第379話 令和4年4月19日(火)「秘密」中之瀬コロナ
臨玲高校に入学して2週間ほどが経つ。
その間、暖かな春の陽気のように穏やかな日々が続いていた。
それは私にとって恋い焦がれるほどに待ち望んでいたものだ。
だが、それがいつまで続くかは定かではない。
決して知られてはならない私の秘密。
人と関わらなければ、その時が来たとしても小さなダメージで済むというのに……。
「ロナっちもそう思うよね」
まゆまゆがムッとした顔つきで同意を求める。
私は慌てた素振りで「あ、ごめんなさい。何の話?」と聞き返す。
それから、やってしまったと気づく。
たいした話をしていた訳ではないのだから、適当にそうだねと聞き流せば良かったのだと。
案の定、彼女は眉間に皺を寄せますます不機嫌になった。
「どのギルドに所属するかという話」と千種さんが説明するがますます混乱してしまう。
「ギルド?」と疑問符を頭に浮かべながら質問すると、「クラスのグループがだいたいできてきたねって話をしていたんだ。で、まゆまゆがあっちのお嬢様たちに混ざりたいって言い出して」と朱雀さんが翻訳してくれる。
「朱雀ったらあたしじゃ無理だって言うのよ。そんなことないよね?」
まゆまゆは私が上の空だったことへの怒りよりも朱雀さんへの憤りを優先したようだ。
3人だといつも少数派になってしまうので私を味方につけようとする。
そのお蔭で教室の中に私の居場所ができている。
私は鹿法院さんたちがいる方へ視線を向ける。
臨玲の制服は誰が来ても見違えるように綺麗に見えると評判だが、本物のお嬢様が身に纏うとそのまま雑誌のモデルになりそうだった。
「まゆまゆも社長のご令嬢なら大丈夫なんじゃ」
いまだにあだ名で呼ぶのは慣れないが、毎回なけなしの勇気を振り絞って口にする。
まゆまゆは私のそんな思いに気づくことなく、「そうよね」と朱雀さんたちに胸を張ってみせた。
「先輩から聞いたんだけど、どのクラスでもお嬢様たちとそれ以外で分かれるらしいんだ。住む世界が違うから仕方がないんだって。例えば彼女たちはどこへ行くにも車で送迎されるんだよ。電車で移動が当たり前の人とは行動範囲が違うんだよね」
朱雀さんはさらに「高校入学以前からつき合いがある人も多いようだし、グループに加わっても話が合わないんじゃないかな」と言葉を続けた。
まゆまゆはそれを聞いても不満顔だ。
「朱雀たち庶民と一緒にしないで」
「忠告はしたから。それでも行きたいなら止めはしないよ」
ふたりのやり取りをハラハラしながら見ていると、まゆまゆはこちらを見て「ロナっちが寂しがるからやめておくわ。行けないのじゃなく行かないのよ!」と膨れっ面で語った。
私が両手を合わせて「ありがとう」とお礼を言うと、「友だちなんだから当然でしょ」と彼女はそっぽを向く。
その光景を朱雀さんが微笑ましそうに眺めていた。
休み時間が終わると担任の先生が教室にやって来た。
手入れの行き届いた長髪が艶やかで、美女と呼ぶに相応しい整った顔立ちだ。
ただ女性らしい柔らかさよりも知的で冷たい印象を相手に与えるタイプのように見える。
「これから実力テストの結果を元に習熟度別クラスを決めていきます。今後も変更は可能ですが追いつくのが大変になるため進路も考慮に入れてしっかり考えて希望を出してください」
先週は体力測定等の行事と習熟度別授業のための実力テストがあった。
テストの返却も終わり、数学や英語はそれを基準としたクラスで授業を受けることになるそうだ。
またいくつかの選択授業の枠があり、大学のように自分でどれを取るか選べるらしい。
習熟度別のクラスは単純に点数だけで決まるのではなく、文系理系といった進路の希望によってある程度は配慮してもらえると説明を受けた。
「友だちと相談することは構いませんが、最後はしっかり自分で決めてください。これからの人生でも大事な決断を他人に任せてばかりいると後悔することになるでしょう」
厳しい口調でそう言った担任は隣りの準備室で相談を受け付けるとつけ加えた。
そこは教室と教室の間にある狭い部屋で、授業で使用する教材などが保管されている。
また、机を挟んで座って対面できるスペースもあった。
教師の話が終わると、仲が良い者同士が席を移動して集まっていく。
私の前の席に座る千種さんがこちらに振り向き、まゆまゆと朱雀さんもやって来て「どうする?」と話し合いが始まった。
教室内のあちこちでそんな声が上がる中、担任が近づいてきて「中之瀬さん、お話が」と私の名前を呼んだ。
中学時代なら先生に呼び出されるとホッとしたものだが、いまは違う。
離れがたい気持ちで、それでも席を立つ。
担任のあとを追って準備室に入る。
陽差しが降り注ぐ教室の明るさに比べるとそこは人工的な灯りだけなのでひんやりとしているように感じられた。
彼女が奥側の席に座り、私はその対面にある椅子に腰掛ける。
「中之瀬さんの成績は非常に優秀ですね」
身構える私に教師は笑顔を向ける。
しかし、警戒心は消えず、ただ黙ったまま相手の話の続きを待った。
そんな私の様子を観察しながら、「理系の成績優秀者を対象に特進コースを新設するという計画が出ています。習熟度別授業や選択授業の枠を使い少人数で指導を受けるというものです」と言葉を続けた。
「私は頭が良いわけじゃありませんから」
そう、頭が良いから成績が良いわけではない。
興味深い提案だが偽者の私がそれを受けても失望させるだけだ。
逃げ出すような気持ちで「それじゃあ」と席を立とうとした。
「待ってください。もう少し話を聞いてくれませんか?」
そう丁寧な口調で言われて断れるような性格をしていない。
恨めしい気持ちで浮きかけた腰を下ろした。
「あなたの事情について教師間で情報を共有しています。それを勘案しても十分に能力があるという判断です」
背筋に冷たい汗が流れる。
教師が私の秘密を知っていて当然だと分かっていても、こうしてそれを突きつけられると動悸が収まらなくなる。
何かの拍子に露呈し、中学時代のような環境に逆戻りするんじゃないか。
いまの平穏によって忘れかけていた恐怖が蘇る。
「指導を担当する戸辺先生から一度話をうかがってください」と担任は私の返答を聞かずに話を進める。
息苦しさに胸元を押さえる私に「日時はあとでお伝えします。戻っていいですよ」と事務的な口調で語った。
ようやく解放されよろめくように立ち上がると、一目散にこの部屋から逃げ出した。
準備室から出て二、三歩進むうちに「ロナっち、大丈夫?」と声が掛かった。
なぜか朱雀さんがいちばん前列の自分の席にいて、私の顔を見るなり駆け寄ってくれたのだ。
必死に「大丈夫」と答えようとしたが、喉から声が出て来ない。
「中之瀬さんを保健室に連れて行きます」と朱雀さんは私のあとから出て来た担任に許可を取る。
青ざめた顔で振り向くと教師はほとんど表情を変えずに「よろしくお願いします」と返答した。
この状況を生み出した張本人に恨めしい視線を送るが、彼女は私と目を合わそうとしない。
保健委員やまゆまゆが手伝うと言って立ち上がったが、朱雀さんはそれを断り私にぴったり寄り添って歩き始める。
一刻も早く教室を出たかった。
俯きがちのまま歩くことだけに集中する私に朱雀さんは何も話し掛けてこなかった。
校舎から渡り廊下に出ると少しだけ気分が持ち直した。
そんな私に気づいたのか朱雀さんが「先生も心配そうにしていたよ」と口を開く。
半信半疑な気持ちで彼女の顔を見ると、「準備室から出たときの先生の顔がね、もの凄く強張っていた」と教えてくれた。
先生が悪いわけじゃないと頭では分かっている。
私の秘密を知っているというだけで警戒してしまうのだ。
たぶん、ここまで過剰に反応するとは思っていなかったのだろう。
人によっては私の秘密なんて些細なことなのだから……。
保健室の前に到着する。
ドアを開けようとした私の前に朱雀さんが立ちはだかった。
躊躇いがちに「たぶんだけど……」と彼女は口を開く。
「あたしはロナっちが隠したいことを知っていると思う」
††††† 登場人物紹介 †††††
中之瀬コロナ・・・臨玲高校1年生。とある秘密を抱える少女。その秘密とは別に、コロナという名前が揶揄の対象となったことでそれもあまり知られたくないと思っている。そこで「ロナっち」というあだ名を朱雀が考えた。
武田まゆり・・・臨玲高校1年生。朱雀の父親が勤める会社の社長の娘。かなり大きめの中小企業でありかなり裕福な家庭だが、臨玲の「お嬢様」層との交流はなかった。愛称は「まゆまゆ」(朱雀命名)。
原田朱雀・・・臨玲高校1年生。特別な才能はないが、幼なじみである千種が常に背中を押してくれるお蔭で躊躇わずに前に進むことができる。入学早々ゴールデンウィークに行われるファッションショーのプロデューサーに任命された。
鳥居千種・・・臨玲高校1年生。朱雀の背中を押すことで自分ではたどり着けない場所に運んでもらえると信じている。
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