第366話 令和4年4月6日(水)「入学式のあと」原田朱雀

「今日のこと、秘密にしてね」


 入学式が終わったあと、あたしとちーちゃんは日々木先輩に招かれて新館のカフェに入った。

 ここは完全予約制のオシャレなところで、臨玲の生徒になったからには一度は行ってみたいお店らしい。

 入学したばかりでまだピンと来ないあたしとちーちゃんは白で統一されて清潔感漂う店内を見回した。

 これまでごく普通の中学生だったあたしたちには場違いな気がする。

 しかし、神々しいまでにキラキラしている日々木先輩にはとってもとってもお似合いの場所だった。

 そんな女神の生まれ変わりである先輩は席に着くと、あたしたちにそう頼み込んだのだ。


「……今日のこと、ですか?」


「入学式の歓迎の挨拶で……」


「ああ、噛んだことですか」とあたしが言うと先輩は頭を抱えた。


 高校生には見えない愛らしい天使のような姿なだけに、そんな仕草も絵になってしまう。

 先輩は「途中まで上手く話せていたのに……」と涙目で訴える。

 話の内容が引いてしまうほど日野先輩推しだったんじゃありませんかというあたしの感想は口にしないことにした。

 落ち込んでいる美少女に追い討ちを掛けるべきではない。


 それにあたしが言わなくても噛んだことは日野先輩に伝わると思う。

 新入生全員が聞いていたし、ほかにも大勢の人がいた。

 日野先輩なら入学式を欠席していても誰よりも詳細な情報を入手しているはずだ。


 ドリンクを注文し、それが運ばれてくるまではそうした雑談に終始した。

 そして、先輩がホットミルクティー、あたしがクリームソーダ、ちーちゃんが抹茶オレを口にしてから本題に入る。


「それで、今日あたしたちが呼ばれたのは……」


「ゴールデンウィークに開催予定の3校合同イベントのことは知っているよね?」


「臨玲が参加していることくらいは」とあたしは答える。


 鎌倉市内にある女子高三校が協力してイベントを企画していると耳にしていた。

 受験勉強があったので詳しい情報までは追っていなかったが、人気女優の初瀬紫苑さんが関わっているので中学生の間でも観に行きたいという声はあった。

 コロナ禍になって以来、あれもダメ、これもダメと学校行事の多くが中止や縮小され、あたしたちが参加できそうな大規模イベントもほとんど行われていない。

 それが難しいことは分かっていても若者ばかりが我慢させられているようで息苦しさを感じている。

 先日、先輩からこのイベントの手伝いをして欲しいと頼まれたのでちょっと調べてみた。

 学生たちに楽しんでもらい顔を上げて笑顔になろうというプロジェクト、それがこの企画の趣旨のようだ。


「可恋が企画したのよ。今年のゴールデンウィークの頃なら状況が落ち着いているんじゃないかって。その予測は当たらなかったけど、まん延防止等重点措置や緊急事態宣言が出ていなかったらお客さんを入れて開催する予定なの」


 混雑防止のためオンラインでも配信されるそうだが、「できるだけ多くの人たちに楽しさを肌で感じて欲しいの!」と日々木先輩は熱弁を振るう。

 あたしとしては先輩のためなら、たとえ火の中水の中とどんな頼みでも引き受けるつもりでいた。

 だが、「女神様のためならこの命投げ打つ覚悟でなんでもします!」と宣言する前にちーちゃんから「落ち着いて最後まで話を聞こう」と注意されてしまう。


「高女ではライブコンサート、東女ではクイズ大会と推理ゲームを組み合わせたものをするみたい」


 先輩が語った企画の詳細は数日中に正式に発表されるそうだ。

 あたしが「臨玲はどんな企画をしているんですか?」と問うと、先輩は得意げな表情で「当然、ファッションショーよ!」と宣言する。


 あたしが中1の時、何の変哲もない公立中学の文化祭でとんでもなく豪華なファッションショーが開催された。

 その中心にいたのが日々木先輩と日野先輩だ。

 翌年にはふたりの助けを借りながらあたしがプロデューサー役でファッションショーを開催した。

 昨年も後輩たちが頑張ってショーを成功にこぎつけた。

 新しいことに挑戦し、道を切り拓いてくれたのがこのふたりだ。


 あたしは「素敵です! どんな協力でもします!」と我慢ができなくなって大声で叫ぶ。

 そして、「何をすればいいでしょう? 力仕事でもなんでも言ってください」と身を乗り出した。


「会場の設営、ショーの演出、警備といった仕事は、今回はすべてプロにお任せすることになったの。紫苑が参加する以上クオリティーや安全性を考慮しなければならなかったし」


 中学の文化祭ではほとんどが生徒の手作りだった。

 こういうものはみんなでワイワイと言いながら作り上げていく過程こそがワクワクする。

 それがないと聞いて、ハシゴを外されたような気持ちになる。


 日々木先輩はそんなあたしの様子を優しい眼差しで見つめながら「それでもやるべきことはたくさんあるの。だから、原田さんには現場で指揮を執って欲しい」と驚くことを告げた。

 当然、「あたしがですか!」と反応してしまう。

 たったいま入学式を終えたばかりのあたしがそんな大事なイベントの指揮を執るなんてできるとは思えない。


「わたしは衣装制作に携わるからあまり現場に顔を出せそうにないから。モデル役は3校の生徒が務めるからその調整や指導、トラブル対応をわたしの代わりにお願いしたい」


 日野先輩がいればそれくらい簡単にやってのけるだろうが、まだ登校できる状態ではないそうだ。

 あの”魔王様”の代役があたしに務まるのか。


「もちろんできる限りのサポートはするよ」と頼まれて断るという選択肢はない。


 あたしは横にいる幼なじみの方を向いて、「ちーちゃん、力を貸して」と頭を下げる。

 自分ひとりでは絶対に無理なことでもふたりが力を合わせれば。

 これまで何度もそうやって乗り越えてきた。


「臨玲という異世界に召喚された勇者すーちゃんの活躍を見守るのが生き甲斐だから」と語った彼女は右手の掌をあたしにかざす。


 あたしはそこに自分の掌を重ね合わせ、「成功させようね」と気合を込めた。

 ふたりのやり取りを温かく見守っていた日々木先輩は慈悲深い笑みを湛えていた。


 良い雰囲気に包まれたところで、先輩が「2階の会議室に行こう」とあたしたちを連れ出す。

 ドアの横に『合同フェス準備室』という看板が掲げられた部屋には数人の生徒の姿があった。

 あたしたちが入室するとギラギラした瞳が一斉にこちらを向く。

 入ってはいけないところに足を踏み入れた気分だ。

 全員が寝不足なのか目の下には隈があり、髪もボサボサだった。


「7日に概要の発表なんて物理的に無理」

「1日48時間でも全然足りないよ」

「岡本先輩を10人くらい呼んできて!」


 日々木先輩に向けて悲痛な響きの叫び声が飛んだ。

 しかし、先輩はまったく動じず「助っ人をふたり連れて来ました。これで乗り切ってください」といつもの天使のような笑顔を見せる。

 あたしたちに対しては「そこにこれまでの資料があります。それに目を通した上で2日後に行うリリースを完成させてくださいね」とにこやかに微笑んだ。


「それでは、これで」と出て行こうとしたので、取り残されそうになったあたしは不安から「先輩は?」と藁をも掴む気持ちで尋ねる。


「これから可恋の誕生日を祝う準備があるの」と心底幸せそうな声が返ってきた。


 それから30時間以上が過ぎ、ようやく発表の目処が立った。

 高校間のすりあわせが不十分で発表して良いこと悪いことが定まっていなかった。

 そのため、ひとつひとつの文言をそれぞれの学校に問い合わせて許可をもらいながらの作業となった。

 もっと早くからやっておくべき事柄だったが年度替わりということもあって進まなかったらしい。


「泊まり込まずに済んだ……」とホッとするあたしに、「新入生だろ? たいしたもんだな」と一緒に作業に当たった上級生が声を掛けてくれる。


「日野先輩に鍛えられましたから」と答えると彼女たちは「あー」と憐れむような視線をこちらに向けた。




††††† 登場人物紹介 †††††


原田朱雀・・・臨玲高校1年生。陽稲や可恋の中学時代の後輩。お嬢様学校である臨玲進学は当初選択肢になかったが父親の事情もあって実現した。陽稲を慕い、『光の女神様を崇拝する教団(仮称)』設立を目指す。


鳥居千種・・・臨玲高校1年生。朱雀の幼なじみ。他の人と交わることを好まず、中二病的な発言をするキャラ作りをしている。「見守るとは言ったが助けるとは言ってない」と逃げ出すことは叶わず、デスマーチにつき合わされた。


日々木陽稲・・・臨玲高校2年生。生徒会副会長。幼い頃からファッションに興味を持ち祖父の援助もあって才能を磨いた。中学時代にファッションショーを開催し、高校では新しい制服のデザインを担当。さらなる飛躍を目指している。


日野可恋・・・臨玲高校2年生。生徒会長。実務に長けているが臨玲祭のあとからずっと入院していた。そのため合同イベントの進捗は遅れ気味となっている。

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