第50話 令和3年5月25日(火)「プロデュース」日々木陽稲

 臨玲高校新館の2階。

 そこにある大画面モニターにわたしの姿が映し出されている。


 昨日撮影したものを人気ユーチューバーの式部さんに編集してもらったプロモーションビデオだ。

 本邦初披露となる新しい制服にわたしは身を包んでいる。

 これまでの臨玲のセーラー服を大胆にアレンジを施したものとなっている。

 発達途上のわたしの体型では分かりにくいが、ボディラインがくっきり浮き出てスマートに見えるし、野暮ったい印象を与えていたスカート丈も清楚なイメージを残しつつギリギリまで攻めている。


 わたしの背後に現れたのは同じ中学だった渡瀬さんと笠井さんだ。

 彼女たちは式部さんプロデュースのダンスユーチューバーとして活躍している。

 渡瀬さんが夏服、笠井さんは冬服の制服を着て、ダンスを踊ってもらった。

 ふたりの躍動に制服まで溌剌として見える。

 昨日は撮影現場でその光景を目にしたが、とにかくキレキレだった。

 言葉が出ないくらいインパクトのあるふたりのダンスに圧倒された。

 その強烈なダンスシーンを式部さんによる見事な編集で動画に落とし込んでいる。

 わたしが居なくても良かったんじゃないかって思うくらいだ。


「いい出来だね」と見終わった可恋が褒めてくれた。


「ダンス、凄かったよねー。編集も時間がなかったのにもの凄く頑張ってくれているし」とわたしが応じると、「向こうはプロだからね。ひぃなもそれに負けない存在感があったよ」と可恋は微笑む。


 今日の放課後はミス臨玲コンテスト用に撮影された映像の鑑賞会だ。

 可恋の許可を得て全校生徒に見てもらうことになっている。


 長椅子で可恋を挟んでわたしの反対側に座る初瀬さんは顎に手を当てて眺めていた。

 そして、「可恋の人脈って凄いのね」とわたしではなく可恋を褒める。

 それでも、「あのデザインなら着てあげてもいいかな」と言ってくれた。


「次は紫苑のPVだね」


 可恋の言葉とともにモニターに映像が流れる。

 それは見たことのあるシーンだった。

 小雪が舞うクリスマスイヴに禁断の愛を秘めた少女が主人公の青年の背中を押すシーン。


「これって……」と思わずわたしの口から驚愕した感情が溢れ出る。


 あの感動の名場面。

 劇場で見た時は瞳が潤んで彼女の顔は霞んで見えた。

 その後何度も何度もブルーレイで繰り返し観賞した『クリスマスの奇蹟』のクライマックスだ。


 ひとつ違っているのは少女の顔立ちが少し大人びていること。

 いまの初瀬さんが演じているのだとわたしは気づいた。


『あの時の私はこうするよりなかった。でも、いまなら……』


 映画の中になかったセリフが彼女の口から零れる。

 それだけで鳥肌が立つ。


『違うな。過去ではなく未来を変えないと。そうだよね、お兄ちゃん』


 少女の姿が当時の、14歳だった頃の初瀬紫苑へと戻って行く。

 わたしはボロボロと涙を流していた。

 あの映画を見たのは1年半前だが、青春の一ページのように深く心に刻まれている。

 当時の10代の子はみんなそうだと思う。

 それほどこの映画に、初瀬紫苑の演技に共感したのだ。

 その記憶があるからこそ、たったふたつのセリフなのに激しく心が揺さぶられた。


「……ずるい。こんなの反則」


 そうでも言わないと精神状態がどうにかなってしまいそうだ。

 わたしを見てニンマリ笑う初瀬さんがあの初瀬紫苑と同一人物とは思えなくて不思議な感覚に囚われた。


「よく許可が出たね」と可恋は事務所の対応を感心していた。


「社長が乗り気でね。版権関係をクリアしたらウェブで公開したいって」


 初瀬さんは満足そうな笑みを浮かべている。

 彼女にとっても会心の演技だったのだろう。


 新しい制服をアピールすることでミス臨玲コンテストの投票を有利にしようという狙いはこんな奥の手によって阻まれてしまった。

 残り少ない時間でどう挽回すれば良いか戦略の練り直しが必要だ。


「それで、生徒会長による検閲はどうだった?」と初瀬さんが可恋に問い掛ける。


「明日各教室に流してもらうよう手配するわ。ちょっとした騒ぎになりかねないので対策が必要だけど……」


 まあそうだよね。

 あの映画を見たことのない生徒、興味を惹かれなかった生徒はいるだろうけど、かなり多くの生徒が『クリスマスの奇蹟』を見た時の記憶を残しているはずだ。

 このプロモーションビデオはその記憶に強い衝撃を与えるものだ。

 魂が消えると書いて「魂消る」なんて言葉もあるが、これを見るとまさに魂消てしまうのではないか。


 初瀬さん本人は大げさでしょという顔つきで構えている。

 彼女を一躍スターダムに押し上げた名演技でも、演じた側としてはその影響力を十分に理解していないのかもしれない。


「こういうの、どうかな?」とわたしは口を開いた。


 ふたりの視線がこちらに向く。

 わたしはその視線を受け止めながら、「相手をプロデュースする腕を競うの。こんな本格的なPVはもう無理だろうけど、写真とか15秒動画とかで見せるの」と思いつきを語った。


 初瀬さんはわたしに「できるの?」とは聞かなかった。

 少しはわたしのことも認めてくれているようだ。

 逆に可恋が初瀬さんに「できそう?」と尋ねた。

 彼女は女優なので他人をプロデュースすることはない。

 そういうことに興味がないのかと思ったが、「女優としての演技力を高めるために、監督もやってみたいと思っているの」と意味深な目つきで彼女は答えた。


「簡単なものでいいから明日までにどんなプロデュースをしたいか企画案を出して」と可恋はわたしの提案を受け入れた。


 わたしがやりたいことはすでに決まっている。

 その結果彼女への投票が増えても仕方がない。

 彼女をコンテストに参加させる条件だった”勝てば可恋が何でも言うことを聞く”は阻止したいが、可恋なら理屈をつけて問題のある願いは躱してくれるはずだ。

 たぶん。

 そこは可恋を信じるしかない。


「プロデュースのためなら少々の無理は聞いてくれるわよね?」


 わたしは他人の感情を読み取ることが得意だが、初瀬さんに対してはそれがうまく働かない。

 彼女は感情を隠すタイプというよりも、意図的に様々な感情を見せることで相手を攪乱するタイプだ。

 短いつき合いだが、本心を隠すために幾重にもフィルターをかけているように感じる。


 可恋は必要なら口を挟むという意思を視線でわたしに伝えている。

 わたしが返答する前にしゃしゃり出たりはしない。


「もちろんよ。ただし、可恋へのお願いと同じで永遠とか犯罪とかはダメだからね」


 初瀬さんはうんうんと頷くが、可恋は渋い顔だ。

 あれ? 何か間違えたっけ?




††††† 登場人物紹介 †††††


日々木陽稲・・・臨玲高校1年生。ロシア系の血を引き、日本人離れした外見を持つ。ファッションデザイナーを目指しており、目下の目標は臨玲高校の制服変更。


日野可恋・・・臨玲高校1年生。間もなく生徒会長に正式に就任する。


初瀬紫苑・・・臨玲高校1年生。『クリスマスの奇蹟』でブレイクした若手女優。同世代の圧倒的支持を背景にカリスマ女優と評価されている。


式部・・・和テイストのファッションデザイナー兼、人気ユーチューバー。ひかりたちのプロデュースも行っている。


笠井優奈・・・中学2年生の時に陽稲や可恋とクラスメイトだった。現在ひかりをサポートしながら忙しく過ごしている。


渡瀬ひかり・・・中学2年生の時に陽稲や可恋とクラスメイトだった。抜群のダンスセンスを誇り、ユーチューバーとして活躍中。

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