第9話 列車強盗

 転移から10年目

 大陸中央部

 東西線『よさこい3号』


「その後、山口の第17普通科連隊にロシア製兵器の転換訓練の命令がでました。

 訓練後に大陸に派遣されて、第17即応機動連隊に改編。

 皇国との戦争に投入されました。

 戦後は王都ソフィアに駐屯し、6個の分遣隊が同連隊から組織されて今に至るわけです」


 浅井二尉も全ては語っていない。

 第230保管基地から接収した兵器の粗悪な状態の物は、全国の刑務所から徴用した囚人逹に使わせた。

 当時の日本は食糧の確保が難航し、少しでも口減らしをする必要があった。

 劣悪な武器を持たされて、前線に投入された彼等、第1更生師団がどうなったかは語るまでもないだろう。

 浅井二尉達、自衛隊隊員が使っているのは、状態の良かった兵器や日本で生産された物なのだ。



 あれだけ敵意を向けていた斉藤やスタッフ達が、浅井二尉の話を食い入るように聞き入っていた。

 ヒルダも斉藤から解説されながら、感心したような顔をしている。

 同乗していた他の乗客逹まで、こちらに顔を向けている。

 久し振りに本国の話も聞けたからというのもあるだろう。

 次はこちらが彼等に聞く番と考えていると、全員の携帯から一斉に着信音が鳴り響く。

 浅井や斉藤達だけでなく、車両に乗り合わせた日本人乗客からもだ。


「安否メールか」


 浅井が携帯から確認したのは、新京から出た日本人に配布された総督府からの安否確認を行うサイトに繋がるメールだ。

 災害やテロが発生した時に一斉に送信される。

 もとは大手警備会社が顧客サービスに使用していたシステムだ。

 そして、内容も書き込まれている。


「自衛隊分屯地においてテロ事件発生。

 大陸中央部並びに南部の邦人は警戒されたしか。

 君らは護身用の武器を持ってきたか?」


 あいにく乗客は浅井二尉を除いて、全員民間人であるる。

 刀剣の類いを所持している者は数人いたが、飛び道具の類いは先頭車両で車掌に預けたままだった。

 取り合えず取りに行ってもらうしかなかった。





 大陸中央部

 旧皇室領現子爵領マッキリー


 浅井二尉達が安否メールを受けとる40分ほど前に遡る。

 陸上自衛隊第夛4分遣隊隊長朝倉三等陸佐は、新香港が建設した第二の植民都市陽城市からの書類を受けとる為にこの町の役場を訪れていた。

 普段ならこの様な雑務は、補佐役の浅井二尉に任せていたのだが、当面は自分でやらなければならないことにため息を吐いていた。

 早く新しい補佐役を任命したいのだが、人手不足はなかなか解消しなかった。

 そんな朝倉三佐を建物の陰から、一頭の弓を持ったケンタウルスが様子を伺っていた。

 傍らには商人エリクソンから派遣された男が、目標である朝倉の佐を指差して頷いている。


「あいつを殺ったら俺は一族に復帰できるとトルイの叔父貴は言ってたんだな?」


 ケンタウルスはトルイの甥でセルロイという名乗っていた。

 素行の悪さから一族を追放され、マッキリーの鉱山で荷車を運ぶ日雇い人夫もしくは馬夫をして過ごしていた。

 いつか手柄か、手土産を武器に一族への復帰を夢見ていたが、ようやくチャンスが巡ってきた。

 流石に叔父のお気に入りの奴隷女に手を出したのは反省している。

 セルロイは一撃離脱の騎射の名手である。

 この腕前があれば、理由さえあれば一族は許してくれる。

 ビルの路地から飛び出し、一騎駆けで目標の朝倉三佐が軽機動車の後部座席に乗り込もうとするところを騎射する。


「往生せいや!!」


 咄嗟にホルスターから拳銃を引き抜こうとした朝倉三佐だが、肩を射抜かれ倒れこんでしまう。

 セルロイはそのまま駆け抜けようとするが、朝倉三佐に同行していた隊員逹に銃撃されて、背中から蜂の巣に変えられていく。


「隊長!?」

「大丈夫だ。

 肩に刺さったが、これくらいなら……」


 だが朝倉三佐は矢を引き抜こうとして、顔を青白く変えて、口から泡を吹き始めた。

 傷口も紫に変色している。


「これは…… 

毒か!? 

 救急車だ、救急車を呼べ!!」

「衛生科もだ!!」


 矢尻には即効性の毒が塗ってあった。

 いかに日本の医術が優れていても、すぐに死んでしまえば間に合わない。


 慌てる隊員達を尻目に、見届け役の男は騒ぎを聞き付けてきた野次馬の雑踏に紛れ込んで消えていった。




 大陸中央部

 旧天領トーヴェ

 第5分遣隊分屯地


 第5分遣隊は各分屯地の中でも最小で、僅かに50名の隊員しかいない。

 分屯地は小規模であるがT-72戦車、2К22ツングースカ自走式対空砲、2S19ムスタ-S 152mm自走榴弾砲などが1両ずつ格納庫に鎮座している。

 専門の隊員も足りないので、普通科から人数を借りて教育して運用したりしている。

 現在、この分屯地には10名の隊員しかいない。

 鉱山、居住区の警備、市街地の巡回、訓練中などで4個分隊が留守にしているのだ。


「先生、よろしくお願いします」

「オウ、マカセロ」


 分屯地の営門で警衛任務にあたっていた加藤二等陸士は、信じられない者がこちらに歩いてくるのを目撃する。

 身長210センチほど、角の生えた兜からはタテガミを靡かせている。

 肩鎧は一角馬の頭部を模した金属で造形されている。

 鎧は蹄を模したデザインで全身鎧だ。

 ベルトも蹄の形の紋章のバックルとなっている。

 腰鎧も装着し、分厚い金属の盾と巨大なバスターソードを手に持っている。

 それなりに強そうな騎士に見える。

 問題は顔が馬だったことだ。


「獣人?」


 疑問を口にしたところで、巨大な剣で脇から凪ぎ払われた。

 馬の騎士は剣を見て、斬り裂いたはずの手応えに不思議そうな顔をしている。

 剣で斬り裂くつもりが、ケプラー繊維の防弾・防刃ベストがそれを防いだのだ。

 馬の騎士は大して力は込めていなかったのだが、衝撃で5メートルは飛ばされた加藤二等陸士はあばら骨が折れて気を失っている。

 防刃ベストも穴だらけでもはや使い物にならない。

 飛ばされていく加藤二等陸士を警衛所から目撃した宮崎陸士長は、即座に分屯地に鳴り響く警報のボタンを押す。

 これで現在分屯地にいない部隊にも連絡がいく。

 同時に受付業務にあたっていた前川一等陸曹が、机の引き出しから拳銃を取り出して受付ブースから発砲する。

 馬の騎士はよろめきこそしたが、盾や鎧に拳銃弾の穴を開けただけだ。

 宮崎陸士長も壁に立て掛けているAk~74を窓口から発砲する。


「馬鹿な効いてない?」


 今は亡き皇国の重甲騎士団のプレートメイルすら穴だらけに出来た拳銃弾で、相手にダメージを与えられていない。

 だが警報を聞いて隊舎から出てきた隊員が撃ったAK-74も加わると、衝撃で仰け反っている。

 それも盾を構えられると途端に防がれてしまう。

 そして、その太い足からの瞬発力で銃口を定めさせない。

 さらに3人の隊員が建物から出て来る。

 一人が銃撃しながら牽制し、二人が加藤二等陸士を担架に積んで建物に引き返しながら後退する。

 警衛所から出てきた前川一等陸曹は今更ながら相手を誰何する。


「貴様、何者だ!!

 何が目的だ!!」

「ダダノルロウノダバデアル。

 ベツニオヌシラニウラミハナイガ、イッショクヒトバンノオンギ二アズカリ、オヌシラノクビヲショモウスル」


 人間の言葉に慣れて無いのだろう。

 聞き取りずらいがなんとなく意味は理解できた。

 問題は相手の目的だ。

 現在、戦える隊員は普通科の5名。

 残りは通信科1名、医官2名、飛行科1名、負傷者1名。

 重火器のほとんどが持ち出されて分屯地には残っていない。

 だが簡単に首を獲らせるわけにはいかない。

 新たに駆けつけた2人も警衛所の反対側から銃撃を浴びせる。

 隊舎の1人も玄関から発砲して、三方向から防御を崩そうと攻め立てる。

 だが自衛隊側の誤算は、彼らの考える鎧甲冑はあくまで人間の騎士のものを想定していたことだ。

 馬の騎士の鎧兜盾一式の重量は、人間の騎士の物の四倍の重量があり、その分装甲も分厚くなっている。

 それらを着こなして、なお軽いフットワークでこちらに接近してくる。

 遮蔽物も利用してきて、こちらとの戦い方も理解している。

 そして獣人特有の痛覚の鈍さが、多少のダメージを無視した戦いを繰り広げてくる。

 銃撃を避けられ、隊舎の普通科隊員が壁に追い詰められていく。

 隊員の持っていたAk~74が剣で破壊される。


「マズヒトリメ」

「舐めるな」


 普通科隊員の首が斬り落とされる。

 だが斬り落とされる寸前、防弾・防刃ベストのアタッチメントに装着していた手榴弾のピンを引き抜いていた。


「サテツギハ……グホッ!?」


 手榴弾の爆発に巻き込まれて、馬の騎士は爆風で転がっていく。

 前川も宮崎もマカロフ PMの銃弾を浴びせまくる。

 だが数発命中しただけで飛び退かれてしまう。


「ハッハハ、サスガニイマノハシヌカトオモッタゾ。

 ケッコウイタカッタナ」


 血塗れの馬の騎士は、鎧と盾がかなり破壊されたのを見て剣を鞘に納める。


「マアヒトリハヤッタシ、ギリハハタシタ」


 天に向かって嘶くと、営門のゲートを破って巨大な白馬が現れる。

 この白馬も馬用の鎧が着せられている。

 その白馬に颯爽と馬の騎士が乗り込む。

 宮崎は後ろから銃弾を撃ち込もうとしたが、前川に止められる。

 このまま戦えば死人が増えるだけである。


「アアマダナノッテナカッタナ。

 ワガナハアウグストス。

 ソシテワガアイサイ、セレーヌデアル。

 ソレデハサラバダ、イカイノヘイシタチ!!」


 去っていく白馬の馬の騎士に隊員達は戦う気力も無くして立ち尽くして見送るしかなかった。


「な、なんだっだんだアイツは……」




 大陸中央部

 東西線沿線


 70騎のケンタウルスが、線路に石や斬り倒した木を積んでバリケードを築いていた。

 エリクソンの金の力と日本への反発を利用して、各領地の貴族達に通過を黙認させて集めたケンタウルスの戦士逹だ。。

 そして、『よさこい3号』は間もなくここを通過して停車を余儀無くされる。

 トルイはここに一族の戦士全てを集めた。


「男は首を斬れ、女は全部連れ帰る。

 マッキリーとトーヴェの日本軍は動けん。この機を逃すな!!」

『『『おおぉぉ!!!』』』



 機関車の汽笛の音が聞こえる。

 バリケードに気がついてブレーキを架けている。


「車両の両側から矢を射る。

 連中はまだ何が起きてるか知らないはずだ。

 女は殺すなよ、突撃!!」


 半数に別れたケンタウルスは弓に矢をつがえながら駆け出した。

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