第77話 令和3年6月21日(月)「会議」梶本史
会議に出席しろなんて言われたら誰だって嫌なものだと思う。
だけど、今日の会議はほかの映研メンバーがこぞって参加したがった。
だって会議は新館のカフェで行われ、あの初瀬紫苑が参加するのだから。
それなのに部長が指名したのはあたしだった。
今回映研から参加が許されたのは2人だけであり、部長は当然の顔で出席を決めた。
もうひとりは生徒会と繋がりがある――ただクラスメイトだから連絡先を知っていたというだけだけど――あたしに白羽の矢が立ったのだ。
この決定がされた時にほかの先輩たちは仕方ないかという表情を見せていた。
しかし、同じ1年の王寺さんは残念がり、「ようやく初瀬紫苑と話す機会が訪れると思ったのに……。しっかり映研をアピールしておいてね。あと、次の映画のことをいっぱい聞いておいて。任せたよ!」と無茶振りをした。
同じクラスなのにろくに話したことのない初瀬さん相手にこんな会議の場でそんなことを聞けるはずがない。
放課後に部長と待ち合わせをしてから新館に向かう。
新館のカフェは、あたしはクラスで一度訪れているが部長は初めてだ。
今月になって予約制で正式にオープンした。
王寺さんはなかなか予約が取れないと言ってその点も羨ましがっていた。
カフェで出迎えてくれたのは生徒会副会長を務めるクラスメイトの日々木さんだった。
非の打ちどころのない美少女なのに親しみやすい人だ。
困っていたらさりげなく気を配ってくれるし、相談に乗ってもらったこともあった。
いまも愛らしい笑みを浮かべて歓迎してくれる。
「わざわざ来ていただきありがとうございます。どうぞこちらにお座りください」
なんと、ドリンクのサービスがあり、好きなものを注文していいのだそうだ。
蒸し蒸ししていたのであたしは冷たいソフトドリンクを注文する。
部長はメニューを前に腕を組んでじっくりと考え込んでいた。
メニューに載っているもの全部などと言い出さないかヒヤヒヤしたが、さすがにそこまで非常識ではないと信じたい。
ソフトドリンクはすぐに届きマスクを外してストローを使って飲んでいると、二人組がカフェにやって来た。
スカーフの色から3年生と2年生だと分かる。
仲が良さそうな雰囲気で、しかもこの場所に慣れている様子だ。
「つかさじゃん」とまだ注文を決めかねている部長がふたりに気づき声を掛ける。
「菜種ちゃん、さっきぶり~」とつかさと呼ばれた人が微笑みながら手を振った。
そして彼女は「先輩、彼女は
部長は小顔に不釣り合いなほど大きな眼鏡がトレードマークだ。
一方、つかささんは可愛らしい顔立ちにちょっと知的な雰囲気の眼鏡を掛けている。
互いの眼鏡を交換した方が似合う気もするが、本人のこだわりみたいなものがあるのかもしれない。
「どうしてここに?」と部長が尋ね、「今日は文芸部として呼ばれたの。最近は部活改革の打ち合わせでよくここに来ていたんだけど」と答えたつかささんは「こちらは文芸部部長の湯崎先輩」と同行者をあたしたちに紹介した。
穏やかで優しそうな人だ。
頭も良さそうで、さすがは文芸部だ。
部長からあたしも紹介してもらい、ふたりが席に着いた。
部長とつかささんはクラスメイトだそうで、仲の良さがうかがえる。
つかささんは丸いテーブルの部長の隣りに座り、その向こう側に湯崎さんが着席する。
2年生のふたりはどの飲み物が美味しいかで盛り上がっている。
その間、湯崎さんはずっとつかささんに視線を向けていた。
続いて3人組がやって来た。
あたしは身を強張らせる。
苦手な人たちだったからだ。
藤井さんを真ん中にして古和田さんと光橋さんが並んで歩いている。
3人ともあたしのクラスメイトだ。
日々木さんに案内されて3人がテーブルに着く。
あたしの隣りに光橋さん、その向こう側に藤井さん、古和田さんと並ぶ。
ひとつ席を空けて日々木さんが椅子に腰掛け、あとは主役の登場を待つだけとなった。
初瀬さんは入口からではなく奥の方から姿を現した。
美人というだけなら藤井さんや日々木さんも彼女と遜色がないレベルだ。
言うまでもなく、初瀬さんは女子なら誰もがこうなりたいと思うような容姿をしている。
だけど、彼女の魅力はそこに居るだけで引き寄せられてしまうような独特のオーラにあった。
彼女は初対面の部長に挨拶することなく、平然と自分の席に座った。
挨拶なんてしなくても知っているよねという顔で。
「それでは会議を始めます。臨玲祭にて生徒会が短編映画を公開する予定です。その制作・撮影にご協力をお願いしているのがここにおられる方々です」
日々木さんはスラスラと会議の目的や参加メンバーの紹介を述べていく。
落ち着いた素振りで堂々としている。
あたしなら上がってしまって絶対に無理だ。
日々木さんの長い前振りが終わると初瀬さんが「アレは気にしないで」と斜め前に視線を向けた。
その先にはビデオカメラを構えたスーツ姿の女性がいる。
日々木さんが「メイキングの撮影です」と補足し、「マネージャーよ。相手にしなくていいから」と初瀬さんも言葉を付け足す。
あたしはどう対応していいか分からず、軽く会釈だけしておいた。
「短編映画の撮影は、私の次の映画がクランクアップしてから行うつもり。それまでに準備を完璧にしておいて欲しい」
初瀬さんはそう言うと今後のスケジュールを示す。
多少は前後するかもしれないが、夏休みの後半頃に臨玲祭用の映画の撮影に入るということだった。
「文芸部はシナリオが書けないって話だけど、映研は撮影の補助とかできるの?」
初瀬さんの質問にあたしは部長の方を見る。
部長は「うちらは見る専だからそういうのは全然無理」と肩をすくめた。
「なら、必要ない。……と言いたいところだけど、準備の手も足りないようだしそうもいかないか。撮影までに覚えてもらうってことで」
部長の返事も聞かずに初瀬さんは決定事項のように語る。
部長は黙ったままだ。
このままだとその役割はあたしに押しつけられそうな気がする。
あたしは助けを求めるように日々木さんを見た。
あたしと目が合うと、彼女は微笑みながら頷いた。
それに勇気づけられて、あたしは「あの……」と声を上げる。
「何?」と突き刺すような初瀬さんの声が耳に届く。
あたしはたじろいだが、日々木さんが「紫苑」と諫めた。
初瀬さんは無言のままあたしの言葉を待っている。
「覚えるってどうやって……」と蚊の鳴くような声を絞り出す。
すると、つかささんが右手をパッと挙げて「映画撮影の見学に行きたい!」と目を輝かせた。
初瀬さんは渋い顔で「いまは感染対策が厳格だからそれは許可できないと思う」と答え、「でも、どんな仕事をすればいいかはキッチリ教え込むから安心して」とあたしに告げた。
会議はその後も次々といつまでに何をするか決めていった。
自分が撮る映画に必要なものがすべて整理された状態で、初瀬さんの頭の中にあるようだった。
それを日々木さんのサポートを受けながら協力メンバーそれぞれに割り当てていく。
「今回は全員の力量を測る意味もあるから。本格的な作業の分担はそれを見て次の会議で決めるわ」
「分からないこと、不審な点、不慮の事態、進行の遅れなどがありましたら、些細なことでも必ずわたしや生徒会に連絡してください。上手くいかない時はどうすればいいか一緒に考えていきましょう」
初瀬さんと日々木さんの言葉で会議が終わる。
日々木さんは「会議の内容の要点はあとでメールで送ります。ですが、次回からは自分でも要点をメモしてください」と苦言を呈した。
思えば文芸部のふたりは要所要所でメモを取っていた。
自分に直接かかわることは頭に入れているつもりだが、映研に課せられた仕事などは詳細まで覚えていない。
あたしは頷くよりほかなかった。
「頭の出来が違う奴等と一緒にいると疲れるね」
新館から部室に戻る道すがら部長が零す。
同感ではあるが、「部長も対等にやり合っていたじゃないですか」とあたしは反論を口にする。
「こっちが何も言わないと足下を見てどんどん負担が増えそうだったから仕方なく抵抗しただけ。でも、そういうところも測っていた感じだな」
確かにそういう印象は受けた。
文芸部は生徒会のやり方に慣れているのか、できないものはできないとハッキリ伝えていた。
あたしたちや藤井さんたちはそれを見習って徐々に明確な意思表示をするようになった。
もしかしたらこういう会議のやり方を学ぶことも今回の目的だったのかもしれない。
「次の会議から映研の出席者は1年生に任せるよ。頑張って」と部長があたしの肩を叩く。
「え、む、無理です!」とあたしが悲鳴を上げても、どこ吹く風邪と部長は笑っている。
「決まったことをほかの部員に伝えて納得させるまでが会議だから。頼んだよ」と部長はあたしに丸投げすると軽やかな足取りで部室に向かった。
あたしは「無理ですって!」と叫びながらそのあとを追った。
††††† 登場人物紹介 †††††
梶本
湯崎あみ・・・臨玲高校3年生。文芸部部長。つかさのことが好き。
新城つかさ・・・臨玲高校2年生。文芸部。好奇心が強い。
藤井菜月・・・臨玲高校1年生。史のクラスメイト。キツい発言をするので周囲から浮いている。
光橋
日々木陽稲・・・臨玲高校1年生。生徒会副会長。史のクラスメイト。見た目も性格も天使そのもの。
初瀬紫苑・・・臨玲高校1年生。生徒会広報。史のクラスメイト。超有名な映画女優。主演としては2作目となる映画の撮影が間もなく始まる。
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