第387話 令和4年4月27日(水)「間近に迫って」麻生瑠菜
「それでね。彼女、『臨玲、ヤバい』って何度も言っててね。最後には『なんであんなにモデルみたいな人ばっかりいるのよ!』と溜息を吐いていたよ」
夜は隣りにあるいぶきの部屋で過ごすことが日課となっている。
ここ半年は共に3校合同イベントの実行委員となったため話題には事欠かない。
彼女はあたしの友だちたちとは違って、ドラマやユーチューブの動画にはあまり興味がない。
このようにいくらでも話せるネタがあるのは好都合だった。
今回は臨玲高校で開催されるファッションショーに
昨日、高女と東女の数人ずつが臨玲に行き、初めて本番の舞台でリハーサルを行ったのだ。
その参加者は今日学校で口々に昨日の体験を語っていたようだ。
映画女優の初瀬紫苑さんに会えなかったことは残念だったみたいだけど、舞台の豪華さと臨玲のモデル役を務める生徒のレベルの高さが絶賛されていた。
あたしはそれを聞いて、
一方、友人は少し気後れを感じたようだ。
「高女から来た人たちはみんな可愛くていかにも高女らしいって臨玲では言われていたよ」
「そうだよね。高女らしい人を選んでってリクエストされたから腕によりをかけて選んだんだよ。なかなか粒揃いになったねって実行委員の間では自信があったんだけどなあ」
最初に臨玲でファッションショーを行うと聞いた時はモデルの半分を
オシャレに関しては、高女は鎌倉の高校の中でもずば抜けているという自負がある。
東女はガリ勉集団、臨玲は古臭い制服を着た時代遅れのお嬢様の学校と揶揄する声がつい最近まであった。
昨年の秋に臨玲の制服が一新されそういう声は止んだが、意識の方は簡単には変えられない。
「いぶきがモデルに選ばれないほど臨玲が美人揃いだったとは思わなかったよ」
臨玲がモデルを選考したのは意外なことに今月に入ってからだ。
時間があったのだからもっと事前に決めているのだと思っていた。
いぶきに依ると、新入生も含めバラエティに富んだメンバーにしたいかららしい。
実際、高女や東女っぽい子は臨玲から選ばれなかったようだ。
「いぶきは東女っぽい感じがするからそれで外された?」と尋ねると、「それはあるかも。でも、もっと相応しい人はたくさんいるから」と否定はしなかった。
「集まったメンバーを見た時はもっと綺麗な人はいるのにって思ったの。だけど、舞台を歩く様子を見たら雰囲気があってね。決めた人たちはそういうところを見ていたんだなって」
単純な顔の良さやプロポーションの素晴らしさではなく、もっと別の要素を基準に選出したんじゃないかといぶきは推測している。
選んだのはプロデューサーとファッションデザイナーのふたりだそうだ。
特に、入学したばかりでプロデューサーを務める1年生がかなり優秀らしい。
「見た目は普通。ちょっと話したくらいでも印象は変わらない。それなのに一緒に何か行うとガラッと評価が変わるタイプ」
「いぶきよりも優秀?」と問うと、「私はせいぜい学級委員長って感じだけど、彼女は全国レベルの大規模な部活をまとめ切れる逸材って感じかな」といぶきは答えた。
あたしは
彼女は3年生なので貫禄があった。
そこに音楽の才能、実績、そしてカリスマのような人を惹きつける魅力があり、多くの部員たちから慕われている。
入学早々にあんな雰囲気を醸し出せるとしたらとんでもないことだろう。
「日野さんは入学式の時点で新人教師より遥かに風格があったけど、彼女は見た目から高校生離れしていたからね」といぶきは上には上がいることを示す。
こういう話を聞くと、臨玲が普通の高校ではないと分かる。
お嬢様学校としての長い歴史がそういう生徒を受け入れる土壌を作っているのだろう。
あたしは「やっぱり臨玲って凄いね」と感嘆する。
すると、何を思ったのかいぶきは少し顔をしかめて「あの事件があって……」と話題を変えた。
「昨日、全校集会が行われて生徒会副会長が事件の経緯を説明し、メディア対応について注意喚起をしたの。メディアの取材を受けないことや、一部ネット上で臨玲生徒への批判の声があるけどそれに反応しないようにって」
「そんな声があるの!?」とあたしは驚く。
事件とは地下鉄の階段でいぶきの友だちが通りすがりの男の人にぶつかって転倒し足の骨を折ったというものだ。
明らかに故意だったらしい。
いぶきから聞いた時は憤りのあまりかなりヒドい口調でわめき散らしてしまった。
あたしのように犯人に対して怒るのなら分かるが、被害者を批判するなんてまったく理解できない。
「らしいね」といぶきは頷くと、「それを聞いて抗議すべきだって意見も出たんだけど、副会長が不毛な議論に労力を割くのではなくファッションショーを成功させることが悪意に打ち勝った証明になると訴えたの」と言葉を続けた。
「おお……」
「それまでファッションショーに関わる人以外はそれほど盛り上がっていなかったのに、急にひとつになったっていうか……。元々、臨玲はお嬢様層と一般層ではっきり分かれていて交わることはないんだけど、いまはとてもまとまっていて怖いくらい」
「えー、いいじゃん。
あたしにはいぶきの不安が理解できない。
いぶきもその不安の中身をうまく言葉にできないようで、悩ましげな表情のまま口を閉ざす。
だからあたしは自分の感情を優先してしまった。
「本来主役のはずの生徒のパフォーマンスが前座扱いって絶対おかしいよ。みんな頑張っているんだよ」
この愚痴は今月に入ってから何度もいぶきに話している。
彼女に言ったところで解決しないし、迷惑だろうと分かっていても1日1回は言ってしまう。
「ジャズバンドなんてかなり凄いものができそうなのに聴いてもらえないんじゃ……」
毎日チラシを配ってライブの学生パートの認知度アップに努めているものの、残念ながらその効果はほとんど感じられない。
かなり無理を言って参加してもらったのに、客席がガラガラでは演奏する人たちに申し訳ない。
途中入場不可という案は学校側に一蹴された。
「……ジャズなら初瀬さんにヴォーカルをしてもらうとか」
いぶきの呟きを聞き逃さず、あたしは「できるの!?」と彼女に詰め寄った。
顔と顔が触れ合うほどの距離。
だが、彼女は「思いつきを言っただけだから」と目を逸らした。
「考え事をしていたから思ったことがそのまま口から出てしまったの。初瀬さんが受けてくれるとは思えないし、そもそも彼女の歌唱力がどれほどか分からないから」
確かに普段のいぶきであればこんな不用意に発言することはないだろう。
あたしをぬか喜びさせるだけだから。
しかし、いまのあたしは藁にもすがりたい気持ちだった。
「万に一つの可能性でも賭けてみる。断られても状況が悪くなるわけじゃないし」
あたしの決意表明に、いぶきは仕方ないなという顔つきで「初瀬さんは明日の打ち合わせに顔を出すって聞いているから交渉できるように頼んでみる。あとは瑠菜が頑張って」と言い出した責任を取ってくれた。
明日放課後までに
そして、天下の映画スターを口説き落とす。
あたしの、無謀な挑戦の幕がいま切って落とされた。
††††† 登場人物紹介 †††††
麻生瑠菜・・・高女の2年生。合同フェスの実行委員。モデルに推す声が相当あったが、実行委員ということで辞退した。親元を離れ寮で暮らしている。
香椎いぶき・・・臨玲高校2年生。合同イベントの実行委員。確実に家を出るため不合格の可能性のある東女ではなく臨玲を選んだ。
初瀬紫苑・・・臨玲高校2年生。若者に絶大な人気がある映画女優。それぞれの高校のメインイベントに参加することが決まっている。
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