第209話 令和3年10月31日(日)「臨玲祭 前編」高月怜南
あいにくの曇り空。
せっかく気合を入れてオシャレをして来たのにと嘆きたくなる空模様だ。
気を取り直して正面を見据える。
臨玲高校の正門はお嬢様学校とは思えぬ凡庸な作りで、『臨玲祭』と記されたゲートも安っぽい感じのものだった。
これなら公立ながらうちの高校の方がマシじゃないか。
そんな風に思ったのに校内に足を踏み入れるのには躊躇いがあった。
一年前はオワコンの学校だと見下していたので、その時ならこんな気持ちにはならなかったはずだ。
それが一年経って臨玲への評価は一変した。
あの初瀬紫苑が入学したこともさることながら、ダサかった制服が最新の流行を取り入れたものになった。
いまも受付に座る生徒たちが誇らしそうにしている……ように見える。
「どうかした?」
無遠慮にそう尋ねたのは誰よりもこの制服を見事に着こなした女生徒だ。
長身で手足が長く、スタイルも抜群。
整った顔立ちはマスクで半分隠れているが、涼しげな目元だけで魅入られてしまう女子がいそうだ。
スカートでなければイケメン男子に見間違えそうなモデル顔負けの少女に向かって、私は「別に」と睨みながら答えた。
そして、怖じ気づいた気持ちをまったく見せないよう胸を張って校内に入っていく。
受付で入場チケットの検分と検温が行われ、晴れて入場が認められた。
その様子を腕組みして見守っていた彼女――澤田愛梨はドヤ顔で「1年生は友人の分のチケットを入手するのは難しかったんだ」と語る。
昨年は無観客で行われたこともあり、今年は保護者やOGから入場を求める声が多数上がったそうだ。
とはいえあまり密になるのはマズい。
割を食ったのは1年生で、去年呼べなかった2年生3年生が優先された。
「ボクは生徒会に入っているから1枚余分に取れたけど、委員会活動をしていない子はかなり倍率の高い抽選になったんだ」
「初瀬紫苑見たさって訳ね」
映画女優の彼女が監督を務めた短編映画のことはインターネット上でも話題になっている。
後日無料公開されるらしいが、ほかの人よりも早く見られる機会というのは貴重だ。
それに、もしかしたら校内ですれ違うことだってあるかもしれない。
サインをもらえたら、メルカリでいったいいくらの値がつくか……。
鎌倉三大女子高としては、オシャレで有名な高女、進学実績の優れた東女に対し、お嬢様学校として知られる臨玲だが、正門同様校内の様子もそれらしい感じがしない。
とりあえず目につくのが、入ってすぐのところにできた人だかりだった。
集まっているのは生徒ではなく着飾った大人の女性たちだ。
何だろうと訝しい視線を送ると、「臨玲ブランドの即売所。臨玲祭限定品も出ていて、生徒はオンラインで買えるけどOGはここでしか買えないんだ」と愛梨が教えてくれた。
制服を一新しただけでなく体操着や防寒着、鞄や文房具等学校生活で使う様々なものを臨玲ブランドとして統一し販売を始めたらしい。
学生向けの品だけでなく、OGが喜びそうな商品も少なくないと愛梨が言った。
「それって日野さんが企んだこと?」と問うと彼女は苦笑しながら頷いた。
OGを煽って、張り合うように臨玲ブランドを買い漁るように仕向けたそうだ。
高級感があり、見た目はゴージャス。
価格は高価だが、それだけの素材が使われ作りも丁寧。
その分、生産量が少なく購入できる機会が限られている。
今後初瀬紫苑の人気を利用してその一部を一般にも売り出す予定があり、臨玲OGは先行して入手できると煽っている。
裕福なOGは海外旅行等ができず、お金の使い途があまりない。
このブランドを立ち上げた日野さんはそのお金を巻き上げることで生徒には安く供給する狙いだという。
「微々たるものだけど、国内経済を回す一環なんだってさ」
引くくらい密になっているので近づきたくはないが、どんなものが売られているのか興味が湧く。
愛梨は自分のスマホから商品のラインナップを見せてくれた。
デザインは素晴らしい。
だが、私の手が届く値段ではない。
「生徒だと出席や授業態度、テストの点なんかで少しずつポイントが入ってそれを使えるからね」
「ニンジンをぶら下げられているみたいね」と正直な感想を口にすると、「それで生徒がやる気になるなら良いんじゃない」と愛梨は肩をすくめる。
この学校はお嬢様学校だが、お嬢様といえどお小遣いは無尽蔵ではない。
好きなだけ買える生徒なんてごく一握りだ。
裕福さがステータスとなるこの学校だと、これらをどれほど身につけているかでヒエラルキーができるような気がする。
学校指定のアイテムだから大手を振って校内に持ち込める訳だし。
競争心を煽りつつも、問題を起こしたらオンラインショップの利用停止やポイントの剥奪といった罰を用意しているのが日野さんらしい。
少なからず存在する庶民の生徒たちはお嬢様たちと張り合おうとはせず、純粋にポイントを溜めて憧れの一品を手に入れようとしているそうだ。
「同じ高校生なのによくこんなことができるよね」
そう感想を述べたものの実際は「同じ高校生」だとは思っていない。
中学の時から彼女は自分たちとは違う存在だった。
見た目も大人びていたが、それ以上に見えているものが私たちとは異なっていた。
いまや彼女は臨玲高校の理事も務めているそうなので、ただの一生徒とはまったく立場が違う。
「美しいお嬢さん方」
人だかりを眺めていると声を掛けられた。
振り向くと、大人っぽい顔立ちの女性がこちらに笑みを向けている。
スカートではなくスラックスを穿き、それがとても似合っている。
愛梨もボーイッシュだが、彼女もどこか男性的な雰囲気を持ち合わせていた。
「おはようございます、新田先輩」
愛梨が挨拶すると「おはよう、澤田君」と彼女は会釈を返した。
そして視線をこちらに向ける。
眼差しから感情は読み取れない。
「演劇部では初瀬紫苑監督作品の舞台を再現し、そこでの写真撮影を行っています。鑑賞してからの方が良いのですが……。ぶっちゃけ、いまは客が少ないので待ち時間なしだよ」
口調とともに表情も崩して彼女は私たちを勧誘した。
今日の来訪者の多くがこの短編映画目的であり、昼頃からは混み出すだろうと予測を口にする。
「映画はネットで公開されるけど、同じセットでの写真撮影は誰もができる訳じゃないからね」と言われれば心が動いた。
愛梨は「高月の好きなように」と言ったので、わたしはついて行くことにした。
エスコートしてくれた先輩は演劇部の部長だそうだ。
「実際に撮影が行われた旧館を使いたかったのだけれど、生徒会が許可してくれなくてね。それでも再現性には自信があるよ」と部長は愛梨をチラッと見ながら説明する。
「現在耐震工事中ですからね」
「つれないなあ」
「会長と交渉してかなりの譲歩を引き出したと聞いていますよ」
ふたりの会話を聞いて、「あの日野さんと……」と呟くと、それを聞きつけた部長が「会長の知り合い?」と尋ねた。
私が「
「容姿もですが変わった人が多かったですね。日野さん、日々木さんだけでなく、高校行かずにユーチューバーになった人や、臨玲レベルのお金持ち、自称天才なんて人もいましたし……」と最後は愛梨の方を見ながら話す。
「それは素晴らしいね。そういう環境は望んでもなかなか手に入らないから」
「……そうですね」
答えながら私は自分が現在通う進学校のことを思い浮かべた。
みんな優秀で勉強はできる。
ただ秀才揃いではあるものの面白味には欠けた。
もっと相手を知れば個性を感じることができるかもしれないが、中学時代とは比ぶべくもないだろう。
自分で選んだ進学先であり、かなりの努力を重ねて合格を果たした高校だから後悔はしていない。
だが、もし1年前に戻ることができたなら私は……。
††††† 登場人物紹介 †††††
高月
澤田愛梨・・・臨玲高校1年生。自称天才。実際勉強もスポーツもかなりできる。中3の途中までは試験などで手を抜いていたが、日々木陽稲と出逢って全力を出すようになった。
日野可恋・・・臨玲高校1年生。生徒会長。入学前から理事長に請われて臨玲の改革に取り組んでいた。現在理事も務めている。
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