第209話 令和3年10月31日(日)「臨玲祭 中編」高月怜南
壮麗なクラシック音楽とともに幕が上がる。
スクリーンに映し出されるのは異国のような光景だ。
赤い絨毯ときらびやかなシャンデリア。
美しいドレスを着飾った蕾たち。
そこはつい先ほどまで居たのと同じ舞台なだけに、不思議な感覚があった。
演劇部の部室に再現されたセットは豪華で、とても高校の文化祭とは思えないレベルだった。
しかし、こうして映像で見ると更に凄く、本物の上流階級の舞踏会に紛れ込んだかのような錯覚すら感じてしまう。
真っ先に目が行くドレスは最新の流行形ではない。
戦前の話だと聞いていたのでもっと古臭い感じかと思ったが、洗練されていてどの衣装も素敵だ。
どれも相当値が張るものじゃないかと思ってしまうのは一般庶民の哀しさか。
カメラは奥へと進み、やがてひとりの少女へと迫っていく。
黒一色のドレスは顔を覆うベールによって喪服のような印象を抱かせた。
そこにナレーションが被さる。
『昭和初期。臨玲高校に通う生徒の中でも限られた人たちだけが参加を許される卒業記念の舞踏会。そこにひとりの少女が招待されてていました』
自然に話しているだけなのに惹きつけられる声。
言わずと知れた初瀬紫苑のものだ。
この映画が彼女の監督作品であることを改めて実感したせいか、観客席から歓声が上がった。
女優かと思うような美しい女性が少女にグラスを手渡す。
押しに負けてそれを受け取った少女はおもむろにベールを外す。
そこに現れたのは息を呑むように完璧な顔の造型だった。
見慣れたはずの顔なのに見とれてしまう。
彫りのある顔立ちにシルクのような白い肌。
神から与えられた奇跡だと言われても信じてしまいそうだ。
愁いに満ちた茶褐色の瞳に、虜にならない男はいないのではと心配になる。
……日野さん、よく許可したね。
ロシア貴族の娘というナレーションに納得しない人はいないだろう。
もともと日本人離れをした容姿の持ち主だが、いまは日本人の血など一滴も混じっていないように見える。
彼女の生い立ちと苦境が初瀬紫苑の声で語られ、思わず感情移入をしてしまう。
華やかな舞踏会とは対照的に彼女の周囲は暗く沈んで見えた。
だが、それを打ち破るように「ドン!」と突き破るように扉が開く音が聞こえた。
首を竦め振り向きたい衝動に駆られた。
それほど臨場感に満ちていた。
画面には赤い絨毯を闊歩する足が映し出されていた。
それは先のカメラと同じように入口から少女へと迷いなく進んでいく。
少女は驚き――というよりは歓喜に近いうっとりした目でこちらを見つめた。
カメラがパンして、少女の前に跪いた男性を捉えた。
男性ではなく男装しただけの女性であることはすぐに分かったが、ナレーションはそれに触れず『歳の離れた亡くなった婚約者の実兄』という説明で押し切った。
中性的ながら少しキツめな面容。
特に目力があって、睨まれたら震え上がりそうと思ったのは彼女のことを知っているせいだろうか。
ただとても貫禄があり、この可憐な少女を救う王子様としてこれほどうってつけの人はいないと思わせるものだった。
少女は差し出された手を取る。
初対面という設定のはずだが、頬は紅潮し身も心もとろけたような顔をしている。
急展開すぎるというツッコミは野暮。
スポットライトに照らされると黒のドレスが輝きを増した。
喪服のように見えたそれは、幼い少女が大人へと羽化する象徴のようにになった。
燕尾服姿の日野さんが舞台中央まで日々木さんをエスコートすると、音楽が情熱的なものへと変化する。
それに合わせてふたりのダンスが始まった。
……ああ、これは誰もふたりの間には割り込めないよね。
日野さんは体幹がしっかりしていて相手への気遣いも素晴らしい。
踊っているだけなのに、その一挙手一投足に深い愛を感じてしまう。
何があろうと日々木さんを守ってみせるという自信の表れ。
それを多くの人に見られるであろうこの短編映画の中で高らかに宣言したと言ってもいいのではないか。
一方、日野さんに身を委ねている可愛い生き物は心底幸せそうで、勝手にやってくれという感想しか出て来ない。
演技なんか関係なくふたりのラブラブなダンスを撮っただけじゃんと言いたくなるが、それを観客が共感できるように撮影した点が監督の力量なのかもしれない。
淀みなく踊るふたりの姿をカメラが追って行く。
それだけなのにこちらまで幸せな気分になってくる。
隣りにいる愛梨はちょっと複雑そうな表情をしていたけどね。
††††† 登場人物紹介 †††††
高月
澤田愛梨・・・臨玲高校1年生。自称天才。陽稲を追い掛けて臨玲に進学したが、ふたりの間に割って入ることはまったくできていない。
日々木陽稲・・・臨玲高校1年生。演じたのは彼女の曾祖母。ロシア系の血を引くがそれほど濃くはない。しかし、生まれた時から外国人のような容姿だった。
日野可恋・・・臨玲高校1年生。生徒会長。
初瀬紫苑・・・臨玲高校1年生。若者に圧倒的な人気を誇る映画女優。今回は短編ながら映画監督に挑戦した。
* * *
「短かったけど、圧巻だったね」
私は興奮が冷めやらないまま感想を口にした。
ほとんどがダンスシーンという短編映画なのに、ここまで心を動かされたのは主演していたのが知っている人間だったからか。
「ボクの登場シーンはちゃんと見てくれた?」
「愛梨も男役でしょ。見た目は良いから様にはなっていたよね」
「見た目だけなのは高月じゃないか」と愛梨は不満を零したが、褒められて機嫌は良いようだ。
「それにしても素敵なダンスだったね」
ケチをつけることの多い私が手放しの賞賛を送ると、愛梨が突然真顔になった。
そして、私の正面に立つと手を取る。
「な、何!」と悲鳴を上げてもどこ吹く風で、彼女は私を相手に踊り出す。
「日野さんの代役を務める可能性もあったから練習を重ねたんだ」
上映会の会場を出てすぐのところで急に踊り出した私たちに周囲が驚きの目を向けている。
ろくに踊れないことよりも抱き合うように愛梨と身体が密着していることが恥ずかしくなり、「みんな、見てる!」と抗議しても彼女は動きを止めない。
陸上部で鍛えているだけあって私の抵抗ではびくともしない。
結局、見回り中の風紀委員に止められるまで踊り続ける羽目になった。
「覚えてなさいよ。……愛梨のくせに」と息も絶え絶えに恨み言を述べると、彼女は「嫌がってなかったじゃない」とのたまった。
「抵抗したよね?」
「止めてと言えば止めたよ」
私が反論の言葉を見つけられずに睨みつけていると、愛梨は仕方ないといった顔で「機嫌直して。お昼、おごるから」と肩をすくめた。
それを聞いて「あんな人前では二度としないでよね」と釘を刺しつつ「まあいいわ」と許してあげた。
「新館のカフェの予約が取れたんだ。午後はうちのクラスを見に来てよ。初瀬さんが出るかもしれないよ」
「なに、それ! もっと詳しく聞かせて!」
私が飛びつくと、「先にお昼♪ お昼♪」と軽やかな足取りで愛梨は歩き出す。
彼女は中学時代よりも自由気ままに過ごしているようだ。
それを羨ましく思いながら私は「待ってよ!」と彼女を追い掛けた。
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