第217話 お礼参り 後編

 大陸中央

 王都ソフィア


 王都ソフィアでは一人の近衛騎士が、王都から逃げ出そうとする民に呼び掛けを行っていた。


「おおーい、違う、違うぞ!!

 あれは通過するだけだ!!

 逃げる必要はない!!」


 大声を挙げ、民を制止する声は王都各所で繰り広げられていたた。

 馬車やリヤカーで逃げようとする者。

 商店や家屋は雨戸を閉め、地下室に家族や店員、隣人を避難させている者。

 どさくさに紛れて、火事場泥棒を行い官憲と立ち回る者。

 この世の終わりを勝手に悟り、最後の家族の団欒を囲んだり、神殿で祈りを捧げ続けたり、自害したりと王都の混乱は治まるどころか、火に油が注がれ続ける。

 事前に通告を受け取っていた国王モルデール・ソフィア・アウストラリスも王城のバルコニーから忌々しげに上空を睨んでいた。


「一度に来れば良いものを、何度も何度もダラダラと」


 王都の上空には、何十本もの飛行機雲が消えずに残っていた。

 航空自衛隊第9航空団第9飛行隊のF-2戦闘機が12機が編隊も組まずに数分起きに飛んでくるのだ。

 その飛行音に王都の民はパニックになっていた。


「かつての皇都空襲の際には、この城からも燃え盛る焔と煙が見えたと言います。

 皇都が消滅し、近郊に住んでいた者達は、このソフィアに移り住んだ者も多い。

 当時の恐怖が忘れられない者も多いのでしょう」


 近衛騎士団団長デウラーの言葉に頷くが、対外的に日本への苦情の書簡でも送らねば示しが付かなかった。


「日本に遺憾の意の書簡を送る。

 書斎に用意させろ」


 バルコニーから立ち去ろうとするが、新たなジェットの音が聞こえて振り変える。

 今度は航空自衛隊の第308飛行隊と第309飛行隊のF-4戦闘機の大編隊だ。


「全く、どれだけ日本を怒らせたのか」



 混乱の原因は、上空だけでは無い。

 在ソフィア駐屯地から伸びる線路から第18即応機動連隊を載せた装甲列車が臨時列車として、西部線の線路に割り込んでいく。


「現場指揮は伊東三佐に一任する。

 第1中隊隊西部線装甲列車、第2中隊南部線装甲列車で出発した。

 普通科大隊司令部は午後に到着する北部線装甲列車に搭乗しろ」


 第18即応機動連隊連隊長の直江龍真一等陸佐は、同連隊普通科大隊大隊長伊東信介三等陸佐に駐屯地連隊司令部から訓示を与えていた。


「我々まで派遣されるのに輸送機は派遣してもらえないので?」

「空自は空自で緊急召集で、戦闘機を爆装させたて飛ばすのにてんてこ舞いらしい。

 近接航空支援は新香港とエジンベアの部隊にヘリコプターを出させる」


 十両編成の装甲列車に華西民国製の11式105mm装輪突撃車一両と10式装甲兵員輸送車4両積載したが、それで運べるのは一度に二個普通科小隊程度だ。

 ホラディウス侯爵領までは汽車は通っていないので、最寄り駅から街道を徒歩で行進しながら

 10式装甲兵員輸送車のピストン輸送に頼るしかない。


「護衛艦が近海に展開すればヘリを出してくれる。

 可能な限り、占領地を広げ、空爆の範囲を狭めろ」

「先発の細川一尉に前進を強行させることになりますね。

 空爆より先に陸戦とは馬鹿げていますな」

「それだけ、ホワイト中佐とやらを逃がしたくないのだろう。

 巧緻より拙速、苦労を掛ける」






 大陸西部

 華西民国

 首都 新香港

 在華自衛隊新香港駐屯地


 同駐屯地には第3駐屯地管理小隊という三自衛隊の合同部隊がいるが、中島市から飛来する空自の戦闘機を同時に駐機させる規模はない。


「給油した機体はすぐに飛ばせ!!

 次から次へと寄越しやがって!!

 新京にこっちの航空燃料が空になるから燃料寄越せと伝えろ!!」


 怒気を隠そうともしない駐屯地司令の安西三等陸佐は、率先して空自の機体の給油や整備を手伝っている。

 先発で飛ばせた機体は、燃料消費を抑えながら待機飛行させている。


「安西三佐、新香港国際空港と斟尋空軍基地が空自の機体の受け入れを表明してくれましたので、F-4はそっちに進路を変えました!!

 また、空爆に華西民国空軍も参加すると」

「いいのかそれ?」


 華西民国としても先年の新香港強襲の黒幕が相手と聞かされては引っ込んでられなくなったのだ。

 陸自の第18即応機動連隊がホラティウス侯爵への東の街道から攻めあがるのに対し、華西民国

 の窮石市に駐屯する陸軍第二自動車化歩兵連隊が西の街道から攻め込むこととなった。

 北の街道はエジンバラ自治男爵領の第10先遣隊から出撃した普通科部隊が固める。





 大陸西部

 新香港沖合い

 日本国海上自衛隊 護衛艦『いかづち』


 護衛艦『いかづち』は、通称『彷徨える中国艦隊』の捜索を華西民国海軍海警船『海警2501』や米国海軍アーレイ・バーク級ミサイル駆逐艦『ステザム』と行っていたが、今回は手ぶらと新香港まで寄港すべく航行していた。

 今回の探索が終われば、大陸一周の定期沿岸パトロールを行っていた護衛艦『きりさめ』が探索を引き継ぎ、那古野の母港の帰路に着けるはずだった。


「ヘリを先に新香港経由で、木島二尉達に村を一つ制圧させてから16即機の輸送に飛ばさせる。

 侯爵領は海に面してないので、当艦はブライバッハ子爵領沿岸に停泊する」


 艦長の折原二等海佐はブリッジでそう指示をしてからCICに移動しようとしたが、それより早く事態は動くことになる。


「『ステザム』、トマホーク発射!!

 弾数、いや、また発射!?」

「なっ?

 目標を『ステザム』問い合わせろ」


 海上の『ステザム』から発射炎を挙げながら12本の巡航ミサイル、トマホークが12基が飛んでいく。

 この期に及んで、米軍が自分達と違う目標を狙うとは思えないが、足並みを揃えてくれいないと困り者だった。


「まったく、星条旗は抜け駆けばかりで、少しはこちらの労苦を理解してくれないのかな?

 木島二尉達を早く発進させろ。

 次はあちらも海兵隊を出してくるぞ」




 大陸東部

 日本国

 新京特別行政区



「総督、米軍のトマホークがホラディウス侯爵領に間も無く着弾します」


 川田次席補佐官から報告を受けても佐々木総督は、書類を処理する手を止めない。

 川田としては、指揮所まで見に行くと考えていたのだ。


「わかりました。

 王国や華西の勢力を削る当て馬として、泳がせ見逃して起きましたが、我々に直接牙を剥くなら話は別です。

 身柄を抑えたイワノフに対する尋問は?」

「その件ですが、波多野支局長より薬物の使用を許可願いたいと」

「許可します。

 こちらまでは報告が上がってませんでしたが、『いかづち』の立入検査隊が聞いたシュヴァルノヴナ海の呪術師の今際の際の言葉と証言は、新京、アルベルトで起きた事件と合致します。

 遠慮なくやってよろしい」




 12発のトマホーク巡航ミサイルは、侯爵領の大砲密造工場、解放軍訓練キャンプ、領都正門、領邦軍駐屯地、領都を守る三つの砦、侯爵別荘、ホラディウス城と街を繋ぐ架け橋、アンデッドドラゴンの保管施設に命中して、破壊と殺戮の嵐を振り撒いた。

 問題はホラディウス城を狙った二発のトマホークが、迎撃撃墜されたことだった。

『ステザム』の乗員達は、トマホークが撃墜されたことには驚いたが、この情報は友軍に共有されなかった。

 すぐにエジンベア自治男爵領から派遣された第10先遣隊のMi-24Vハインドが2機、侯爵領に飛来していた。

 それぞれの兵員室に第10先遣隊の普通科隊員が8名ずつ搭乗している。


「我々の任務は、領都近郊の村を2つ制圧し、空爆の範囲と負担を減らすことだ。

 一番槍は譲ったが、一番乗りの栄誉は我々の者だ」


 指揮を任せられた水谷一等陸尉を載せたハインドが着陸した場所は、何年前にも救出任務で訪れ、爆破した場所だ。

『里谷実験農場』、施設は完全に爆破したが、その看板だけは、多少焦げ、錆び付いていたが残されていた。


「まさしく、I'm back(戻ってきたぞ)だな」


 などと若い隊員には通じない台詞を呟いていた。

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