第394話 令和4年5月4日(水)「クイズ大会」西口凛

「問題です。今年の大河ドラマ『鎌倉殿の13人』で主演の小栗旬さんが演じているのは北条義時である。○か×か」


 壇上で司会者の女性が問題文を読み上げると参加者の前に張られていたテープが外される。

 50メートルほど先には○と×が描かれた看板があり、その間を三角コーンで仕切っていた。

 スピーカーからは時を刻むカチッカチッという音が流れている。


「えーっと、丸だよね?」と私は自信なさげに確認するが誰からも明確な反応が返ってこない。


 残念ながら地元とはいえ女子高生に大河ドラマは関心を持たれていないようだ。

 これが日本史のテストならもっと確信を持てたかもしれないが、クイズと言われるとどこか落とし穴があるのではと疑ってしまう。


 残り時間を告げる音がより大きく、より鋭くなった。

 私たちの周りにいた参加者が走り出し、ますます焦る気持ちが募る。


「○の方が多いからあっちが正解でしょ」と森薗さんがなんでそんなことも分からないんだという口調で言った。


「でも、引っ掛けって可能性も……」


「1問目からいきなりそれはないんじゃないかなあ」と染井さんが私の懸念を払拭する。


「動かないと間に合わないよ」と園田さんにも言われ、私たちはようやくスタート地点を離れた。


 カウントダウンの音が更に切迫感を増す。

 追い立てられるように○ゾーンに駆け込み、私たちが入るのを待つようにブザーが鳴った。

 スタッフがテープを張ってこれ以降の移動を禁止する。


「正解は、○です!」と司会が解答を告げ、参加者の間からは喜びよりもホッとした空気が流れた。


 大半が○ゾーンにいたようで、まばらだった×ゾーンの人たちはスタッフに誘導されグラウンドの隅へと連れて行かれる。

 一方、正解した人たちもすぐにスタート地点に戻るよう指示された。


「これ、メッチャ大変じゃない?」

「もっと走りやすい格好で来れば良かった」

「荷物が邪魔」


 そんな声が参加者の間で交わされている。

 私はそれを聞きながらゆっくりと歩く。

 息を整える必要があったからだ。


「クラスメイトを何人か連れて東女のクイズ大会に参加して欲しいの」と日々木さんに言われたのはゴールデンウィーク前のことだ。


 昨日行われた高女のライブコンサートや明日開催予定である臨玲のファッションショーは各校の全力を傾けたような――つまりお金を相当掛けた――イベントなのに対して、東女のクイズ大会はあくまで生徒主体のイベントだと聞いている。

 どうしても他と比べると見劣りするので集客を危惧するのは仕方がなかった。

 合同イベントの責任者である日々木さんが私にそう頼むのも理解できることだった。


 だが、それだけで引き受けたのではない。

 私は中学生の頃に東女の文化祭に行ったことがあった。

 県内でも文化祭に力を入れていることで知られ、その出来映えはとても高校生の手によるものとは思えないほどだった。

 小学生の頃に家が近かったこともあり臨玲の文化祭の華やかさに憧れを抱いたが、東女の文化祭はさらに衝撃を受ける代物だった。

 ……東女の偏差値はあまりに高く、進学は諦めざるを得なかったけれど。

 そんな東女のイベントだからそこまで見劣りするものではないだろうと思ったからだ。


 それに私は臨玲のイベントにはほとんど関わりを持っていない。

 怪我をしたキッカを始めクラスには何人か真剣に取り組んでいた人たちがいた。

 それなのに、直前になってやる気を出して関わった顔をするのは間違っていると思ったのだ。

 そこで日々木さんの頼みを聞くことにした。

 森薗さんたちに声を掛け、こうしていま東女のイベントに参加している。


「1時間ごとに開催予定のこの○×クイズで最後まで残った人は夕方行われるクイズ大会Finalに参加できます。また、初瀬紫苑さんとのツーショットを撮影するという豪華報酬も用意されています!」


 司会の煽り言葉に歓声が沸く。

 彼女のクラスメイトである私たちですらいまだにツーショットは愚か同じ写真に写る機会がこれまでなかった。

 証拠がないと中学時代の友人に同じクラスであることを疑われた人もいたくらいだ。


 何問かを重ねるうちに問題が非常に易しいことに気がついた。

 だからまだまた参加者は大勢残っている。

 厳しいのはクイズの難易度よりも体力的なことの方だ。

 過ごしやすい気温だが、快晴の空の下を走り回っている。

 インターバルが短く、休む間もない。


「無理……、もう走れない」と真っ先に音を上げたのは森薗さんだ。


「蘭花、おぶって……」


「ダメよ。染井さんだって疲れているのだから」


「だったら、西口で良いから」


「どうして私が森薗さんを背負わなきゃいけないのよ」


 そんなやり取りをしていると本当に森薗さんが脱落した。

 時間切れになったのだ。

 私たちのグループの中で彼女ひとりだけ先に退場する。


「問題です。東女と高女、学校の歴史が長いのは東女である。○か×か」


 時折、こうした当てずっぽうでないと解けない問題も出て来る。

 当然足が止まる。


「ここで考えるより、ゴールの近くまで行って考えた方が良くない?」と提案したのは野中さんだ。


「そうだね」と答えつつ、もっと早く気づくべきだったと後悔する。


 毎回全力疾走していたが、これなら走る距離は短くて済んだ。

 しかし、得てしてそれに気づく頃には時既に遅しといった感じで、私たちはその問題で不正解となってしまった。


「クイズ大会以外にもいろいろやっているのね」と森薗さんがグラウンドの端の日陰に座って入場時に受け取ったパンフレットを眺めていた。


 私たちもそこのベンチに腰掛けて持って来た水筒に口をつける。

 参加中は水分補給をする余裕もなかった。


「あっちに自販機があったよ」「行ってくる」「荷物、預かってくれればいいのに。先に水筒を空にしなきゃね」


「臨玲祭の時に荷物を預かるのはトラブルの元だから禁止されたんだよ」と私もその会話に参加する。


 昨年秋の臨玲祭。

 私はメチャクチャ張り切り、中心となって落語会を開催した。

 しかし、結果は撃沈だった。

 特に二日目は客寄せのために噂を流し混乱を招いた。

 しかも集まった観客がろくに落語を聞いてくれないという最悪の展開だった。

 東女の文化祭とは雲泥の差だ。

 外観はそれなりに整えられたが、落語への取り組み方は個人差が大きく客に見せられるレベルだったのは三分の一ほどだったのではないか。

 正直自分の力量不足を痛感した。

 せめて頑張って落語らしい落語を演じてくれた人にもっとちゃんとした反応があったら……。

 受けたのは初瀬さんの演技や日野さんの手品だけだった。


 私がもの思いに耽っていると、第1回のクイズ大会が終わったようだ。

 校内放送で勝ち抜いた参加者のインタビューが流れてきた。


『高女のクイズ研究会に所属しています。他校でも興味のある方は連絡ください。一緒にクイズをやりましょう! 挑戦、大歓迎です』


「さすが」という声や「プロが出たらダメでしょ」という非難が飛び交う。


 そして2回目のクイズ大会の開始時間がアナウンスされた。

 あと10分ほどだ。


「どうする?」と聞くと「パス」「あたしも」「ここで休んどく」と口々に返答がある。


「だらしないわね。わたしが勝ってくるから待ってなさい」と立ち上がった森薗さんが「蘭花、行くよ」と染井さんの腕を掴む。


 それを見て私も立ち上がる。

 残るメンバーに「荷物、頼める?」とお願いし、森薗さんたちの分まで預かってもらう。


「西口は来なくていいのに」


「いいじゃない。こういうのは参加することに意義があるのよ」


 ただの観客で終わってしまうのは寂しい。

 作り手に回れなくても、盛り上げに一役買うくらいはしたい。

 くたくたになるまで走った記憶はずっと残るはずだから。




††††† 登場人物紹介 †††††


西口凛・・・臨玲高校2年生。1年次はクラス委員長を務めていた。臨玲では習熟度別授業や選択授業が増え、クラス単位で行う授業は体育などごく一部となった。それによりクラス替えがなくなった。一方、クラスの各委員は変更するよう推奨されている。


森薗十織とおる・・・臨玲高校2年生。


染井蘭花・・・臨玲高校2年生。


日々木陽稲・・・臨玲高校2年生。生徒会副会長。3校合同イベントの責任者のひとり。


初瀬紫苑・・・臨玲高校2年生。クラスメイトとはまったく打ち解けようとせずに1年間過ごした。

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