第80話 令和3年6月24日(木)「生徒会長補佐の仕事」岡本真澄
私は優秀だ。
中学生の頃からボランティア団体で活動したり、国際交流イベントに参加したりしてきた。
未熟ながらもスタッフの一員として協力したこともある。
そんな風に研鑽を積んできた。
裕福な子女が集まる場であっても、誰よりも優れた存在であろうとした。
怠惰な兄より自分の方が一族の代表に相応しいと信じてきたのだ。
だが、後継者として兄が選ばれ、私はお嬢様学校への入学を余儀なくされた。
こんなところで結果を残したところで見返すことにはならない。
そう分かっていても何らかの爪痕を残したかった。
せめて生徒会長の肩書きくらいは手に入れたい。
そう思って1年間苦汁をなめつつ副会長として耐えて過ごした。
しかし、生徒会長の座は私の手からすり抜けてしまった。
努力は報われない。
そんな思いに打ちひしがれた。
あのまま生徒会を去っていたら、ずっとそう思い続けていたことだろう。
現在、私は生徒会長補佐という肩書きで充実した日々を過ごしている。
高校の生徒会の役職に明確な役割分担などないに等しい。
以前の生徒会も会計の篠塚先輩を除くと役職に意味はなかった。
副会長の私は会長のご機嫌取りに終始していたし、ほかも似たようなものだった。
現執行部においてもそれほどハッキリとした分担は明示されていない。
私は会長が定めた方針の下で実務の大半を担っている。
報連相は求められるが、かなりの部分を私の裁量で行うことが許されていた。
現在生徒会が掲げている三大方針は、学業の充実、部活動の改革、本校イメージの改善だ。
方針自体は取り立てて目新しい内容ではない。
だが、単なるお題目ではなく具体的な改革案と実現のためのロードマップが詳細に決められている点が特徴だった。
しかも理想論ではなく、どこまで妥協が許されるかや反対派をどう取り込むか等も方針の内に示されている。
学業の充実は理事長直下でプロジェクトチームが作られ、主幹の北条さんがリーダーとなって取り組んでいる。
教科によって習熟度クラスを導入するといった改革案が進められている。
生徒会としては生徒側の意見の集約をクラス委員と連携した会合で積み重ねているところだ。
失地した臨玲高校のイメージの挽回策として、生徒会広報の初瀬紫苑さんを前面に押し出す計画が立案されている。
映画女優として抜群の知名度を誇る彼女の力を借りるのは有効な戦略だろう。
また鎌倉にあるほかの女子高との連携を復活するという提案もあり、その調整も着々と進行しているところだ。
そして、私が中心となって行う部活動改革。
いまの生徒会による学校改革の主眼である。
学生にとって直接関係する部分は少ないが、カオスと化している現状を改革することは急務と言えた。
そう、高階さんの残滓を取り除くためにも。
ほかにも生徒会の仕事は格段に増えた。
感染症対策、熱中症予防、生理に関する相談など健康面についてのビラを毎週のように配っている。
学習関連でも勉強会の実施や学習法についてのプリントを配布している。
中学時代に生徒会でしていた活動も参考にしつつ新たな臨玲生徒会の役割を築こうとしているところだ。
作業量が膨大になってしまっているため、最近は開門と同時に登校し閉門の時間まで学校に居続ける生活が続いている。
会長からは「睡眠時間はしっかり取ってください。作業効率が落ちますから」と注意を受けているが、勉強の時間を確保するためはどうしても睡眠時間を削りがちになってしまう。
ペーパーレスなど作業の効率化も進めているものの、手間暇の掛かる仕事は少なからずあった。
「顧問手当の件は会長と北条さんとの話し合いで蹴りがついたそうです。これで教師からの反発は減少することが予想されます」
「これでも文句を言っているとしたら、OG会との繋がりが考えられるわね」
新館の2階にクラブ連盟長の加賀さんと同じ茶道部の矢板さんを招いて話し合いを行うのが朝の日課になっている。
臨玲には名目上だけ存在しているクラブが大量にあり、それが不正の温床となっていた。
古株の教師は多数の部活の顧問を引き受け、多重に顧問手当を受け取っていたそうだ。
それ以外にもOG会とのパイプとしても利用されている。
いまのところ部活動改革は生徒よりも教職員やOGの反対にあって前に進んでいない。
「篠塚先輩の裏帳簿で不正が明らかになった人は理事長に恭順を示すことで学校に残ることになりましたが、まだほかにもOG会との繋がりを残している教師が居るようですね」
大人として恥ずかしくないのだろうかという思いは湧くが、それを言っても始まらない。
生徒の前では立派な教師の顔をしている人が裏で小遣い稼ぎをしていることを知って幻滅するケースが多々あった。
私は首にするなり公表するなりするべきだという考えだが、会長は改心の機会を与えた方がいいと主張した。
単純な厳罰化は犯罪抑止に繋がらないそうだ。
納得しがたかったものの反論材料がなく、この件では自分の意見を飲み込んだ。
「週末に行うパーティーに教職員は招待しないみたい」と教えてくれたのは矢板さんだ。
私は入学後に茶道部からも勧誘を受けた。
当時官房長官という政治の要職に就いていた人の娘から生徒会に誘われた直後だったのでそれを断った。
そのことは広く知れ渡り、ほかの茶道部の部員とギクシャクした関係となった。
クラブ連盟長となった加賀さんは仕事だから仕方なく話すという態度だったし、私としてもそれで構わないと考えていた。
状況が変化したのは2週間ほど前のことだ。
加賀さんと矢板さんが私のところに来て茶道部の現状について語ったのだ。
ふたりはクラブ連盟長と次期部長としてこれからの茶道部を支えていく予定だった。
ところが茶道部の幹部は方針転換を行いふたりを切り捨てようとしていた。
OG会が理事会に要望書を提出し、理事長や生徒会に攻撃を仕掛けたからだ。
OG会に近い茶道部は理事長派として知られる生徒会と距離を置こうと考えたのだろう。
その結果クラブ連盟長の加賀さんと彼女と仲が良い矢板さんは茶道部の中枢から外された。
端から見ればもっとうまく対処すればいいのにと思うが、茶道部の幹部たちは彼女たちを駒のひとつくらいにしか見ていなかったようだ。
私はふたりを生徒会に迎え入れた。
矢板さんについてはクラブ連盟長補佐として新館への出入りを自由に行えるようにした。
彼女たちからOG会の情報を入手できたし、いままでよりも生徒会の仕事に関与してもらうことができるようになった。
まだ茶道部の部員でもあるので、主にこうして朝の時間を使って手伝ってもらっている。
「それにしても、ひとつひとつの部の歴史を調べているとOGが残したいと思う気持ちも分かりますね」
統廃合によって多くの部を消滅させることになる。
OGの心情に配慮して廃止される部の歴史を冊子として残すこととなった。
その作業は外注されるそうだが、どの部を存続させるかという問題もあって私もそういう資料に当たっていた。
「歳を取ると若い頃の思い出に縋りたくなるんでしょ」と加賀さんは身も蓋もないことを言うが、矢板さんは「高校生活で刻んだ証のようなものだから」と感傷的な発言をした。
「それでも、スッパリやっちゃうんでしょ?」
加賀さんの言葉に私は頷く。
これだけで第二第三の高階さんを生み出さないことに繋がるとは思わないが、しない訳にはいかないことだ。
「岡本さんが生徒会長でも全然良かったのに」
「私じゃ高階さんを退学になんてできなかったから、これでいいの」と私は矢板さんに答える。
生徒会長になっていれば総合型選抜(旧AO)入試で少し有利だったかもしれないが、その程度のことだとも言える。
あとは将来OG会でマウントを取りやすいとか。
そんなことよりも不安に苛まれずに済み、やるべきことに全力を注げるいまの環境の方がありがたい。
「今日は演劇部系のクラブに話を聞いて回りましょう。ミュージカル部、歌劇部、前衛芸術部、宝塚観賞部、演劇同好会、舞台愛好会、あとメイド喫茶部も。名簿にある生徒に確認して活動実績がないことを確かめます」
††††† 登場人物紹介 †††††
岡本真澄・・・臨玲高校2年生。生徒会長補佐。昨年度、生徒会副会長を務め今年度の生徒会長選挙に立候補したが直前になって辞退した。現生徒会長の可恋に請われて新たに設置された会長補佐に就任した。
加賀亜早子・・・臨玲高校2年生。クラブ連盟長。茶道部。次期部長を目指していたが叶わず。茶道部の方針転換に振り回されているひとり。
矢板薫子・・・臨玲高校2年生。茶道部。一度は次期部長に任命されたが、白紙に戻された。クラブ連盟長補佐として活動中。
日野可恋・・・臨玲高校1年生。生徒会長。生徒会以外でも多忙なためかなりの仕事を周囲に丸投げしている。
初瀬紫苑・・・臨玲高校1年生。生徒会広報。同世代にカリスマ的人気を誇る映画女優。
北条真純・・・臨玲高校主幹。事務方のトップであり理事長の右腕。可恋とともに改革を推し進める存在。
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