第106話 牽制戦
大陸南部
ビスクラレッド子爵領
狼人であるビスクラレッド子爵の領地では約10万人の狼人が領民として居住している。
ケンタウルスと違い奴隷は必要としない為に人間種は数百人と少ない。
その人間種は交易を目的とする商人とその家族が大半を占める。
自衛隊の護衛一個分隊と公安調査庁の調査官2名が、領都ル・ガルーの人間種用の宿でひと息付いたのは、米軍艦が出港した日の夕方であった。
昨晩のうちに大型輸送用ヘリコプター CH-47で現地の人狼の治療用の集落に到着し、半日掛けて調査を実施した。
この宿はビスクラレッド子爵の行為により、貸しきりになっていた。
調査官と自衛官達はホールに集り、昼間の調査結果の報告や検討が行われている。
「射殺された遺体は埋葬されてしまいましたが、死因となった弾頭や薬莢が回収されていたのは助かりました。
治療施設があった為に当日に集落を離れていた医者や神官、学者、兵士が僅かばかり生き残り、彼等の指示で回収されたようです」
公安調査庁の瀬戸主任調査官の言葉に全員が聞き入る。
「薬莢自体は5.45x39mm弾、AK-74小銃のもので間違いないですが、弾丸自体は銀で加工されていたものでした」
「狼人は別に銀の弾丸でなくても殺せるが、人狼は銀の武器や魔術による攻撃でないと殺せない。
正確には全身を細切れにするぐらいバラバラにすれば殺せるが、大陸の銃や剣ではその前に再生されて意味が無かったらしい。
襲撃者には狼人と人狼の区別は付かない。
だから盛大にばら蒔いたのだろうが、銀だって安価な代物じゃない。
一つの集落を全滅に出来る銀を保有して腐らせてるのは、やはり地球系の国、独立都市となるんだろうな。
加工が出きるのもやはり我々くらいだ」
護衛の責任者の榊原二等陸尉も意見を述べる。
日本をはじめとする地球系国家、独立都市は皇国との戦争に勝利し、多額の賠償金を科した。
1番に欲しかったのは食料であるが、王国や諸侯はありったけの宝石や鉱物資源を供出してきた。
日本としては希少金属が欲しいのだが、大陸では金、銀、銅、鉄以外の鉱山開発はほぼ行われていなかった。
金、銀は大陸で賠償用以外の余剰食料の購入に使われているが、些か供給過剰でもて余してるのが現状だった。
「明日はもう少し何か無いか、調査を」
瀬戸主任調査官が言い終わる前に何かが爆発する音が
聞こえた。
隊員達が窓から外を見ると、昼間に調査した集落の方向から爆煙があがっていた。
集落はこの宿から徒歩で3時間程しか離れていない。
微かに灯油の臭いが、あたりを漂う。
「ナパーム弾?」
「馬鹿な、公式にはナパーム弾を保有してる国は無いんだぞ」
隊員達の呟きに瀬戸主任調査官は、爆撃の犯人がわかってしまった。
「こんなことが出来るのは、アメリカだけか」
アメリカ合衆国
アミティ准州アミティ島
アウストラリス大陸特別大使館
特別大使公邸『アミティ・ベル』
ロバート・ラプス特別大使は、執務室の机で鳴り響いているホットラインに出たくなかった。
新京の総督府からのホットラインからは、苦言しか言われないのはわかりきっている。
「ご無沙汰してます、ラプスです」
この日本風の言い回しにも馴れてしまった。
とても胃が痛かった。
『秋月です。
用件はご承知だと思います。
艦隊行動まではともかく、空爆はやりすぎでしたな』
強襲揚陸艦『ボノム・リシャール』から発艦したV/STOL攻撃機AV-8B ハリアーⅡが、ビスクラレッド子爵領をMark 77 焼夷爆弾で空爆したのは事実である。
現地に派遣された日本の調査隊も調査どころでは、無くなっただろう。
Mark 77は、ナパームの代替品として作られた焼夷爆弾である。
投下地点は火の海になっているはずだ。
「その件なんですが、今回は目を瞑ってもらえませんか?
合衆国の利益の為に事の発端の連中は我々が始末しますので」
『今回の事件は貴国が発端だと?』
他はともかく、日本に隠すのは無理を感じていた。
「それは誓って違います。
今回はブリタニカの狂信的な一派の暴走です。
ただブリタニカは我々の利益を代行して貰っている手前、他の独立都市から影響力の低下を招く行為は困るのですよ」
人体実験など論外だし、アルベルト市の軍警察部隊を全滅にした行為が露呈するのは避ける必要がある。
アメリカが如何にこの大陸で恨まれ、憎まれてるかは直接の利権獲得を諦める程である。
ブリタニカと日本は、その代役として友好を保たなければならない相手だった。
『アルベルト市やビスクラレッド子爵には何と説明を?』
「容疑者は用意しています。
チャールズ・L・ホワイト元空軍中佐と結託した皇国残党軍です。
なかなか仕留められなくて忸怩たる思いをしてましたが、たまには役に立ってもらいます。
子爵殿にはそれで納得して頂きましょう。
アルベルト市は問題ありません。
あの汚職と賄賂にまみれた市政府など、どうとでもなります」
アメリカの手は日本が思っているより遥かに長い。
『我々がその企てに加担すると?』
「我々に貸しを作るのは日本にとっても悪くないでしょう?
それにブリタニカの影響力の低下は日本に取っても不利益のはずです」
反日傾向の強い大陸南部の雄、高麗国に対する対抗馬がブリタニカだった。
『拉致被害者は救出する。
そこは譲れません。
犯人のアジトくらいは教えて貰いましょう。
自衛隊を派遣します』
「海兵隊に任せて貰えませんかね?
馬鹿にするわけでは無いが、自衛隊は精強ではあるが精鋭ではない。
場所はお教えしますが、我々は待ちませんよ」
強襲揚陸艦『ボノム・リシャール』
『ボノム・リシャール』の飛行甲板では、空爆の為に発艦した発艦したV/STOL攻撃機AV-8B ハリアーⅡの編隊の着艦が完了したところだった。
続くMV-22B オスプレイ12機が海兵隊を乗せる作業を実施していた。
自衛隊の部隊が来る前に敵アジトを制圧の上に破壊せよ、と、命令が出ている。
アミティ島からブリタニカ近郊の第2目標近海までは40時間程。
すでに出港から12時間は経過している。
「退却、糞喰らえ、行くぞ!!」
年配の曹長の号令に海兵隊隊員達も
「「「Uncommon Valor(並外れた勇気)!!」」」
と、連隊のモットーを唱和をしながらオスプレイに銃火器等の物資を積載していく。
『ボノム・リシャール』がオスプレイの戦闘行動半径の海域に到着するまでは、あと半日。
海兵隊一個中隊が敵アジト殲滅の為に飛び立って行くことになる。
大陸東部
新京特別行政区
大陸総督府
ロプス特別大使とのホットラインを終えた秋月総督のこめかみには、怒りの筋が浮かんでいた。
「高橋陸将、指定の場所に部隊を派遣して下さい、早急に」
「王都ソフィアに駐屯する17即連をCH-47で現場に突入させます。
一個小隊が限度ですが、空自にF-2戦闘機による露払いを要請します」
「許可しますが、間に合いますかね?」
大陸に派遣されたCH-47の数が少ないのは悔やまれるところだ。
また、オスプレイとは航続距離が5倍も差を付けられている。
先行するのは難しい。
大陸南部に派遣してある部隊を急行させるのも手だが、戦力の逐次投入は避けたいところだった。
空自の基地は、手狭になった新京から鯉城市への移転が決まっている。
移転が進んでいる新京基地の滑走路からF-2戦闘機が4機、緊急発進していく。
ほぼ同時刻、大陸中央のソフィア駐屯地からも第17即応機動連隊から、駐屯地に待機していた一個小隊がCH-47、大型輸送ヘリコプターで現地に向けて出撃する。
まもなく日付も変わろうかとしていた。
大陸南部
ガンダーラ市沖
米海軍イージス艦『カーティス・ウィルバー』
強襲揚陸艦『ボノム・リシャール』に搭載されていたV/STOL攻撃機AV-8B ハリアーⅡによるビスクラレッド子爵領人狼居留地空爆が実施された。
効果の程は、現地に派遣された海兵隊の分隊が確認してくれることになっている。
「分隊回収のヘリコプターも出さないとな」
艦長のハガディ大佐は、スケジュールの遅れを気にしていた。
空爆の作戦実施後に、帰還中のハリアーⅡに航空自衛隊のF-2戦闘機が次々と飛来して空路に割り込んで来たのだ。
それも時間差を掛けて繰り返し行われ、ハリアーⅡは何度も迂回するはめになっていた。
その為に着艦が大幅に遅れていた。
さらに海上自衛隊の護衛艦『しらね』も『カーティス・ウィルバー』と『ボノム・リシャール』に何度も接近し、航路を横切る妨害までやってくれた。
今はアミティー島のラプス特別大使の尽力で妨害は鳴りを潜め、護衛艦『しらね』はこちらを監視するに留まっている。
「全く色々やってくれるが、自衛隊はまだまだ経験不足だな」
ハガディ大佐は双眼鏡で、自艦に並走する『しらね』を眺めながら苦笑していた。
海上自衛隊
護衛艦『しらね』
「あれだけ妨害したのに米海軍艦隊の速度を上げないな」
艦長の明智二等海佐は当惑していた。
自分達こそが海の王者だとばかりに、堂々とした航海だ。
ビスクラレッド子爵領人狼居留地空爆の情報は、すでに地球系同盟都市に通達されている。
この速度で人狼居留地襲撃犯のアジトに向かっては、襲撃犯に対応の時間を与えてしまう。
大陸中央のソフィア駐屯地から、CH-47、大型輸送ヘリコプターで現地に向った第17即応機動連隊の小隊も間に合わない。
この米海軍を阻止する為か、ブリタニカ海軍がアンザック級フリゲート『スチュアート』と、タイド型給油艦『タイドスプリング』、『タイドレース』、『タイドサージ』、『タイドフォース』の4隻がこちらに向かっている。
ブリタニカ海軍のほぼ全力だ。
給油艦といえどもファランクス CIWSを2基、DSD-30B 75口径30mm単装機銃を2基搭載した武装艦だ。
地球系同士の艦で撃ち合うわけも無いから、航路妨害には十分な戦力だった。
ちなみに他の同盟都市は、米海軍の行動に静観を決め込んでいた。
「なるほど。
襲撃の下手人はあいつらか」
時間稼ぎに出動させられたブリタニカ海軍の動向に明智三佐も理解できてしまった。
理解できないのは、これだけの対処行動に出られて進路変更も増速もしない米海軍だ。
「こいつは集められたか?」
米海軍のペテンを明智二佐も気が付きつつあった。
大陸南部
百済市近郊
百済市からは程近い、鉄道や道路からは死角になっている沿岸の砂浜に高麗国防警備隊のMUH-1 マリンオン2機が待機していた。
百済市はいずれはこの砂浜をビーチにでも整備しようかと考えていたが、現在は車両でも到達出来ないので放置されていた。
国防警備隊のパイロット達は、この地に機体を移動させ米軍の指揮下に入れ、とだけ命令されていた。
予定された時刻に海の方に注視していると、1隻の潜水艦が浮上してきた。
「デカっ!!」
「あれが米軍の切り札か」
オハイオ級原子力潜水艦『ミシガン』。
弾道ミサイル原子力潜水艦(戦略ミサイル原子力潜水艦)として知られるオハイオ級だが、転移前の2001年に第二次戦略兵器削減条約、START IIに伴い、4隻を巡航ミサイル潜水艦として改造されることになった。
『ミシガン』も2003年に、弾道ミサイル発射筒の換装工事など工事が完了させた。
22基をトマホーク発射筒から最大154発のトマホークを発射出来る。
また、海軍特殊部隊「SEALs」の為のロックアウト・チェンバーを設けた。
また、トマホーク発射筒の一部も任務に応じてトマホークの代わりに小型潜水艇ASDSやドライデッキ・シェルターを搭載することも可能となった。
『ミシガン』からはゴムボートが降ろされ、海岸に向かって兵員を運んできた。
「アメリカ陸軍特殊部隊第大隊A中隊のホップス大尉だ。
俺のAチームの13名とフィネガン大尉のAチームが世話になる」
両チームが共にAチームなのは、双方がアルファ作戦分遣隊とう特殊部隊の最少部隊だからだ。
正確にはホップス大尉の隊は、特殊部隊第1大隊A中隊のアルファ作戦分遣隊第5チーム、フィネガン大尉は第6チームにあたる。
「グリンベレーか、潜水艦から出てきたかSEALsかと思ってたよ。
高麗国防警備隊の文大尉だ。
よろしく頼む」
「はっはは、あいつら別の獲物を追ってて忙しいのさ」
アメリカ陸軍特殊部隊第1大隊は、沖縄の在日米軍基地に駐留していたので、400人近い隊員が転移に巻き込まれた。
転移後の再編成で、アメリカ陸軍の実働戦力の半数がグリンベレーという歪な状態となった。
しかし、グリーンベレー隊員1人が陸軍兵士200名に相当する戦力と言われる彼等は、皇国との戦争でその猛威を奮わさせた。
まだ、経験不足で即席隊員の多い自衛隊の穴を埋めるように各貴族領で後方攪乱や破壊工作、ゲリラ作戦を実施し、大陸人達から『悪魔の所業』と恐怖されるに至った。
あまりに効率的に広範囲での活動が祟り、皇国崩壊後も米軍が大陸に駐留するなら、平民も徴用し、最後の一人まで戦うと通告される程だった。
備蓄していた食糧も尽き掛けていた日本を含む地球系連合軍は、食糧を生産してくれる大陸の第一次労働者の損失に難色を示した。
結局のところ、アミティー島と西方大陸を米国に譲渡、制圧までの支援を行うこと約束し、アウストラリアス大陸から手を引かせて、暫定政府である王国の降伏を受け入れた。
「目的地の座標だ」
ホップス大尉から地図付きの書類を文大尉が読み込んでいる間にも、アルファ作戦分遣隊の隊員達がヘリに乗り込んでいく。
「旧カルンシュタイン伯爵領のカルシュタイン城?
ここって、あれだろ?
先の戦争で米軍が陥落させた」
「ああ、俺とフィネガンのチームが陥落させた。
だから俺達にご指名が掛かったのさ」
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