第8話  第230保管基地

 明後日


 昨晩の送別会で散々に酒を飲まされた浅井二尉であったが、習慣から朝6時に起床して身なりを整え分屯地を後にすることにした。

 分屯地の受付では、カラシニコフ小銃を持った歩哨や警衛、受付の隊員達から


「浅井二等陸対し!! 

 捧げ銃!!」


 最敬礼を受けて、少し涙目になってしまった。

 駅には1時間早く到着して汽車を待っていた。

 汽車は定刻通りに停車する。

 鉄道公安官にAK-74を初めとする護身用の武器をほとんど預け、自身はマカロフ PM拳銃と予備の弾装1個を携帯して列車に乗り込む。

 座席は指定席だ。

 令嬢と新任代官は同じ車両に乗るよう手配されているのだ。

 青と黒を基調とした騎乗服に身を包み、ポニーに結んだブロンドの髪を靡かせている美少女だった。

 歳は十代半ば。

 透けるような白い肌を持ち、ぴっちりとした騎乗服が彼女の均整の取れたスタイルを強調している。


「レディ・ヒルデガルドさんですね。

 お初に御目にかかります。

 自分は陸上自衛隊二等陸尉、浅井治久と申します。

 アンフォニーまで同行を命じられました。

 よろしくお願いします」


 貴族令嬢への敬称『レディ』と日本人風に『さん』付けしている完全に失敗な挨拶だが、浅井は気が付かずに握手を求める。

 だがその手は若いリクルートスーツを着た男に握られる。


「お初に御目にかかります。

 この度、アンフォニー領の代官として着任することとなった斉藤光夫と申します。

 道中、短い間ですが宜しくお願いします」


 丁寧な挨拶だが目が笑ってない。

 同時に周囲から敵意が一斉に向けられるのを感じた。

 周辺の座席の若い男達が一斉にこちらを見てるのだ。


「ああ、お気になさらずに。

 彼等は代官所のスタッフと研修生です」

「研修生?」

「お気になさらずに」


 斉藤に強調されて困惑する浅井に、ヒルデガルドは、クスクスと笑っている。


「ヒルダでいいですわ。

 楽になさって下さい」

「お言葉に甘えて」


 ようやく座席に座ることが出来たが、ギスギスした空気の車両はたいへん居心地が悪かった。

 ヒルダとの会話には支障はなかった。

 大貴族ほど日本語を学んでいるし、ヒルダは新京に留学出来るくらい優秀なようだ。

 日本人の方が、大陸での言語を学ぶのに苦労している。

 大陸の統治に旧皇国の貴族や役人を排除出来なかった一因でもある。

 会話は進み、旅程について話が進むと、ヒルダが浅井の赴任地について訪ねてくる。


「浅井様が赴任するマディノというと、旧マディノ子爵領の?」

「はい、『横浜広域魔法爆撃』で改易となったマディノ子爵の領地だった場所です」

「確か金、銀、銅の鉱山があったかしら?

 日本の鉱物資源の欠乏は切実のようね」

「まあ、そんなところです」


 今度は浅井が斉藤達を睨み付けるが、斉藤逹は意にも介さない。


「姫様は新京の留学生ですから、その辺りは授業で習いますよ。

 我々が教えるまでなくね。

 二尉殿は我々が大陸技術流出法に違反してないか心配のようですが、あの法律は木材を使った技術は規制してない。

 農業に関しては奨励しているくらいですからご心配なく」


 確かに木材技術は日本としては眼中に無いし、食料生産の向上は望むところなのだ。


「単刀直入に言おう。

 大陸総督府は今回君達が代官に就任したことに注目している。

 君たちが危険か、そうじゃないかだ。

 だいたい君らは一体何者なのだ?」


 斉藤は自信満々に答える。

 たぶん、用意してあったような発言だった。


「ただの就活中の大学生ですよ」


 そのどや顔をおもいっきり殴りたかった。

 睨み付ける浅井をヒルダが話掛けてきて、会話が変えさせられる。


「浅井様、前々から疑問だったのだけど、日本は、鉱山を発見したり開発するの早すぎないかしら? 

どうやって見つけてるの? 

 あと、やたらと金、銀、銅に片寄ってるのは何故なのかしら?」


 答えていいものなのか、浅井は迷う。

 金、銀、銅、それに加えて鉄が多いのは最初から帝国や貴族たちが発掘したのを接収したからだ。

 それ以外、石炭、亜鉛、鉛、ボーキサイト、ダイヤモンド、ニッケル、カリウム、リチウムに関しては、帝国が設立した学術都市での調査記録に基づいている。

 他にも色々発見はしているのだが、転移当時の鉱山労働者の数が少なかった日本には手がつけられなかったのだ。

 現在は鉱山労働者を教育、経験を積ませて順次鉱山に割り振っているのが現状だ。

 同時に冒険者を雇い、未開発鉱山からサンプルを持ち帰らせたりしている。


「私は自衛官なので専門外のことはわかりませんな」


 お茶を濁すことにした。


「自分も聞いていいですか?」


 斉藤からの質問である。

 身構えるが内容はたいした質問ではなかった。


「なんで分遣隊の隊員さん達は東側の装備なんですか?」




 転移4年目

 南樺太道

 大泊郡深海村(旧サハリン州ダーチェ)



 日本に返還された南樺太は、食料増産を目論む日本政府によって幾つもの開拓団が組織された。

 中心となるのは転移前に廃業した農家や漁師達で、第三次産業に従事していた者達である。

 もちろん一朝一夕に畑は出来ないし、漁船だって足りてるわけじゃない。

 それでも南樺太に駐屯する陸上自衛隊第2師団の隊員達が手伝いに来ることもあって、ようやく内地への出荷が出来る規模の生産が可能となっていた。

 そんなある日、人口四千人ほどの豊原市に隣接する深海村に三千人ほどの第2師団の隊員が展開していた。

 動員されているのは豊原の第2普通科連隊、第2後方支援連隊の隊員逹

 そして、中央から派遣されてきた防衛技研の技官達だ。

 住民達は普段は地引き網や開墾を手伝ってくれる隊員達が、怖い顔である倉庫のような建物を包囲しているのに驚愕していた。

 隊員の中には村の娘と恋人関係、或いは結婚した者も多い。

 そんな彼等も村に住んでいる家族にも理由を明かさない。

 不安がる住民を代表し、村長と駐在が村の代表数人を引き連れ自衛隊の仮設司令部を訪れていた。


「お騒がせして申し訳ない」


 開口一番、第2師団団長穴山友信三等陸将が頭を下げてくる。

 三等陸将は自衛隊の大幅な増員を受けて、予てより計画されていた将・将補の2階級制度を4階級制度にした為に出来た階級だ。

 だが呼びにくいので部下達ですらいまだに陸将か、師団長としか呼称してくれない。

 そろそろ命令で呼ばせてみようかと考えていた。

 それはそうと、詰め寄ってきた村の代表者逹に事態の経緯を説明しないといけない。


「穴山師団長、我々としても朝っぱらから自衛隊さんが大挙して押し掛けてきて困惑している。

 村の中じゃ、ここにもモンスターが出たのか、ロシア人がせめてきたのかと怖がっている者も多い。

 機密とかに縛られてるあんたらの事情も理解は出来るが、村の者を安心させる発表を欲している。

 そこらを説明してくれないだろうか?」


 村長は元は東京の住民だ。

 樺太開拓は様々な地方から集まった住民がいるため、極力標準語で喋っている。

 北海道ではいまだに存在する『隣の町の人間が何を喋ってるか判らない』問題を南樺太にまで持ち込まない為だ。

 故郷への郷愁を断ち切る為でもある。

 彼等の危機感は、転移後に日本が晒された現状を示している。


「ロシア人に関してはご心配無く。

 南樺太には我々がいますし、国境には新設されたばかりの国境警備隊もいます。

 モンスターに関しても3自衛隊や警察、海保が警戒を厳にしています。

 それで、我々がここに展開している理由でしたね。

 そうですな、皆さんは武器商人を主役にした映画を観たことがありますか?」


 唐突に始まる映画鑑賞会。

 ソ連崩壊により独立したウクライナ共和国。

 将軍をしていた叔父を訪れた主人公は、叔父が管理する基地で膨大に保管されているソ連軍の置き土産の兵器を売却して富を築いていく。


「それと同様の保管基地がですね。

 実はこの村の近くにもあったんですよ」


 名称は第230保管基地。

 2008年、当時のロシア大統領が承認した「ロシア連邦軍の将来の姿」に従い、ロシアの各師団は一度全て旅団に改編された。

 さらにもう一歩進めて、第230保管基地は平時には基幹部隊と装備のみ維持し、戦時に完全編成の第88独立自動車化狙撃旅団として展開する予備旅団の基地となった。

 そして、サハリンは異世界転移に巻き込まれてしまった。

 日本政府の支援の代償に千島列島と南樺太を返還すると、各地に点在していたロシア軍は北サハリンに集まり統合された。


「ところが問題はもう1つありました。

 樺太にも千島にもロシア製、いや東側の武器弾薬を造る工場なんて、この世界にはどこにも無いわけです。

 さらに新設の部隊を創設出来るほど、ロシア人人口に余裕があるわけでもない。

 ならばいっそ我々に造らせてしまえと。

 この保管基地はそのサンプルとして譲渡されたわけです。

 これには同系統の装備をしている新香港等の意向でもあるわけです。

 まあ、我々としても武器弾薬の消耗は悩みの種でしたからな」


 保管基地の地下を安全を確認しながら先遣の隊員達が降りていく。

 その後を穴山師団長と隊員逹、技研から派遣された技官達に現地関係者が続く。

 穴山師団長一行が降りた頃には、巨大な扉が北サハリン軍より譲渡された鍵によって解錠されて開けられている。

 広大な暗闇が、照明の点灯でその全容を照らし出していった。

 そこには無数のロシア製兵器が、ところ狭しと鎮座している。

 陸軍の兵器だけでは無い。

 空軍の戦闘機や輸送機、海軍の哨戒艇まで、バラエティに富んでいる。


 その規模には同行した村長や駐在はともかく穴山団長や隊員達も驚いている。


「とても旅団や師団用の数じゃないな」


 一行は先に進む。

 さすがに長年保管されていだけあり、一世代、二世代前の兵器が多いが、この世界なら十分に使える代物だばかりだ。


「T-72だけでも5両。

 T-54なんか30両もあるな」

「可動可能なT-34なんて、初めて見ました」


 戦車だけで、この有り様だ。


「AK-74が保管されていた4つ目倉庫を発見しました。

 現時点で九千丁まで確認しました」

「RPG-7の倉庫を発見。

 調査開始します」


 実数を調査する部下逹の報告に、穴山師団長は目眩を覚える。

 自分達第2師団は、ずっとこんな連中と対時していたのだと冷や汗が止まらない。

 さすがに航空機に関しては、部品取りが行われていたらしく、レストアが可能かは後日の調査報告を待たなければならない。

 実際のところ、ほとんどの兵器が整備や補修、代替え部品によるレストアが必要だろう。

 使い物になるには時間が掛かるかもしれない。


「それでもこの保管基地は今の我が国にとっては、希望の光だ」

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