第150話 令和3年9月2日(木)「愛と妄想の文芸部」湯崎あみ
「つかさ先輩なら新しい制服、スゴく似合いますよ。早く見てみたいです~」
みるくちゃんのその言葉にわたしは何とも言えない顔になる。
わたしが言いたかったセリフだからだ。
でも、みるくちゃんを責めることはできない。
今日の部活中に何度もそれを言う機会はあったのだ。
「わたしの可愛いつかさだったら何を着ても似合うけど、新制服なら世界でいちばん素敵になると思うよ」
頭の中ではどう言えばいいか何度も何度もシミュレーションを行っていた。
わたしの想いを伝えたいという気持ちもさることながら、その発言によってわたしのことをもっと好きになって欲しいという思惑もある。
しかし、同時にこんなことを言って引かれたりしないかという不安も抱いていた。
つき合うようになって1ヶ月が経つ。
わたしの告白をつかさは受け入れてくれた。
天にも昇る心地だった。
夏休み中は会えない状況も続いたが、いままでよりも遥かに緊密に連絡を交わすことができた。
だから、つき合えるようになって良かったと心の底から思っている。
一方で、それ以外の変化となると目に見えたものはない。
こうして顔を合わせた時だと、いままで通りと言ってよかった。
わたしの頭の中には様々な妄想と欲望が渦巻いている。
つき合うようになればそれらが現実になると思っていた時もあった。
だが、つかさとの距離が縮まれば縮まるほどこの関係を壊したくないという気持ちは強くなった。
わたしのことを好きだと言ってくれたが、彼女が知っているわたしは下心を隠さない不埒な女ではない。
実際にはどう思われているか分からないが、適度な距離を保つ頼り甲斐のある先輩でありたいと思っている。
そう、これまで通りの。
わたしたちのキューピッド役になった1年生のみるくちゃんはつき合うようになってからも気を遣ってくれている。
いまも「先輩もそう思いますよね」と話を振ってくれた。
それに対して伝えたいことの大半を胸に秘めたまま「うん、そうだね」と頷くことしかわたしはできなかった。
「あみ先輩もみるくちゃんも新しい制服似合いますよ」
心からそう思っていることがつかさの笑顔からにじみ出ている。
抱き締めて頬ずりして「そんな心の清らかなつかさが世界一可愛くて、可愛すぎて心配になるから制服姿はわたしだけに見せて」と語りたかったがグッと我慢した。
生徒会長が「危ないからひぃなは独りでは外に出しません」と話していたが、その気持ちが痛いほど理解できる。
わたしもこんな可憐なつかさを籠の中に入れておきたい。
もちろん、それができないことは理解している。
彼女を束縛してはいけないことも、わたしの愛の重さで押しつぶしてはいけないことも……。
みるくちゃんはもっと積極的にアプローチをしても大丈夫だと言ってくれたが、わたしにはその加減が分からなかった。
「臨玲祭の企画はこれで大丈夫かな」
わたしは話を本題に戻した。
今日の部活では秋に開催される臨玲祭で文芸部として何をするかを話し合っていた。
企画自体はかなり前から部員の間で合意が取られていたが、今日はそれを正式に決定することになった。
「新入部員にも参加して欲しいですね」とメガネをキリッと掛け直してつかさが発言する。
いまはまだわたしが部長だが、その期間も残りわずかだ。
これからの文芸部のことはつかさに任せようと考えている。
「クラスメイトの何人かから声を掛けられたんですけど、部員募集のスタンスはどうしますか?」とおっとりした話し方でみるくちゃんが尋ねた。
2学期になって部活動への強制参加が発表された。
文芸部は緩い活動内容だ。
楽そうなイメージを持たれているので、つかさやみるくちゃんへの相談が増えているらしい。
「もう少し増えてもいいとは思うけど、最低限本を読む人であって欲しいよね」とつかさが次期部長らしく方針を示す。
そして、わたしに対して「ですから、臨玲祭でのビブリオバトルに参加することを入部の条件にしたいと思います」とつかさは真面目な顔で言った。
ビブリオバトルとは本を読んで、その本の良さをアピールして競い合う知的な遊びだ。
わたしは1年生の時に先輩に連れられて参加したことがある。
人前で話すのは少し躊躇われたが、自分の好きな本について熱く語ったことはいまも良い思い出になっている。
昨年の臨玲祭は展示だけで終わってしまった。
今年はわたしにとって最後の臨玲祭となる。
部員も増えたので後輩たちに相談したところやってみたいと乗り気だった。
ただし生徒会に相談すると感染対策に関しては十分に注意するよう釘を刺された。
密集と言えるほど人が集まるかどうかは分からないが、屋内だし質疑応答などもあるのでそれは大切だろう。
まだ臨玲祭で観客を入れるかどうかなどどのように開催するかも確定していないので、それに対応する必要もあった。
展示だけならそうしたことを考えなくて済むが、それでもつかさとみるくちゃんは「先輩に良い思い出を残してもらうためにも頑張ります」と言ってくれたのだ。
「ただ、本を読んだり話す内容を考えたりする時間のことを考慮するとあまり余裕はないんだよね」
「本への愛があれば、1日で十分ですよ」
わたしの発言に対してつかさが目を輝かせながら力強く言い切った。
彼女は多読かつ速読派で、本当によく本を読んでいる。
興味を持つとシリーズものを一気読みしたり、ひとりの作家の作品を片っ端から読んだりすることもあった。
純愛ものが好きと公言しているが、基本的にはジャンルに囚われずに何でも読むタイプだ。
わたしは逆に好きな作品を何度も読む。
ジャンルもBL中心で、それ以外はつかさに勧められた話題作に手を出す程度だ。
ビブリオバトルでBLを取り上げる勇気はさすがになかったが、それっぽい要素が入っている一般文芸というのも結構あってタイトル選びにそれほど困らずに済んだ。
「おふたりを基準にすると誰も入部できなくなりますよ~」
そう笑顔で話すみるくちゃんの読書量が世間一般にもっとも近いのだろう。
月に1、2冊ペースと言うからわたしと比べても一桁少ない。
しかも、小説よりも心理学の本や人間関係を扱った書物を好む傾向にあった。
その理由を「小説ってこの人とこの人を結び合わせたいと思っても何の力にもなれないじゃないですかぁ」と教えてくれた。
「それも仕方ないか」とわたしが肩をすくめると、「ですね」とつかさが同意した。
文芸部として成立する最低限の部員数がいれば十分と以前からつかさと話していた。
部活動改革にも協力したので、名前だけの部員は迎え入れたくないという気持ちもある。
みるくちゃんには悪いが、わたしとしてはあまり増えても困るという感覚があった。
わたしはつかさと視線を交わす。
言葉にしなくても想いが伝わる感覚が心地いい。
わたしの好きという気持ちもちゃんと伝わっているはずだ。
あ、でも、頭の中の妄想は伝わらなくていいからね。
そんなことを思いながら、わたしはつかさに微笑みかけた。
††††† 登場人物紹介 †††††
湯崎あみ・・・臨玲高校3年生。文芸部部長。秘密にしているがこっそりBL小説を書いている。
新城つかさ・・・臨玲高校2年生。文芸部。一般文芸がメインだが、ジャンルにこだわらずに読む。気に入った作品があればその作家の過去作を図書館で借りるというパターンが多い。
嵯峨みるく・・・臨玲高校1年生。文芸部。現実でのカップル作りが趣味。
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