第105話 狼が出た

 大陸南部

 アルベルト市郊外


 アルベルト市は、ペルー人を中心に南米スペイン語国家の人々が造った都市である。

 現在の人口は15万人。

 都市を守るのは軍警察であり、規模は800人程度である。

 そんな軍警察は、市の郊外にある密林で新兵の夜間演習を実施していた。

 マクナハン曹長は、新兵5名の教官として森林地帯を行軍する。

 演習は順調であり、日付けが代わったところでキャンプをする予定だった。

 そう考えて隊員の数を確認の為に振り返ると異変に気がつく。


「後衛のロン二等兵とカルロス上等兵の2人はどうした?」

「三分前までは確かに後方10メートルを維持していましたが」


 予定外の事態に、残った隊員達が散開して銃を構える。

 ここはアルベルト軍警察の縄張りだが、侵入してくるモンスターはそんな事情はお構いなしだ。

 草むらから2つの物体が投げ込まれて、黙視した新兵達が呻き声をあげる。

 行方がわからなくなった2人の隊員の生首だったからだ。

 新兵達が生首に怯んだところを、体毛の長い二足歩行の生き物に隊員の1人が首を噛まれ、もう1人は別の個体に爪で顔を引き裂かれていた。


「くそ、射て!!」


 残ったマクナハン曹長とルイス上等兵は、日本から購入された89式小銃の弾丸をばら蒔きながら後退する。


「まずは距離を取って、本部に連絡する。

 倒そうとは考えるな、近付けなければそれで……」


 方針をルイス上等兵に伝えようとするが、すぐに無益なことを悟る。

 ルイス上等兵は新たに現れた数匹の個体に悲鳴をあげる前に肉塊に変えられていた。


「くそったれ、ここは群れのど真ん中か!!」


 闇の中から光る複数の目が、マクナハン曹長を追ってくる。

 89式小銃の弾丸は確実に当たっているのだが、仕留めた手応えが全くない。

 所詮は新兵の訓練だからと、重火器を持って来なかったことを悔やむ。

 逃げ道を塞ぐように光る目が、現れて追い込まれていく。

 部下は全員殺されて、面子は丸潰れだが敵対勢力が市に迫っていることは伝える必要があった。

 足を噛まれ、肩を爪で切られても逃走を続け、繁みの中に身を隠すが、すぐに取り囲まれているのに気がついた。


「血、臭いか……」


 朦朧とする意識の中、マクナハン曹長の意識は出血多量で途切れて、森の奥に引き摺られて目覚めることは無かった。




 翌日、消息の絶った教育班の捜索に出た軍警察部隊は、無惨に食い散らされた隊員の遺体と、戦闘の痕跡を発見し、モンスターとの遭遇戦と判断し、近隣での大規模な駆除作戦が行われた。

 結果として、教育班を襲ったと思われるモンスターは発見できなかった。

 それどころか複数の小型、中型モンスターが多数屍を晒していたので、警戒を強めることになる。






 大陸東部

 新京特別行政区

 大陸総督府


 この日の総督府はさる貴族の来訪に備え、通常より多い衛視に多数の警官が警戒にあたっていた。

 総督府をはじめとした大陸の官公庁の警備は、本国の国会議事堂と同じく、国家公務員法上の特別職である。

 本国と違い、衛視達は全員が拳銃を装備しており、詰め所には小銃も保管されている。

 この日に限っては、選抜された衛視達が小銃を装備している。

 総督府要人達にもSPが張り付いていた。


「来たぞ」


 大型の獣に曳かれた車が総督府の門に接近してくる。

 曳いている獣は、馬でも地竜でも無く、全長3メートルに及ぶ大狼4匹だった。

 馭者は人間であり、狼車から降りてきた執事が受付で必要事項を記載していく。

 確認の為に降りてきた主人のビスクラレッド子爵の姿に、衛視達はポーカーフェイスを保つのに苦労した。


「ふむ、初見の者は大抵驚くから気にするでない。

 王都ですら、似たようなものだからな」


 ビスクラレッド子爵の姿は、頭部が狼の二足歩行で歩く、仕立ての良い服を着た獣人であった。

 その毛並みから『白狼』の二つ名を持つ。

 当然、護衛の狼車から降りてきた騎士達も狼の獣人であった。

 彼等の毛並みは黒や灰色など様々だ。

 馭者や執事は不必要に人間種を警戒させない為の先触れ役として雇用された者達だ。

 やや前屈みで歩く彼等は、秋月総督との会見の為に応接室に通される。

 両者は机を挟んで、握手と挨拶をかわしあう。


「緊急の会見と聞いておりました。

 事前に書簡で内容を知らせて貰えたのは助かります」

「我々は人間種と会うにも不必要に警戒されますからな。

 会ってから事情を伝えるのは、かえって時間が掛かるのですよ」

「なるほど。

 しかし、失礼ながら今までは人間種以外の方々は、エルフ大公、ドワーフ候、ケンタウルス自治伯等と、種族名が最初に来るので、身構えることができました。

 子爵殿の家名は種族名とは異なるようですが?」

「然り。

 我々は様々な呼称で呼ばれていた歴史があり、その呼称ごとに部族が分裂していた時代がありました。

 初代皇帝が我らを統一し、皇国の傘下に治まった際に家名を戴き、狼人族はビスクラレッド族と名乗るようになってしまったわけです」


 口の形状から事前に教えられたスープ皿にアイスコーヒーを入れて置いたので、子爵は味を堪能しながら飲んでいる。

 スープ皿を置くと、子爵は本題を切り出す。


「今日、会見をお願いした件なのですが」

「拉致被害者ですか。

 実は当方の同盟都市からも気になる情報が来ています。

 子爵殿と同族が、同市の治安機関と交戦状態に陥り、犠牲者が出たのでは無いかと」


 真実は少し違い、アルベルト市の軍警察は狼の毛が多数発見し、総督府の研究機関に分析を依頼してきただけだった。

 獣人目撃の報告はいまだに無い。

 そこにこの会見の申し出があり、関連付けてみたのだ。


「ええ、我々もその線で確信はしてるのですが、その前に幾つか訂正を。

 襲撃を行ったのは狼人ではありません。

 人狼です」


 もともと産まれながらにして、獣人であった狼人族と違い、生まれは人間だったのに後天的に獣、特に狼の獣人に変身するようになってしまったのが人狼だ。

 一般社会では狂暴性が増幅されてしまい、犯罪を犯す前に捕縛された者はビスクラレッド子爵領に送られる。

 不思議と人狼は、狼人を襲わないので彼等を通じて狂暴性を薄める社会性を学ぶことになる。


「その集落の1つが先月何者かに襲われました。

 詰めていた狼人の治療師や兵士が殺害されて、静養中の人狼が20人が行方不明となりました。

 現場では銃弾が残されていました。

 これです」


 子爵が懐からハンカチを取り出す。

 ハンカチに包まれていたのは、使用された空薬莢だった。


「高橋陸将」


 傍らに控えていた高橋陸将が薬莢を手に検証する。


「5.45x39mm弾、AK-74小銃で使用されてますが、正規品じゃありませんね。

 弾頭もどこかおかしい」


 薬莢に残った弾頭の塗料や破片は鉄の類いではなかった。


「殺害された狼人の遺体からは銀の弾丸が残されていました。

 我々は普通の銃弾でも死ぬのですが、人狼は銀の武器で無いと殺せません。

 だから用意してたんでしょう。

 生存者はいませんでした」



 検証していた高橋陸将は、さらなる検証の為に証拠品を用意していた保管用のビニール袋に入れる。


「どうです?」

「間違いなく地球側で、製作された物です。

 但し、正規品じゃありません」

「使用しているのは?」

「陸上自衛隊第17師団、同鉄道連隊、同分遣隊。

 北サハリン軍、華西民国、スコータイ軍警察、エウローパ市憲兵隊。

 民間警備会社、一部地球人冒険者、石和黒駒一家」


 容疑者多数であった。


「薬莢を現場に残してることからも偽装も考えられます」

「子爵殿、申し訳ないが調査には暫く時間が掛かります」

「仕方がありませんが、迅速にお願いしたい。

 貴方方にも犠牲者が出ていることなのですから」


 子爵が帰宅後に高橋陸将に秋月総督は、今後の方針を検討する。


「公安調査庁と合同で現地に調査部隊を送ります。

 まずはビスクラレッド子爵領とアルベルト市の交戦現場」

「弾丸の製造工場、幾つある?」

「本国に3つ、新京に1つ。

 北サハリンは本国とこちらに1つずつ。

 スコータイ、エウローパに1つずつ。華西は確認出来るのは四つ」

「全てに派遣しろ。

 華西と北サハリン、同盟都市には私から話を通していく」




 アメリカ合衆国

 アミティ準州アミティ島

 アウストラリス大陸特別大使館


 特別大使ロバート・ラプスは、アウストラリス大陸における合衆国の権益を守護し、領土を防衛する義務を担っている。

 その為に駐留する米軍や諜報機関に対する指揮権を与えられた。

 特にスパイ天国と呼ばれた日本にいた多数の諜報員達をまとめて、各地球系同盟都市に送り込んでいた。

 特別大使公邸は、正面からは人の顔に見えると言われており、アメリカを忌み嫌う大陸人に付けられた蔑称が『悪魔が棲む家』である。

 アメリカ人達は単純にアミティ・ベルとしか呼んでいない。

 公邸にて執務にあたるラプス特別大使は、大陸の諜報員からの報告に眉をしかめる。


「先月のエウローパの件から各同盟都市が軍拡に走っているがこの件は頂けないな」


 秘書官のサマンサに報告書を見せる。


「神の意思に反しますね。

 どちらというと、ハリウッド的に我々が疑われそうですね」

「全くだ。

 手の掛かる身内だが、他の同盟都市にバレたら事だからね。

 我々が掃除をしてあげよう」


 王国や貴族に手を出すだけならともかく、地球系同盟都市に犠牲者を出したのは不味い。

 ロプス大使は、窓の外に目をやり、軍港に停泊するワスプ級強襲揚陸艦『ボノム・リシャール』とイージス艦『カーティス・ウィルバー』の姿を捉える。

 西方大陸アガリアレプトで活動していた艦だが、『オペレーション・ポセイドンアドベンチャー』後にこちらに配備されたのだ。


「あれだけあれば十分かな?

 全く火遊びもほどほどにして欲しいものだ。

 私の胃腸の健康の為に」


 作戦終了までは、胃薬は手放せそうになかった。



 米海軍の艦艇の活動を最初に捉えたのは、大陸における日本領の最南端となる西陣市の海上自衛隊基地のレーダーだった。


「強襲揚陸艦『ボノム・リシャール』、イージス艦『カーティス・ウィルバー』確認」

「新京の総監部から連絡。

 米軍艦艇の航行の申請は受けてないそうです」


 その報告にこの監視所を預かる村崎三等海佐は舌打ちする。


「新京の連中も裏をかかれたな?」



 アミティ島の米軍艦は、対岸の新京の自衛隊の監視を避ける為に、アミティ島の裏手に北回りに航行し、南部に向けて進路を変えたのだ。

 人工衛星による監視が出来ない現在、レーダーと哨戒による監。

 新京の地方隊には三隻の護衛艦が所属している。

 護衛艦『くらま』は北部に、『しらね』は南部に哨戒に出ており、インターセプトコースを取っている。


「『ボノム・リシャール』には、アミティ島にいた第28海兵連隊に召集が掛かっていたようです」


 硫黄島に星条旗を掲げたことで有名な第28海兵連隊は、転移当時のアメリカ本国では解隊されていた。

 現在、第28海兵連隊を名乗る部隊は、旧在日米軍第31海兵遠征部隊の地上戦闘部隊(GCE)が基幹となって再編された部隊だ。

  在日米軍第31海兵遠征部隊の地上戦闘部隊(GCE)は、アメリカ本国の第1海兵師団よりローテート派遣される大隊上陸チーム(BLT)である。

 この世界への転移当時は、2015年当時に配備されていた大隊の他にも作戦や訓練、観光で、他の海兵隊隊員達が多数来日していた。

 地上戦闘部隊(GCE)彼等を加えて、アメリカ本国では欠番となっている第28海兵連隊として再編されたのだ。


 強襲揚陸艦『ボノム・リシャール』に乗り込む彼等の戦闘力は、連隊としては間違いなくアウストラリス大陸最強の部隊だ。

 そして『ボノム・リシャール』自身にも、V/STOL攻撃機AV-8B ハリアーⅡが12機搭載されていることも確認された。

 護衛のイージス艦『カーティス・ウィルバー』もその能力は、こちらの世界では多少の制限が掛かっても、新京地方隊の護衛艦では歯が立たない。

 海上自衛隊としても監視の艦は派遣したが、その行動を同盟国としても能力的にも掣肘することは出来ない。


「どこに向かう気か?」

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