第61話 地方事情
新京特別行政区
海上自衛隊新京基地
新京地方隊庁舎
大陸東部を管轄とする新京地方隊に所属する護衛艦や補助艦の艦長達が会議室に集まっていた。
おやしお型潜水艦『みちしお』艦長佐々木二佐は、地方隊総監猪狩聡史海将が両手を口の前で組まれながら命令を下されていた。
部屋の中でもサングラスを外さない偉そうな態度の猪狩海将は、大陸における海上自衛隊の実働部隊の長である。
「本国に戻ってドック入りしろと?
来年の話では無かったのですか?」
「サミットの件で魚雷の予備も少なくてな。
本国での整備、補給後は多国籍潜水艦隊の指揮下に入ってもらう」
「多国籍潜水艦隊?
自衛艦隊司令部では無くてですか?」
佐々木二佐は記憶を辿るが、そんな艦隊がいつ新設されたのか記憶に無い。
「海上自衛隊の潜水艦は、全艦を稼働可能な状態に仕上げて作戦行動に入る。
その為に潜水隊群を3個潜水艦隊として実働部隊として編成する。
『みちしお』はこちらの大陸にいる関係上、ただ1隻あぶれることになる。
よって、多国籍潜水艦隊に合流させることになった。
本国でのドック入りはその為の準備だと思え」
海上自衛隊潜水艦隊28隻が、動員される作戦に佐々木は身震いを覚えた。
だが1隻だけ別行動なのは釈然としない。
「取り敢えず来週には、新香港とルソンから西方大陸アガリアレプトに向かう王国が集めた援軍の船団の第一陣が出る。
『みちしお』は護衛として船団に付き添い本国に向え。
その際に高麗国の潜水艦『鄭地』と行動をともにせよ」
なかなか気の重い任務になりそうだった。
日本国
埼玉県さいたま市大宮区
さいたま市の繁華街外れにある1軒のボロアパートを埼玉県警第2機動隊が包囲していた。
すでに住民の避難が実施されたが、数人の住民がこの数日行方不明となっていた。
近所の住民は、またいつもの暴動かと戸締まりや護身用のバットや木刀を持って身構えている。
やがて埼玉県警SATと自衛隊地方協力本部の車が到着し、機動隊が封鎖された道を開ける。
車両から降りてきたSATの隊長と自衛隊の三等空佐が本部となっているテントに入る。
「状況は?」
SATの隊長はテントに入るなり、連絡役の所轄の警官に状況を報告させる。
「本日
署に報告の上、各部屋を確認中にアンデットと化した住民を発見。
発砲しつつ部屋を封鎖。
住民の避難と点呼を行ったところ、問題の部屋に住んでいたと思われる男性住民5名の所在が確認出来ませんでした」
自衛隊の三佐は警官の報告に首を傾げる。
「1室に男性が5名?
ルームシェアというやつですか?
にしてもアンデット化するまで死体を放置など何を考えていたのでしょう」
この三佐はあくまで警察の手に負えなくなった時の為の連絡役に過ぎない。
また、この地区の特殊な事情も理解できないだろう。
「ここはスラムみたいなものですから、家賃を安くする為に1室に複数人で住んでたりします。
おそらく死亡した男性を生存していることにして食料の配給を多く着服する目的だったと思います。
最近、多い手口なんですよ。
それで家の中に遺体を隠したりして、それがアンデット化し、同居していた住民を襲ったと署で見ています。
なお、アンデットの分類は専門家の不足により困難。
推定グールとして対処しています」
現在は活保護や年金、失業保険が打ち切られ配給に一本化されている。
この生命線を繋ぎ止めようと、都会はまだまだ必死な状況なのだ。
「転移前も年金を長くもらおうと親の死亡を偽る事件は何件かありましたが」
「今はアンデット化の危険が伴うようになったと、やれやれですな。
で、我々は必要ですか?」
三佐はSATの隊長に自衛隊の出動が必要かと問いている。
「我々だけで十分です。
今年に入って3件目ですし」
現在では全国でも最多の人口を誇るさいたま市が、最もこの手の事件多いことは恥ずべきものだった。
テントから出た隊長はSATの隊員10名と機動隊の銃器対策分隊10名を集めてアパートに入っていく。
既に現場の部屋のドアはバリケードで封鎖されて、アンデットと化した住民は出てくることが出来ない。
廊下には更に陣地化させたバリケードが構築されている。
すでにアパートの反対側のマンション屋上から狙撃班も睨みを効かせている。
必要なのは火力による制圧力だけだ。
廊下のバリケード越しにSATの隊員達が、豊和M1500を構えて命令を待つ。
銃器対策分隊も同じライフルを持ち、バックアップの為に後ろに並ぶ。
豊和M1500は転移前から警察が害獣処理用に採用していた大口径ライフルだ。
「もう迷い出てくるなよ、撃て!!」
狙撃班の狙撃で、アパートのドアを封鎖していたバリケードの留め金が破壊されていく。
開放されたドアからアンデットと化した住民が忽ちSATの銃撃で蜂の巣にされていく。
銃声をアパートの外で聞いていた三佐は、『日本も物騒になったな』と肩を竦めていた。
宮城県仙台市青葉区青葉通り
「移民、反対!!」
「反対!!」
「移民政策の見直しを!!」
数十万の人々がシュプレヒコールをあげ、勾当台公園方面に向けて行進する。
勾当台公園周辺には宮城県庁、仙台市役所、国の出先機関などの公的機関と公共事業関連の企業が集積している。
正式に届け出が出されたデモであり、整然とした行進が実施されていた。
警戒にあたる宮城県警は、交通誘導に専念するだけで事足りている。
『国の移民政策に反対するデモは、主催者発表により30万人が参加する大規模なものになっています。
この動きには県知事や県警すらも同調する動きを見せており、これまで対岸の火事と見ていた東北各都市に拡がりつつあります』
現地レポーターの現場中継が終わり、スタジオでは司会の男性がアシスタントの女子アナに今回の事態が起こった説明を促している。
この時事問題を扱うワイドショー的な番組は、驚くべきことに新京のテレビ局で制作、放送されている。
東京から地方への地縁を持たず、脱出が出来なかった放送業界の関係者は多い。
特に生産性に寄与しない彼等は、真っ先に大陸への移民に組み込まれていった。
移民から年月がたち、ある程度生活に余裕が出てくるとかつての華やかだった頃に戻りたい者や忘れかけていた夢を再燃させる者達が現れていた。
そんな彼等が集まり、総督府の肝煎りで開設された新京放送に元業界人が殺到したのは言うまでも無い。
娯楽に飢えていた大陸移民達へのニーズにも合致し、日本本国への放送を逆輸入する盛り上がりを見せた。
問題はアイドルやモデルに系統する人間が戻って来なかったことだ。
彼等、彼女等のほとんどが恵まれた容姿を生かし、日本本国の地方豪農や地主の一家と婚姻してしまったからだ。
十年近く仕事の無い状態だから、責めるのはお門違いといえたが、一部のファン達が絶望して様々な事件を起こしたのは想像に難くない。
代わりに大陸で収入を大幅に減らした貴族令嬢のタレント化が最近の流行りとなった。
同様にアスリート達も、転移とともに生涯を掛けていたスポーツの大会に出る目標と余裕を失わされていた。
日本本国ではプロ野球が復活していたが、東京、横浜、大阪、札幌、福岡、名古屋の球団が正式に解散し、1リーグ制に縮小されている。
野球はまだ恵まれていた方で、格闘技系統のスポーツイベント以外は実質活動出来なくなった。
移民したアスリート達は、自らの優秀なフィジカルな肉体を生かして冒険者になる道を選んだ者が多い。
転移前、ホームラン王だったプロ野球選手などは、剣豪として名を売っている有り様だ。
しかし、このスタジオにいる人間達にはそんな能力は無いし、高齢化により無理な者が多い。
『今回のデモは、国の移民調整庁が各自治体に移民対象者をリストアップする調査を命じていたことにあります。
すでに実施されていた大陸への移民ですが、第一次産業に従事しない人口が多い都市が中心であり、食料配給の割り当ても低く、大陸移民はスムーズに行われました。
すでに神戸でも大陸移民は開始されており、続く広島、京都でもほぼ同じと思われています』
『では、この政策に仙台市が反旗を翻したのは何故なんですか?』
女子アナに呼吸させるべく、空気を読む司会が発言して時間を稼ぐ。
長年同じ番組でコンビを組んでたから出来る絶妙な掛け合いのテクニックだ。
司会がコンビでお笑い芸人をしていた経験から出来る芸当でもあるだろう。
それなりに人気もあったのだが、相方が地方で農家をやっていたこともあって、コンビが自然解散したことは世間でも残念に思われていた。
『仙台市は先の四大都市と違い、第一次産業従事者とその家族が人口の3パーセントに達します。
このままだと国が定める移民対象人数が第一次産業従事者とその家族にまで及ぶ恐れが出てきました。
当然、第一次産業従事者だけでは、市の運営が成り立ちません。
関連の製造、流通業者や文化伝統技能者、インフラや建築業者、自衛隊を含む市を運営する公務員等々、家族を含めれば最大で市の人口の六割は移民させるわけにはいかないと宮城県庁並びに仙台市が国に上申したことが発端になっています』
女子アナの説明が終わり、コメンテーター達が各々の感想や意見を発言しだす。
『国はこのことを考えてなかったのかしら?』
『仙台市に例外を認めては、他の自治体に示しがつかないだろう』
『しかし、現実に仙台市をはじめとする東北は他の都府県と比べて食糧生産の自給率が高い。
農家まで移民させては本国の食料生産が低下してしまい、本末転倒な話になります』
『多少の配慮は必要なのかな?』
それぞれが好き勝手に発言している。
司会が発言を止め、画面には今後の各自治体の移民スケジュールが映し出された。
『川崎市は今年の6月をもって移民を停止し、神奈川県の県庁所在地が相模原市に変更となります』
『では、仙台市で移民が開始されるのはいつ頃になるのかな?』
『早くても来年になるので無いかとの見通しです』
テレビを消し、県知事がソファーに座り込んでため息を吐き出す。
「国も我々の声を聞かずにはいられないだろう。
最低六割の人口維持を守りきるぞ」
同じく隣のソファーに座っていた仙台市長が同意して頷く。
「日本国民戦線がこの活動を支持してくれるそうです。
ただ、ある程度は覚悟しておくようにと」
彼等も政治家である。
どちらか一方の主張が一方的に通るのは、ありえないとは理解している。
市民の6割維持が理想で、四割維持を勝ち取れば上出来と考えていた。
流血沙汰だけは避けるよう、各方面には申し送ろう」
「それがいいでしょう。
流血は武力介入の口実にもなりますからな」
「東北は配給制度の指定地域からも外れてるからな。
中央に弱気になる必要は無い」
しかし、中央政府が地方行政府に武力行使するという転移前なら考えられない選択肢の可能性を彼等は否定出来ない。
転移後の腹を括った政府ならやりかねないように思えるのだ。
それでも東北の繁栄をここで邪魔されるわけにはいかない。
食料の一大生産地ということもあり、東京等に出ていった若者達が家族を連れて北海道や東北に帰ってきている。
衰退の一途を辿っていた東北は、各地で活気に溢れ、かつて無い好景気に沸いているのだ。
ここで移民政策等に水を差されるわけにはいかないのだ。
「今日もさいたまや千葉市では餓死死体が発見されるニュースが報道されていたが、一緒にされては困ることを訴えねばな」
知事の決意を口にしていると、市長は扱いに困っていた書簡を思い出していた。
「そういえば知事。
実は新香港から書簡による要請が来てまして」
「外務省を通さずにか?」
「いえ、さすがに外務省も承知している内容ですが、連中は我々に在日中国人を引き取りたいと言ってきましたよ」
もともと新香港は日本の爆買いブームで、過剰に増えていた中国人観光客の受け皿として創られた街だ。
日本に居を構えていた在日中国人達は、生活の基盤を整えていたので対象外となっていた。
なにしろ人数が膨大だ。
転移前に日本に居住していた在日中国人は67万人に及ぶ。
この要請は、すでに東京、神奈川、大阪、愛知、北海道、福岡、兵庫では実施されていた。
「連中は一体何を考えといる?」
「我々と変わりませんよ。
中国人による第4の植民都市の建設です。
すでに名前も決まっているとか、『斟尋』だそうです」
『斟尋』、それは中国の史書に記された古代の夏王朝の都の名前だった。
「先に連中が移民船の席を埋めてくれるなら悪くない。
要請は検討に値すると、返答しておこう」
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