第78話 令和3年6月22日(火)「演劇部」細川景樹
「それにしてもろくな活動実績がない文芸部や映研に声が掛かって、うちがスルーされるなんてね」
「しゃーないやん。うちはクラブ連盟から永久除名された演劇部なんやから」
あたしのぼやきに即座に合いの手を入れたのはミハルだ。
親の職業で殴り合う臨玲において、彼女は裕福そうなのに家のことを一切口にしない謎の少女だったりする。
その言葉遣いから関西出身であることは間違いなさそうだ。
小柄で可愛らしいが、女優としては華が足りない印象だった。
臨玲高校演劇部。
戦前から存在し、茶道部よりも伝統があると言われている。
部員数は飛び抜けて多い訳ではない。
だが、部活棟裏での発声練習やトレーニングを毎日行い存在感はかなりのものだ。
体育祭では、吹奏楽部と演劇部はほかの運動部よりも強いと評されていた。
問題は名声よりも悪名の方が轟いている点だ。
過去に犯したトラブルは数知れず。
何年かに一度のペースで学校全体を揺るがす事件を犯し、あちこちから苦情や非難を浴びることになる。
演劇部はそういうところだと理解すればいいのに、学校側も生徒や保護者もそれができないでいた。
近年はクラブ連盟を除名なのか脱退なのか互いの言い分に食い違いはあるものの関わりを絶っている。
「今日、部長は?」とミハルに尋ねると、「さあ、見てへんな」と彼女は答えた。
「夏休み中の活動とか臨玲祭のこととか決めなきゃいけないことがたくさんあるのに大丈夫なのかな」
「カゲちゃんは見掛けによらず心配性やね」
「あたしが書かなきゃ始まらないじゃん。最初に仕事に取りかからなきゃいけないんだからスケジュールには敏感になるよ」
あたしはこの演劇部付きの作家だ。
シナリオライターとも言う。
中学生の頃に観劇にハマったが、自分が演じるのではなく芝居を作ることに興味を持った。
人数の少ない部活動ではひとつの役割だけとはいかず大道具などもこなしているが、あたしの中で本業は座付き作家という意識だった。
「部長やと明日までに台本上げろとか突然言い出しそうや」とミハルが笑う。
実際にはそうした無茶振りはなかったが、何を考えているのかまったく想像できない人だけに不安感はあった。
それに今日のように部活に顔を出さないことも多いので、もう少し連絡を密にして欲しいという気持ちもある。
「部長があんな風だからスルーされたのかもね」
「それよりOGとの繋がりが警戒されたんちゃう?」
あたしは「そうだねー」と相づちを打ち、後ろで束ねた髪を持ち上げる。
暑いというほどではないが湿度が高くて、汗かきのあたしにとっては不快な季節だ。
演劇部は校内で孤立している分、縦の繋がりが強い。
卒業しても部に顔を出す先輩は多く、平日でも誰かしら部室に来ていたりする。
公演があればそんな先輩たちの協力は欠かせない。
あたしが入学してからはコロナの影響でほとんど行われていないが、校外での定期公演は結構人気がある。
「OG会との関係は薄いけど、そんなことは生徒会には分かんないよね」
「演劇部は親とか家とか関係なく、演劇への情熱だけで部員を評価するところやからな」
ミハルがニヤリと微笑み、あたしも笑い返す。
そういうところが臨玲にあって異質なところと言われる所以だった。
いや、誰もが引くようなやらかしは相当数あったりもするけど。
あたしは座ったまま大きく腕を上げて伸びをする。
1学期の試験休みに開催場所は未定だが次の公演が行われることになっている。
台本は完成し、大道具役としては会場が決まらないと動きにくい。
そんな訳であたしは暇だったが、目の前の御仁は……。
「ミハルはあたしとダベっていて大丈夫なの?」
「いまからセリフを覚えても1ヶ月後にはすっかり忘れてるやん」
「稽古で必要でしょ!」
「カゲちゃんの本はセリフ多すぎやねん。もっとこう、動きで見せていくみたいな」
そう言ってミハルは両手を変な風に動かした。
それが何を表現しているのかはさっぱり分からないが、彼女の言うことは胸に刺さる。
「いつも説明が足りてないんじゃないかと心配になっちゃうのよ」
芝居では引き算が大切だと言われる。
もちろん意図的に過剰な説明を入れる演劇もあるが、普通の演劇だと少し足りないくらいが余韻を生じて良い感じだとあたしは思っている。
しかし、あたしが書くと説明過多になってしまう。
臨玲は女子高なので男役も女子が演じることになる。
だから……というのは言い訳だろう。
現実には分かりにくい設定でも、少ない言葉だけで観客を納得させるものがたくさんある。
ミハルが突然「好きやで」と言ってあたしを見つめる。
演技だと分かっていてもドキッとする。
彼女は見つめたまま動かない。
あたしは時が止まったように感じた。
「あかん。あとのことなんも考えてなかった」
「何よ、それ……」
ミハルが緊張を解き、テーブルに突っ伏した。
あたしは苦笑を浮かべながら、「”間”って大事だよね」と感想を述べる。
「いまのテンションの高さからシリアスに行くかギャグに行くかで作品の方向性が決まっちゃうよね」
「うちにはシリアスは無理や」とミハルは叫ぶが、あたしの頭の中では彼女を主人公としたシリアスなラブロマンスが展開されていた。
「よし、臨玲祭では18禁のドエロな愛欲満載の劇にしよう!」
「去年は総理大臣や政界のフィクサーを女子高生化させた政治風刺劇で大顰蹙を
「生徒会の短編映画に負ける訳にはいかないじゃない。演劇部の意地を見せてやろう」
「それは意地を見せると言うよりカゲちゃんの性癖披露なんやない?」
確かにミハルの言う通りかもしれない。
一瞬躊躇いそうになったが、それでも表現の自由の限界を攻めるという思いつきの誘惑には耐えられなかった。
「全員全裸で演技した伝説の公演に比べたらそれくらいたいしたことないよ!」
††††† 登場人物紹介 †††††
細川
斎藤
伝説の公演・・・過去に何度か計画され、その都度横槍が入ったらしい。ボディペイントを施したものだったようだが詳細は記録として残っていない。
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