令和3年5月

第26話 令和3年5月1日(土)「デスマーチ」日々木陽稲

 今日から5連休だ。

 昨日欠席した可恋は7連休だが、そのすべてを最近手つかずだったNPO法人の仕事に当てるという。

 彼女は体調管理に長けているので過労の心配はしなくてもよさそうだが、その仕事振りは大人顔負けだ。

 折角のお休みなのにのんびりできないなんて。

 わたしはそんな彼女を少し寂しい気持ちで眺めていた。


 ……遊びに行けたら良かったのに。


 忙しい中でも気分転換を兼ねて1日くらいは遊びに行けたらと思っていた。

 しかし、いま国内ではより感染力の強い変異型が猛威を振るっている。

 普通の人よりもリスクの高い可恋の体質を思えば、いまはまだ我慢するべき時期だろう。


 仕事中は部屋に籠もって集中している可恋も、休憩中はリビングに顔を出してわたしの相手をしてくれる。

 昼下がりのいまもわたしの向かいでクッションに座り、自分で淹れた紅茶を口にしていた。


「ひとりでも多くの人と仲良くなろうという方針はこれからも続けていくけど、これだけじゃあ初瀬さんに勝てないと思うのよ」


 そんな可恋を前にわたしは自分の考えを披露する。

 細かなことはまだ決まっていないが、近々ミス臨玲コンテストが開催されることになった。

 わたしはそれに参加し、可恋のために勝たなければならない。


「それでね、考えてみたんだけど」


 わたしの言葉に可恋は興味深そうに目を細めた。

 テーブルの上に置かれた紅茶に口をつけてから話を続ける。


「連休中に新しい制服のデザインを考えて、それを公表しようと思うの」


 ミス臨玲コンテストなのに生徒会長選挙のようになってしまうが、いまどきのコンテストで容姿だけを競うというのは時代遅れだろう。

 それに可恋はわたしを副会長に指名し、来年度の生徒会長選挙に立候補させようとしている。

 その前哨戦だと思えばいい。


「良いね」と可恋の口元がほころぶ。


 臨玲高校の制服は生徒からは人気がない。

 伝統があると言うが、いまの時代には相応しくないと思う。

 野暮ったいワンピーススタイルで裾は長く、着ている人の魅力を全然引き出していない。

 入学前からわたしはこの制服の改善を高校生活最大の目標としてきた。


「いまのところ、こういうデザインを考えているのだけど……」とわたしは冬服と夏服のラフスケッチを可恋に見せた。


 学校の制服は様々なタイプの人が着るものだ。

 高校だから10代後半という共通点はあるものの、純ちゃんのように筋肉隆々の子もわたしのようにちょっぴり幼い見た目の子も同じデザインの服を着ることになってしまう。

 わたしがこれまでデザインしていた服は特定のターゲットに向けたものだった。

 可愛さを強調したい時、前に向かって進んでいく時、気持ちを切り換えたい時、誰かに気づいて欲しい時などなど。

 しかし、学校の制服はその学校に入学したら好むと好まざるとにかかわらず着なければならない。

 どんな気持ちの時だってその制服だ。

 誰でもいつでも着られる服のデザインは難しかった。


 それでも時間を費やして考えに考えたものを見てもらう。

 これまでにも何度かこういう機会があったが、この最新版は自信作だ。


 可恋はじっくりとスケッチを見つめた。

 わたしは採点を待つ気分で固唾を飲む。

 やがて、顔を上げた彼女は「ファッションのことは分からないけど」と切り出したあと、「これだけなの?」と物足りなそうに言葉を続けた。


「いま臨玲の制服って冬服と夏服の2種類だけだよね。もっと増やすの?」


「そうじゃなくて……」と可恋はわたしが書いたスケッチに再び視線を落とす。


「冬服、夏服、それぞれは良いんだけど、ちょっと統一感に欠けるかなって思ってね。そして、どうせならもっと統一したデザインで体操服や鞄なんかも作った方が良いんじゃないかって」


 言われてみればその通りだ。

 制服は臨玲のブランドイメージそのものだ。

 そこを変えるのであれば統一感は必要になる。

 可恋が言うように体操服や鞄など制服以外のファッションにもこだわった方が良い。


「制服改革をピーアールに使うというのは悪くないと思うよ」と可恋は微笑んだ。


 わたしは笑顔で「ありがとう」と答えるが、内心は忸怩たるものがあった。

 本来であれば自分でこの発想にたどり着かなければならない。

 ファッションはわたしのフィールドなのに個々のデザインにばかり目が行って大切なことを見落としていた。


「デザインが決まったらサンプルを作ってもらうのも良いかもしれないね」


 可恋は簡単そうに話すが現実はそんなに容易いことではない。

 まず素材の問題があり、次に製法の問題がある。

 価格のことも考えなければならない。

 丈夫であることは大事な条件だし、洗濯のことだって考慮しておく必要がある。

 絵で描くだけでも大変だ。

 しかし、実物を作るとなるとその何十倍もの苦労が待ち構えているものなのだ。


 口角泡を飛ばす勢いで説明したところ、可恋は「なるほど」と頷いた。

 分かってくれたかとホッとすると、「やり甲斐があるね」と彼女は魔王っぽい笑みを浮かべた。


「無理だよ!」と思わず叫んでしまう。


「全部は無理でもできるものはあるでしょ? ラフスケッチを見せるのとサンプルを見せるのでは印象が大きく違うんじゃない?」


「それはそうだけど……」


「ゴールデンウィークが明けたら翌週に中間テストがあって、コンテストはその1週間後くらいを目処にしていたんだけど、もう少し間を空けようか。試験勉強もあるだろうし」


 それでもすでに5月に入っているから残り1ヶ月を切っている。

 可恋はさらに「もちろんテストでも恥ずかしくない成績を残してね」と圧をかけてきた。

 彼女がこうした態度を取るのはわたしのためだと分かっていても、そのプレッシャーは簡単に撥ね除けられるものではない。


「ひぃなならできるよ」という殺し文句に「じゃあ、披露する時にモデル役をお願いするね!」とわたしは反撃した。


「いいよ。それならスラックスタイプの制服もデザインしてね」


 返り討ちにあった。

 可恋は許可を受け、臨玲ではスラックスを着用している。

 臨玲のセーラー服をアレンジしたもので、わたしも制作に関わった。

 制服作りの大変さはその時に味わったし、当然可恋も知っていたはずだ。


 わたしはヤケになって「分かった。両方のタイプを用意するから」と宣言する。

 どうせいつかは考えなければいけないのだ。

 それが早いか遅いかだ。


 可恋は満足した顔で「頑張って。応援しているよ」とわたしを励ます。

 うまく丸め込まれたような気もするが、言ってしまったものは取り消せない。

 まだ何もしていないのに泣きを入れる訳にはいかないのだ。


 こうしてわたしのゴールデンウィークの予定が決まった。

 可恋ばりに働きづめになってしまいそうだ。

 これもわたしを寂しくさせない可恋の気遣いだと思うことにして頑張っていこう。




††††† 登場人物紹介 †††††


日々木陽稲・・・臨玲高校1年生。可恋と同棲中。将来の夢はファッションデザイナー。可恋から高校在学中に起業して年商1億円を達成するように言われている。


日野可恋・・・臨玲高校1年生。次期生徒会長。中学生の時からNPO法人の共同代表を務めている。お飾りと見る向きもあるが代表としての実務をこなしている。

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