第49話 令和3年5月24日(月)「新生徒会長との面談」湯崎あみ

「会長は参加されなかったのですね」


「私が出場しても勝負にならないでしょう」と目の前の女性は謙遜するが、つかさは「そんなことないよ! 会長、格好いいから」と人懐こい笑みを浮かべた。


 放課後、わたしとつかさは新館の中に足を踏み入れた。

 以前から気になっていた建物であり、つかさは見るものすべてに興味を示していた。


 水曜日のクラブ連盟会議のあと、この可愛い後輩が新しい生徒会長と話がしたいと言った。

 しかし、現在1年生と上級生は休み時間のタイミングがズレているので接触することは難しい。

 新生徒会長はお昼に新館に行くという情報を頼りに、昼休みに待ち伏せしてなんとか面会の約束を取り付けたのだ。


 白で統一されたカフェに案内され、わたしたちは黒髪のショートヘアが良く似合う1年生と対面した。

 背が高く、とても男性ぽい印象を受ける。

 何より制服がスカートではなくスラックスだ。

 胸元の膨らみがなければ、女子高に迷い込んだ王子様に見えただろう。


「ミスコンのふたりはいらっしゃらないのですね」


「今日はプロモーションビデオの撮影です」と会長が答え、「えっ、凄く楽しみ!」とつかさが目を輝かせる。


 会長の話によると、女優の初瀬紫苑さんは所属事務所が、対する日々木さんは人気ユーチューバーがPVの撮影に協力するそうだ。

 こういう話を聞くと、ほかに立候補する人が出なかったのも頷ける。

 知名度抜群の人気女優が圧倒的有利なことには間違いないが、対戦相手は目を瞠る美少女だ。

 今日は校内のあちこちにふたりのポスターが貼られ、一気にミス臨玲コンテストに対する雰囲気が盛り上がった。


「ポスターに写ったおふたりの姿が素敵でした。……あちこちで盗まれたって聞きましたけど」とわたしが告げると、会長は「こんなことならポスターもプレゼントにつければ良かったですね」と苦笑した。


 このミス臨玲コンテストは学校行事ではないので、盛り上げるためにいろいろと仕掛けをしている。

 勝者に投票した人はいくつかの特典の中からひとつを選ぶことができる。

 一緒に写真撮影だったり、新館カフェのスイーツプレゼントだったり、お勧めコーデのアドバイスだったり、一日生徒会長だったり……(最後のは希望者がいるとは思えないけど)。

 投票用のアプリも配信されていて、どちらが勝つかの予想や応援メッセージの投稿などもでき、獲得ポイントによって報酬も用意されている。

 今日はどこもかしこもこの話題で持ちきりだった。


「日々木さんを応援したいのに、初瀬さんとも写真撮ってもらいたくて迷う~」とつかさもすっかり楽しんでいる。


 会長はそんなつかさを見て「盛り上がるアイディアがあれば是非お知恵をお借りしたいですね」と微笑んだ。

 つかさは「会長が男性役でふたりをエスコートするところが見てみたい!」だとか、「日々木さんのぬいぐるみが欲しい」だとか、「初瀬さんが名前を呼んでくれるモーニングコールを特典につけるのはどう?」だとか思いつくままの提案を繰り広げた。

 わたしとしては、つかさのPVを撮影したり、つかさのぬいぐるみだったりモーニングコールだったりが欲しいところではあるが、さすがにそれを口にはできない。


 ミス臨玲コンテストの話題が終了するといよいよ本題だ。

 つかさは表情を引き締め、言葉遣いを改めた。


「今日は新生徒会長のお考えを伺いに参りました。あたしたちはわずか2名しかいない文芸部の部員ですが、それでも毎日充実した部活を行っています。この大切な時間を失いたくありません!」


 彼女の気持ちがよく伝わる思いの籠もった言葉だ。

 わたしはそれを聞けただけで満足だった。

 わたしたちは一生文芸部の仲間だと言ってあげたかった。

 必ず幸せにするから生涯わたしの側にいて……と言えたらどんなに良いだろう。


 わたしがそんな思いを抱いてつかさを見つめていると、こちらを見る会長の視線に気づいた。

 ……もしかしてわたしの感情がバレてしまった! と焦る。

 会長はわたしと目が合うと軽く微笑み、それからつかさに向き直った。


「勘違いして欲しくないのですが、私は部活動の縮小は考えていません。現在3割程度の部活参加率を5割程度まで引き上げたいと思っています」


 会長は先週のクラブ連盟会議で改革を訴えた。

 クラブ予算管理の徹底、数が多い小規模クラブの整理、一部クラブが優遇されている状況の改善といったものだ。

 それを今後1年でやり切ると宣言した。


「しかし、そのためには幽霊部員や名義の貸し借り、実態のないクラブといった諸問題を解決する必要があります。そこはご理解いただきたい」


 つかさは神妙な顔で頷く。

 この問題は特にこの2年、高階さんが好き放題にやったせいで混迷を極めているらしい。

 過去に文芸部も部員数を水増しするように指示されたことがあった。

 その時は引退した先輩が動いてくれて事なきを得た。

 悪事に荷担すると部費は増えるもののますます高階さんや生徒会に逆らえなくなってしまう。

 追い詰められて学校に来なくなった人もいる。

 わたしたちは運が良かったのだ。


「その上でクラブ連盟会議の改革に乗り出したいと思っています。現在はごく一部のクラブにしか発言権がありません。とはいえ、部員数の多いクラブとひとりやふたりしか所属していないクラブを対等に扱うというのも公平だと思いません」


 確かに部員数の多い吹奏楽部や茶道部と、わたしとつかさだけの文芸部を対等にしろと言うのは傲慢だろう。

 かと言って、いまのように数の論理だけで弱小クラブは大きなクラブの言いなりという状況も間違っている。


「クラブ連盟会議の改革プロジェクトチームを立ち上げようと思っています。新城さんにはそこに入ってもらいたいと思います」


 つかさよりも先にわたしが驚きの声を上げた。

 彼女がクラブ連盟長に立候補しようとした時に止めたのは、残り1年を切ったふたりで過ごす時間をこれ以上削られたくないからだ。


「湯崎さんは3年生ですので正式なメンバーではなくオブザーバーのような形でお時間の許す限り協力していただけたらと思っています」


 つかさがこちらを振り向いて、参加して良いか尋ねるような視線を送っている。

 会長にここまで気遣ってもらって断る訳にはいかないだろう。

 わたしはつかさにニコリと頷くと、会長に「よろしくお願いします」と頭を下げた。

 つかさもそれに続いて「よろしくお願いします」と頭を下げる。


「それでは明日、新しいクラブ連盟長及び副長と顔合わせしてもらいます。そしてプロジェクトチームのほかのメンバーの選定と参加依頼を今週中に終わらせ、来月頭にプロジェクトチームを立ち上げ、6月中に結論を出してください」


「えっ」という声がハモった。


 それまで穏やかだった会長の表情が引き締まり、まるで教師のような顔になっていた。

 彼女はわたしたちの戸惑いを無視して「現在の臨玲の部活に関するデータを送るのでメールアドレスを教えてください。明日までに資料に目を通し情報を共有してもらえるとありがたいです」と一方的に話した。


 視線で急かされ、わたしは自分のスマートフォンを取り出しアドレスを交換する。

 頭の中では「えっ? えっ? えっ?」という言葉が渦巻いていた。

 つかさとの平穏な日々を求めてここに来たのにどうしてこうなった?

 わたしはただ事態の成り行きに翻弄されるばかりだった。




††††† 登場人物紹介 †††††


湯崎あみ・・・臨玲高校3年生。文芸部部長。つかさのことが大好きだが、いまの関係を壊したくないので気持ちは伝えていない。


新城つかさ・・・臨玲高校2年生。文芸部。あみから猫に喩えられたメガネっ娘。好奇心旺盛。


日野可恋・・・臨玲高校1年生。間もなく生徒会長に就任する。この新館は陽稲の祖父による寄付がメインで建てられ管理を実質的に任されている。


初瀬紫苑・・・臨玲高校1年生。同世代から圧倒的に支持されている映画女優。知名度から言ってもミス臨玲コンテストの大本命。


日々木陽稲・・・臨玲高校1年生。ロシア系の血が色濃く反映された外見の持ち主。いまだ小学生に見える容姿で、天使や妖精に喩えられる。ポスターはそれを強調したもので多くの女生徒のハートをつかんだ。


 * * *


「すみません、先輩まで巻き込んでしまって……」


 文芸部の部室に戻ると項垂れていたつかさが謝ってきた。

 わたしは「気にすることないよ」と微笑みかける。

 つかさはわたしがオブザーバー役を引き受けたのは自分を心配してくれたからだと思っているようだ。

 本当はわたしの私利私欲を会長が察してくれたからだが、それを口には出せない。


「大丈夫だよ。一緒に頑張ろう」と肩に手を乗せてつかさを励ます。


 大変だ、どうしようと胸中は穏やかではないがそんなことを言えば余計につかさは気に病むだろう。

 ここは先輩らしく悠然と構えていなくては。


「先輩……」と潤んだ瞳でつかさがわたしを見た。


「つかさ……」


 ムチャクチャ良い雰囲気じゃないか!

 このまま流れに乗って押して行っちゃっても良い?


 わたしは心臓がバクバクするのを感じる。

 少しずつ顔の距離が近づく。


 あー、マスクが邪魔だ。

 どうしよう。

 マスク越しでも良いか。

 それとも、強引につかさのマスクを外したほうが良い?


 頭はパニックに近い状態になっている。

 正常な思考ができず、もう「えいやっ!」と抱き締めようとした時にわたしのスマートフォンが振動した。

 流れてきた音楽はヴィヴァルディの『春』で、わたしは冷水を浴びたようになった。


「ごめん」と言ってスマートフォンを手に取る。


 そこに表示されていたのは『吉田ゆかり』の文字で、わたしは急ぎ電話に出た。

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