第380話 令和4年4月20日(水)「秘密」原田朱雀
あたしがファッションショーのプロデューサーに抜擢されてからちーちゃんとの関係が少し変わった。
中学時代はいついかなる時も一緒にいてサポートをしてくれた。
そんな幼なじみの存在が心強くて、あたしは本来持っている以上の力が発揮できたと思っている。
同じ高校に進学し、これまでと同じやり方が続くものだとあたしは漠然と考えていた。
しかし、ちーちゃんは違った。
「臨玲というダンジョンを攻略するためにはパーティを組んだままだと効率が悪いと思う」
「あたしの活躍を側で見ていないと英雄譚は書けないんじゃない?」
ちーちゃんは一度視線を落としてから顔を上げ、「大丈夫。情報交換を密に行えば。それに大事な場面ではちゃんと隣りにいるから」とキッパリ言い切った。
表情こそ普段と変わらないが、その決意は固いようだ。
「すーちゃんならできるよ。女神様のご加護もあるし」
彼女は慰めるようにあたしの背中に手を当てる。
たとえ離れていても、いつだって背中を押すよと示すように。
「……分かった」
それからは別行動が増えた、と言ってもそれは放課後くらいだ。
クラスではまゆまゆやロナっちを加えたグループでいることが多いし、登下校も一緒だ。
放課後になるとファッションショーに向けてあたしは文字通り走り回っている。
中学時代の経験があるとはいえ今回は大人との折衝が多く、できる限り現場に行って能力不足を誠意で補っている感じだ。
あたしが終わるのを待つ間、ちーちゃんは校内を探索したり部活の見学をしたりしていた。
「今日は文芸部を見てくる」
「昨日のマンガ研究会はどうだったの? 石川さんと行ったんだよね?」
「あまり創作的な活動はしていないみたいだった。石川さんも乗り気じゃなかったみたい」
下校中の電車の中では一方的に相談に乗ってもらっている。
それだけでは足りず、夜も電話やLINEでその日の反省を聞いてもらうことが多い。
そのため、彼女の話を聞くのはこうして休み時間くらいだ。
本当はもっと対等に話ができればいいのだけど、あたしは過分な立場に就いているため理想の関係を構築するのは先になりそうだ。
「そっか。そういえば、石川さんもちーちゃんなんだよね? ……チッチとかはどうだろう?」とあたしが呼び方について考えていると、本家ちーちゃんは「チセでいいんじゃない?」と若干呆れた顔つきになった。
「あだ名が良いんだよ。親愛の情が籠もるから」
あたしが強弁していると、ちーちゃんがわずかに目を伏せ「ロナっちと何かあった?」と突然核心を突いた質問を投げ掛けてきた。
昨日ロナっちは保健室に行ったあと早退し、今日は普段通りに学校に来ている。
あたしは誰にも彼女とのことを話していない。
ちーちゃんとは夜中近くまでメッセージをやり取りしていたが、ロナっちのロの字も会話には出なかった。
ちーちゃんの後ろの席がロナっちなので、休み時間はたいていそこに集まってみんなでお喋りをする。
それなのに今日は自分の席から動かずにいる。
この休み時間はちーちゃんがわざわざあたしの席まで来てくれたのだ。
何かあったと思うのが当然だろう。
「……悪いけど、ノーコメントってことにしてもらえる?」
何もなければ「なかった」と言えば済む話なので、この回答でもちーちゃんなら分かってくれるはずだ。
逆に「あった」と答えれば今度は「何があったのか」を説明しないといけなくなる。
しかし、彼女の秘密に触れずに……というか、秘密があることすら隠そうとすると上手く伝えられる自信がなかった。
ちーちゃんはあたしの意図を察したのかひとつ頷くと「何かやって欲しいことはある?」と聞いた。
さすがは我が分身。
あたしは「なるべく普段通りに接してあげて」とお願いする。
それに対してちーちゃんは余計なことを言わずにただ「うん」と頷いた。
昨日、あたしはロナっちと保健室の前で向き合った。
話すべきかどうか迷っていた。
しかし、こういう時に黙っていられないのがあたしだ。
「あたしはロナっちが隠したいことを知っていると思う」
そう話すと彼女は目を瞠り、それから力が抜けたように俯いた。
その姿を見て気づいた。
彼女が必死に隠していることを知っているかもしれないという状況に、あたしが耐えられなかっただけではないかと。
明かした方が誠実だと考えていたが、それは言い訳だろう。
秘密を抱え込むとは辛いものだ。
その辛さから逃れるため、自分が楽になるために、ロナっちに大きな負担を強いたのかもしれない。
「もちろん、誰にも話さない。信じて欲しい。そして、あたしはロナっちの力になりたい」
言いたいことだけを言って気持ち的にはスッキリした。
だが、本当に彼女の力になれるのか。
中学の時にも友だちのことで何とかしようと思ったことがあった。
自分の力不足を思い知らされる結果になっただけだったが。
あれから少しは成長したのだろうか。
また、空回りするだけに終わってしまうのではないか。
今度はちーちゃんにも頼れない。
あたしひとりで彼女を救うことができるのか。
ロナっちは怯えたように縮こまり、こちらを見ようとはしなかった。
仕方なくあたしは彼女を保健室の中へと促し、あとは保健の先生に任せることにした。
次の休み時間にまゆまゆが様子を見に行ってくれたが、あたしは自重ししてどうすればよかったかを考えていた。
それから丸1日が経過し、今日はロナっちと言葉を交わさないまま放課後を迎えた。
あたしを避けようとしている以上、無理はできない。
足早に新館へ向かいながら、気持ちを切り換えようと自分に活を入れる。
二階の会議室で業務に没頭してよとしていると、「演出について相談があるんだけど」と日々木先輩が顔を出した。
先輩は連日東京にある工場に通っているのでこちらに来るのは珍しいことだった。
打ち合わせは頻繁に行っているものの直に女神のようなお顔を拝む機会が少なく残念に思っていたところだ。
先輩からの要望を聞いて暗澹たる思いになっていると、先輩から「何か心配事でもあるの?」と問い質された。
崇拝している女神様相手に隠し事はできない。
しかし、本当のことも言えないので「ええ、まあ」と言葉を濁す。
「自分ひとりで抱え込まないようにね」
先輩のアドバイスに何と答えていいか悩む。
そんなあたしを見かねて、先輩は顔をのぞき込むとにっこり微笑んだ。
それだけで部屋の中が10万ルクスくらい明るくなった気がする。
「原田さんの心配事に気づいている人はきっといるはずよ」
その言葉にひとりの人物の顔が頭に浮かんだ。
頼りになるかどうかは未知数だが、ロナっちの秘密を既に知っているので相談しても問題ないだろう。
自分の力で助けたいというあたしのエゴよりも、ロナっちがこの辛い状況から抜け出すことの方が大切だ。
「ありがとうございます! ちょっと席を外して良いですか?」
善は急げと駆け出そうとするあたしを日々木先輩は慈悲深い笑みを湛えて見守っていた。
††††† 登場人物紹介 †††††
原田朱雀・・・臨玲高校1年生。中学時代の実績を買われ、ゴールデンウィークに開催されるファッションショーのプロデューサーを任された。
鳥居千種・・・臨玲高校1年生。朱雀の幼なじみ。よく朱雀を「勇者」と呼び、自身をその活躍を歌う吟遊詩人に喩えている。ライトノベルやネット小説を好んでいる。
石川
中之瀬コロナ・・・臨玲高校1年生。ロナっちと呼ばれている。とある秘密を抱えている。
武田まゆり・・・臨玲高校1年生。中学時代は気前の良い彼女の周りに人が集まっていたが、高校では思うようにいかないことに苛立ちを感じている。
日々木陽稲・・・臨玲高校2年生。生徒会副会長。朱雀の中学時代からの先輩であり、彼女が女神様と崇めている人物。ファッションショーでは衣装の制作や準備を担当している。
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