第34話 解放と結婚

「し、将軍。

 仲睦まじいところ水を差すようですが、まずは安全なところまで」

「おう、そうだな。

 では日本軍諸君、我らを安全な場所までよろしく頼むぞ。

 我等は可哀想な人質だったのだからな。

 食事にはワインもつけてくれよ。

 あ、風呂も用意してくれると嬉しいな」


 平沢調査官は大陸の人間は自衛隊も警察や海保、公安もまとめて日本軍と呼ぶのをやめて欲しいと思っていた。

 松井調査官が人質達をトヨタ・ハイエースに乗せて出発する。

 その前後を実働部隊のパジェロが挟み町に向う。

 舞い上がっていた松井調査官は、平沢調査官達を乗せ忘れて出発してしまった。


「平沢さん、我々の車は?」

「ひ、人質を送り届けたら、迎えに来るようあのバカに連絡しろ」


 死体と備え付けた機器の処理の仕事が残っているのは間違いない。

 本来なら新人に任せる仕事だったのだが。

 現場には調査官五名と捕虜が一名その場に取り残された。


「やれやれ俺もあのリューベック城行きか」


 捕虜がそう呟くと調査官達は微妙な視線を向けてくる。

 その視線を不気味に感じながら己の身の処遇を聞いてみる。


「違うのか?」

「我々はね。

 警察でも自衛隊でも無いのだよ。

 君が我々にとって価値ある存在であることを祈ってるよ」





 竜別宮捕虜収容所解放作戦に参加した帝国残党軍は90名。

 戦死者65名。

 新たな収容所の入居者は7名。

 残りの17名は鉱山送りとなる。

 竜別宮には亜鉛、鉛、銀と、なかなか健康に悪そうな鉱山があったりする。

 なお、行方不明が1名いた。


「こちらの損害は?」

「管理官、自衛隊ともに軽傷者は十数人。

 人的にはそれだけてす。

 施設も金網が破れた程度。

 共同溝は点検が必要ですが目立った損壊はありません」


 夜が明けてからやってきた大隊長君島三佐が、駐屯地幕僚の魚住一尉の報告を聞く。


「人員の損害は補充が効かないからな。

 余り無理はさせるな」

「本国の方では空挺を撤収させようかとの話も出ているそうです」

「教導と1特を残してか?

 アメさんも納得すまい。

 そんなにレムリアとやらを警戒する情報でもあったのか・・・

 食料確保の生命線である我々からは、さすがに引き抜かないだろうがな。

 今回の事件は、皇国残党にかなりの打撃を与えた筈だ。

 当分はこの地域で作戦行動は取れないだろう。

 こちらのホームグラウンドは揺るがないと大陸の連中には見せつけてやらないとな」


 今回、捕縛した捕虜達からの情報をもとに皇国残党軍をしらみ潰すつもりだった。






 メルゲン子爵邸


 マイヤーは片膝を床に突いて頭を垂れている。


「この度は我が身の存在がマルガレーテの誘拐の原因となり、不徳の致すところ。

 兄上夫妻とマルガレーテに謝罪を」

「謝罪を受け入れよう」


 同席している公安調査庁の松井は、マイヤーの謝罪に困惑を覚える。

 無事に帰ってこれたし、家族なんだからいいじゃないかと。

 だが謝罪とは一種の儀式なのだ。

 一門の次期当主として、第三者の非難を避け、有能な弟が忠誠を誓うことになる。


「日本の皆様にも娘と弟の解放にご尽力頂き感謝に耐えません」

 代表して謝辞を受けることになった松井は恐縮してしまう。

 松井としてはマルガレーテとお近づきになれただけで万々歳だ。


「いえ、日本と残党軍との争いに巻き込んで申し訳ないと秋月総督から伝言を承っております。

 メルゲン子爵閣下にガンダーラの建設に期待しているとも仰有っていたそうです」

「ほう、ガンダーラですか?

 やっと名称が決まったのですね。

 詳しいことをお聞きしたいですな」


 当初はネパールが中心にインド、ブータンの在日住民で植民都市の建設が行われるはずだった。

 ここに総督府からの捩じ込みで、ミャンマー、スリランカの在日住民が合流することなった。

 多民族都市になるが人口は約8万人程度。

 概ね南アジアの仏教系(ヒンドゥー含む)でまとめたことになる。

 メルゲン子爵領はその資材の調達先として関係を深める必要があった。

 生臭い話は後日として、再びマイヤーのもとに兄が戻ってくる。

 松井調査官はマルガレーテの前でデレデレしながら談笑している。

 マイヤーは日本人も人の子かと苦笑する。


「マイヤー、戻ってきてくれたばかりで申し訳ないが、収容されてる間に父上から縁談の話が来ていたんだ。

 ああ、縁談を通り越してるな。

 婚約は決定事項だ。

 マルガレーテの先輩で、グルティア侯爵家の令嬢マイラ殿だ。

 優秀な女性で、グルティア領では内政を携わっていたらしい。

 今回のガンダーラ建設でも辣腕を奮ってもらおう」


 なぜそんな才女をわざわざグルティア侯爵家が手放したか気になるところである。


「兄上、それ私が婚約する必要があるんですか?

 なんだか曰く付きの物件のような気がするのですが」


 メルゲン子爵家次期当主はそっと明後日の方向を見て目を合わせてくれない。

 松井調査官の方を見て、自分達の方がよっぽど人としてどうかと感じてしまう。


「いや、これは毒され過ぎたかな日本に」







 大陸南部

 アンフォニー

 アンフォニー代官所


 ヒルダは冬休みを利用して、自領アンフォニーに静養を兼ねた視察に来ていた。

 だが代官の斉藤光夫に急な来客を告げる早竜が到着したことを報告されて困惑していた。


「こんなとこまでよくこれたわね。

 まだ、駅も完成してないのに」

「竜車で街道を走破して来たようです。

 竜騎兵の護衛付きで」

「まあいいわ。

 せっかくの学友の来訪だし歓迎の準備をして頂戴。

 来訪の目的もよろしくね」

「グルティア侯爵領ですか……我々の目が入ってませんから新京の仲間に探らせますが、到着の方が早そうですな」


 その日の夜には、件の令嬢を乗せた竜車が到着する。

 竜車は輸送に使われる中型角竜として分類されるゲルダーに曳かれた2両編成だ。

 竜騎兵、執事、御者、侍女達は、斉藤に用意された宿舎に案内された。

 そしてグルティア侯爵家令嬢マイラは、公邸を兼ねた代官所の応接室に案内された。

 貴族らしい長い挨拶をかわすとマイラが単刀直入に本題に入ってくる。


「ヒルダ様、私結婚させられそうなんです」

「あら、どなたと?」

「メルゲン子爵家の次男で、最近まで日本の捕虜になっていたマイヤー様です」

「まあ、残党軍の方?」

「いえ、皇国軍時代に捕虜になったとかで、勇戦を評価されていたそうです。

 でも、私、結婚ってまだ早いと思うのです」


 なにやらモジモジとした仕草で不満を訴えている。

 皇国が崩壊し、王国が日本の傀儡となって5年の歳月が流れている。

 半分人質として新京に集められた貴族の子弟達は、日本の教育を受けその影響を大きく受けている。

 その後遺症ともいうべき問題が貴族社会で起きていた。

 その一つが、教育を受けた貴族令嬢達が結婚したがら無くなったのだ。

 この大陸の貴族の女性は、平均的な結婚は十代後半に行われていた。

 だがさらなる教育を求めて、進学を希望する者が増加していた。

 教育を受ければ受けるほど、自領の発展に生かしたいと意気込んでしまう。

 マイラ嬢もその一人だ。

 基本的に能力は低くなく、経理や書類作成など官僚的能力が地元の文官など鼻であしらうレベルに到達しているのだ。

 さらに領内の女性陣に清潔な環境や化粧品を勧めて、自信を付けさせて発言力を高めた。

 マイラはこのやり方で支持を集め、地盤を固めて内政に口を出すようになったのだ。

 ただ彼女は恐ろしく周りが見えていない。

『効率的で迅速な仕事』がいかに大勢の人間から仕事を奪うのか。

 立場を無くした文官達は解雇され、或いは野に下った。

 のんびりとした農村が、突然の開発ラッシュに襲われた。

 健康の為に清潔な環境を造ろうとし、領民が負担を強いられる。

 入浴や消毒の為の大量の薪の消費が、森林の焼失や禿げ山の増加を招いた。

 使用する水の増加により、調達の為の労働が増加した。

 化粧品の普及で妙な自信を持った女性が増え、男女間でギスギスした空気が流れるようになった。

 値段も高価で庶民には見合っていない。

 予算を得るために軍縮を求められたグルティア侯爵領の私兵軍は不満を募らせる。

 最初の頃は彼女に同調していた女性達もマイラに対する不満の空気を察して離れていく。

 ちょうどその頃、食糧調達の為に他領に派遣された竜騎兵団が損害を負って帰還した。

 グルティア侯も責任の追求より、原因の排除を決断したのだ。


「確かに投資による負担はちょっと大きかったと思うけど、将来的には絶対に発展の道が見えていたのに」


 その将来より今日明日に誰もが耐えられなくなっていたのが理解できていない。


「きっとマッシモ叔父上が、私の功績になるのを妬んで父上を誑かしたのですわ」

「まあ、今日のところは長旅で疲れたでしょう?

 中学の卒業までは、結婚は猶予があるから色々と考えることもあるでしょう。

 部屋を用意したから明日からゆっくり語らいましょう」

「お言葉に甘えてお世話になります。

 すでに内政に携わって成果を挙げていたヒルダ様は、私達の希望でしたから」


 荷物の整理もあるので、侍女にマイラを客室に案内させて向かわせた。

 斉藤は集めた情報をまとめた書類をヒルダに見せる


「衛生環境の改善はうちでもやってるわよね?」

「状況と規模が違います。

 グルティア領は長い歴史を誇ります。

 それだけに領内の整備は一度完成されています。

 再開発は負担しか残りません」

「難民による住民が増加したアンフォニーは、切り開く必要がある森林が手付かずに残っていたものね。

 衛生環境改善の問題は、切り開いて余剰となっていた樹木の処理という形で凌げたし」

「領民の意識の違いもあります。

 突然生活環境の変化を強いられたグルティアと、一から自分達の町や村を建設する必要があったアンフォニーではモチベーションに差が出るでしょう」

「開拓の経費も新香港に請求してるから、経済的負担も低かったしね。

 まあ、彼女の愚痴くらいは付き合ってあげましょう」


 なんだかんだと可愛い取り巻きの一人だ。

 邪険に扱う気はヒルダにはなかった。


「マイラ様の婚約者は、ガンダーラ建設に参入するメルゲン子爵家の担当者です。

 せっかくだからこちらも一枚噛ませて頂きましょう」


 幸いガンダーラの建設予定地に資材を運ぶにはこのアンフォニーに敷設されている南北線を使わなければならない。

 間もなく完成する駅舎があれば列車はアンフォニーにも停まる予定なのだ。


「宿場町建設なんて夢が広がるわね」

「まあ、ほどほどに程度を見極めて行いましょう。

 グルティアはちょうどよい反面教師になりましたから。

 ところで姫様。

 マイラ様はいつまで逗留の予定なので?」


 肝心なことを聞きそびれていた。

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