第28話 栄螺鬼

 はつゆき型護衛艦『いそゆき』


『いそゆき』は戦闘海域から4キロの地点に陣取る。

 艦載砲の有効射程が約18キロなのに対し、ここまで艦を近づけたのは、『いしかり』を拘束する謎の水中の脅威を探る為だ。

 当初はソナーを放って探るが、『いしかり』の周辺に巨大な岩塊のような物があり、座礁してるようにしか反応しないのだ。

 周辺に雑音となる海賊船も多い。

 まずは海賊船を排除し、さらに詳細な情報を得る為の切り札を投下する。

 石塚艦長の命令が下される。


「サイドスキャンソナーを投下せよ」

「サイドスキャンソナー投下!!」


 サイドスキャンソーナーとは、艦船の後部から海中に曳航させて音波を送受信することにより、海底地形や、海中、海底にある様々な物体を高精細な映像として可視化するシステムである。

 転移前は海洋調査艦や掃海艦艇に搭載されていたが、転移後は周辺海域が劇的に変化した日本や未調査海域である大陸で必要性を認められて増産されて護衛艦にも配備されていた。

 投下されたサイドスキャンソナーからの映像がモニターに可視化される。


「これ、なんだと思う?」


 石塚艦長の言葉に全員が怪訝な顔をする。

 代表して砲雷長兼副長の神田三佐が私見を述べる。


「僭越ながらでっかいヤドカリではないかと?

 貝殻はサザエ?」


 サイドスキャンソナー担当の乗員は、映像の縮尺を間違えたのかと、コンソールの確認をはじめだした。


「なるほど、さすが異世界だな。

 ヤドカリもあんなにでかくなるのか?」

「宿の貝殻の巨大さもツッコミどころ満載ですが、この部分船の形してませんか?」



 神田三佐がモニターの指でなぞった部分を皆が注視する。


「まさか連中は貝殻に船を掘ったのか?

 船の気密性とかはガン無視か」


 石塚艦長の辿り着いた結論に全員が唖然とするなか、『いしかり』から届いた螺貝族の介入が拍車を掛ける。


「螺貝族の船、かな?

 空気のいらない潜水できる何かですか?

 反則もいいところだ」

「だが方針は決まった。

 幸い目標は足場を固定しようとして動きが止まっている。

 有線誘導の短魚雷でハサミ、貝殻の船体部分、本体を直接狙う。

 左舷、魚雷発射用意」






私掠船『食卓の使者』


 螺貝族(日本側名称)のドーラク船長は、膠着状態の状況に苛立っていた。

 誰も手が出せない海中は膠着状態だが、海上がそうでは無いのは一目瞭然だ。

 次々と沈没する海賊船や海賊達は、味方が一方的にやられていることを示している。


「離脱するか?

 だが最低でもピョートル船長だけでも救出してないとアウグストス将軍に顔向けできない」


 せめてピョートルの身柄だけでも抑えようと、部下を『漆黒の翼』に派遣しようとした時に海中に今までと違う『波』を感じた。


「何か来るか!?」







 はつゆき型護衛艦『いそゆき』


 護衛艦復帰の為に改装された『いそゆき』は、97式短魚雷の使用が可能となっている。


「二番、四番、六番連続発射!!」

「二番、四番、六番連続発射!!」


『いそゆき』の68式324mm3連装短魚雷発射管から三発の97式短魚雷が次々と発射される。

『いしかり』を固定する為に身動きが取れない『食材の使者』号は、ハサミを外して防御体勢を取る。

 即ち殻に閉じ籠もったのだ。

 目標を失った二番魚雷は、『いしかり』からの誘導に従い殻の蓋になるように引っ込むハサミを追って炸裂する。

 さらに元々本体を狙っていた六番魚雷も直撃する。

 97式短魚雷は成形炸薬弾頭が用いられている。

 これは潜水艦の耐圧船殻の強化・二重化に対抗するのが目的だ。

 強固なハサミの甲を貫き爆発の効果を内部に伝える。

 しかし、『食材の使者』号は自らハサミを切り落として難を逃れる。

 カニやヤドカリの仲間は、天敵に襲われたハサミや脚が掴まれるとトカゲの尻尾のように自切して逃れることが出来るのだ。

 本体は難を逃れたが、貝殻部分の船舶部分にも四番魚雷が直撃する。

 最初から内部が注水状態の『食材の使者』号であるが、爆圧で大半の壁が吹き飛ばされて螺貝族のほとんどが死亡する。

 内部奥深くにいたドーラク船長は、咄嗟に自らの貝の中に閉じ籠もって死を免れた。

『食材の使者』号が使用していた巨大サザエの殻は崩壊状態で最早使用不能だった。


「ここまでか総員退船!!」


 生き残った船員は海中に脱出していく。

 十人にも満たないが彼らは海中でも生存が可能だ。


「やれやれ、泳いで帰るしかないか。

 何年掛かるやら」


『食材の使者』本体も巨大サザエの貝殻から脱出する。

 あのサイズの本体が入る巨大貝殻など、数十年に一度に成長するかどうかだ。

 ドーラク船長と螺貝族の生き残りは、『食材の使者』本体に張り付き戦場から撤退した。




旅客船『いしかり』


『食材の使者』号という錨代わりの物体が無くなり、旅客船『いしかり』はいきなり加速状態となる。


「うわっ!?」

「何かに掴まれ!!」


 さすがに船に慣れた高嶋は転がる佐々木の足を掴まえて、片手を手摺り掴まってバランスを取る。

 緒方三曹は床に伏せて、円楽は念仏を唱えてバランスを取っている。

 ブリッジでは平塚船長の檄が飛ぶ。


「多少無理をしても海賊船から距離をとれ!!

 この揺れで負傷者が出ているかもしれない。

 船員、乗客の点呼を取れ」


 ようやく自由に動けるようになった『いしかり』だが、まだロープや網、鎖など多数で『漆黒の翼』に括り付けられている。

 そのロープや網も船員達が斧で断ち切っている。

 たが最後の一本の太い鎖だけはどうしても歯が立たない。


「どきなさい」


 円楽元和尚が四歳くらいの子供を連れている。


「剛、ちょっと父さんに仁王様の加護をくれ」

「いいの?

父さん普段は人前では使うなと言ってるじゃん」

「多くの人の命が掛かってるから仕方がない」

「しょうがないなあ 。

 ゴホン、ナマサマンダバ サラナン トラダリセイ マカロシヤナキャナセサルバダタアギャタネン クロソワカ」


 剛少年から流れ出る力が円楽に剛力の力を与える。

 船員から受け取った斧で4度、5度打ち据えて砕いた。

「父さん、疲れたよ」

「はっはは、修行だ修行。

 いい経験になったろ?

 港に着いたらきっと船会社が御馳走を用意してくれてるぞ」


 汗だくの息子を労うと唖然と見ていた船員に口止めをする。


「今のは貴殿の中の御仏に誓って内緒ですぞ?」


 船員は無言で頷くしかなかった。





 海賊船『漆黒の翼』


 ようやくピョートル砲に弾込めが終わったピョートル船長達は『いそゆき』に照準を定める。

 先程まで船が激しく揺れていたので弾込めすらままならない。

 これまでは帝国の大砲は1キロの距離も飛ばせなかった。

 だがピョートル大砲は6倍の有効射程を手にいれた。

 この事実は『いそゆき』は知らないだろう。

 安全距離を保ったつもりなのか、4キロの距離まで近づいて来ている。


「まだ少し遠いが、撃て!!」


 祈る気持ちで撃った執念の1弾は『いそゆき』の艦首に見事に命中した。

 それは異世界に転移した地球の軍艦が初めて被弾したという象徴的な出来事だった。




 黒煙の中から護衛艦『いそゆき』が姿を現す。

 ちょうど艦首の舳先に砲弾が直撃したのか、僅かに炎上する艦首から破砕した穴が見受けられる。

 だが艦載砲は旋回してこちらにその砲口を向けていた。

 様々な動作確認を行っているようだ。


「どうやらさほどの被害でもなかったようだな」

「残念です、でももう一撃当てれれば」

「無駄だ、今当たったのは運が良かっただけだ。

 次は当たらんよ、敵が次弾まで待ってくれてもな」


 ピョートル船長は次の弾込めをしながら命令を下す。


「総員、退船。

 退船後は日本に投降しろ。

 付き合ってくれた海賊達と違って、皇国海軍残党の我々は捕虜として扱って貰えるだろう」


 海賊は捕まったら一族郎党死刑が王国の法律で決まっている。

 だがこの船の船乗りは皇国に所属していた水兵達だ。

 日本側も残党軍の将兵を捕虜として扱ってくれる。

 その点は信用できた。

 生き残った船員達がボートを海上に落とし、海に飛び込んでいく。


「船長は」

「俺はこの船の船長だぞ?

 だいいち、このピョートル砲の性能を連中に知られるわけにはいかない。

 欠点も長所も含めてな。

 連中からみればはるかに劣った兵器なんだろうがな」


 実のところピョートル砲は試作のこの一門しか存在しない。

 試作品特有の雑さは調べればわかってしまうだろう。

 わからなければ日本も帝国軍相手に慎重にならざるを得ず、量産までの時間稼ぐことが出来るだろう。

『いそゆき』は艦載砲をこちらに向けたまま有効射程距離外まで距離を取ってきた。


「速いな、航行も異常無しか。

 余裕を見せ付けやがって」


 副長も皇国式の敬礼のあと、海に飛び込んでいった。

『いそゆき』が距離を取ってくれたおかげで時間は稼げた。

 一人になったが訓練の成果があったらしく、ピョートル砲の発射準備が完了した。

 双方の砲口を火を噴いたのはほぼ同時だった。

 ピョートル船長は自らが撃った砲弾が海面に着弾する光景を見ることなくピョートル砲や『漆黒の翼』号と運命を共にした。

 ピョートル砲の砲弾は『いそゆき』に届くことなく海面に着弾した。






 護衛艦『いそゆき』


「敵船撃沈!!」

「火災鎮火、ダメコン班向かわせます」

「艦内の点検完了、戦闘、航行異常無し」

「艦内に負傷者無し」


 各部署からの報告に石塚艦長は勝利したことを断定するが、実感はなかった。


「近づき過ぎたな。

 まさか当てられるとは思わなかった」

「邦人保護の為に『いしかり』に接近する必要がありました。

 また、未知の海中戦力との遭遇、新型砲の投入。

 イレギュラーが多すぎです。

 しかし、軽微な損害で敵の新戦力を洗い出せたのは大きいと思います」


 砲雷長兼副長の神田三佐の言葉に無理矢理納得することにした。


「司令部の連絡は終わってるな?

 海上に漂っている海賊達を逮捕、拘留せよ」

「はっ、ちょうど『タイドスプリングス』もこっちに近ついで来ているので手伝ってもらいましょう」







 旅客船『いしかり』


『いしかり』でも螺貝族の掃討が終わりつつあった。

 警備会社社員や斧を持った船員、『いそゆき』の立入検査隊が一匹ずつトドメを刺してから死体を海中に放り込んでいく。

 その中でも比較的元気な一体を船倉に放り込んで佐々木が椅子に座って眺めていた。

 銃弾を数発体に受けて、頭部の貝殻の突起物は何本か折れている。

 螺貝族とはいまだにまともな交流が無いので言語がわからない。

 だが海賊と共同戦線を張っていたなら意志の疎通が出来ていたはずだ。

 佐々木は旧マディノ子爵ベッセンから習った大陸共通語で語りかける。


「あ、言葉通じます?」

「くっ、殺せ」


 そんなこと言われて佐々木は戸惑わされた。

 だがどうやら相手も大陸共通語が使えるようなのには安心した。


「いや、その前に聞きたいことがあるのでご協力いただけませんか?」

「これでも誉れあるレムリアの騎士だ。

 敵の慰み者になるくらいなら潔く死を」


 最後まで言う前に顔の横に銃弾が通過して頭部の貝殻に当たった。


「いいから人の話を聞きやがれこの雌貝め!!」


 どうやら貝のくせに性別が別れているらしい。

 咳払いしてから紳士的な口調に戻す。


「まず今回の件で疑問なんですが、なぜあなた方が人間の海賊と組んで我々日本に敵対的行動を?」

「何故だと?

 貴様らがそれを言うのか?

 貴様らが生存する列島には以前、全ての海洋に存在する王国、諸部族を統轄するレムリア連合皇国とそこに君臨する海皇陛下がいらした。

 だが10年前のある日、突如として海都とその周辺地域がまるで塗り替えられたように見たことが無い島々と海底に変わっていた。

 いや、海の水自体が異質で我々に馴染まなかった。

 今はだいぶ薄まってきたがな」


 佐々木には思い当たることがあった。

 元マディノ子爵ベッセンにこの世界の地理を解説してもらった時のことだ。

 日本が転移した地域には幾つかの島があったらしい。

 だが調査の結果、その全てが消え去っていた。

 海底探査船の調査によると地球から転移してきた海底と、この世界の海底はまるで元からそうであったかのように切れ目などの境界線が見つかってないのだ。


「日本が転移したように、海都も転移した?

 どこに、まさか」

 そこから先は口に出すことは恐ろしくて出来なかった。

 螺貝族の女騎士の話は続いていた。


「海皇陛下と海都が消失して、海の王国や諸部族は戦乱の十年となり、多くの血が流された。

 いまだに戦いは続いている。

 お前達に復讐を企てた者達もいたが、お前達の海に阻まれて叶わなかった。

 海都の一億三千万の民もどこに消えたのか」

「一億三千万の民!?」


 佐々木の驚きの声を螺貝族の女騎士は聞いていない。


 その数に驚くだろうと思っているだけだ。

 佐々木にはその数字が偶然とは思えなかった。


「女騎士殿、貴女は騎士を名乗る以上、正規軍に所属していたのでしょう。

 ならば貴女を捕虜として対応します」


 退官した自分にはそんな権限は無いが口添えくらいは出来る。

 色々と謎が残るが海の勢力図の把握も必要だろう。


「退職金に色を付けてもらいますか」




給油艦『タイドスプリングス』


『タイドスプリングス』の甲板では、武装した乗員に囲まれ、手錠を掛けられた海賊達が一ヶ所に集められて一人一人身体検査を受けていた。

 金属探知機で隠していたナイフや釘は直ぐに発見された。


「20隻もの船団だったのだろ?

 意外に生き残りは少ないな」


 艦長の艦長のチャールズ・ブロートン中佐は疑問を投げ掛ける。

 千人近くの船乗りがいたはずだが、この艦で拘束したのは30名余り、『いそゆき』も似たようなものらしい。


「あれが原因じゃないですか?」


 乗員の指さす方向の海面には鮫が群れをなして集まっていた。


「知ってるか?

 日本の周辺海域にいた魚介類が物凄い勢いで繁殖してるらしい。

 食糧難からあれだけ乱獲したのにな」


 中佐の脳裏に生態系を犯す外来種という言葉がよぎった。


「我々もそうなんだろうな、きっと」





 新京特別区

 大陸総督府


『旅客船『いしかり』襲撃事件』の報告書を読んでいた秋月総督は机に置くと溜め息を吐いた。


「護衛艦『いそゆき』は、新京港のドックに入りました。

 本土より取り寄せる部品がありますので1ヶ月は動かせません。

 まあ、この機会に整備とか色々行うようです。

 旅客船『いしかり』は簡単な修理のあとに、再び大陸に向けて出航しました。

 スケジュールの遅延は許されないからとのことです」


 傍らの秋山補佐官が説明を行っている。


「まあ、その件はいいだろう。

 海上船舶の安全距離の基準を2倍に引き上げる。

 皇国残党軍の新型砲についての調査と対策もあるからな。

 こちらからの技術情報も転移10年目となれば漏れが出てきている。

 情報関係の各部門に対策を講じさせろ。

 そして、問題がこいつだ」


 机の上に置かれたもう一冊のレポート冊子を手に取る。


「佐々木元公安調査官のレポートは、まだ表に出せる代物じゃありません。

 暫くは機密事項に指定しながら要調査です。

 問題はどう調査すべきか未だに不明な点が数々有ります」


 秋山補佐官の言葉に頷きつつも考えさせられ内容だった。


「しかし、海皇のご尊名は驚かされたな。

 終末の獣は本当に我々の故郷に転移したのか?」

「今となっては知るよしもないことですし、必要も無いと思います。

 我々はこの世界で生きていかねばならないのですから。

 さて総督閣下、そろそろ在日泥婆羅国民団代表との会見のお時間です。

 去年のブリタニア建設計画で相当根に持ってますから気を付けて下さい」

「あれ俺のせいか?

 アングロサクソンの悪魔どもが合体して出し抜いてくるなんて予想できなかったろ。

 規定の人数揃えれなかった連中も悪いんだからな。

 全く、いつになったら落ち着くんだろうな」




 

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