第154話 西部動乱始末
大陸西部
アルケニア伯爵領
領境関所
アルケニア伯爵領の領境の関所では、エジンバラ自治男爵領から派遣された騎士団と領境を守る兵士達が睨み合う。
しかし、領都の方向から巨大な爆発音が双方の将兵を棒立ちにさせた。
「先にやられたか」
軍監として派遣された陸上自衛隊第10先派遣隊副隊長福原一等陸尉は、悪態を付きながらアレク団長と関所の責任者の元に駆け寄る。
軍監としてなので、軽装甲機動車と隊員4名しか連れて来ていない。
ロクな装備も無いので無駄な戦闘は避けて欲しかった。
しかし、アレク団長は200名あまりの騎士中隊に指示を出す。
「おい、あんまり介入するつもりは無かったが、空爆の次は地上部隊が制圧に侵攻してくるぞ。
すでに城は崩壊した。
救助の為にも騎士団を受け入れろ」
関所に本来いるはずの騎士も新香港攻撃に動員された為に徴収された兵士達では判断が出来ない。
「ええい、すでにアルケニア伯爵もその一族も生きては戻れんわ!!
残った領民を救うために我等が占領したことにしてしまえば、華西からの戦火から守られるのだ。
兵士達よ、おとなしく投降、我等の庇護を受けよ」
アレク団長のぶっちゃけは功を奏し、関所の兵士達は武装解除を受け入れた。
「福原一尉、報告したいことがあるのですが」
隊員の一人が声を掛けてくる。
「ん?
なんだ」
「本部からですが、華西空軍の監視にあたっていたRF-4EJが領都ではなく、南の砦をH-6(轟炸六型)爆撃機が23mm連装機関砲3門で攻撃してヨーヘンハウゼン伯爵領に飛び去り、ヨーヘンハウゼン伯爵の居城を爆撃したと」
「こっちの領都はまだ無事なのか?」
「はい」
「どうすんだよ、これ」
福原一尉達の目の前では、領内の他の砦や村落の兵士達に投降を促す早馬が関所の兵士同行で次々と出発している。
アレク団長はある程度命令を下すと、ようやく福原一尉達に向き直る。
「おお、福原一尉殿、お待たせして申し訳ない。
もうすぐ領都への進軍が可能になると思うだが、なにかな?」
「華西の爆撃は領都ではなく、南の領境の砦に行われたらしい。
そのまま機体はヨーヘンハウゼン伯爵の居城を吹っ飛ばしたが、進路的にアルケニアのシュトラウス城は帰路に狙われると思われるんだ」
「ん~、ということは奥方達は健在か、護衛の兵士達も」
いきなりアルケニア伯爵領の保護占領の難易度が上がってしまった。
「福原一尉、少々お願いがあるのだか」
「戦闘には参加できないし、日本の命令による降服勧告は、出来ないぞ?」
「わかっている。
しかし、負傷者の治療は搬送は可能なんだろ?
その南の砦の負傷者や遺体を搬送し、領都に野戦病院を作るのは可能かな?
その際に城の連中にも応援要請を行う」
「遺体と日本の旗を見れば城の連中も白旗を挙げるさ」
同様の保護占領はフォレスティン子爵領でも行われていた。
こちらは元エジンバラ男爵嫡男にして自治領主補佐官のハールトンと陸上自衛隊第10先遣隊小隊長岡本二等陸尉だ。
岡本二尉の小隊は半数が新香港にヘリコプターで派遣されており、残った隊員でエジンバラの本来の領主であるハールトンを護る為に同行するはめになる。
もちろんエジンバラ騎士団の中隊も同行している。
「フォレスティン子爵の長女カーラ嬢は私の元婚約者だ。
今は子爵に破棄されたが、文通は密かに続けていた」
「婚約破棄って何をやらかしたんですか?」
そう訪ねる岡本二尉をハールトンはため息混じりに答える。
「貴公等をエジンバラに招き、男爵位を丸山三佐に預けたことだ。
何れは返してもらうつもりだったが、子爵殿には理解してもらえなくてな」
気まずいことを聞いて岡本二尉も口をつぐむ。
「カーラ嬢は我々の事情を理解してくれて待ってくれている。
なにしろ彼女も新京留学組で領内の近代化には並々ならぬ興味を抱いていたからな。
我々がなぜエジンバラをいったんは手離し、日本人を招いたか、称賛してたくらいだ。
本当はエジンバラ男爵位を二年後の選挙で取り戻してから再び婚姻を結ぶ気だったが、華西の件で猶予は無くなってしまった。
フォレスティン子爵家も男手がほとんどいなくなっただろ。
彼女を救い、手に入れるのは今が好奇、そう思わんか?」
岡本二尉は懐から総督府より委ねられた密書をハールトンに渡す。
「さすがに王様や総督府からの命令書や委任状とはいきませんが、北村副総督よりの見合いの釣書です。
この軍勢はハールトン殿が日本国の推薦のもと、フォレスティン子爵令嬢への見合いの見届け人並びに護衛となりまます。
華西空軍には先程、『我々の邪魔をするな』と通信を送りました。
あとはこの釣書を盾に領邦軍を道を開けさせて下さい」
「これだけあれば百人力さ、感謝する。
どうだ岡本二尉、貴官はまだ独身なら妹のクララを娶って、次期エジンバラ自治男爵を目指さないか?」
「光栄ですが幹部自衛官や高級官僚はほとんど既婚者ですよ、私も含めて」
その言葉にハールトンは首を傾げる。
「丸山三佐が結婚したのはわりと最近だった気がするが?」
「あの人は結婚とか、交際とかする前に囚人の群れに放り込まれた可哀想な人だから触れないで上げて下さい」
馬鹿話をしてる間にフォレスティン子爵領との領境の関所が見えてきた。
関所の兵士達はこちらに小銃や弓矢を向けている。
「さあ、ハールトン補佐官、こっからが本番です。
連中の説得頼みますよ」
大陸西部
華西民国
首都新香港市
華西民国主席官邸であり、華西民国行政府庁舎でもあるノディオン城周辺では、夥しい数の西部貴族連合軍の死体が現在進行形で量産されていた。
それでもいまだに戦いを続けている男達は、大手門近辺の遮蔽物に身を隠しながら華西軍から奪取した銃器を持って守備隊と撃ち合っていた。
「あとどれくらい残っている?」
総大将のフランク・ピラーセーニョ伯爵は何とか生き残っていたが、供廻りは全員戦死している。
上級貴族の身で、匍匐前進を見様見真似で実践し、命をを永らえていた。
ノディオン城はさすがに武道派貴族だった元ノディオン公フィリップが改修した城だけあって、守備隊は見事に攻め寄せた西部貴族連合軍を撃退している。
残存の兵数の問いに答えてくれたのは、どこの領邦軍のものとも知れない古参兵の雰囲気を醸し出している男だ。
「裏門を攻めた部隊も全滅したようですし、80といったところです」
攻め込んだ時には二万はいた軍勢は見る影も無かった。
すでに後方からも華西軍や武装警察がフランク達を包囲しながら攻撃を仕掛けてきている。
「市外の部隊も全滅か。
本当に容赦無いな、あいつらは」
降伏勧告すらなく、投降の為に飛び出した兵士も叫ぶ暇無く蜂の巣にされている。
「すまんな、儂等の意地に付き合わせてしまった」
「なあに我々にも思うところがありましたからな、お気になさらず。
とはいえ、ムザムザと殺られる気もありませんが」
「既に逃げ場など無いように思えるが?」
「いやあ、一ヶ所あるじゃないですか?
日本の駐屯地ですよ」
新香港に駐留する在華自衛隊駐屯地は、中立を表明し、敵を増やす訳にもいかない西部貴族連合軍も手を出さないように指示していた。
虫のいい話だがそこに逃げ込めば自衛隊が華西軍から自分達を保護してくれる可能性は十分に有った。
だがその間には無数の華西軍や武装警察が銃口をこちらに向けている。
「切り込むぞ、我に続け!!」
大陸南部
スコータイ市沖
観艦式の海域では次々と北サハリン海軍第一潜水艦隊『イルクーツク』、『トムスク』、『クラスノヤルスク』、『オムスク』、アクラ型原子力潜水艦『バルナウール』、『サマーラ』、『カシャロート』、『マガダン』の8隻が浮上する。
海上自衛隊
練習艦『かしま』
「『ブラーツク』がいないな。
ヴェルフネウディンスクを出港してるのは確認してますから近海に潜んでるかもしれん」
海上自衛隊那古野地方隊総監猪狩三等海将は双眼鏡で北サハリンの原潜を1隻1隻確認している。
どの艦も老朽艦とはいえ、日本には無い技術の塊りだ。
長期に潜行したまま航海できる技術は興味が尽きない。
「8隻縛りですからねぇ。
でも近海にいるならうちの鯨どもから連絡が来そうなものですが……
おっ、次来ますよ」
練習艦『かしま』艦長の永見一等海佐の指差す海域に新たな潜水艦達が浮上してくる。
受閲艦隊第10群だ。
高麗民国
孫元一級潜水艦(214型潜水艦)
『鄭地(チョン・ジ)』 『柳寬順(ユ・グァンスン)』 『李範奭(イ・ボムソク)』
島山安昌浩級潜水艦
『島山安昌浩(トサン・アン・チャンホ)』 『安武(アンム)』
アル・キヤーマ市沿岸警備隊
ナーガパーサ級潜水艦『ナーガパーサ』、『アルデダリ』、『アルゴロ』
いずれも高麗民国もしくは前進の大韓民国の技術で建造された潜水艦だ。
特に島山安昌浩級とナーガパーサ級は、巨済島玉浦造船所で造られた潜水艦だ。
豪華客船『クリスタル・シンフォニー』
クリスタル・ペントハウススイート
「あれが話にだけは聞いていた地球側の水中艦隊か。
海中から一方的に射たれるのでは対抗策がないな」
アウストラリス王国国王モルデール・ソフィア・アウストラリスの顔は憂鬱だ。
海上の艦隊達にだけでも地球側と王国側の戦力差や技術差を思い知らされる。
「皇国海軍は最後の1隻が沈められるまでその存在を知ることが出来ませんでした。
戦後に入手出来た書籍から存在が判明しましたが、実物を見るまで王国海軍も半信半疑でした」
宰相のヴィクトールも疲れきった顔だ。
これで海上自衛隊も北サハリン海軍も全艦ではない。
これに今回不参加のアメリカ海軍もいる。
「だが日本と高麗以外は、あれらを再生産するのが難しいと聞く。
50年100年後には目に物を見せてくれるわ」
その頃には自分達は生きてはいないなとヴィクトールは明後日の方向を見だした。
そして最後の2隻が浮上する海上自衛隊おやしお型潜水艦『みちしお』、華西民国海軍094型原子力潜水艦『長征7号』。
これで観艦式の参加艦が出揃った。
最後尾に観閲艦『プミポン・アドゥンヤデート』が着いて乗艦するスコータイ市市長カムトン・プサーンラーチャキットの締めの挨拶をもって終了する。
この後はスコータイ市の見なとの桟橋に各艦船が停泊し、一般公開やパレード、シンポジウムが行われる。
転移前と違い、航空ショーが無いのが残念とも声は聞こえる。
要人達はホテルや豪華客船『クリスタル・シンフォニー』等で歓談や交渉と大忙しだ。
だがゆっくりしていられない人物もいる。
「専用機の離陸準備は出来ています。
斟尋空軍基地は安全が確保されており、そこからヘリコプターで新香港に帰還となります」
華西民国国家主席林修光を案内する国防軍総参謀長常峰輝中将は早足で港からスコータイ空港に向けて車を走らせる。
「外交予定は全てキャンセルだ。
とんだ赤っ恥だが状況はどうなってる?」
「陽城市を出撃した第1自動車化狙撃連隊第1大隊は新香港の敵勢力の掃討に専念しています。
同第3大隊の各中隊は、グリンポール男爵領を制圧、ピラセーニョ伯爵領、アランデル伯爵領は交戦中となっています。
新香港で旗印を確認できた貴族領には空軍が空爆を実施。
窮石市の第2自動車化狙撃連隊は、皇帝派エルフの掃討並びに破壊された鉄道陸橋の修復に人員を割いています。
斟尋市の第3自動車化狙撃連隊は幹線道路の土砂を排除し、アラフェン子爵領、ヨーヘンハウゼン伯爵領、マロードル男爵領に進攻を開始しました。」
状況を記した書類を見ながら林主席は細かい要望を伝える。
常中将はその都度、現地に命令を下しているがある報告に眉をしかめる。
「問題が一つ。
日本の息の掛かったエジンバラ自治男爵領邦軍がアルケニア伯爵領、フォレスティン子爵領に進攻、ロレイル男爵領は降伏しました」
「構わん。
どうせ我が軍だけでは手に余るからな。
日本とは揉めるな。
年内に終息は無理だな」
後に西部動乱と呼ばれる武力紛争は年を越した後も暫く続くことになる。
大陸西部
新香港市
在華自衛隊駐屯地
駐屯地司令の安西三等空佐は正門ゲートからの連絡に血相を変えて駆けつけていた。
「どいつだ」
「あの血塗れの鎧を着て、こちら近づいてる男です」
高価そうな鎧甲冑を血塗れに白旗を杖代わりに歩いてくる男に、単なる負傷者だと保護する命令を下そうとした。
「待ってください。
あれはピラセーニョ伯爵です。
恐らく今回の事件の首謀者です、受け入れちゃ駄目です」
「法的にそうも行くまい。
まあ、ここまで来れたらだが」
安西三佐は空に向けて拳銃を発砲すると、連続で撃ちまくる。
最後の一発を射ち終わった頃、ようやく華西民国武装警察のパトカーが殺到して武装警察官達が降車してくる。
安西三佐がピラセーニョ伯爵を指差すと、武装警察官達が寄ってたかって伯爵にのし掛かり、手錠を掛けて引き摺ってパトカーに放り込んでいく。
今回の件で日本も少なくない経済的損失を受けた。
伯爵の保護など御免こうむる話だ。
「やれやれ今年もロクな年末じゃなかったな」
色々と問題を残したまま、西暦2029年は終わりを向かえようとしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます