第395.5話 令和4年5月5日(木)「ファッションショー」笠井優奈

「マジ、スゲえな……」


 中学2年の秋に文化祭でファッションショーを開催した。

 公立中学の文化祭だ。

 どうせチャチなものだろうと始めは思っていた。

 だが、みんなが懸命に取り組み、予想以上のものが出来上がった。

 あの時のやり遂げた気持ち、成功体験はいまもアタシの中に強く残っている。


 あれから2年半が経つ。

 私立のお嬢様学校のイベントだからお金のかけ方が段違いだし、モデル役の学生も美人揃いだった。

 文化祭の前に見学に行った本物のファッションショーと比べてもまったく遜色がない。

 いかに環境が整っているとはいえ、それだけのものを作り上げることができる。

 そのことにアタシはショックを受けていた。


「臨玲高校をここまで建て直したのも日野さんの力なんでしょうね」


 アタシの隣りの席で美咲が感嘆の声を上げる。

 彼女は評判を落としていた臨玲を避けて東京の高校に進学した。

 その選択を後悔してはいないと言うが、中学時代よりも大人びた顔には羨望の思いが浮かんでいるように見えた。


「その日野さんが入院してもこれだけのショーをやり遂げたんだから日々木さんも凄いよね」と素直に称賛したのは彩花だ。


 ショーの最後に女優の初瀬紫苑が登場し、ランウェイの先で服を脱ぎ捨てた。

 その下からは奇抜な衣装が現れ、観客席にどよめきが生じた。

 舞台へと戻る彼女を正装した日々木さんが出迎える。

 いまや若手ナンバーワンの映画女優と堂々と並び立つ彼女の姿に月日が経ったことを感じる。

 外見はほとんど変化していないが、貫禄と自信が身体全体からにじみ出ているようだった。

 その隣りに日野がいないことを感じさせないと言うと言い過ぎだろうか。


 アタシたち5人――アタシ、美咲、彩花、綾乃、ひかり――は日野に招待されてここにいる。

 昨年のこの時期に日々木さんのパフォーマンスにアタシとひかりが協力したお礼だという話だった。

 このファッションショーは県内在住の(あるいは県内の学校に通う)中高大学生やその年齢の若者なら無料で観覧できることになっている。

 とはいえ希望者が多すぎて入場チケットは抽選での配布となった。

 当然だろう。

 あの初瀬紫苑がモデルとして出演するのだから。


 1ヶ月前ほどに日野からアタシに連絡があり、チケットを最大5枚用意すると言われた。

 ダンス系ユーチューバーであるひかりのマネージャー的なことをしているアタシにとってこういうショービズは勉強の場でもあった。

 そして、高校に行っていなかったアタシにとってほかに誘うとしたらこのメンバーしか考えられない。

 連絡は時折取り合っていたが、こうして全員が顔を揃えるのは随分久しぶりのこととなった。


「日々木さんのファッションセンスに磨きがかかっていましたね。特に最後のデザインはどうなっているのか近くで拝見したいです」


「いろいろなタイプの人がいて、それぞれに合った服を着ていて日々木さんらしいなって感じたなぁ」


 アタシを挟んで美咲と彩花が感想を述べ合う。

 彩花の隣りに座る綾乃は「彩花にピッタリの衣装もあったね」と相変わらず彩花しか見ていない印象だ。

 一方、美咲の横にいたひかりは「最後の、カッコ良かったよね。わたしも着てみたいな」と目を輝かせていた。

 アタシは服のことよりもこのショーにいったいいくら掛かったのか気になったが、話の腰を折らないよう口にはしなかった。


 二度のカーテンコールが行われ、盛大な拍手がわき上がる。

 観客の規模も中学の時よりかなり増えていた。

 それに今日のショーの様子はインターネット上に配信されるし、深夜には地上波でもダイジェストが放送されると聞いている。

 学生の手作り感はほとんどなく、それがさも当然のことのように思ってしまう。


 落とされていた照明が点くとここが学校の講堂であることに改めて気づく。

 講堂自体は公立中学校のそれとたいして変わりはない。

 そこにセットが組まれ、演出用の舞台装置が設置され、横断幕などが用意されて舞台を盛り上げていた。

 ひかりのダンス動画を作っているうちにそういうところに目が行くようになった。

 多くの人が気にも留めずに見ている背景がダンスを見栄え良くしたり、映像に魅力を与えたりする。

 このショーも2年半前の舞台で行っていたらここまでのプレミア感は出なかっただろう。

 たとえ初瀬紫苑がいたとしても。


「日々木さん、会ってくれるって」と彩花が手元のスマホに視線を落としてから言った。


 招待してくれたお礼をしたいと事前に伝えていた。

 ただ忙しいだろうから無理はしなくていいという言葉も添えておいた。

 アタシたちを迎えに来てくれたのは顔見知りの後輩だった。

 臨玲の制服に身を包んでいるが垢抜けない感じの少女。

 中学で翌年の文化祭でもファッションショーを開催したその時の中心人物だ。


「原田さんも臨玲に進学したんだ」と彩花が少し驚いた口調で言ったが、アタシも同じような気持ちだった。


 うちの中学は美咲のような例外を除いてお嬢様学校とは縁遠い。

 アタシらの代は日野や日々木さんなど例外が多数存在したが、後輩にもいるとは思わなかった。


「いろいろありまして」と苦笑を浮かべた彼女は「こちらです」とアタシたちを案内してくれる。


 通されたのは舞台袖の小部屋だった。

 こういうところはお嬢様学校だろうとあまり変わり映えしない。


「来てくれてありがとう!」と日々木さんは笑顔で迎えてくれた。


 背格好は中1くらいからほとんど成長しているように見えない美少女は「松田さん、お花ありがとうございます」と美咲に丁寧に礼を述べている。

 美咲はひかりが出演するイベントにもよく花を贈ってくれる。


「これ、差し入れ。足りるかどうか心配だけど」と彩花がチョコレートの詰め合わせを手渡すと、「わざわざありがとうね!」と日々木さんは満面の笑みで受け取ってくれた。


「素敵だったよ!」などと銘々が感想を述べたあと、美咲は最後の衣装についてかなり突っ込んだ質問をしている。


 アタシはそれを横目に見ながら原田さんに「日野は来てないの?」と質問した。

 チケットの話をした時には一観客として見に行く予定と日野は話していた。

 来ているのならアタシたちより先に日々木のところに向かったはずだ。


「体調の問題もあるのかもしれませんが、このあと生徒会長選挙があってショーの功績は日々木先輩ひとりのものにしたいという計算があるのだと思います」


 なんでも日々木さんでも油断ならない対抗馬がいるそうだ。

 日野を敵に回して平気なのかと思ってしまうが、「まおう……日野先輩がこの選挙にどこまで本気なのかあたしでは分かりません」と原田さんは困惑した表情を見せた。

 視野が広いというか見えているものが違うというか、日野の考えはアタシたちでは予測しづらい。


 ……まあ、臨玲の生徒会長選挙の行方なんてアタシにはどうでもいいことだけど。


 そこへひとりの女の人が顔を出した。

 ピタリと身体に密着していながら淫靡ではなく、女性らしいラインが強調されつつもどこか高貴さを纏う不思議な服を着ている。


「陽稲、記者会見。早く終わらせてこれを脱がせて」


 芸能人の登場にアタシたち5人はわずかに身を固くしたが、日々木さんたちは特に変わった様子もなく「分かった」と応じる。

 そして、「ごめんなさい。慌ただしくて」と日々木さんはこちらに頭を下げた。


「こちらこそ忙しい時に時間を取ってくれてありがとう。日野には招待してくれて感謝しているって伝えておいて」とアタシは彼女を早く解放しようとした。


 ところが、珍しいことに美咲が「後日あの衣装のことでお時間を取っていただいて構いませんか?」と食い下がった。

 日々木さんも足を止めたまま具体的な時間を確認する。

 初瀬紫苑の険のある視線が気になったが、アタシはふたりのやり取りを黙って見ていることしかできなかった。


「美咲、あんな服に興味あるんだ」


 舞台袖の小部屋を出てからアタシは美咲に尋ねる。

 確かに印象深い衣装ではあった。

 しかし、アタシでも着るのに勇気がいるような服だ。

 美咲が着る姿は想像できない。


「高校生になってからですけど、服についてより興味を持つようになりました。日々木さんの影響も大きいと思います」


 彼女の家はお金持ちで、日々木さんに負けないほどの数の服を所有している。

 コロナ禍になる前はよくみんなで服を買いに行った。

 当時から美咲の服装への関心は高かったと思う。


「こんな服を着ることができたら楽しいだろうなと思うようになり、日々木さんの足下にも及びませんが自分なりにデザインを考えたりしているんですよ」


「へぇー、意外な気もするけど、美咲なら意外じゃないか」とアタシは応じる。


 美咲は様々なお稽古事に通っていたと聞いている。

 一方で、趣味らしい趣味はなく、将来これをしたいという展望についても聞いたことがなかった。


「ファッションデザイナーになりないなんて烏滸がましいですが、自分が考えた服を作ってみたいという憧れはあります。最近少しずつ独学で勉強していますし」


「凄いね! 美咲ならきっとできるよ」と彩花が絶賛する。


 決して根拠のある発言ではないが、できるんじゃないかと思わせる響きがあった。

 これこそ彩花の武器だろう。

 美咲も不安げだった顔つきが緩み、「そう言ってもらえると自信がつきますね」と微笑んだ。


 あたしも高校に行かず社会人の端くれのような立場でひかりのサポートをしていると、自分がいかにものを知らないかを痛感した。

 学校の勉強が役に立つかどうかまでは分からないが、このままではマズいと思って通信制の高校に入学することを決めた。

 前から考えていたことではあったが、先延ばししてはいけないと思うようになったのだ。


「みんな、前に向かって進んでいるんだな」とアタシが零すと、「優奈だって頑張っているじゃない」と美咲と彩花が声を揃える。


 中学生の頃、周囲の中で誰よりも前を歩いていると思っていた時期があった。

 いまは最後尾を遅れないようについて行くのがやっとの状況だ。

 楽な方に流れるのは簡単だけど、アタシは美咲や彩花と肩を並べて歩きたい。


「いつか日野にも追いつこうぜ」


 それならとばかりに高い目標を掲げてみたが、返って来たのは「もう少し現実的なことを言おうよ」という綾乃の冷めた声だった。




††††† 登場人物紹介 †††††


笠井優奈・・・悩んだ末に高校進学をしない選択をした。ユーチューバーとして活躍するひかりのサポートをしながら自分の進む道を考えている。


松田美咲・・・高校2年生。東京の名門私立高校に進学した。本来、公立中学に通うような家柄ではなかったが、多様な体験の機会を得た方がいいという親の勧めに従っていた。そこで優奈たちと出会う。


須賀彩花・・・高校2年生。美咲の幼なじみで自分に自信のないタイプの少女だった。しかし、友人たちとの交流や可恋の影響などがあり、次第に自分に自信を持つようになる。いまや誰からも信頼される存在となった。


田辺綾乃・・・高校2年生。成長する彩花に惹かれていつも一緒にいるようになった。高校でもいろいろあったもののふたりの関係は続いている。


渡瀬ひかり・・・ダンス系ユーチューバーのHikariとして活動中。


日々木陽稲・・・臨玲高校2年生。ファッションデザイナーとしての道を歩き始めたばかりだが、初瀬紫苑との独占契約やこのファッションショーの開催などにより一気に知名度を高めた。


日野可恋・・・臨玲高校2年生。生徒会長。昨年の秋から今年の春にかけて入院していた。いまも在宅で治療中。


初瀬紫苑・・・臨玲高校2年生。映画女優。若者に絶大の人気を誇るもののメディアへの露出が少なく、今回のフェスへの参加は世間の注目を集めた。


原田朱雀・・・臨玲高校1年生。優奈たちの中学の後輩に当たる。優奈は朱雀と面識はあったものの、名前まではすぐに出て来なかった。今回のファッションショーではプロデューサーに抜擢されている。

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