第59話 王都騒乱
王都ソフィア
ソフィア駐屯地
テーベから送られた情報を元に駐屯地から第17即応機動連隊の車両が次々と出ていく光景が見られた。
「和解だと?
やられっ放しでいられるか。
使者が聖意を持ってくるまではこちらのターンだ」
第17即応機動連隊隊長碓井一等陸佐は憤りを隠せない。
自分のお膝元で好き勝手にやられていたと思うと腹立たしくて仕方がない。
王国における自衛隊の顔である自分達の顔に泥を塗られたのだ。
幸いなことに第17即応機動連隊は、傀儡国の首都に駐屯してるだけあり、かなりの武断的処理を行う権限を有している。
この機会に王都の反日勢力に対する見せしめを行うことにした。
総督府からは教団への包囲のみを命じられていたが、偶発的な戦闘に関しては問題はない。
「最前線の俺達は舐められたら終わりだ。
誰も彼も穏便に終わらそうなんて考えてると思ったら大間違いだと教えてやろう」
そう呟く碓井一大佐の視線の先には、北サハリンから購入したMi-24、ハインドのローターが回り始めていた。
王都ソフィア
とある王国騎士の邸宅
王国騎士シエリはケイオン男爵家の次男として産まれた。
本来なら嫡男の控えとして、部屋住みの身分に甘んじ、飼い殺しの一生を送る筈だった。
転機は7年前の皇都大空襲。
皇帝陛下の御親征ともあり、父である当主や嫡男たる長兄が一族をあげてケイオン家の兵団を組織して参陣することとなった。
農家や町民も三男以降が褒美や出世を夢見て、兵団の募集に応じた。
その結果、たかが一男爵家としてあり得ない六百にもおけるケイオン兵団が誕生した。
だが肝心の自分は留守居として小規模な町がある領都の城に留め置かれた。
ケイオン兵団は勇壮に皇都に参陣し、誰も帰ってこなかった。
皇国が解体され、王国が誕生し、ケイオン男爵家の王国騎士家の降格が申し渡された。
シエリは一族男子の筆頭として、家督の継承と王国騎士としての出仕を命じられた。
それからは順風満帆な6年だった。
王国は騎士団の再編成を行ったが、経験ある先輩や上司は軒並み戦死しており、若輩者な自分が騎士隊長に任じられる始末である。
部屋住み時代から当主や嫡男に代わり、ケイオン家の威光を示す為にモンスターや盗賊の討伐に散々駆り出されていた経験があったからだ。
また、部屋住み時代からは考えられないくらいに女性にモテるようになった。
同世代で同じくらいの身分の男子が激減したのも大きい。
その中でも一段も二段も出世したシエリがモテない筈がなかった。
これまでの鬱憤を晴らすがごとく、1年ほど遊び尽くした結果、上司の娘を孕ませて結婚したのが4年前。
娘二人と息子一人と子宝にも恵まれ、この日も屋敷で領地の財政に関する書類を読んでいた。
部屋住みで暇だろうと、手紙の執筆から会計に駆り出されていた経験が生きている。
「今思うと、父上も兄上も俺を使い潰す気だったな?
まあ、次男とはそういうものだったかもな」
父の弟だった叔父も自分が産まれたと同時に、部屋住みの役目が終わったと兵隊長にされていた。
兄に次男が産まれてれば自分も同じ運命だったろう。
感慨に耽っていると、下男のハンスがノックもせずに部屋に駆け込んでくる。
無礼を咎めようと思ったが、ハンスのただならない様子に壁に掛けてあった剣を腰に装着しながら問い質す。
「何があった?」
「お、御館様、屋敷の外に自衛隊の兵士達が!!」
急いで門の外に駆け出すと、屋敷に詰めている兵士が10名が大盾を構えて備えている。
妻や母も窓から様子を伺っている。
屋敷外では自衛隊の迷彩服を着た兵士達が、軽装甲機動車と呼ばれる車両から降車しているところだった。
降車した兵士は3名。
車両内の運転席に1名。
屋根を開き、銃座に座った1名がこちらに銃口を向けている。
「こんな夜分に何の用か?
御用向きを伺いたい」
努めて冷静に問い質す。
降車していた兵士の1人、おそらく指揮官が返答してくる。
「ケイオン家には嵐と復讐の教団と結託したテロ容疑が掛かっている。
我々の調べが終わるまで、屋敷にて蟄居を命じる!!」
その言葉に首を傾げる。
心当たりが無いのだ。
「ああ!!」
叫び声を母が上げて泣き崩れている。
どうやら容疑は本当だったらしい。
父上と兄や弟達が揃って死んだ事を恨み、憎んでいた。
妙に納得してしまった。
王国軍も自衛隊の兵器の情報は集めている。
抵抗は無意味で勝ち目はない。
「わかった従おう」
秘かに母を逃がすしかない。
次男の自分を軽んじていた母だが、母は母だ。
どうこの場を切り抜けるか、それが問題だった。
とある上級貴族の邸宅
王国貴族ラキスター伯爵邸にも自衛隊の2個分隊が姿を見せていた。
さすがに伯爵邸ともなると城館といってよく、敷地内に堀まで存在する。
「閣下……」
「おのれ無礼な!!」
不安がる家臣達の前で、精一杯の虚勢をラキスター伯爵は張っていた。
自衛隊側はBTR-80装甲兵員輸送車と軽装甲機動車2両が門の前に陣取る。
降車してきた10名の隊員が銃口を向けている。
それぞれの車両には運転席と銃座に隊員が座っている。
さずがにこの人員では、城館の監視にも穴が多い。
一方のラキスター伯爵邸にも兵士が80名とお抱えの魔法使いが三名ほどしかいない。
ケイオン家同様に自衛隊の口上が伝えられる。
こちらは伯爵自身が教団の支援者だった。
一族朗党、領地から徴募した兵士達をまとめて爆撃された上に、伯爵家に降格された恨みは忘れてはいない。
あの空爆でラキスター侯爵軍は、1500の将兵と一門を失って全滅したのだ。
死亡者にはラキスター伯爵の息子や娘婿や兄弟の名前が連なっている。
遺族達からの非難や補償の問題に悩む七年だった。
その上で城館にまで自衛隊がやってくるという挑発行為にラキスター伯爵は耐えられなかった。
「積年の恨み、ここで果たしてくれる!!
おい、あいつらに向けて、ありったけの銃や弓、魔法をぶっ放してやれ!!」
ラキスター伯爵は兵士や魔法使い達に命令するが、彼等は攻撃を躊躇い中々動こうとしない。
戦えば皆殺しにされるのは目に見えてるからだ。
激昂したラキスター伯爵は、自ら壁に飾ってある短筒を取って、自衛隊に発砲しようとしたが嫡男のジェフリーに立ち塞がれる。
「どけジェフリー!!
せめて奴等に一矢報いねば気が収まらぬ!!」
「父上、お止め下さい。
このままでは当家は断絶。
屋敷の者は皆殺しにされます」
「この臆病者め、命が惜しいか!!
ラキスター家の面汚しが!!」
激昂するラキスター伯爵に処置無しと判断したジェフリーは決意する。
「ラキスター家、次期当主として命ずる。
父上は心労でご病気になられた。
自室での安静が必要である。
なお、病状からその身が暴れだすことがあるが、治療の為に取り抑える必要を認める」
「よせ、この無礼者、私を誰だと」
ジェフリーの意を酌んだ家臣達が、暴れるラキスター伯爵を拘束して猿轡を噛ます。
床に落とされた短筒を壁に掛け直しながらジェフリーは溜め息を吐く。
「落ち着いたら父上は隠居の身とし、私が家督を相続する手続きを取る。
宰相府に借りを作ることになるがやむを得まい。
問題は日本の兵士達に踏み込まれた時だな。
その時は、父上に自裁を行ってもらう。
準備だけはしておけ……」
出来れば穏便に済ませたい。
このまま自衛隊が動かないことを祈るしかなかった。
王都下町
とある高級娼館
日本との戦争により、御家断絶や降格により帝国騎士から平民に降格され領地を没収された帝国騎士は相当数に登る。
領地を没収されて生活に困窮した彼等は、妻や娘を借金のカタに売るはめになっていた。
そんな彼女等を娼婦として働かせる娼館の一つに、自衛隊の73式中型トラックが停車して隊員達20名が降車する。
娼舘は没落した貴族の私邸を改修して使われていた。
監視の対象は娼婦達30名全員である。
夫や父を失い娼婦に身を堕とされた彼女達は教団に身銭を献金し、儀式の為に身を捧げるなどの活動を行っていた。
焦ったのは娼館の館長や従業員達である。
自衛隊に逆らうという選択肢は彼等には無い。
しかし、娼婦などの身柄を自衛隊に引き渡せば親組織から殺されてしまう。
ただでさえ最近は石和黒駒一家という新興組織に押されて売り上げが落ちてるのだ。
上納金の支払いもギリギリの状態で、娼婦達を酷使している有り様だ。
「自衛隊に渡す賄賂も捻出できん。
女を抱かそうにも全員が容疑者なのに応じるわけが無い」
館長が頭を抱えている。
「親方!!」
「馬鹿野郎、館長と呼べ!!
で、どうした?」
「お、女達が!!」
娼館の内部では、娼婦達がナイフや奪った剣を振り回して従業員達を血祭りにあげている。
娼婦達も元は騎士階級の妻子だった者がほとんどで、人並み以上に武芸の嗜みがある者達がいてチンピラもどきの従業員では相手になら無い。
娼館の外の自衛官達にも内部の喧騒が伝わっている。
「おい、もう誰か仕掛けたのか?」
「挑発はともかく、こちらからは手を出すなと言われてたじゃないですか?」
「じゃあ中の騒ぎはなんなんだ?」
娼館の中から血塗れの娼婦が出てくる。
状況からして、自衛隊に保護を求めに来たのかと隊員が2人駆け寄る。
「死ねぇ!!」
娼婦の振るう剣をAk-74で受け止めた隊員が転がる。
娼館から次々と出てくる娼婦達が剣や棒切れを構えて自衛隊部隊に駆け出してくる。
ここまで直接的に仕掛けて来るとは思ってなかった自衛隊部隊は動揺する。
「い、威嚇射撃、開始!!」
娼婦達の足元に隊員達の銃撃が炸裂し、怯んだ娼婦達は娼館に戻っていく。
斬り付けられた隊員も走って戻ってくる。
「わ、我々は日本軍には屈しない!!」
娼婦達に宣言された自衛隊側は対応に困ってしまった。
抵抗したら強制的に排除してよいと、司令部から言われているが相手が相手だけにやりにくい。
「とりあえず近寄ったら牽制の銃弾だけ撃て。
あとは状況が動くまで静観する」
問題の先送りは日本人の得意技だ。
とある商人の屋敷
自衛隊の1個分隊が軽装甲機動車2両で、教団に多額の寄進を行っている商人の屋敷に乗り付ける。
「ああ、来ちゃいました?」
商人ワークスが揉み手をしながら隊員達にすり寄ってくる。
隊員達からの口上もうんうん頷きながら聞いている。
「まあ、ここはこれでお許しを」
金貨の詰まった袋を分隊長に渡そうとしてきた。
「いや、我々はそういうの困るから!!」
分隊長はすぐに受け取りを拒否するが、ワークスは違う解釈をした。
「『我々は』?
なるほど、これは気がつきませんで、おい、番頭さん。
自衛隊の隊員さんの数だけの金貨の入った袋を用意してくれ」
このままでは賄賂を受け取らされてしまう空気だ。
「後退!!
屋敷から距離を取るんだ!!」
「お待ちください、なんでしたら袋は、お一人につき二つを用意しますので!!
あ、上官の方に渡す分はもちろん別に用意してますので~」
ワークスの遠ざかる声から逃げるように自衛隊は戦線を後退させた。
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