第26話 海賊の追跡
旅客船『いしかり』
日本から大陸への航路を1隻の船が航行していた。
旅客船『いしかり』、約700名の日本人移民客を乗せて航行している。
日本が大陸に建設した新京特別区の港に向かっているのだ。
『いしかり』は館山の港を出航して、航続距離六千海里を燃料の九割を往復で消費するという、わりとギリギリな航海をしている。
片道8日間の航海で余計な寄り道をする余裕は無い。
ブリッジでは船員達が中継ブイや海上観測基地、周辺船舶からの情報を収集しながら航海を続けている。
安全だった地球と違い、海賊や海のモンスターがいつ出現するのかわからないのだ。
周辺海域の把握は、より重要性を増していた。
最も並みの大きさのモンスターでは、15000トンの『いしかり』の巨体に押し潰されるだけである。
船長の平塚は双眼鏡で水平線の彼方を眺めているが、別段船長の仕事として必要は無い。
周辺の警戒にはレーダーがあれば十分だし、銃火器を持たせた武装警備員が目視で監視の任務にあたっている。
それよりも月末に会社に提出する船員の給与・諸手当・食料品の収支報告書。
船内で販売されたタバコ、ビール等のアルコール飲料、レストランや自動販売機の売上金の報告書を作成するのが急務なのだが、いまいち気分が乗らなかったので海を眺めていたのだ。
「せっかくこんな大型船の船長になったのに陸の管理職と変わらないじゃないか」
他にも航海中における水、食料、燃料の在庫の確認報告書も控えている。
そこに副長の大谷が声をかけてくる。
「船長、前方500海里先を航行する『きたかみ』から複数の船舶が接近してきたと連絡がありました。
約27時間後に我々も通過します」
『きたかみ』1日早く館山を出港した旅客船だ。
『いしかり』同様700名もの移民を乗せている。
「ふん、また海賊か?
『きたかみ』はどう対処したと?」
「未確認船団が正面左右から挟む様に航行してきたので、最大船速で正面の船団の間に突入し振り切ったそうです」
「なんだそれは格好いいな、我々もやるか!!」
「馬鹿言わないで下さい。
回避ルートを航海科に作成させてます」
冗談の通じない奴だとがっかりしながら、『きたかみ』から送られてきた未確認船団の情報を確認していた平塚はその動きに眉を潜める。
「1隻だけ最大15ノットだしてるのがいるな。
帆船のわりにたいしたもんだ。
こいつは皇国海軍の軍船だな?
海賊にこんな技術力のある船が用意出来るわけがないからな。
まだ、生き残りがいたのか。
24時間後に武装警備員を完全武装でデッキで待機させろ。
海保にも連絡しとけ」
すでに『いしかり』は南硫黄島を越えて、日本の海上保安庁の保護下からは外れている。
しかし、引き返す選択肢は存在しなかった。
乗客達はそんなブリッジや船員達の危機感を知らずに思い思いの時を過ごしていた。
1週間を越える航海は、暇を持て余すのに十分な時間だ。
「しかし、福崎って町は今年出来たばかりなんですよね?
いきなりそこに植民させるのは厳しいんじゃないですか?」
山梨県大月市の円法寺の元住職円楽は、同行者である退官した公安調査官佐々木洋介に尋ねてみる。
二人はこのまま大陸に移民するが船内では数少ない知己だ。
互いにオセロを指しながら雑談に耽っていた。
「いえ、自衛官と警察官約五千人、市役所、税務署、保健所など各種役所の公務員とその家族だけで4万人、事前に造られた保育所、幼小中高大の学校とその教職員一万人とその家族。
病院、電気、ガス、水道、、国営放送、電話、鉄道各局の職員とその家族約10万人。
その他諸々約18万人が準備段階で、すでに市民として入植してますからな。
民間資本も進出して従業員とその家族を入植させていきます。
その分新京の住民枠が空くから、まずはその穴埋めが今年の移民の役割なんですよ」
最も定年の退職金代わりの農地と住宅を神居に用意して貰っている佐々木とその家族は別枠だ。
この船にも佐々木の家族枠で、妻や長男一家、次男一家、娘一家と他親戚が数人など19人も乗せている。
ただし、第一次産業に従事する者は本国に残している。
これから退官する公務員は、退職金代わりの大陸に家、農地を用意するから移民しないかという選択肢が与えられることになっている。
移民の抽選枠を行列を作って待っている一般人からしたら噴飯物だろう。
経済力がある新京市民が引っ越して来るならともかく、普通の移民が福崎に植民出来るのは11月くらいになるだろう。
移民するにあたって、日本国内にある財産を現金に替える者も多く、そういった身軽な人間は羽田からジャンボ機で新京まで飛んでいる。
佐々木の場合は家族の多さや自家用車や引越荷物の多さから船を選択した。
「ところで先程から船員達の動きがおかしいですな。
航海が始まっての三日間とは顔付きも違う」
「佐々木さん、職業病が出てますよ」
引退した官僚の悪い癖だ。
海上保安庁
第三管区
西之島海上保安部
西之島海上保安部は、第三管区方面最南端を守る海上保安庁の拠点である。
火山活動が停滞して1]年も立つと、政府機関が施設をおきはじめた。
当初は生態系の『生命の実験室』とか騒がれたものだが、転移でそれどころでは無くなってしまった。
その海上保安部では、『いしかり』や『きたかみ』からの通報で海上保安官達が対策を練っていた。
「海賊船団?
参ったなあ、近くにうちか、海自の艦はいないのか?」
「新京地方隊所属護衛艦『いそゆき』がドック入りの為に大陸間航路を航行中です。
こちらに『いしかり』の安全圏までの護衛を依頼しましょう」
はつゆき型護衛艦『いそゆき』は2014年3月13日に除籍の扱いを受けていたが、その後の2014年7月23日にJMU舞鶴事業所へ回航。
実艦艦的改造を施され、所要の試験に使用されていた。
その後はスクラップとして売却され、舞鶴から解体業者に向けて回航される予定だったが、日本が転移してしまったので戦力を増強するために修復して護衛艦として復帰したのだ。
だが就役から45年以上が経つと老朽化がひどくなっていた。
「だがそれでもまだ遠いな、他には?」
「護衛艦じゃなくて、支援艦なのですが、現在大陸に向かっているところです。
『いそゆき』よりは丸一日早く接触できます」
部下から渡された資料を見て驚く。
「新造艦?
今までどこで造ってたんだこんなの?」
「こいつなら75口径30mm単装機銃が2基装備されています。
木造帆船ごときには負けませんよ」
海賊船団
旗艦『漆黒の闇』
「ふ、振り切られただと」
艦長のピョートルは思わず床に膝を付ける。
視線の先では旅客船『きたかみ』の姿が小さくなっていく。
海賊船『漆黒の闇』は六年前の皇国海軍壊滅時に建造中だった最新鋭の軍用帆船だった。
開戦前の交渉中の間に、日本から入手した帆船の技術がふんだんに使用されている。
未完成のまま隠蔽されて3年を掛けて建造。
一年を掛けた訓練を得て海軍から海賊となった。
近辺の海賊を従えて、過去最大の海賊艦隊となっての作戦だった。
いきなり自衛隊や海上保安庁の巡視船は荷が重いから、まずは移民船を襲ったのだが、正面から切り込まれて逃げられてしまった。
包囲に参加した艦船は20隻に及ぶ。
たかだか民間の客船があんなに早い上に、小回りが効くとは予想を上回っていた。
だが嘆いてばかりもいられない。
スコータイに大金をはたいて手に入れた大陸間の航路スケジュールによると、16時間後にもう1隻の客船がこの航路を通る。
しかし、日本が使用する通信装置や索敵装置でこちらの動きが知られている可能性が高い。
「包囲じゃ駄目だな。
斜線に陣形を固めて、船と船を鎖で繋いで逃げ道を塞ぐ」
気を取り直して新たな作戦を考える。
問題は日本の索敵装置で、回避ルートを取られた時だ。
海賊船団を作戦に動員出来るのは今回限りなのだ。
海賊達も日本の軍艦ではなく、民間船を襲うからと従ってくれたのだ。
日本の船が手に入れば劇的な戦利品なのだ。
船自体の価値も高いが、日本人の人質は高い身代金を要求出来る。
また、若い女なら日本の苦渋を舐めさせられた貴族達が金に糸目を付けずに買い取ってくれる。
こちらの方がリスクは低い。
日本側は全力で取り戻しに来るだろうが、後は日本と貴族の問題にすぎない。
ピョートルと各船の船長の間には、目的と意識に大変な差があるが、さらに違う目的がある者がいる。
ドーラク船長の船『食材の使者』は帆船ではない。
推進力は巨大な脚である。
海底に足を付けて歩いているのだ。
風任せの帆船よりは速度は遅いが安定した速度が出せる。
「ピョートル船長に連絡しろ。
我々が日本の船をこちらに引き受ける。
陣形は作戦どおりで良い。
ただこちらの速度に合わせてもらうから場所はこちらが指定してした位置にしてもらうがな」
各船は手旗信号で連絡を取り合う。
「『食材の使者』号、急速潜行!!
進路、日本の客船!!」
海中に沈んでいく『食材の使者』号に敬礼するピョートルに副船長が疑問を口にする。
「よくあんな連中仲間に出来ましたね?
頼りがいはありそうですが」
「海軍時代のツテでな。
何度か演習に参加して貰ったものだ。
それにしても海中を行ける艦か。
さすがの日本もこれには対処出来まい!!」
今度こそ日本の一刺報いるのだと、ピョートルは意気込んでいた。
皇国海軍は海戦すらさせて貰えずに壊滅した。
何故か、どの港も軍船が停泊している時に攻撃されて壊滅している。
まるで事前に港のどの位置にどの時間どの船が停泊しているかが判っていたごときの正確さであった。
どんなに哨戒の船を出しても回避されて、発見できずに港ごと砲撃を受けて軍船はその数を減らしていった。
後で索敵装置や通信装置の存在を知ったが、それだけでは無い何かを感じていた。
だがこの平時の定期航路ならピョートルの決意の固さがこの作戦を決行させたのだ。
「日本の船を手に入れる。
そこから判ることはきっと大きいだろう」
ブリタニア海軍
ダイドー型給油艦
『タイドスプリングス』
ブリタニアとは、英国、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドの在日住民や訪日同国人、彼等の配偶者となった日本人が建設した大陸の都市である。
英国系一万九千人、カナダ系一万三千人、オーストラリア系一万三千人、ニュージーランド系四千人、その他合わせての約五万人の人口を有している。
海軍が中心でありANZAC級フリゲート2隻を保有している。
空軍も組織されAP-3C対潜哨戒機1機やエアバス A400M中型輸送機アトラス1機を保有している。
何れも日本に来日、或いは近海を航行中に転移に巻き込まれた兵器と乗員達である。
今回新造された給油艦『タイドスプリングス』は、2012年に英国が韓国・大宇造船海洋に発注した新型給油艦4隻のうちの1隻である。
2016年より順次就役するはずだったが、日本とともに転移した巨済島の巨済市大宇重工業玉浦造船所で一番艦として建造されていた。
転移による混乱と資源不足をえて、放置状態となっていたが十年近くの遅れをえてようやく就役したばかりの艦だ。
二重底構造の軍用タンカーである。
海上保安庁から旅客船『いしかり』の護衛の要請を受けたが、艦長のチャールズ・ブロートン中佐は困惑していた。
状況を確認の為に艦を停止させていた。
「普通、海賊からの護衛任務とかを給油艦に振るか?
海上保安庁はこんな無茶苦茶な要請をしてくるところだったか?」
「大陸の海軍や海賊の船ならこの艦の武装でも十分に対処可能ですからね。
まあ、行くしか無いでしょう」
幸いタンクに油は積んでいない。
急ぎの任務もありはしない。
副長の言葉に頷き、ブロートン中佐は命令を下す。
「機関再始動だ」
「両舷始動!」
「両舷始動ー!」
「針路、速度そのまま、旅客船『いしかり』とのランデブーポイントを目指す」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます