第230話 kingdom of the ants

 日本国

 東京都 市ヶ谷

 防衛省


 防衛大臣の乃村利正は執務室に入室するなり、ソファーに寝転んだ。


「疲れたあ!!」


 普段なら苦言を挺してくれた筆頭秘書の次男嫁は、大陸に渡り市長選挙に立候補する為にその席を辞した。

 変わりに閣議の決定を聞く為に統合司令哀川一等陸将が、執務室でコーヒーを用意し、待ち構えていた。


「手慣れたもんだな」

「勝手知ったる大臣執務室ですからね。

 密談の時なんかは私が一番の下っ端になりますし」


 そんな哀川一将も今年度限りで退官となる。

 退官後は青梅市に構えた自宅で悠々自適に暮らすつもりだ。


「いいチョイスだ。

 自衛官経験者として移民対象からは外れてるだろうが、子供とその家族はそうじゃないからな」


 異世界転移後は日本本国内でも自治体間の引越しは、親族がそこに住んでいるか、第1次産業に従事するか、公務による事情が無いと大幅な制限が課されていた。

 また、第1次産業従事者、公務員、伝統芸能・技能保持者、寺社仏閣の聖職者、魔術適正保有者が家族にいる場合は、大陸への移民の対象外とされたが、子弟が独立した一家を構えた場合はその限りでは無かった。

 その点、青梅市なら今の哀川一将の地位や身分なら引越も可能だし、移民の対象都市としてもかなりの後発となる筈だった。


「退官後は何かお誘いはあるのか?」

「多摩地区の合同自警団の名誉顧問ですね」


 内陸部の自警団はその必要性の少なさから規模が小さいので、合同で組織することもあった。


「オファーがあるのはいいことだ。

 さて閣議の決定だったな。

 鹿児島市の移民準備会が地域統合の遅延から移民が延期となった。

 代わりに浦安市、習志野市を統合した船橋市が前倒しで移民となる」


 元々船橋市は政令指定都市以外では最大の人口を誇る都市であり、鹿児島市の次の移民対象都市として準備していた。


「旧習志野市、旧浦安市の人口を合わせれば、吉備市の移民ノルマがほぼ達成となるのも大きい。

 船橋市民を丸々次の植民都市にまわせる」

「そうなると自衛隊としては、分断されている習志野駐屯地と習志野演習場を繋げる予定の前倒しですね」

「間の県道さえ使えれば問題ないそうだ。

 習志野一丁目の地権者達との交渉は終わっている。

 それで問題は習志野ではなく、浦安の方だ」

「あ~、自警団の要塞の扱いですか」


 浦安市には日本最大の遊園地のテーマパークがあった。

 現在は当然、運営会社も倒産して営業が停止しており、浦安市自警団が接収して自警団の根拠地としていた。

 その港湾には大航海時代のイベリア半島などの要塞をイメージしたエリアかあり、そこに設置されていた大砲やガレオン船を使用可能に再現してしまったのだ。

 自警団員の制服まで大航海時代の船員風で、船長は眼帯に模擬義手のコスプレ振りの凝りようだ。

 最初はトランプの兵隊の制服を採用しようとして、さすがにやりすぎと止められた経緯を持つ。

 いざとなれば市民の半数を避難させて籠城可能な城塞なのだ。

 誰が呼んだか『舞浜要塞危機一髪』(正式名称)は、ただの一度も危機一髪に陥ることなくその役目を終えようとしている。


「管理できる?」

「え?

 我々がやるんですか?」

「警察も海保も無理とか、ぬかしてるんだよ。

 習志野も手狭になるとか言ったじゃないか。

 出してよ、人。

 あんなもの放置したままに出来ないだろ」


 この話題は結論が出ないまま先延ばしになり、ある問題を引き起こすことになる。

 また、鹿児島県からの中華系移民を準備していた華西民国から移民延期に対する抗議を受けて、さらに話が有耶無耶になっていった。







 大陸南部

 サイゴン市郊外


 サイゴン市の軍警察は、鉱山に出没するミュルミドンという蟻の亜人に手を焼いていた。

 強固な外骨格は坑夫のツルハシやスコップでは歯が立たず、討伐を依頼した冒険者の剣や弓では効果が薄い。

 銃なら貫通できるが、痛覚が無いのでそのまま反撃してくるなどやりにくい相手だった。

 開発した鉱山とミュルミドンの巣穴がたまたま繋がってしまったのが抗争の原因だ。

 ミュルミドンは人間よりやや大きい体格なので、巣穴も相応に大きく広範囲で複数の鉱山と繋がってしまい、被害を拡大させてしまった。


「サミットでエルフ大公国のピロシュカ大公のアドバイスに従い、ダムを造り、巣穴を完全に水没させる水量も確保した。

 排水も大変な作業となるが、連中との抗争に完全に蹴りを付ける」


 サイゴンの市長ロイ・スアン・ソンの宣言のもと、ダム湖からポンプで吸い上げられた水が近くの鉱山口から排出されていく。

 さすがに1億トンの水はポンプとパイプ管だけでは丸一日掛かる。

 仮設されたパイプ管は各鉱山口から流され、後々環境問題のもとになりそうたが作戦は強行された。

 推定では全ての巣穴は繋がっているからミュルドンの根絶は時間の問題の筈だった。


「足りませんな……」

「今回もダメか……」


 翌日、再び状況視察に訪れたロイ市長一行は、ダムの管理センター内で落胆する姿を隠せないでいた。

 投入された水は鉱山から巣穴へ確実に流れている。

 実はダム湖から水が流し込まれたのは今回で3回目だ。

 ダム湖が満水の度に実施してたのだが、巣穴はその水を飲み込み、ドローンを偵察に送り込むが武装したミュルミドンに破壊されるの繰り返しだった。


「あの巣穴はどれくらい広いんだ。

 今までに3億トンの水を流し込んでこの有り様だ」


 ロイ市長の嘆きも当然で雨が多く、洪水の多いこの地域では治水とミュルミドン根絶の一石二鳥と作戦開始当初は大々的に喧伝されていたが、片方の成果しかあげれていない。

 一年がかりで集めた水が巣穴に流し込まれていくが、貯まってる様子が確認できない。


「こうなると決死隊を送り込んで偵察するしかないかと」

「やめてくれ、政権が崩壊する」


 側近の提言にため息しか出てこない。


「15番監視所からミュルミドンの群れの出現を確認。

 射撃を開始しました」


 各鉱山口にはトーチカと軍警察の歩兵分隊とPK機関銃が各一丁配備している。

 さすがのミュルミドンの外骨格も重機関銃の前には蜂の巣だ。

 対してミュルミドン側の飛び道具は、尻から排出される蟻酸と投擲される槍くらいだ。

 いつものように排除すれば良いと、鷹揚に構えていると、次から次と連絡が届き出す。


「11番監視所、現在交戦中、増援を要請す」

「6番監視所、奴ら坑道から横道を掘って別の出口を作りやがった!!

 こちらからは攻撃できず、指示を請う」

「3番監視所はこれ以上、陣地を確保出来ない。

 監視所を放棄して後退する、許可は後で出してくれ!!」


 複数の監視所が同時に攻撃を受けることは今までは無かった事態だ。


「市長、ダム内は分厚いコンクリートで奴等も掘り進めない筈ですが、念のためにヘリポートまで避難を。

 十分後にヘリコプターが迎え来ます」


 警護員の言葉に腰を浮かせて、管理センターから屋外のヘリポートに向かうと無数の羽音が聞こえてくる。


「警戒!!」


 警護員の一人がヘリポートに至る扉を少し開けて様子をみると、羽根を肩から生やしたミュルミドンがヘリポートに陣取り、その上空でもホバリングしたミュルミドン達が待ち構えていた。


「防火扉を全部閉めろ!!

 ダム職員を奥に避難させ、戦える者は通路にバリケードを作れ」


 再び管理センターに戻ってきたロイ市長は自分にも出来ることが聞いてみた。


「そうですな。

 外部と連絡を取って援軍を要請し、周辺村落を避難させて下さい」


 その真剣な顔にサイゴンの軍警察でけでは対処が無理なのをロイ市長は悟る。


「わかった国際連隊にもお出まし願おう」


 創設したはいいが、一度もお呼びが掛からなかった部隊が今動き出す。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

日本異世界始末記 能登守 @hourai1459

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ