨタ・ハイエースが横付けして、拳銃を構えた公安調査官達六人が小屋に突入する。
本来なら突入は第二班に任せたいところだが、人手が足りない。
小屋の中には兵士がもう一人生き残っていたが、手を挙げて投降の意思を示している。
二人が兵士の見張りを、もう二人が隣の小屋を窓から見張る。
松井調査官は別室にいるマルガレーテ達のいる部屋のドアの前に立つ。
「マルガレーテさん、サークルの松井です。
お助けに参りました」
他の調査官には聞こえないように声を掛ける。
鍵は掛けられてないのか、ドアが開くと二人の女性が喜色を浮かべる。
松井は自分の推しメンであるマルガレーテの救出に携われることを神に感謝していた。
このまま個人的に仲良くなったらどうしようかと頭の中は雑念が渦巻く。
「ありがとうございます。
怖かったの~」
だが松井に抱きついてきたのは人妻のリシアである。
若くて美人なリシアに抱きつかれて、だらしない顔をした松井にマルガレーテはちょっと引いていた。
だがすぐに気を取り直して隣の小屋を指差す。
「あっちに伯父様とウォルフ将軍が!!」
だが松井は精一杯のキメ顔で答えた、。
「大丈夫です。
すぐにあちらも解放されますよ」
その言葉の通りに隣の小屋で小爆発が起こったかと思うと、銃声が鳴り響いて黒ずくめの男達が出てきた。
実働部隊の第二班だ。
あちらは女性がいないので人質がいても強引に突入したようだ。
したようだ。
小屋から出てきたマイヤーとウォルフ将軍の姿を見ると、二人の女性も小屋から飛び出して抱き付いている。
親子ほども年齢差がある将軍とリシアのキスシーンは濃厚で、公安調査庁の男達もマイヤーとマルガレーテも困ってしまう。
なんつうかエロい。
みんなでマイヤーに視線を向けて大人の対応を求めた。
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