第164話 小笠原諸島危機
日本国
東京都小笠原村父島
海上保安庁小笠原海上保安署
小笠原諸島は日本国本土と南方大陸アウストラリスに至る航路を守る最南端の要所であり、海上保安庁や警察も署員の増員を行っていた。
人口も最盛期の四千人を超えているのは、そういった増員人事や本土の食糧難から帰島した旧島民とその家族がいるからだ。
転移前の父島の海上保安署には小型の巡視船が一隻配備されてるだけだったが、近年では旧式ながらしれとこ型巡視船が、その航路を守るために配備されていた。
この日、父島海上保安署は近海からのSOS信号を受けて、しれとこ型巡視船『あつみ』の出港を急がせていた。
「あと五分は掛かるか。
昔はもう少し早かったんだが」
署長の山岡三等海上保安監が慌ただしく弾薬を巡視船に詰め込む署員や船員の姿に溜め息をはく。
「仕方ありません。
昔は遭難救助任務くらいしか想定されてませんでしたが、最近では海賊やらモンスターにも対処しないといけませんですからね。
それで通報船からは他に連絡は?」
『あつみ』船長の桑原二等海上保安監が90口径35mm単装機関砲の可動点検に立ち会いながら聞いてくる。
海上保安署署長より巡視船船長の方が階級は高いが、離島の小部署では海保に限らずよくあることだ。
「最初の一報後は通信が途絶したままですな。
サイゴン船籍の貨物船、1000トン級の船が帆船しかないこの世界の海賊船に遅れを取るとは考えがたい。
10ノットも出せる船は無いから振りきれるはずだ」
「ならば大型モンスターかもですな。
火力が足りない可能性もありますね」
「自衛隊に連絡は取っておくか」
父島には自衛隊の第307沿岸監視隊の分屯地が置かれていて、150名の陸海空の自衛官が詰めている。
重武装の横須賀特別警備隊第一中隊に属する臨検隊も分屯地にいる。
問題は父島には艦艇が配備されていない。
父島二見港は水深が浅く、訓練や移民船護衛で立ち寄る 大型艦も沖合の二見泊地にて錨泊して留まっているだけだ。
『あつみ』の出港準備が整い、桑原船長が乗り込むが、見送る山岡署長はまだ疑問が残っていた。
「なんで無線が途切れたんだ?
いくらなんでもはやすぎる」
先行して航空機を送りたかったが、都合を付けることが出来なかった。
何より現場周辺の天気が急激に荒れており、雷鳴も確認できている。
署に戻ると周辺海域の艦船に警告を出す命令を下していた。
現場海域に急行した巡視船『あつみ』は信じがたい光景を目にすることになる。
SOS信号を発信した貨物船が父島方向に逃げてきた事もあって発見することは容易かった。
問題は発見の仕方が目視だったことだろう。
「駄目です。
レーダー並びに通信機機全てが不調をきたしています。
波も荒く、当船の位置すら見失いそうです」
「貨物船は目の前に見えてるんだぞ?
それでもどちらも駄目か。
発行信号でこの船の後ろに誘導しろ」
「船長、二隻目が見えたと船首観測員から」
ブリッジから双眼鏡で目視出来る距離にもう1隻の船が現れた。
まだ影くらいしか見えないが、一瞬爆発したかのような光が見えると貨物船と『あつみ』の間に水柱が高く上がった。
「砲撃だと?」
確実に貨物船からは四キロは離れており、王国軍が最近採用した施条後装砲ピョートル砲なら可能な距離だが、海賊船ごときが持っているわけがない。
「応戦する射撃用意」
二発目の水柱があがり、すでに警告の段階ではない。
「発射!!」
「発射!!」
「発射!!」
桑原船長の号令に90口径35mm単装機関砲が火を噴く。
有効射程は六キロで、命中はしている筈だが敵船は怯んだ様子を見せない。
「いや、撃沈できていない?」
これまでの王国海軍や海賊船等、木造船なら確実に沈めている威力だ。
逆に三発目の敵船の砲弾が貨物船に当たり、船体を一部爆発させている。
「船長、『みかづき』が到着しましたがやはり連絡が取れません」
同じく父島に配備されていたしもじ型巡視船『みかづき』が『あつみ』の横に船体を近接させて、JM61-RFS 20mm多銃身機銃で射撃を開始している。
発光信号でかろうじて連携をとり、巡視船と敵船の距離が縮める。
ようやくその姿を僅かに捉えることが出来たが、巡視船の船員達は驚愕する。
「軍艦?」
まだはっきりとは見えないがその姿はあきらかに地球型の軍艦だった。
しれとこ型巡視船より20メートルは大きい全長に複数の機銃からの射撃が両巡視船を襲う。
幾つかは被弾するが、航行に支障無く左右に別れて回避する。
被弾による火災を起こしていた貨物船は船員達が船を捨てて救命ボートで脱出を始めていた。
巡視船達はもう少し時間を稼ぐ必要があったが、目映い閃光があたりを覆い尽くして消えていくと軍艦と雷雲が消え、海も嘘のように穏やかになっていた。
「なんだったんだ今のは?」
「船長、敵艦の録画映像を見てください」
部下に言われて敵艦が映るモニターを観る桑原船長は舌打ちをする。
「米軍め、どういうつもりだ?」
その軍艦には星条旗が翻っていた。
海上には沈んでいく貨物船の姿だけが残されていた。
日本国
首都 東京
市ヶ谷 防衛省
父島近海で起きた謎の米艦に対する調査結果を聞くべく、防衛大臣乃村利正が秘書の白戸昭美が会議室に入室すると制服組自衛官が一斉に敬礼する。
「ご苦労だった。
こちらも海保の方が巡視船に至近弾を喰らって負傷者を出したと官邸がおかんむりだ。
サイゴン市政府もアミティ島の悪魔の棲む家に厳重抗議をしている。
大使は今のところ沈黙が、総督府がホットラインをするそうだ」
アミティ島は米国の准州として扱われており、悪魔の棲む家はアウストラリス大陸特別大使館特別大使公邸『アミティビル』のことである。
続いて海上幕僚長の茂木一等海将が立ち上がり発言する。
「問題の米艦ですが、海自発足当時に米国からの供与で我が国でも使われていたキャノン級護衛駆逐艦に酷似しています。
その後は他国にも供与されていて転移直前のフィリピンやタイでは現役で運用されていました。
問題の艦番号がそのまま残されて特定は出来たのですが……」
茂木海上幕僚長の奥歯に挟まった言い淀みに乃村大臣が催促する。
「なんだ?
そんなに口にしずらい艦なのか?」
「と、いうか存在してない筈の艦なのです」
「つまり転移してこなかった艦ということか?」
手渡しされた資料にその該当艦の資料があった。
アメリカ海軍のキャノン級護衛駆逐艦『エルドリッジ』 。
1946年6月17日退役
1951年3月26日除籍。
1951年1月15日、ギリシャ海軍へ引き渡され、駆逐艦『レオンとして再就役。
1992年に再び除籍。
1999年にスクラップとして売却されたとなっている。
「つまりスクラップして影も形も残ってないから、存在してないということか。
ん?
待てよ、『エルドリッチ』……
『エルドリッチ』?
ひょっとして、あの『エルドリッチ』か?」
「お察しの通り、あのフィラデルフィアエクスペリメントの『エルドリッチ』です」
フィラデルフィアエクスペリメントは、第二次大戦中に行われた、敵レーダーから消えるための極秘実験の名称だ。
この実験に使われた『エルドリッチ』は完全に見えなくなり、360キロメートル離れたバージニア州のノーフォークのドックへ瞬間移動したといわれている。
問題はこの実験事態が都市伝説の類いで、米海軍も公式に否定していたことだ。
実写による映画化もしている。
「まあ、国ごと転移してしまった俺達だから関連してそうな話は都市伝説だろうが参考に勉強させられたからな。
映画や検証番組も何回か見せられた。
しかし、与太話の類いではっきりしてるんだろ?
それとも実は与太話じゃなかったと」
「中之島の件もありますからね。
太平洋戦争中の艦がこちらに転移していたのなら我が国を敵と認識している恐れがあります。
米軍にこちらのパトロールに加わって貰えないか要請をお願いしたいのですが、よろしいでしょうか?」
アメリカ合衆国
アミティ准州アミティ島
アウストラリス大陸特別大使館
特別大使公邸『アミティ・ベル』
日本国大陸総督秋月春種とのホットライン終えて、ロバート・ラプス特別大使は疲れきって机の上の胃薬に手を伸ばす。
「大使館付きに治癒魔法が使える神官の求人だしてたでしょ?
アレどうなってるの」
「誰も応募してこなくて……
私達も大陸に出先機関がありませんから石和黒駒ファミリーや石狩貿易を通じて募集を行いましたが、全く声が掛からないどころか、求人票にナイフが刺さっている始末だとか」
秘書のサマンサがチャーミングに答えてくれるが、ラプス特別大使の胃痛は治まらない。
「しかし、『エルドリッチ』か。
話を聞いた時には冗談かと思ったが、我々は関知してないと答えるしかなかったな。
アダムズシティの州兵総監部にも問い合わせたが『そんな90年前のことなんか知らない』と言われたよ。
まあ、確かに今の世代では最早調べようもないし、知っている者も生きてはいないよな」
あくまでもアメリカ合衆国の一部を標榜する彼等アメリカ人は、この世界の領地であるアーカム州はあくまで合衆国の51番目の州である。
在日米軍並びに在日韓国軍を中心に編成されたアメリカ軍は州軍と自らを自称している。
元首代行の州知事に任じられた州兵総監の指揮下のもとに戦っている。
「仮説としてはキャノン級護衛駆逐艦は当時8隻のキャンセル艦が出ている。
実際に『エルドリッチ』がこの世界に転移していたとして、キャンセル艦で誤魔化したのでは無いかと総監部では観ているな」
「日本からの要請如何致しますか?」
「同盟国からの要請だ。
ましてや同胞の艦が彷徨ってるんだ、今すぐ動かせる艦は?」
サマンサは端末から日本に近い米海軍の艦艇を読み上げる。
「『シャイロー』が佐世保、『アンティータム』がアミティ島にて補給中。
『カーティス・ウィルバー』が、海上プラットホーム『エンタープライズ』が哨戒任務。
同じく『カウペンス』も『コロンビア』にて哨戒任務。
『マッキャンベル』が巨斉島にいますね。
『マスティン』『ジョン・S・マケイン』が自衛隊との共同訓練の為に沖縄沖を航行しています。」
「最後の2隻で行くか。
連絡を頼む」
日本国
東京都小笠原村 聟島
聟島は聟島列島最大の島で小笠原諸島に位置している。
聟島列島は聟島、嫁島、媒島が有人島となっており、人口は百名ほどだ。
かつては全島が無人島だったが、転移後の食糧難から豊かな漁場を求めて人が移り住む。
当然、将来的には村役場の設置を目指しているが、現在のところ公的機関は置かれていない。
たまに海上保安庁の巡視艇が灯台の点検に訪れるか、水産庁の漁業取締船により巡回がある程度だ。
しかし、この日の聟島の港に小笠原警察署の警備艇が停泊していた。
「そんなわけでな、謎の軍艦には海保の巡視船では歯が立たないので、自衛隊と米軍の艦が来てくれることになったんだが、少し時間が掛かるようなんだ。
その間にここが襲撃された際の避難施設はどうなってるか点検して来いって話になってな」
「島民の殆どが港に住んでるから船に乗って逃げた方が早い気がするな」
「港口を抑えられたらおしまいじゃないか」
「船、沈められたらどのみち野垂れ死にさ」
そんなことを言いながらシェルターの鍵を開けた途端に百メートル先の灯台が爆発する。
「な、なんだ?」
「畜生、本当に来やがった」
沖の方に見える軍艦からの発砲なのは一目瞭然だった。
港の方でも警報が鳴り響いている。
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