第7話 新天地
大陸南部
ケンタウルス自治伯領
ケイトレン氏族トルイの町
ケンタウルス族は大陸において大族長が自治伯爵として皇国に任命され、その武力を背景にそれぞれの氏族の縄張りが統括される自治伯領として存在していた。
大族長は世襲ではなく族長選挙によって選ばれる。
皇国が滅び王国にその統治機構が変わっても、その盟約は残っていた。
問題は王国がケンタウルス族を武力を背景に抑えることが出来なくなりつつあることだ。
このトルイの町のケンタウルス人口は五千人程。
人間は主に奴隷で千人程が居住している。
町は当然ケンタウルスに優しいバリアフリー仕様で造られており、族長の名前は町の名前そのままのトルイとなる。
後継者が跡を継げば町の名前は代わる。
その族長トルイは怒り心頭で客人を待っていた。
「遅い、エリクソンはまだか!?」
召し使いの人間の奴隷女達は、投げ飛ばされる杯に怯えきっている。
トルイはケンタウルス族の中では、これでも理知的な方だ。
人間の商人と組み、獣の革や工作物に使える骨。
この地域の特産物である病気によく効くキノコやニンジンを各氏族から集め、商人に高値で売り付けて利益を得ている。
周辺の鉱山では、奴隷に鉱物資源を採掘までさせている。
狩猟部族であるケンタウルスが、町を築いていることからもその辣腕ぶりが伺えるだろう。
そして各氏族の族長には安値で卸した酒や奴隷女をあてがい、機嫌を取ることにも長けている。
そんなトルイが怒っているのは、館の庭に並べられていた町の若衆の遺体30体ばかりが原因である。
遺体のほとんどは体に穴を開けられ、原形を留めていない者も多い。
若衆の遺族代表は館の中で、他の遺族も館を取り囲んで騒ぎ立てていた。
そこに商人エリクソンがやってくる。
場所が場所だけに馬車が使えない。
うっかり使ったらケンタウルス族の中には、馬車の牝馬を襲ってきたり、嫁に欲しいとか言い出すものがいるからだ。
少し高価だが地龍に車を曳かせた龍車で館の門を潜り、トルイのもとに参上する。
ケンタウルス自治伯領との折衝や交易の独占権を持つ帝国貴族シルベール伯爵は、商場(あきないば)を割り当てて、そこで交易を行う権利を商人に与えて運上金を得ていた。
エリクソンはその一人で、このトルイの町の交易の独占権を持つ商人だった。
「これはまた、派手にやられましたなあ」
事前に聞いてはいたが、勇猛なケンタウルス族が、ここまで一方的にやられるとは思ってもいなかった。
「貴様のいう通りにキャラバンを襲ったらこの様だ。
まさか貴様、我々を嵌めたのではないか?」
エリクソンは首を振って否定する。
確かに長年の商売敵であるリュートに対する恨みからケンタウルス族を煽ったの間違いないが、失敗は望んでいない。
「冗談じゃない。
あのへんはあんたらが詳しいというから、襲撃を一任したんじゃないか。
日本の装甲列車が通る時に襲うとも思ってなかったしな」
確かに若衆達が襲撃したのは予定より早い時間だった。
襲撃は夕暮れの予定だったが、昼日中に襲っている。
若い女の姿に興奮して暴走する若衆の姿がトルイにも目が浮かぶようだった。
「判った信じよう」
トルイか手を挙げると、遺族達が退室していく。
エリクソンは安心してない。
トルイがこの程度で事を納める筈が無いからだ。
「貴様のことは信じるが、今回の件で族長会議での面目は丸潰れだ。
次の大族長を選ぶ会議での不利になる。
失った若衆の倍の数の日本人の首か、女を手に入れねばこの町での立場まで弱くなる。
貴様もそれでは不味かろう」
「何をお考えで?」
「また列車を襲う。
ただし今回は装甲列車じゃなくて襲いやすいのだ。
一週間やるから考えろ」
さても厄介なことになったとエリクソンは苦虫を潰していた。
大陸東部
新京特別区から海岸に沿って南に50キロ。
車両が通れるように舗装された道路の終点を大陸総督秋月春種が、秘書官の秋山や護衛のSPを引き連れて視察に訪れていた。
一行は先に完成していた市役所庁舎ビルの会議室に入る。
窓から見える光景はほとんどが原野の土地で、ブルドーザやショベルカーが整地作業を行っている。
会議室ではレーザーポインターで、プロジェクターに映し出された画像や動画を解説する責任者の朝比奈順一部長の話を聞いている。
「市役所や駐屯地、港湾、電気、ガス、水道、通信、病院のインフラ設備も完成しております。
第2期の団地も現在は内装工事中。
病院、駅、学校に関しては、来年の着工になります」
「まあ、上出来だろう。
最初の住民は新京からの異動組に単身赴任で来てもらうから家族はいない。
インフラ設備の職員や自衛官、警察官、役所の職員。
7月いっぱいはそれで済むはずだ」
秋月の言葉に全員が頷く。
新京特別区の住民は年内をもって、人口が110万人を越える。
大半が団地や寮住まいだが、こちらの大陸で財を成した者が一軒家を建築する光景も珍しくもなくなっていた。
中には新京を飛び出して大陸の他の町で、住民に混じって生活の居を移した者もいる。
だが日本本土からの移民希望者は新京の住民の20倍はいる。
そこで新京の開発も一段落した頃から新都市開発を進めていたのだ。
現時点で完成しているのは、中島市と那古野市、神居市の三ヶ所。
そして現在建設中の、ここ第5植民都市である。
「民間からの工場やスーパーの建築、一軒家の購入の要望も殺到しています。
新京からの引越し組も考慮して、福岡からの移民組第1陣の居住は8月あたりになります」
秋山は新京からの要望も合わせた話を語る。
移民の問題は現時点で問題はない。
秋月は次の問題を提起する。
「次の案件は?
ああ、これは大事だな。
この市の名前は何にするか一般公募か」
「名称、由来、構想。
まあ、新市民に夢と希望を抱かせる誤魔化しですな」
秋山は容赦がない。
秋月はスルーして話を進める。
「大々的に募集してくれ。
締め切りは今月中だ」
「手配致します。
ところでこの新都市開発計画とは関係無いのですが、もう一件よろしいでしょうか?
例のアンフォニーの代官が決まりました」
秋月は総督府執務室に飾られたマーマン王のホルマリン漬けを思いだし、うんざりした声で話を続けるよう促す。
わざわざ代官の任命に総督府が関与することは少ない。
この場で議題にあげるのは、代官当人に大きな問題を抱えているからだ。
「どうも日本人のようなんです」
秋月秘書官も困惑したように説明をはじめた。
大陸中央部
旧皇室領現子爵領マッキリー
第4分遣隊分屯地
マッキリー子爵は皇国解体時は、男爵に過ぎなかった人物だ。
皇国の降伏と日本との和平に尽力して、昇爵と加増を勝ち得た人物である。
その子爵領では金、銀、銅、石炭、ニッケル、ボーキサイトが採掘されて大陸総督府が管理している。
ニッケル、ボーキサイトについては現在は唯一の鉱脈であり重要視されている。
その為に混成部隊である第四分遣隊が派遣され、隊員数は300名と各分遣隊の中でも最大規模である。
1機ではあるが、唯一汎用ヘリコプターMi-8、ヒップも配備されている。
石炭が採掘出来ることから、新京と王都を繋ぐ東西線東部方面の中間地点としての賑わいも見せている。
「浅井治久二等陸尉、入ります」
入室して敬礼すると、分屯地司令の朝倉三等陸佐の答礼を受ける。
「浅井二尉、二年間のお勤めご苦労だった。
君が補佐官だったおかげで任務は楽をさせてもらえたよ。
昇進は来年になるが、先に一つ派遣任務を司令部から命令された」
浅井二尉は一等陸尉に昇進後、来年創設される第7分遣隊90名の指揮官となる。
この分屯地には研修の一環として赴任していた。
「現在、建設中の第六分屯地のアンフォニーに新たな代官が任命され赴任する。
新領地ということもあり、現在新京で留学中のハイライン侯爵令嬢も視察として同行する。
途中で、このマッキリーを列車で通過する。
貴官もこれに同行し一連の行動を視察せよ。
また、これは第六分遣隊の進捗状況を貴官の参考にする為でもある」
「はっ、浅井二尉命令謹んで拝命致します。
また、この度のご配慮感謝致します。
第4分屯地での毎日は大変勉強になりました。
マディノの地でも精励していきたいと思います」
2人は握手をかわし、朝倉は浅井に椅子に座るよう促す。
「しかし、代官の視察ですか。
たぶん監視せよと総督府あたりからの指示なのは理解しますが、問題のある人物なのですか?」
「詳細はこちらにも伝えられていない。
総督府はよほど知られたくないらしいが、機密にも指定されていない。
民間絡みじゃないのかな?
とにかく明後日の1000時にマッキリー駅、王都行き『よさこい3号』で、令嬢を伴って乗車している。
これに同行せよ」
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