第25話 総督のご沙汰

 何度も破城槌を叩きつけられた門が開門されると、IMR-3がゴーレムに対して突撃を敢行した。

 最初の一撃でゴーレムは、ブルトーザブレードに破城鎚を叩き着けるが、そのまま数メートル後方まで弾き跳ばされていた。


「軽う!!」

「こっち40トンはありますしね。

 もう一度行きます!!」


 浅井、勝蔵、エミリオにマッシモ、モンロー村長等がこの戦いを遠巻きに見守っていた。

 弾き跳ばされるゴーレムに巻き込まれると危ないからだ。

 だが何度も弾き飛ばされてもゴーレムはヘコんだ部分を修復して邸内に入って行こうとする。


「穴掘って落とすのはどうでしょう?」


 モンロー村長の提案で全員で町中に穴を掘り始めた。

 IMR-3の燃料だっていつまでも持つわけではないのだ。

 戦闘工兵車が目の前にあるのにスコップによる人力で掘らねばならないのには浅井は些か納得がいかなかった。

 幸い一揆軍の他の街道を塞いでいた農民600名も町に入って合流したので、人手だけは腐るほどあった。

 彼等も一揆に参加した筈なのに、何故か町中て穴を掘る作業に従事する羽目になったのが納得のいかない顔をしている。


「深さは6メートルは必要か?」

「這い上がれないくらいだとそれくらいかな、半日は掛かるか?」


 すでに作業開始から一時間は経っている。

 穴は1メートルほどだ。


『二尉殿、さすがに疲れました。

 誰か代わってください』


 松田曹長からの悲鳴が無線機から伝わってくる。

 何度もゴーレムを弾き飛ばす有利さは代わっていないが、3分に一回は激突を繰り返しているので、中の人間が参っているのだ。


「もう少し頑張れ2時間くらい」


 対時中に交代要員等送れるわけがない。

 無線機からは返答は返ってこないが、IMR-3は順調にゴーレムを弾き飛ばしているので了解されたと解釈することにした。

 気の毒そうな皆の思いが一致するが、荒木が空気を読まずに発言する。


「鉱山町の連中から重機と人手を借りて来ればよかったのでは?

 鉱夫達も穴掘りのプロですし」


 全員が気まずい顔になるが、鉱山町に伝令を出すこととなった。

 作業開始3時間、すでに日付まで代わっているがようやく作業が完了した。


「ご苦労だった松田曹長!!

 あとはそのデカぶつを穴に落とすだけだ」

『あの浅井二尉、あいつ動かなくなったんですが?』

「いつから?」

『3分前くらいかな』


 竜騎兵数騎が近寄って槍で突ついて反応を伺っている。


「何が起きた?」


 理解に苦しむ浅井にマッシモが推論を述べる。


「ゴーレムは内蔵した魔力で動いてるから、それが切れたんじゃないかな?」

「じゃあ、何で突然動き出したんだ?」


「そんなことは知らん。

 それよりどうするのだ?

 共通の敵がいなくなってしまったが再戦するのか?」


 誰もが疲れきっていて地面で寝ている者も多い。

 自衛隊も石和黒駒一家もグルティア兵も銃弾が枯渇している。


「食料の持ち出しは4分の1です。

 それで矛を収めましょう。

 叔父上も主家に顔を立てないといけないですからね。

 ですが金輪際、グルティア侯爵家とは縁を切らせて頂きます。

 残りの4分の3は農民に割り当てる。

 年貢も他領と同じに引き下げる」


 代官エミリオの決定だった。


「よろしいので?」

「もう誰も戦えないし、私は解任らしいからな」


 旧子爵邸から調査団の藤井課長が2つの封書を見せていた。

 一つはモンロー村長から渡された直訴状。

 もう一つは代官エミリオの不正を理由に代官を解任、王都に召還する上意書であった。


「最初から決まっていたのだろ、そんな上意書が用意されてたなんて、とんだ茶番だったな。

 だがそれを正式に見せられるまでは私が代官だ。

 グルティア兵の持ち出しと帰還、一揆軍の免罪を承認する」




 20日目


 この日をもって、マディノは正式に日本の管理区域となった。

 予定より七ヶ月も早い。

 代官所は閉鎖され、日本人による町役場が開設された。

 同時に自衛隊の第7分屯地も誕生した。

 初代分隊長は浅井治久一等陸尉が就任した。

 昇進まで七ヶ月も早められた。


「経験豊富な浅井一尉にこの町の防衛を任せられること頼もしく思っているよ」


 式典に参列した秋月総督のお言葉に恐縮してしまうが、言いたいことは言わないといけない。


「分屯地に建物が一つも建っていやしませんがね。

 当面はプレハブで我慢です」


 建物どころか、金網も鉄条網も無い。

 一番の問題点は部下がまだ誰もいないことだろう。


「手配は急がせるよ。

 しかし、なんだかイチャイチャしている大陸人の多い町だね?」


 町を視察している時にも思った疑問である。


「周辺の村娘が一斉に美容に目覚めました。

 綺麗になった村娘達に若い男が、次々と求婚する婚活ブームになっているのです」

「ああ、石和黒駒一家が化粧品や洗浄剤の売買で利益をあげていると聞いていたが、そんな副次的な効果が出てたか、ちょっと不味いな」


 石和黒駒一家は正式に移民してから組に加わり、今回の騒動時も別の領地で活動していた日本人を責任者にして、隣接するイード男爵領に夜逃げしていた。

 マディノのギルドや事務所を大陸系組員に任せて、看板も石和黒駒商事と変えて経営を引き継いでいる。


「ヤクザの企業舎弟大陸版かよ


 と駐在が呟いていたのを覚えている。

 グルティアの馬車に便乗して、一夜のうちに逃げ去っていた。

 越境されては手出しが出来ない。

 まるで事前に用意していたような手際だった。


「まあ、それはいずれ手を考えましょう。

 大陸技術流出法に抵触していますが、それは警察の仕事です」


 大陸においては自衛隊にも司法警察職員としての権限は与えられているが、越境してまで行えるものではない。

 あとは警察か、別の部署の人間が対処するのだろうと浅井も理解している


「グルティア侯爵家についてはどのような処分を?」

「放置だよ。

 今更のようだが、王国に対する内政干渉にあたるし、カードとして取って置く。

 それにあれは良いテストケースだった」

「テストケース?」

「性急な内政改革のもたらす混乱と弊害。

 新京の留学生に対するよい実例として教科書と授業に追加だ。

 我々も今後どうなるか興味深く見守る。

 内乱でも起きたら介入して改易か、東部地域から国替。

 日本の統治下になるまでが計画範囲だ。

 前代官エミリオ殿は横流しの罪状で一年の牢暮らしのあとに斬首刑かな?

 彼本人はほとんど着服や横領してなかったのだが、各方面から蜥蜴の尻尾切りされたのだろう。

 減刑の嘆願書を出すなら総督府を通じて行うが?」

「お願いします」

「私からも一通、書いておこう。

 なんか首斬ったら総督府に送るとか言ってるだよね、勘弁してくれないかなあ」


 秋月総督は町中にモニュメントのように立ち尽くすゴーレムを目にする。


「あのゴーレムは領地を外敵から守るように配置されていたそうです。

 ただ、五年も放置されていたので内蔵魔力が枯渇し、子爵邸まで補充に動き出したのだそうです。

 邸内に補充の為の台座があるそうですが、道中数々の妨害にあって魔力が尽きて動かなくなったとのことです」

「戦う必要はなかったと、まあグルティアの馬車を足止めできたからよしとしますが」

「いやいや、話には続きがあってだね。

 あのゴーレム、領内にあと七台あるんだとさ。

 近いうちに動き出すそうですから対策を考えといてくれ」


 途方に暮れている浅井一尉から離れ、補佐官である秋山の話に耳を傾ける。

 秋山補佐官は公安調査官と大陸研究の博士と話し込んでいる。


「ゴーレムに使われている金属ですが、地球には無い産物ですね。

 大陸でも一般ではあまり使われてません」

「一般で無いというと?」

「魔法のアイテムとかで使われてます。

 この大陸でもあまり産出されない輸入品だそうです。

 北部や西部の上流階級ではそれなりに出回っているそうですが」

「調布の『製作者』の証言と一致します。

 彼は学術都市の研究予算で輸入して開発したそうです。

 そうでなければ政治的にも予算的に不可能だったと。

 毎年魔力を補充にしてたそうですが、我々に拘束されてままならず放置していたとのことです」


 実に迷惑な話であった。


「何者かに魔力を補充されて使われるのが心配です。

 神居市に新設した研究所に持ち込みますよ」


 その研究所は総督府の建物の一角にある。

 また、総督が戦利品を持ち込んだと、嘘ではないので否定しずらい噂が流れるとはこの時には考えもしてなかった。






 大陸南部

 スコータイ


 スコータイ市は在日・訪日タイ人9万人、在日・訪日ラオス人3千人とそれぞれの配偶者となった日本人を加えて約10万人の人口を誇る都市である。

 大陸南部の貴族領を接収して建設されており、漁業と観光が盛んな土地となっている。

 住宅などは、以前からあった建物を改修して使っている。

 軍事的には日本から購入した中古車によるテクニカルによる軽車両部隊、小型船舶を改造した哨戒艇と最新鋭のフリゲート『プミポン・アドゥンヤデート』による800名程度の軍警察がある。


「だからですね。

 うちも最近は日本に武器を完全に管理するよう釘さされちゃって、昔みたいな横流しなんて出来無くなっちゃったんですよ。

 石和黒駒一家さんには、昔からお世話になってるから、力になりたいのは山々なんですがね。

 呂栄のファミリーならまだ余裕はあると思いますから話を通しときますよ。

 はいはい、今後ともご贔屓に」


 達者な日本語で別れの挨拶までこなして電話を切ると、チュンマイはため息を吐いた。

 先月の石和黒駒一家が関わった事件で、チュンマイのファミリーは警察の手入れを食らったのだ。

 幸い普段からの心付けが効いたおかげで、賄賂は少なくて済んだ。

 スコータイは些か黒社会に属した人間が多いのが玉に瑕だ。

 だが地球系の武器の枯渇は、彼等にも深刻な問題である。

 将来に備えて、昔ながらの剣や槍を大陸で集め始めていた。

 もしくはこの大陸で入手可能な資源で出来る火器の研究である。

 最近では裏稼業より冒険者やタイマッサージの貴族への人材派遣の方が儲かるくらいだ。

 カジノやムエタイの興行による賭けも盛況だ。

 日本の業者による高級住宅を建築する富裕層も出てきている。


「親方、海賊ギルドの方からの依頼どうしますか?」

「あん?

 ああ、日本の移民船襲うからスケジュール寄越せって話だったか?

 正気とは思えないが金貰っちゃたしなあ。

 適当に教えてやれ」


 スコータイは大陸の黒社会と地球系黒社会の窓口になってしまっている。

 その取り次ぎで利益を得たチュンマイは、もうすぐ完成する日本式高級住宅が待ち遠しく、完成予想図の書かれた書類を見て笑顔を見せている。

 微笑みの国の住民はやることがおおらかだった。

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