第113話 浦和市防衛戦
大陸東部
神居市
セントラルホテル
SAR隊員400名は市内の複数のホテルに宿泊していた。
普段の厳しい訓練とは落差のあるスイートに部屋を割り当てれて戸惑っている隊員もいる。
だが今は全員が叩き起こされて、駅に向かう準備を急かされている。
「私物は後でいい。
準備の出来た奴は駐車場に整列!!」
駐車場に集まっていた隊員達は、神居警察署が用意したパトカーや輸送バスに乗り込み車両内で説明を受ける。
「銃どころか、プロテクターも無いんだが」
「駅に署や予備の銃火器を掻き集めてます。
それを持っていって下さい」
運転している警官の言葉に隊員の一人が呟く。
モンスターの駆除や町の防衛の為に予備の銃火器が保管されいる。
「言っちゃ悪いが、君らがフル装備で行った方が早くないか?」
「…‐」
「……」
沈黙が輸送バス内を支配した。
「まあ、上からの命令ですから」
「そうだな」
「いや、いいんですかそれで」
同じ組織内でも武器の貸与には手続きが手間が掛かる。
転移後はかなり簡素化されたが、急な動員に誰もが気が付かなかったのだ。
神居市警察署も急遽百名の警官がフル装備で、装甲列車に放り込まれることになった。
大陸東部
浦和市
『現在、市内には危険生物が複数侵入しています。
市民の皆さんは建物から出ずに、守りを固めて下さい』
パトカーのスピーカーから警告に市民達は、家屋のシャッターや雨戸を閉めて閉じ籠る。
まだ、移民途中のこの町ではろくに自警団が組織されない。
縦横無尽に飛び回るスティングの対処に警官や冒険者達は苦慮していた。
空を飛び回るモンスターについては、当初から対策は施されていて、防壁に対空用M168 20mm機関砲を複数設置していた。
だが群れで低空から侵入してくるスティングには対処仕切れなかった。
なにしろ防壁まで飛んできたら、そのまま張り付いてよじ登って侵入して来たからだ。
「下に射角を取れ!!」
「真下には無理だ!!」
防壁の警官達が小銃や拳銃で応戦するが数が多い。
警官達の攻撃を避けるように防壁をすれすれに広がり、防備の薄いところが突破されていく。
壁上では歩行するスティングが警官達に襲いかかるが、刺股で動きを止められ、刀剣や警棒で滅多打ちにされる。
だが蝋蜜を吐かれて、警官は身動きが取れなくなり、針で刺されて泡を吹いていたり、痙攣して倒れている者もが続出する。
むしろ市内の方が建物を利用しての防衛が容易だった。
「西側防壁守備隊、沈黙しました。
北側と南側から向かわせてますが、続々と侵入を許しています」
「市内の市民の被害は出てませんが、防衛線が意味を成していません。
冒険者の協力で、個別の駆除に専念するしかありません」
「防壁に蜜が塗られてます。
連中、ここに巣を造るつもりなのでは?」
市の防衛本部となっていた浦和警察署では、劣勢の状況に高須署長が眉をしかめていた。
建設中の町だから予備の武器もあまり保管されていない。
「消耗戦だな。
援軍が来るまで、被害を抑えつつ時間を稼ぐしかない」
すでに援軍の出発は連絡が来ている。
スティングに刺されても、すぐには補食されないが、麻痺状態で連れ去られるのは救出するか、判断が迷うところだった。
「卵が孵化すれば手遅れだし、全く何も食わないわけじゃなかろう。
ショック死やアナフライキーショックも危険だ」
壁外で捕まった者達の安否はようとしては知れない。
これまで日本の大陸の植民都市がモンスターの大規模襲撃を受けたことは無い。
むしろ本国の大月市や唐津市、平戸市が襲撃を受けていたことが、皮肉と言えるだろう。
内陸部に建設された都市も自衛隊や現地治安組織が事前に駆除を徹底していたことも大きい。
基本的に警察しか事態に対処出来ない浦和市は、日本の大陸進出の限界点だった事が露呈した結果だったと言えよう。
「署長、確認できたスティングの死体は103匹です」
「戦える防衛隊は?」
「警官209名、自衛官35名、冒険者41名です。
尚、殉職11名、負傷56名、行方不明は警官24名、民間人48名になります」
スティングの数は尚も190匹以上が確認されていた。
浦和市西側森林
浦和市からは黙視できない森の中に、蜜を固められた巨大なスティングの巣が出来ていた。
巣の中には大小問わず、近隣から収集された様々な動物やモンスターが蜜に塗り固められている。
顔だけは栄養の摂取や息をする為に剥き出しにされている。
その中には浦和市やその周辺で、捕まえられた人間の顔が壁から多数露出している。
補食されてるのは、先に捕まった森の動物達が先で人間達はまだ手を付けられていない。
巣の大きさは小さな砦くらいあり、通路は獲物やスティングが通るには明らかに大きかった。
辛うじて意識があった作業員が見たのは、全長18メートルはある巨大なスティングだった。
「女王蜂か……」
呟いた声が聞こえたのか、女王スティングは作業員を一瞥すると、腹部から産卵管を出して、蜜の壁を貫き作業員の腹に突き刺した。
「ぐはっ…‐」
麻痺毒を注入されても動ける固体は、女王スティングの卵を産み付けるのにふさわしいと判断されたのだ。
卵は外部に付着する形だが、一部は体内に刺された傷口からめり込んでいる。
他の人間やドワーフも意識を取り戻し、女王スティングの巡回に反応を示して気がつかれると卵を産み付けられていった。
浦和市内
航空自衛隊の業務隊から出動を命じられた自衛官達は、普段は防空監視所の警備も請け負っている。
高機動車の屋根の銃架や側面から89式小銃を連射して、スティングを一匹、また一匹と仕留めていく。
「弾が足りんな」
市街地なので建物に向けて発砲することは原則禁止されている。
空を飛び回るか、地上を這い回るスティングを攻撃するが、制約の為に前進を阻まれている。
それは隣接する地方協力本部の自衛官達も同様だった。
あちらは軽装甲車機動車からブローニングM2重機関銃を発砲してスティングを蹴散らしているが、弾丸がそんなにあるわけでは無い。
自衛官達の武器が拳銃だけになるのに時間は掛からなかった。
防空監視所からも管制官達が発砲して抵抗しているのがわかる。
周りで戦っていた警官達の数も徐々に減っている。
「長くは持たんぞ、全く」
大陸東部
浦和市近郊
浦和市と神居市を結ぶ線路に、神居市から発進した装甲列車『カムイ01』が、姿を見せたのは正午近くだった。
「総員、戦闘用意!!」
陸上自衛隊第1鉄道連隊の小隊は、そのまま装甲列車の要員である。
小隊長である広瀬二尉は司令車両から指示を出すと、最後尾車両に設置された2A38 30㎜連装機関砲が火を吹いた。
毎分四千発の砲弾は、たちまち防壁周辺にいたスティング達を蹴散らしていく。
その音を聞き付けたのか、防壁の向こうからもスティング達が身を乗り出して姿を見せる。
「だいぶ、入り込まれてるな……
車両はこのまま駅に付ける。
蜂供を近づけるな!!」
各車両の屋根の銃架に取り付けられたPKT機関銃に隊員達が取り付き、引き金を弾く。
SARの隊員達も銃眼から発砲する。
スティング達は装甲列車に群がろうとするが、汽車の煙突から吐き出される煙を避けたり、気を失ったりする。
蜂は煙の臭いを嫌い、避ける傾向がある。
蜂は蜂は煙の臭いを山火事が起きたと思い込み、本能的に命の危険を感じるからだ。
煙の臭いをかいだ蜂は巣から離れ、逃げ遅れた蜂は気絶してしまう。
体は大きいが、スティングにもその特徴は残されていた。
装甲列車の屋根から発砲する隊員や警官達は、それゆえにスティング達の動きが鈍り、対処することが出来た。
線路の防壁を都市の警官達が開き、市内の駅ホームに装甲列車が停車する。
「警官隊は総員降車!!
SAR隊員はスティングの掃討を、神居警察隊は負傷者の救出ならびにシェルターの防衛に専念しろ」
有り合わせの銃火器だが、四百名以上の警官が戦闘に加わったことで、スティングの数を完全に上回った。
すでに多大な犠牲を出しながらも浦和市警察や即席の防衛隊が奮戦した結果もあり、スティングの数は当初の三分の一にまで落ちている。
自分達の不利を悟ったのか、スティング達が集り始めてる。
蜜蝋を一斉に吐き出し、巣と同様の壁型の『巣』を造り銃弾の雨を塞ぐ。
銃弾が通り難いと、報告を受けたSARはM79グレネードランチャーを模倣して開発されたガス筒発射器から、催涙ガス弾を発射する。
隊員の中には手榴弾型のガス筒を投げ入れる。
カプサイシン系の粉末が『巣』の中に散布され、スティング達は気絶していく。
まともに戦える個体が少なくなったスティング達は、接近したSARの隊員達に掃討されていった。
「終わったのか……」
猟銃を棍棒代わりに振り回していた浦和警察署署長の高須警視は、地面に尻餅を付いて荒い息を吐いていた。
「動ける者は援軍と連携して、市内の被害状況を纏めろ。
相当、やられたな」
「警官だけで、殉職36名、行方不明21名、任務遂行不可能な負傷者は108名に及びます」
署員の半数以上がやられたことになる。
残った署員も疲労困憊だが、最後の力を振り絞って命令を遂行している。
銃の弾丸も零だ。
「市外の救出任務は援軍に頼むしかないな」
「それなんですが、森の巣が拡大して壁上の監視塔からも見えているそうです」
端末を署員から手渡されて、監視塔のカメラの映像を観る。
「まるでちょっとしたドーム球場だな」
その言葉の通り、スティングの巣は森の中にドーム上に造られていた。
「内部には拉致された市民や警官など百名近くがいるかと、装甲列車の砲撃は危険すぎて無理だと」
装甲列車には2A65「ムスタ-B」 152mm榴弾砲を備え付けて、列車砲として運用している。
さすがに威力が強すぎて砲撃は論外である。
すでに森の外ではSARの隊員達が、僅かに残った働き蜂を駆逐している。
だが現状の火力では、堅牢な巣の壁に攻略が阻まれている。
市内に造られた即席の巣と異なり、森の巣は銃弾でも貫通出来ないほど堅牢で、内部は迷路のように複雑だ。
高須署長は映像の端に映る放置された重機に目を付ける。
「建築物なら解体してしまえ」
車両系建設機械運転の免許証を持つSARの隊員がショベルカーやブルドーザで巣の解体を始める。
邪魔が入らないように通路には、催涙ガスを叩き込む。
巣の内部は半透明になっており、埋め込まれた人間の影が見てとれた。
その都度に救出していくが、卵を埋め込まれた人間には、ナイフで抉って取り出すしか時間が無い。
中にはすでに幼虫に食いつくされた死体もあった。
巣を破壊しながら進む隊員達の前に、全高8メートル、全幅6メートルほどの女王スティングが姿を現した。
自ら巣の壁を破壊し、SAR隊員達に破片を撒き散らし後退させる。
さらに羽の羽ばたきによる風が隊員達に前進を許さない。
僅かにホバリングし、壁の破片や蜜も飛び散り、隊員達に襲い掛かる。
「後退、後退!!」
巣に漂う催涙ガスも吹き飛ばされ、生き残っていたスティングや幼虫達も通路から姿を見せている。
今は負傷者や要救助者を巣から連れ出すことを優先するしかなかった。
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