第107話 ウルフソルジャー
天領カルシュタイン
カルシュタイン城
この地の前領主カルシュタイン伯爵と息子達は、異世界から現れた軍隊を迎え撃つべく、皇都に一族男子や私兵のほとんど率いて参陣し、翌日にはB-52爆撃機による空爆で一人として帰らぬ人となった。
一族の男子が族滅し、伯爵家は断絶が免れ得なかった。
追い討ちを掛けるように留守居を任されていた家臣達や一族の女性が集まっていたところに米軍による銃撃と手榴弾によって皆殺しの憂き目にあう。
伯爵領は王国政府によって接収され、天領として維持運営されることとなった。
新たに代官として赴任したのが、カルシュタイン伯爵の三男の隠し子という有り様だ。
彼にこの廃城を提供させたブリタニカ軍情報部ウェールズ中尉はこの任務に嫌気がさしていた。
カルシュタイン家再興をちらつかせ、研究所としての根拠地と旧カルシュタイン家家臣を警備や素材として関わらせている。
そして転移前には英国貴族でもあった科学者マーシャル卿が急進派のブリタニカ軍人を使い、どこからか連行してきたのは13人の狼男と3人の狼女だった。
ウェールズ中尉がブリタニカ市政府に命じられたのは、マーシャル卿のお目付け役と後始末である。
市政府としてはあくまでもマーシャル卿一人の責任として押し付ける気満々なのだ。
最もウェールズ中尉自身は、研究の成功を祈っている。
口封じの対象は自分自身もそうである可能性が高いからだ。
研究の成果を確めるべく、研究室に入るとベッドに寝かされ、鎖で拘束された狼男のまわりをマーシャル卿の助手達が忙しく動いていた。
狼男は麻酔を嗅がせられ、意識は無い昏睡状態だ。
怪しげな電極や点滴の針が体の所々に繋り、刺されている。
ご丁寧なことに頭部にも頭を覆う金属のリング的な何かを被せられている。
げんなりしながら研究の責任者に実験の正否を聞き出す。
「素人にはよくわからんのですが、研究は順調ですか?」
ウェールズ中尉の問いに白衣を着た青白い顔をしたマーシャル卿は難しい顔をして答えてくれる。
「新たな人狼を造り出すのは、牙から抽出した体液で成功した。
まだまだ分析には時間が掛かるが、この体液は牙から出ないと体内に感染させることが出来ん」
しれっと成功したと言っているが、人体実験の結果であることを思いだし身震いする。
なんで60年代のハマーフィルムに出演してそうなマッドサイエンティストが異世界転移に巻き込まれたのか、神の采配を呪うところである。
「研究所が出来て半月の成果としては十分でしょう。
捕まえるのは、骨でしたから報告出来る結果が出たのは幸いです」
人狼は狼人は襲わない。
ヨーロッパには狼の皮を被って儀式や狩りを行う風習がかつて存在した。
ブリタニカ市近郊の村で、人狼化した男を冒険者をしていた市民が目撃したのがことの始まりだ。
捕獲した地元の冒険者達は全員が狼の皮を被っていたことを参考にビスクラレッド子爵領人狼居留地襲撃が実施されたのだ。
狼の皮は、狼人の兵士の嗅覚を欺くのにも役に立った。
「味方に狼の皮を被せて敵の軍勢に突入させるのも有りですね」
「そうなれば彼等はその破壊衝動のままに敵軍を蹂躙してくれるだろう。
夜にしか使えないのが難点だが」
伝承通りに人狼は夜にしか変身できない。
月というか、衛星の有無は関係無いらしかった。
「今は狼男だが、いずれは吸血鬼、人造人間も作り出して見せる!!」
そこに水を刺すようにブリタニカの兵士がウェールズ中尉に書類を渡してくる。
書類に目を通した中尉は溜息を吐いて命令を下す。
「所定の計画に基づき撤収の準備を。
マーシャル卿、残念ですが、米軍と自衛隊がこちらに向かっています。
自衛隊はともかく米軍は攻撃の意思有りと判断されます。
必要な研究資料の整理は出来てますか?」
「昨日迄の分は地下のコンテナにある。
あとは今日の分だな」
「結構です。
そちらの収納も急いで下さい。
準備の出来た車両から出発させます。
問題は人狼達をどうするかですか」
「せっかくお客が来てくれるんだ。
おもてなしに使ってやったらどうかね?
そろそろ日も落ちる頃だ」
すでにカルシュタインの地には夜の帳が降りている。
カルシュタイン城からは山を挟んで反対側に高麗国防警備隊のMUH-1 マリンオン1機が着陸した。
ヘリコプターからは米軍アルファ作戦分遣隊のニチームが降りて、周囲の警戒にあたっていた。
もう1機のMUH-1 マリンオンは、城からは見える位置で、フィネガン大尉のチームがこれみよがしにファストロープ降下を行っている。
ラペリングのようにロープの摩擦を利用するのではなく、人間の手と足の力だけで降下するのがファストロープ降下と呼ばれる方法だ。
ラペリングに使うものよりも一回り太い特殊なロープを地面に降ろして、それを伝って隊員が降下して行く。
先行した隊員が警戒しながら展開しているが、狼の遠吠えが聞こえると銃口を森に向ける。
人狼達は、夜の闇に紛れて接近してくるようだが、暗視装置を装着した隊員達には丸見えだ。
「数は10体ほど」
倒木や岩影に身を隠した隊員達が銃撃を浴びせる。
人狼の再生力があるといっても銃弾が連続で浴びせ続けられれば前進は阻まれ、腕や脚はちぎれ飛ぶ。
それでも死なないのは驚異的な生命力だ。
「手榴弾並びにグレネード!!」
倒れ伏した人狼に手榴弾やグレネードが浴びせられる。
さすがに爆発に巻き込まれて動ける人狼はいない。
その体に火も付いている。
それでもその体表が再生しているが微々たるものだ。
日が登り、人狼から人になるまでに再生が追い付かなければ死に至る。
大陸の武具ではここまでダメージを与えることは難しかったろう。
比較的ダメージの少なそうな人狼には、フィネガン大尉の拳銃でトドメを刺していく。
この作戦の為に用意された銀の弾丸が装填された拳銃だ。
時間が無かった為に作戦に参加した隊員に1マガジンしか用意できていない。
銀の弾丸は人狼を殺すというよりは、再生力を疎外する力があるようだった。
全身に行き渡るには、心臓を狙うのがベストのようだ。
「隊長、思ったより弾薬の消耗が激しいです」
「ああ、そういう意味ではやっぱり厄介な連中だな。
まあ、これでほとんど片付いたろ」
その考えは森に充満する殺気と暗闇に光る目の数に押し潰される。
「第2波、数約30!!」
「馬鹿な。
拉致された数を大幅に上回ってるぞ!?
応戦しろ!!」
カルシュタイン城
「マーシャル卿!!
こちらに断りもいれずに勝手な事は止めて頂きたい!!」
ウェールズ中尉の抗議にマーシャル卿はつまらぬそうな顔をする。
「どうせ口封じをする予定の現地雇用兵じゃろ?」
「だからといっていきなり連中が人狼化してびっくりしましたよ。
警備の穴も開いたし、人足としても必要だったんです」
米軍に襲いかかった人狼第2波は、カルシュタインの地で雇用した大陸民の傭兵や人足達だった。
すでに人工的に人狼を造り出すことに成功したマーシャル卿は、彼等にその因子を注射したのだ。
「それより数匹が反対方向に流れたぞ?
どうやら別働隊がいるようだ。
撤退ルートは大丈夫なのかね?」
人狼の動きは発信器により把握できている。
獲物を嗅ぎ分ける人狼の嗅覚は、特殊部隊の潜入能力など話にならない。
「さっきよりは防御力もマシだろうしな」
ホッブス大尉のアルファ作戦分遣隊は、散発的に襲ってくる人狼に手を焼いていた。
人狼の対処は想定されており、その通りに退治は出来たのだが、想像以上に弾薬を消費したのだ。
「種明かしはこいつか」
仕留めた一匹の死体をホッブス大尉は検分する。
その一匹は多少脱げかかっているが、体格の合わない鎧を着ていた。
「体格が合ってないのは、人狼化して体が大きくなったからか。
まとまって来られるとヤバイな」
もちろん地球製の銃弾からすれば貫通させるのも容易いが、人狼の毛皮や分厚い肉も合わされば侮れないものがある。
ましてやとどめを刺す為の銀の弾丸では威力が大幅に落ちる。
囮のフィネガン隊の方向からも聞こえる銃声や爆発音は激しさを増している。
「戦力の見積もりを誤ったか」
作戦の失敗が脳裏をよぎるが、海兵隊の援軍が到着すれば問題は無かった。
今も隊員達が交戦しているが、足止め出来てれば十分なのだ。
そうこうしてると、航空機の音が聞こえる。
「来たか!!」
位置を報せる信号弾を射とうとしてやめる。
「オスプレイじゃない?」
人狼の群れに包囲されたフィネガン隊は、高麗国防警備隊のMUH-1 マリンオンのドアガンも加わり事態の打開をはかるが、すでに銀の弾丸を温存する余裕も無くなっていた。
「ひぃ!?」
MUH-1 マリンオンの操縦席の窓が人狼の拳に砕かれ、ガンナーの隊員が機体から転がり落ちる。
フィネガン大尉もそちらに対処できる余裕が無い。
前方の茂みから三匹の人狼が踊り掛かって転がっていたからだ。
しかし、その人狼達が突如として飛来したヘルファイア対戦車ミサイルの餌食となり肉塊に変えられる。
「あれはセスナ?
いや、コンバットキャラバン・・・、陸上自衛隊か」
陸上自衛隊が装備したAC-208Jは、民間から徴用したセスナ 208 キャラバンを改造した攻撃機だ。
転移前の地球でも17ヶ国の軍隊でも軍用として採用された実積がある。
確かにAC-208Jならカルシュタインの地に一足早く到着出来る。
ACー208J
パイロットの奥村一等陸曹は、二発目のヘルファイア対戦車ミサイルを発射した後、機体の高度を上げて後部の座席の乗客達に合図を送る。
「高度300メートル!!
行けます」
尚も奥村一曹は、機体の高度を微妙に上げていく。
後部座席に乗っていたのは、陸上自衛隊第50普通科連隊のレンジャー資格保有者の分隊からの八名だった。
高度300メートルは、パラシュートによる最低高度だった。
これよりも低い高度ではパラシュートによる十分な減速が出来ない。
重い装備品を背負う隊員が地表に激突する危険性が出てくるのだ。
AC-208Jから飛び立った隊員達は、パラシュートを開き、地表に降り立つと襲いかかってくる人狼を銀の槍で突き刺し、腰の拳銃を抜いて銀の弾丸を浴びせる。
中には銀の日本刀で人狼の首を切り落とした豪の者もいる。
彼等、第50普通科連隊の前任地は神居市である。
神威市は市議会議長にして、神居市武道協会会長の元公安調査官佐々木洋介氏の名声を慕って、様々な武道家達がその拠点を置いている。
彼等に弟子入りした者達が自警団や冒険者として活躍している。
一方、自衛官や警察官達も彼等同様に弟子入りや駐屯地に講師として招き、教えを乞いていた。
そして周辺パトロールの際や演習を兼ねたモンスター狩りの際には学んだ術をふんだんに発揮していた。
また、日本人冒険者が集まりやすい関係から銀の武器や武器職人も充実した町になっていた。
今回派遣された隊員は、特にモンスター退治に定評のあるレンジャー資格者保有者から選抜された者達だった。
友軍である自衛隊の参戦は、人狼の包囲網を突き崩し、フィネガン隊の窮地を救うのに成功した。
「日本国陸上自衛隊第16師団第50普通科連隊の三橋三等陸尉であります。
規格は共通ですから弾丸は問題無いですね?」
降下の際に投下された荷物に弾丸ケースが複数梱包されていた。
「赤のテープを貼ってるのが銀の弾丸用です。
高いんだから大事に使ってくださいよ」
「ありがたい。
デビットの班はこいつを幾らか貰って、ホップス隊の救援に向かえ。
我々は城攻めに向かう。
文大尉もホップス隊を空中から援護してやってくれ!!」
動きだした米軍と自衛隊の即席の合同部隊はカルシュタイン城に向かった。
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