第229話 影時々裏、もしくは闇
大陸東部
那古野市 那古野港
那古野港のターミナルビル展望室で、石狩貿易のボディーガード達と公安調査庁の調査官、実働部隊は武器を構えない睨み合いを随所で行っていた。
彼らのボス達はベンチに座りながら話し合いを続けているが、不穏な空気を察して一般客が展望室から逃げていく。
代わりにターミナルビルに海上保安庁の車両がビルの外に姿を見せて、国境保安庁の職員がビル内に増員される。
「話しは通していたはずなんだがな」
「上にだけでしょ?
末端にはこちらが通報させて頂いた。
本部や通信センターならともかく、一般人が直接声掛けしたら動かないわけにはいかない」
石狩貿易社長兼CEOの乃村利伸の言葉に公安調査庁新京支局の波多野支局長は眉を潜める。
「何が一般人やら……」
「で、闇バイトの元締めでしたっけ?
非正規要員を大量に雇用してるあなた方には言われたくないですね」
「まあ、否定できんな」
公安調査庁の実働部隊は警察や自衛隊などをパワハラやセクハラ、或いは横領等の犯罪行為を行い免職となった者達の集まりだ。
表社会に放逐して問題を起こされても困るので、公安調査庁で飼い殺し、使い潰す前提で秘密裏に雇用している。
言われてみれば闇バイトと何が違うのかという話だ。
「我々は公的機関や財界の影にいる影の者ですからね。
裏社会の方は当然監視してますよよね?」
「石和黒駒一家と新興の大宮半七会や青葉銭形連合は警察が監視している。
最もあれらはテキ屋と冒険者ギルドが表の顔。
裏も風俗営業とカジノくらいで盗賊稼業は専門外だ」
風俗営業には性風俗等だけでなく、キャバレー、料亭、カフェー、クラブ、ホストクラブといった特殊な接客業。
喫茶店、バー、ライブハウス、ディスコ、喫茶店、バーといった飲食業。
カジノ、雀荘、パチンコ店、ゲームセンターなどのギャンブル業が該当する。
異世界転移後は経済が崩壊したので、当然これらの娯楽産業は軒並み倒産している。
人類最古の商売と言われた売春も増加するかと思いきや食料不足、燃料不足の前に転移前より縮小する有り様だ。
売りたい側がいても買いたい側の購入力不足、燃料不足による移動手段、通信制限による宣伝力が無くなり客足は遠のくばかりだ。
夜の町も電力不足と自警団による見回りで自然発生的な戒厳令状態に陥っていた。
逆に大陸に移民後は、これら一連の問題から解放される。
早々に大陸に基盤を築いた石和黒駒一家が、沿岸9都市を縄張りにそれぞれの都市に歓楽街を作り始めた。
娯楽産業に情熱や経験がある者達が再び各植民都市で、その華を開かせはじめているのが現状で、第1次産業に偏りがちな経済活動に新たな息吹を与えるとして、総督府も支援している。
一方で縄張り内ですら手がまわらない石和黒駒一家に代わり、新興組織がそれぞれの市で台頭を始めているのは問題視している。
「だがどの組織内も縄張りの市内での活動に限定されていいる。
看板掲げてやってる裏社会の連中は、盗賊稼業のような危ない橋を渡らない」
「じゃあ、ご存じですか?
最近、『サークル』が分裂して分派が怪しい動きを見せてることに」
内政俺TUEEE系集団、『サークル』は地球の知識や技術を使って、各貴族領邦で内政官として暗躍を続けてきた。
しかし、これまで日本に人質として新京に留学させられていた貴族子女が国許に戻ると、蓄えてきた地球知識で内政に参加しだしたのだ。
こうなると『サークル』の面々のアドバンテージが無くなり、大陸における日本領から遠ざかる形の都落ちが発生しだす。
「より辺境へ、より格下の領邦へ。
それならば良いが、それすらも出来なかった連中が行方を眩ませて、闇の世界に身を投じてます。
薬物売買、新興宗教、内政詐欺。
盗賊稼業も新しくエントリーですな」
「影だの、裏だの闇だの忙しい話だ。
正直、ほっといてもいいが、ソリステア子爵領に手を出した連中は潰す。
それが総督府の意向だ」
大陸人に対しては王国や領邦府等から要請を受けない限りは、減民政策の一環としてはどうでもいい。
但し、食料減産に直結する動きは早めに潰したいところだった。
盗賊達が農村や漁村を襲うのは看過できない。
これが商業街や職人街ならば基本的にどうでもよかった。
「善良な一市民としては、治安機関への情報提供を惜しまないですよ。
後日、書簡でわかっていることだけでもまとめて、関係各機関に贈らせて頂きますよ」
乃村にとっても闇の世界の連中は、商売上の敵になりそうだから潰れて貰った方が都合がよい。
何が善良だとばかりに鼻を鳴らして波田野支局長は展望室を後にした。
退室したはいいが、海保や国保の職員にどうお引き取り願うか、頭を悩ますことになる。
展望室に残った乃村は外山企画部長からメモを渡される。
盗聴器を公安が残してるかもしれないからだ。
『サークル脱退者三上悟志、ソリステア子爵領近郊での目撃情報』
『サークルが独自に討伐を冒険者に依頼中、生死問わず』
すぐにトイレで流すために二枚のメモを破り、懐に入れる。
「先に『サークル』に情報を流してやれ、自衛隊や公安と鉢合わせしたら大変だろう」
「まあ、それも面白そうですが、ソリステア子爵がそろそろ現地に到着します」
「祝電でも贈っておこう。
先代はともかく、当代は俺達に遺恨は無い筈だし」
「当代ともお知り合いでしたか?」
「まあ、親父の縁でね。
正直、真面目で手堅い人で人望はあったな。
俺とは大違い」
ソリステア子爵領
第13先遣隊分屯地
古城のモンスターを旗下の部隊に任せて一足先に分屯地に撤収した城ケ根三等陸佐と夏木一等陸尉一行は、領都城館にソリステア子爵御当人が来るときいて礼服に着替えてまた外出する羽目になっていた。
ソリステア子爵は叙爵以降、一度もこの領邦に来たことがない。
叙爵して依頼連日パーティーや会談、講演に引っ張りだこでそんな暇が無かったからだ。
「ようやく王都での狂騒が一段落したところか」
「全く、閣下がようやく落ち着ける時期になったというのに嘆かわしい」
夏木一尉が意外に子爵を敬愛してる様子に驚きながら高機動車が城館に向かう。
「前に無かった建物が城館近くに建ってるな?」
「ああ、あれは子爵閣下の偉大な功績を称えて総督府の肝煎りで造られた博物館です」
「生前に博物館造られるのは嫌がらせかなんかじゃないのか?」
「と、言うより前任の功績が偉大すぎて置き場に困るくらいだったのは間違いないそうですが」
いつの間にか音楽隊の格好をした大陸東部警務隊の隊員達が配置について、楽器の点検や練習を始めている。
やがて、山脈の向こうから海上自衛隊の連絡機 LC-90が姿を現す。
分屯地内に造られた滑走路は小規模ながら戦闘機や輸送機の離着陸を行えるだけの能力があり、LC-90が無事に直陸すると臨時の音楽隊が歓迎の演奏を始める。
「あれ?」
搭乗ハッチが開き、タラップが設置されるとソリステア子爵が降りてくるが、その人物は夏木一尉が待ち焦がれていた人物では無かった。
「貴官知らなかったのか?
前総督閣下は子爵位を早々に御長男の種冬氏に譲り、夫婦で各植民都市を旅行中だ。
あの方こそが、現当主の秋月種冬氏こと、タネフユ・アキヅキ・ソリステア子爵閣下だ」
現子爵が尊敬する前総督では無く、面識の無い息子の方だと知って夏木一尉はショックの顔を隠しきれないでいた。
その顔色から色々と察した現子爵は申し訳なさそうに
「ああ、父もそのうちここに住み着きますから安心してください」
父の春種じゃなくてガッカリされるのはだんだんと慣れてきた今日この頃だった。
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