第68話 令和3年6月12日(土)「映研」梶本史
休日に部室に集まって、やることがお喋りだけというのはどうかとも思うが、部活だと言われればあたしには断ることができない。
特に趣味もないので、無駄に土日を潰すよりは有意義だと思いたい。
「初瀬紫苑と進展はないの?」
小顔に不釣り合いなほど大きな眼鏡を掛けた部長があたしに聞いた。
顔を合わせるたびに尋ねる恒例行事のようなものだ。
「はい、すいません」と肩をすくめて答えるところまでがセットになっている。
「そっか。頑張ってね」と部長はあたしを励ますだけで責めたりはしない。
ここは映研の部室だ。
古い映画のパンフレットが押し込まれた棚や映画雑誌が入った段ボール箱が女子高らしからぬかび臭さを放っている。
それを気にすることなく机の上にお菓子を並べてお喋りに花を咲かせていた。
映研が映画研究会なのか映像研究会なのかは実は意見が分かれている。
廃部状態だったこの部をいまの部長が復活させたものの、正式名称は「映研」だったそうで部長にも事の真相は分からないそうだ。
部長の
「そういや
そう質問したのは同じ1年生で別のクラスの
ほかの部員からは珠実という名前から「タマちゃん」と呼ばれている。
あたしにもそう呼ぶように言ってくれたが、なんとなく呼びづらくていまも「王寺さん」呼びのままだった。
「日々木さんと」とあたしが答えると真っ先に食いついてきたのは部長だった。
「マジ! 美少女同士の最高の組み合わせじゃない! 写真は? 映像はないの?」
初瀬さんは人気女優ということもあって校内で顔を知らない人はいない有名人だ。
一方、日々木さんもその容姿と生徒会副会長という要職により全校生徒に顔を知られている。
初瀬さんがもの凄いオーラを背負って人を寄せつけない感じなのに対して、日々木さんは人間離れした――ある意味作りものめいた人形のような――完璧な外見にも関わらず雰囲気はとても友好的だ。
このふたりが社交ダンスでペアを組めば注目されないはずがない。
「ありません。ですが、ダンスは素晴らしかったです」
社交ダンスなんてまったく興味がなかったし、他人が踊ることにも関心はなかった。
そんなあたしでも目が離せなかった。
とりわけ初瀬さんの存在感は圧倒的だと言えた。
「どうして私はそこにいなかったの!」と部長が嘆く。
「留年すれば来年は同じクラスになれるかもよ」とからかうのは榊原先輩だ。
その言葉に部長は腕を組み真剣に考え込む。
ひとつ間違えば留年すると本気で言い出しかねない感じなのに、誰も関心を払わない。
「日々木さん相手なら初瀬さんが男役だよね。彼女の男装も映画で見てみたいよね」と話し出した王寺さんは早口で「次の映画の撮影がもうすぐ始まるって話だし凄く楽しみだよね。有名なミステリの映画化だって聞いたから原作を読んでみたけど、イメージ的にはバッチリって感じ」とまくし立てた。
「ただね、過激なシーンがありそうだから大丈夫なのかな~」という言葉とは裏腹に彼女はとてもワクワクしている。
「キスシーンでもあるの?」と榊原先輩が興味深そうに身を乗り出すと、「もっと凄いんですよ!」と王寺さんは目を輝かせる。
王寺さんは机の上に身体の半分以上を投げ出すと、先輩の耳元で何か囁いている。
すると、先輩は大げさなほど「ええー!」と声を上げて身を仰け反らせた。
「マジで? ヤバいじゃん!」「このシーン、どんな風に映像化するのか楽しみなんですよ!」
ふたりの盛り上がりに蚊帳の外にいた部長が「え? 何の話?」と割り込んできた。
しかし、榊原先輩が「秘密~」と言ったから「えー! 教えてよ~」と部長が叫び、部室内はとても騒がしくなった。
「うるさいわね」とそれまでスマートフォンを眺めていた剣持先輩が顔を上げる。
美人だが険のある顔つきだ。
あたしは睨まれただけで身を竦めてしまうが、3人はまったく気にせずに「教えてっ!」「嫌よ~」「嫌です」と甲高い声を出し合っている。
「あー、もう。うっさい、うっさい、うっさい!」と剣持先輩は3人の喧騒をかき消す勢いで喚き、あたしは耳を塞ぎたくなった。
「史ちゃんが困っているじゃない。みんなやかましすぎだよ」と騒ぎの原因のひとりだった部長がみんなを窘めた。
そして、「部活動中なんだから、しっかり情報は共有しよう」とどさくさに紛れて話を戻す。
榊原先輩は肩をすくめ、王寺さんは「初瀬さんの次の映画、かなり際どいシーンがあるんですよ。どんなシーンかは自分で読んでみてください」と種明かしまではしなかった。
「えー、でも、小説読むのって面倒じゃない」と乗り気ではない部長に、「アニメ見る時だって原作を完読しておくのがマナーじゃないですか」と王寺さんはオタクの常識っぽいものを持ち出している。
「そろそろ本気で初瀬紫苑を連れて来なさいよ」
黙ってみんなの会話を聞いていたあたしに、剣持先輩が冷たい視線を向けた。
思わずビクッとしてしまうほどキツい口調だった。
彼女はこれまで初瀬さんの話題に混ざることがなかったため興味がないと思っていた。
「……」
あたしは言葉を返せずに目を伏せる。
部長から映研に入部するよう誘われたのはあたしが初瀬さんと同じクラスだったからだ。
映画に興味があった訳ではないが、頼み込まれて断り切れずに部室に顔を出すようになった。
この楽しげな雰囲気になんとなく居ついてしまった。
だが、部長があたしを勧誘した目的――初瀬さんとお近づきになることはまったく果たせていない。
「気にすることないって。コイツ、初瀬紫苑から芸能事務所を紹介してもらいたいだけだから」
ニヤニヤ笑いながら榊原先輩があたしを庇ってくれた。
剣持先輩は目を吊り上げて、「何よ、悪い?」と榊原先輩に噛みつく。
「菜種もだけど、後輩任せにしないで自分の力で初瀬紫苑と仲良くなるのが筋じゃないかな」
部長は自分の名前が出たことで王寺さんからこちらへと視線を移した。
剣持先輩は言い返さずに口をへの字に曲げている。
あたしはこの場をどうやり過ごせばいいか分からず、ただ小さくなっていた。
その時、スマートフォンに着信があった。
発信者は「日々木さん」だった。
先輩たちに「すいません」と断ってから電話に出る。
しかし、驚いたことに相手の声は日々木さんではなかった。
「梶本さんって映研よね。ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「えっ、初瀬さん?」
あたしのその声で室内の空気が一変した。
同じクラスなのにこれまで初瀬さんと話したことはなかった。
突然のことにあたしの心臓がバクバクと鳴り出した。
周囲が聞き耳を立てていることに気が回らないほど、あたしはパニック寸前だった。
……お姉ちゃん、助けて!
遠くアメリカにいる姉に助けを求めたくなるくらいいっぱいいっぱいだったあたしは、当然のことながら初瀬さんの質問にろくに答えることができずに会話を終えてしまったのだった。
††††† 登場人物紹介 †††††
梶本
榊原
剣持
初瀬紫苑・・・臨玲高校1年生。令和元年冬に公開された『クリスマスの奇蹟』という映画でブレイクした女優。カリスマ的人気を誇るがメディアへの露出はほとんどない。
日々木陽稲・・・臨玲高校1年生。ロシア系の美少女。幼さは残るがその美しさは完璧に近い。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます