第27話 移乗白兵戦
旅客船『いしかり』
「レーダーに船影、多いぞ」
レーダーのディスプレイには19隻の輝点が表示されている。
「海保や海自の艦じゃないのか?」
平塚船長がレーダー担当の航海士に確認をとる。
「南西2-2-0から向かって来ます。
海賊の船団です!!」
「全船員に通達。
海賊船団をレーダーに捉えた。
だが今の速度なら十分に逃げられる。
各員、乗客を不安にさせないようにベストを尽くせ」
放送では乗客にも聞こえてしまう。
メモを取った大谷副長が各部署を回るのだ。
だがそれより早く船は捕捉されていた。
私掠船『食材の使者』
ドーラク船長は窓穴から顔を出して、頭上に広がる海面を確認する。
目標の日本の船舶がこちらに向かっているのが目視出来る。
海底に視線を移して、程よい浅さなのに満足する。
「来たな。
歩脚を海底に固定、第一脚、鋏め!!」
ドーラク船長の号令のもと、『食材の使者』号は第2・第3の対の脚を海底に挿し込み固定させる。
そして、海面に向けて放たれた第一脚の対をなす鋏が『いしかり』の船底を挟み、錨代りにその動きを大幅に制限し減速させる。
通常の錨は海底土砂に食い込み、海底面を擦ることで成立する。
だが『食材の使者』号も減速どころか加速させていた『いしかり』の重さと馬力に引き摺られている。
揺れる船内に船員達は船壁の手摺りに掴まって対処している。
「なんというパワーと固さだ。
木造船なら完全に船底を切り裂いているものを、こちらが引き摺られているか?
だがこれで船団が追い付ける」
旅客船『いしかり』
突然の船底からの衝撃と強制減速に船員や乗客達は身を投げ出されていた。
「海底に何かいます!!」
「馬鹿な、なんだというんだ」
相手が海底にいる為にその姿を確認することが出来ない。
だが複数の船影が目視で確認出来る位置まで近づいていた。
「速度低下、24、23、22」
「距離6海里といったところか?」
平塚船長は助け起こしてくれた男に命令する。
「無賃乗船を拒否する。
丁重にお引き取り願え、高嶋隊長」
「参ったなあ、隊員は銃を持たせただけの警備員なんですがね」
船に乗船している武装警備員は七名。
隊長の高嶋こそ元自衛官だが、他の隊員は警備会社の社員に過ぎない。
隊員達に実戦の経験は無い。
弾薬の浪費を会社が嫌がって、射撃訓練も年2回の研修の時にしか出来ない。
高嶋は勝田駐屯地に勤務していた際に、大洗町海賊襲撃事件で実戦を経験して負傷している。
家族の要望で退役し、大手警備会社に雇用された。
この当時、自衛隊、海保、警察を初めとする各武装機関の増員により、過去に除隊、退役した退職自衛官を大幅に復帰、採用させた。
転移当時警備業者約9200社、警備員約53万人を擁していた警備業界は6万人近くの人員を失い、新たに一般人の雇用を創出した。
だが警備業界が考えていた新世界に対応する為の武装警備員の構想は大幅に後退した。
そんな中、自衛官から業界に入社した高嶋のような人材は重宝された。
政府は民間の武装組織の存在に眉をひそめたが、現実問題日本の長い海岸線や輸送ルートの防衛を現行の自衛隊や警察力だけでは不可能と判断した。
まだ試験的な段階であり、信頼のおける業界第二位の会社に創設を許可した。
危険の少ない船舶の警備から訓練を終えた隊員とともに高嶋は隊長として乗り込んでいたが、隊員達の練度は自衛官や警察官には及んでいない。
この船に保管されている武器はベレッタM92拳銃、SKB MJ-5 散弾銃が隊員の人数分ある程度だ。
弾薬は予備の弾倉が人数分ワンセットだけだ。
「速度17まで低下、以後安定!!」
「後続より1隻早いの来ます!!」
「四の五の言ってる場合じゃないな。
わかった隊員を配置させる」
海賊船団
旗艦『漆黒の翼』
「よし、『食材の使者』の連中がやってくれたか、それでも早いな。
安心しきってるだろうな日本の船は、船首に大砲を用意!!」
これまでの皇国が使用してきた大砲は、鋳造の青銅製前装式滑腔砲である。
開発責任者だった人物の名前をとって、ライヒワイン砲と呼んでいた。
だが船首に台車に乗って運び込まれた大砲は施条後装砲である。
日本をはじめとする地球系都市国家からかき集めた情報をもとに皇国でも再現可能な技術で完成させた試作品である。
この一門を造り上げるのに2年の歳月を掛けた。
最大射程はこれまでの十倍、有効射程は六倍にまで飛躍した。
ピョートル船長は『いしかり』まで、5海里の距離までに近付くと、この新型砲の発射命令を出した。
「当てる必要は無い。
連中に大砲が届くと認識させることが出来れば十分だ」
発射された砲弾は『いしかり』の前方3キロの地点に着弾した。
『いしかり』は驚いたのか回避の為にジグザグに動きだし、さらに距離が縮まっていく。
「素晴らしい!!
この大砲をピョートル砲と命名する!!」
気をよくしたピョートル船長は、そのまま命名の経緯を書いた手紙を伝書鳩をアジトに向けて飛ばさせた。
「しかし、これでも連中に取っては200年も前の技術とは」
副船長は新型砲の威力に驚愕しつつ、海自の艦船の大砲やミサイルとの差を痛感している。
「まったく、たった200年の間にどれだけ技術を発展させてきたんだろうな。
おかしいだろあいつら。
まあいい、こんな機会はそうそう無いんだ。
接舷攻撃用意と露払いの射撃開始!!」
右舷に集まった船員達が小銃で射撃を始めた。
『いしかり』からも武装警備員達が発砲して反撃してくる。
同時に『漆黒の翼』からバリスタに鎖が括りつけられた鉤爪が複数発射されて、『いしかり』の船縁に引っ掛かる。
鎖は『漆黒の翼』に固定されて、船自体が重りになっていく。
船体が軽い『漆黒の翼』は、曳航される形になるが激しい揺れが襲う。
そのまま『いしかり』の真後ろまで流されて行くが、離されなければ十分だった。
そして、『漆黒の翼』の両側から海賊船団でも『漆黒の翼』に次ぐ船脚を持つ『生より出でし蒼白の武神』号と『正義を操りし月夜の咎人』号が『漆黒の翼』を追い抜き、『いしかり』の両舷の船縁にバリスタから鉤爪の付いた鎖や網を打ち出している。
残りの16隻も追い付いて来ているが、突如として最後尾にいた『理に牙剥く不死の双子』号が爆発炎上した。
「なんだ?」
ピョートル船長が望遠鏡で確認をとると、忌まわしき飛行機械が大空を飛び回っていた。
「ヘリか?
くそっ、こんな時に」
ブリタニア海軍
対潜哨戒ヘリ 三菱 SH-60K
SH-60Kは海上自衛隊がSH-60Jを基にして、三菱と防衛庁で独自に、哨戒能力の向上を目指した哨戒ヘリコプターである。
転移後も少数ながら生産され、ブリタニア海軍の『タイドスプリングス』の搭載機として配備された1号機である。
最後尾にいた『理に牙剥く不死の双子』をAGM-114M ヘルファイアIIを直撃させて葬ったところだった。
「次、2隻目!!」
いっきに船団を飛び越えて、『いしかり』に接近中の先頭の船に二発目のヘルファイアIIを発射して命中させる。
これでヘルファイアIIは使いきったが船団はまだ17隻もいる。
炎上する海賊船を避けるように船団は左右に分かれていく。
SH-60Kは、浮上して斜めに傾くとのスライドドアが開く。
ベルトで体を固定した射撃手が74式車載7.62mm機関銃がドアガンとして発砲を開始する。
銃弾の雨に晒された海賊船は甲板から降り注ぎ、床を貫通して二つ下のデッキまで血で染め上げる。
各海賊船からも矢や小銃がSH-60Kに向けて放たれるが、海上を舞う機体に当てることも出来ていない。
2隻目も血祭りに上げるが弾薬が不足してきた。
「こちらゴブリンハンター3。
弾薬が尽きた、一旦母艦に戻るがなんとか持ちこたえくれよ」
『了解、早く戻ってきてくれよ。』
海賊船『漆黒の翼』
ブリタニアのヘリが去ったことにより、ピョートル船長は胸を撫で下ろした。
「やっと行ってくれたか、被害報告!!」
「『理に牙剥く不死の双子』、『暗黒の支配者』、炎上!!
『残虐非道の歌姫』、『黒薔薇を持つ悪女』沈黙、航行不能の模様!!」
船の名前を聞いてピョートル船長は頭痛がしてくる。
「4隻もやられたか。
しかし、どうして海賊の連中は船の名前を豪華に飾り立てるのだろうな?」
「まあ、色々と拗らせやすい職業ですから」
副船長はピョートルも同類だと思っていたが言葉にはしなかった。
「まあ、いいヘリが引き揚げたから当分は戻ってこない。
今のうちに」
「ヘリが戻ってきました!!」
言い終わらないうちにヘリがこちらに向かってくる光景が目に映る。
その新たに現れた同型のヘリの胴体には『海上自衛隊』と書かれていた。
その後方の水平線の彼方からはつゆき型護衛艦の『いそゆき』が姿を見せていた。
はつゆき型護衛艦『いそゆき』
緊急連絡を受け、現場に急行していた護衛艦『いそゆき』は、すでに十数隻の船舶をレーダーに捉えていた。
それでも旅客船『いしかり』にあまりに近接してるので攻撃を躊躇っていた。
だが五キロの目視圏内ならば誤射はありえない。
「まずは『いしかり』の周囲に群がる海賊船を掃討する水上戦闘用意!!」
艦長の石塚二等海佐の命令のもと、砲雷長兼副長の神田三等海佐が指示を叫ぶ。
「水上戦闘用ぉー意!」
各部署の乗員は戦闘の準備を頭の中でおさらいしながら覚悟を決める。
艦内に戦闘配置発令の警報音が鳴り響く。
「主砲、打ちぃ方始めぇ!!」
「打ちぃ方始めぇ!!」
艦首、62口径76mm単装速射砲がほぼ一秒間に一発ずつ発射されながら旋回していく。
木造の帆船などほぼ一撃で粉砕だ。
15秒後に砲撃が止り、海域に残ってるのは『いしかり』と連結した『生より出でし蒼白の武神』号と『正義を操りし月夜の咎人』号、『漆黒の翼』の3隻だけだ。
「は、早すぎるだろ・・・」
ピョートル船長が、船員達と後方から現れた日本の軍艦に対抗する為に船尾までピョートル砲を積んだ台車を転がしている間に後方の海賊船団は壊滅状態になってしまった。
旅客船『いしかり』
『いしかり』の真上に陣取ったSH-60Kが、『生より出でし蒼白の武神』号に対して、74式車載7.62mm機関銃のドアガン攻撃を敢行している。
さらに反対側のスライドドアが開き、ラペリング降下で5名の隊員が降りてくる。
高嶋警備隊長は彼等を援護するように警備会社隊員に射撃や放水をさせる。
降下した隊員達は89式小銃で『正義を操りし月夜の咎人』号、『漆黒の翼』から乗り移ろうとしてくる海賊達に銃弾を食らわす。
「海上自衛隊『いそゆき』警備班長の緒方三曹です。
通信で連絡は受けてますが、船員、乗客に負傷者はいらっしゃいますか?」
海上自衛隊では転移前から各護衛艦ごとに、海上阻止行動(MIO)を想定した立入検査隊というの臨検を専門とする部隊編成された。
これは乗員から選抜され、普段は各職種の任務に就いている。
転移後は海賊や皇国残党、モンスターとの戦闘が頻発した為に専門の常設的な部隊として各艦ごとに警備班が編成された。
「おかげさまでなんとか支えきれそうだ。
だが連絡した通り海中にも何かがいて、『いしかり』の航行を阻害している」
「そちらは『いそゆき』が現在対策を考えてます」
だがそこに船壁からよじ登って来た人影が現れた。
緒方がすかさず89式小銃で蜂の巣にして海中に叩き込むが手応えに違和感を感じる。
幾つかの弾丸が鎧のような硬いもの当たった時のような着弾音だったのだ。
高嶋と緒方が船縁から船壁を確認すると、数十の人影がよじ登って来る。
彼等は一様に巨大な物体を頭部に被っていた。
「参った、敵は人間だけだと想定してたよ」
「自分もです。
ボルタリングの選手も真っ青な連中だな」
「あれは螺貝族という海棲亜人ですね、資料で見たことがあります」
二人の会話に割り込んできたのは元公安調査官の佐々木だ。
背後には円楽元和尚が錫杖を持って付き添っている。
「人間のような両腕を持ち、貝の蓋の部分に目のついてます。
下半身は軟体動物のようなぬめつく体躯で、船壁に張り付いているのですよ。
銚子のラブホテルでオーナーが殺害され、地回りのヤクザに犯人として射殺された事件でその存在が確認されました。
貝殻の突起物からサザエから進化した亜人と考えられてます。
通称、『サザ⚪サン』。
なんです、その人を胡散臭い不審者のような者を見る目は?
ああ、連中がどんな風に自称してるかは不明ですよ?
交流なんて全く無いどころか、学術都市にすら記述が見つからないのですから。
貝殻部分は固いですが、それ以外の部分に銃弾を当てれば普通に死にますよ」
高嶋も緒方も突然現れた佐々木に不審な顔と目をしているが、身分を明かすと納得された。
まあ、半分は
『冗談がきついぜ』
と、思っていた。
「貴方の会社の創設者と私の元職場は同じ内務省特別高等警察の流れを組む従兄弟みたいなものじゃないですか。
あんまり邪険にしないで下さい」
「そんな古い話、私のような下っぱが知ってるわけないでしょう?」
高嶋は佐々木を扱いにくそうだが、螺貝族に対抗する為に拳銃を渡す。
『いしかり』警備隊員と『いそゆき』立入検査隊員は、『漆黒の翼』の海賊と船を挟んで銃撃戦を繰り広げている。
『正義を操りし月夜の咎人』号は、SH-60Kによる74式車載7.62mm機関銃のドアガン攻撃ですでに沈黙している。
反対側の監視をヘリに頼み、三人は船壁の螺貝族を上から狙い撃ちしていく。
頑丈な貝殻の頭部は銃弾を完全に防げてないが、幾分かの被弾経始の効果はあるようだ。
銃弾を掻い潜ってデッキに上がり込んだ螺貝族を円楽元和尚が錫杖を叩き付けて海に落とす。
佐々木の話を聞いていた円楽元和尚は、疑問を一つ思い付いていた。
「皇国も交流が無かった螺貝族と海賊を誰が結び付けたのかな?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます